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第三十六話「浸透の断片」


「いけ、魔物共を押しつぶせ!」


 野太い声と共に、塔から幾多の叫び声が聞こてきた。

 突如として生まれたその声に、俺はさすがに驚くしかなかった。


「な、なんだ?」


「エルフの戦士たちでしょう。しかし、これはただことではありますまい」


 離れていてもそうと分かるほどの勢いを感じる。


「急ぎ、皆を集めます」


「分かった。俺は塔の入り口を見てくる」


 素早く動くドレムスさんが、声を張り上げて集合させる。

 時は昼過ぎ。昼の狩りを始めようという頃合だった。

 塔の入り口とは丁度反対の方角で狩りは行われており、まだこの時間ならそれほど離れては居ないはずだ。

 出入り口は安全のために完全に封鎖されており、壁の上で見張っている武器娘さんが石の壁から縄梯子を垂らして帰還する。


 続々と石壁の上を走り、戦士たちが入り口を見張る俺のところに集まってくる。

 その間にも、野太い叫びが木霊していた。

 まるで戦争でもしているかの様だ。

 彼らの勢いは止まらない。

 マップを見れば、破竹の勢いで突破してくるのが良く分かる。


「アッシュ様」


 遊撃と殿をよく務めてくれるタケミカヅチさんが寄ってきた。

 既に側に控えていた光の精霊ウィスプさんと、エクスカリバーさんが間を開け、彼女を迎える。


「全員帰還しました」


「了解だ。もうすぐここに下の連中が降りてくる。俺が出迎えよう」


「よろしいのですか?」


 ドレムスさんが、少しだけ迷う素振りを見せる。


「妙に慌ただしいのが気になる。戦士たちの安全を第一で頼むよ」


「お任せを」


 頷く彼をそのままに、ミスリルコート姿で単身飛び降りる。

 入り口の外も中も、当然魔物が居る。

 奴らは厄介な連中が降りてこないように阻むために見逃されている魔物たち。

 しかし、今は邪魔だ。

 着地と同時にイシュタロッテで強襲。

 気づいていたオークを突き殺す。


 暫くは狂ったように俺を狙ってくるが、敵わないと見るやすぐに逃げ出した。

 ここまではよくある光景だが、関係ないとばかりに向かってくる空気の読めない奴はどこにでも居る。

 ティラルドラゴンだ。

 またぞろ二十匹ほど、逃げるオークたちに引き寄せられる形で俺を狙いに定めやがった。


「ええい、鬱陶しい!」


 レヴァンテインさんを左手に抜き、全身に炎を纏う。

 ただの獣なら近づくことさえ躊躇するが、こいつらには威嚇にさえならない。

 鱗に耐火能力があるのだろう。

 火を吐くドラゴンホースにさえ喰らいつくのだから、怯えずに突っ込んでくる。


 だが、無駄だ。

 二振りの剣を力任せに振り回す俺の腕力は、一撃で連中の巨体さえ吹き飛ばす。

 加えて、俺はもうこいつらの相手は慣れてしまっていた。

 新人たちのために生かす理由がないのであれば、開けた口ごと頭蓋を割るだけでいい。

 客を出迎える必要もあるため、突っ込んでくるのにあわせて淡々と切り倒す。

 その度に奴らは死体さえ残さずに消えた。


「これで終わりだ」


 最後の一匹を駆逐し、剣の血を振り払って背後を振り返る。

 すると、逃げ惑うオークたちを背後から切り殺す偉丈夫と眼が合った。

 当たり前だが知らない顔だ。

 その後ろには、シュランさんの姿もあった。


「随分と大勢つれてきたな。お宅らもレベル上げか?」


「いいえ、誤解を解きに来ました」


「誤解?」


 シュランさんが申し訳なさそうな顔で話し始めた。




「クルルカ姫の姉……ケーニス姫か」


 特に険悪な様子を見せないので、そのまま一階で話をする。

 鬱陶しい魔物は、武器娘さんと精霊さんに任せた。

 どっしりと構えたキリク将軍は、シュランさんと一緒に謝罪した。

 とても潔い態度だ。

 これには、俺や降りてきたドレムスさんも面食らったほどだった。


「不味いな、アクレイならすぐに手を打ちかねないぞ」


 すぐさまリスベルクに手紙を出しているに違いない。

 奴の手の早さが裏目に出るなんて想像もしていなかったぞ。


「しかし、これだとどちらにせよ上の感情を逆なでしてしまいますな」


「将軍は濡れ衣だったが、犯人が王家の者なんて余計に不味いだろ」


 ドレムスさんと二人、いや将軍やシュランさんも含めて四人で頭を抱える。


「急ぎ誤解だと伝える必要はあるが、どうしたもんかな」


 ルース王子が独立派ではないのが逆に驚きだ。

 クルルカ姫も別に統合について反対な風ではなかった、というか何故上と下で険悪にならなければならないのか根本的に分からんといった具合だった。

 ラグーンズ・ウォー後、つい最近に生まれたというのも関係しているのかもしれないが、何にしてもあの王子が折れるのだから、下の王家の意思は統一できたものと思っていた。

 なんだか、聞いた話と微妙に違うな。

 やはり、伝聞やらではある程度情報がマイルドになるということか?


「そもそも、なんでケーニス姫とやらはこんなことを? ただ統合に反対だったとしても、これじゃ悪評が立つだけだぞ」


「我々もそこが分かりません。あの方は聡明であられた。軍事に政治とどちらもこなし、かつては姫将軍とまで呼ばれたお方です。その癖、兄であるルース殿下を立てるように静かに立ち回られておりました。事を荒立てるような方ではないはずなのですが……」


「そこが俺も解せん。だからこそ、この暴挙を見過ごしてしまったわけだが……うむむ」


 キリク将軍が腕を組んで唸る。


「何か、最近変わったとかそういう話はないのか?」


「同じ将軍職とはいえ、俺はあまり王家の方々の私生活に詳しいわけではないからな」


「私も、ここに着任してからは王都の情報に疎いですから」


「強いて俺が聞いたことといえば……ああ、姫様が神宿りに至ったらしいことぐらいだ」


「なるほど、なら原因はそれかもな」


 アヴォルと同じってことだ。


「神宿りになったってことは、アーティファクトが覚醒してるってことだろ。体を乗っ取られてるんじゃないか?」 


「しかし、普段は至って普通だぞ」


「本人に気づかれないように、必要なときだけ操ってるとかどうだ。まだそうと決まったわけじゃないが、それが原因ならアーティファクトと引き離せばいい。そのアーティファクト、リスベルクみたいに由緒正しいものか?」


「さて、そこまでは知りませんが……」


「いや、待てよ。姫様は武具刀剣に目が無い。アーティファクト類ならば一点物だ。必ずご自身で検品されたはず。当然、アヴァロニアの走狗共が持ち込んだ物もな」


 そのせいで乱心したのなら話は単純だがさて、どこに真実があるのやら。


「それも問題ですがキリク将軍、消えた伝令も問題です」


 シュランさんが忘れそうになっていた問題を提起する。

 だが、これらは繋がるな。


「なるほど、姫様が手引きしたと考えるのが妥当だから、問題はそれが生粋の独立派かどうかが最大の焦点になるわけだ」


「アヴァロニアか!?」


 忌々しそうに、キリク将軍が吐き捨てる。


「可能性はあるな。近場だと、バラスカイエンで当たり前のように動いていた節がある。後はヴェネッティーか。側室として潜り込んだ奴が王を裏で骨抜きにしていたよ」


 バラスカイエンは神魔再生会のダロスティンが居たし、雷虎とやらから送られた品だから真実は定かではないが、あの地の混乱をアヴァロニアが望んでいないはずがない。

 十中八九奴らの仕業だと考えるべきだろう。


「側室として潜り込むとは、なんと大胆不敵な」


 外界には疎いと前置きをしたうえで、シュランさんが尋ねてくる。


「連中、そこまで迫っていますか」


「今は聖王国とやらが残りの中央四国と同盟組んで東進を防いでいるらしい。だが、奴らと本気でやり合うなら大陸東側も呼応する必要があるかもな。どうにも、今は侵略した広大な土地を完全に掌握するのに忙しくて、大して動いていないらしい。だがそれが終れば状況が更に悪化するんじゃないか?」


 そこら辺はリスベルクも考えているはずだ。

 そのためにはまずは統合であるとも俺は認識している。

 森のエルフたちが一丸となる必要があるのだ。

 それさえもままならないのであれば、本当にクルス頼みになってどうにもならない。


 この際、森の守りなどまったく頼りにはならないのだ。

 何せ、打って出てこないエルフなど怖くもない。

 なら、各国を掌握した後にでも全方位から森ごと焼き尽くしてしまえばいいのだから。


 なまじレヴァンテインさんを所持しているせいか、連中がそういう規模の力を持つアーティファクトを持っていないなんてのは考えられない。

 特に自称最強とやらの神剣、アリマーンだ。

 それを名乗るほどの威力は、少なくともあるに違いない。

 警戒して損はないはずだ。


「あんまり言いたくないが、森の中で我関せずで居ると時流から取り残されるぞ」


「そして気が付いたら周辺国全てが落とされていた……ですか。笑えませんね」


 言いたいことは察してくれたようだ。

 無論、今はまだ可能性の話に過ぎない。

 けれど、そのもしもに備えることこそが本来は軍隊、この場合は森の戦士たちの仕事だと、素人なりに思うのだ。


「リスベルクの統合計画は、そういうのも含めて考えた結論のはずだ。色々と含むところがあると思うが、そこら辺も考えてくれればありがたいな」


 独立派の将軍に一応はそう言い、急いで準備をすることにする。


「ドレムスさん、俺がラグーンに行く。無駄だとは思うが、最悪はそのままその足で城に行こうと思う。せっかく寝床を作ってなんだが、皆を上に戻そう。部屋が空いているならここで寝る必要はないからな」


「そうですな。構いませんか、シュラン殿」


「勿論ですとも」


 レベル上げを継続するかは任せるとして、万全は期しておくべきか。

 武器娘さんやら精霊さんの回収について考えていると、戦士の一人が転がるようにして下りてきた。


「ぶ、部隊長!」


「どうした!」


 シュランさんの部下らしく、彼は俺がプレゼントしたコートを纏っていた。

 しかし、その上から斬られたのか彼は右腕を押さえながら報告する。


「ゲートのコアが、将軍の連れて来た戦士に壊されました。申し訳ありません……」


 痛みに崩れ落ちる彼を仲間が支える。

 脂汗を流しながら、青い顔で痛みを堪える彼のためにも、俺はすぐにウィスプを呼んだ。


「アッシュ殿、このコートのおかげで死なずに済みました。感謝します」


「無事で何よりだ。ゲートは任せろ」


 俺は、いつの間にかその戦士を治療させながら掌を痛いほどに握り締めていた。

 渦巻くのは当たり前のような怒り。

 どうしようもない程に溢れてくるその感情を胸に秘め、俺は連中の不運を哂った。

 何せ、連中は知らないのだ。

 俺がもう一つサンリタルを保有していることなんて。




 一先ず、俺は怒りを露にする将軍を宥めながら、降りてきた戦士たちを識別した。

 どうやら、この中にハーフエルフはいないらしい。

 そこからは急いでラグーン組に荷物を纏めさせると、殿を武器娘さんたちに任せて最上階に向かった。

 案の定、投げ捨てられた剣と共にはめ込んだサンリタルが割れて床に落ちていた。

 その癖、電気を生み出す装置はそのままだ。

 コアだけを狙うこの手口は、間違いなくアヴァロニアだろう。


「タケミカヅチさん」


「御意」


 彼女は差し出したサンリタルをはめ込み、ゲートを復帰させた。

 魔法陣の光が蘇ったことで、戦士たちがどよめく。

 だが、それを一喝した将軍が号令を掛けてゲートを潜った。

 得物だろうアーティファクトの大剣を抜いた彼は、かなり頭に血が上っているようだ。


 それに遅れて次々と皆が脱出していく。

 将軍の部下、シュランさんたち、そしてドレムスさんとラグーン組。

 最後を俺たちが受け持ち、魔物を押さえ込みながらモンスター・ラグーンから出る。

 第二陣の新人たちにとっては、とんだハプニングの連続だ。

 それでも戦士としての矜持か、慌てずにベテラン戦士たちの後を追っていく。


「とんでもないことになっちまったねぇ」


「この分だと、レベル上げは当分お預けかしら」


 うちの女性二人はこの状況下でも余裕そうだ。

 伊達にこれまで修羅場を潜ってきてはいないということか。

 すぐに一階に下りるが、将軍が隊を召集する怒声を聞いた。

 鬼軍曹など目じゃないほどの声量。


 俺たちは塔を囲む石の防壁を抜け、すぐさま門の閂を締めた。

 将軍によって集められた隊員が列を作らされているのに合流する。

 どうやら、シュランの部下を斬った犯人は既に弓で射殺された後だったらしい。

 拠点の塀を越えて一人が逃げたところを、見張り櫓の戦士が射ったそうだ。


「よくやった!」


 斬られた戦士が確認したが、サンリタル破壊の犯人であることが判明。

 そのまま将軍は、俺に全員の確認を要請してきた。

 これには当然、シュラン部隊長の隊員も含まれる。

 少し手間取ったが、一応は残りのハーフエルフを見つけられた。

 三人おり、一人は逃亡を試みた瞬間に将軍に切り捨てられた。


 それを見て、残りの二人が一斉に逃げ出したが一人はエクスカリバーさんの投げたグングニルに貫かれて絶命し、最後の一人は押さえ込む直前に何かを口に含んで自害した。

 確認したが、他には居らず薄ら寒さだけがその場に残った。

 そんな中、俺はふとイスカを見た。

 彼女は無表情だった。

 もう関係はないのだろうが、俺の視線を感じると自然と目を吊り上げていた。

 事後処理に戦士を動かすキリク将軍とシュランさんたちから少しだけ離れると、声を掛ける。


「その、なんだ。大丈夫か?」


「そういう質問をされる方が辛いわ」


 深読みされたか。


「別に疑っちゃいないんだが」


「じゃ何よ」


「俺はエルフ・ラグーンに戻る。一旦上に戻るか?」


「……止めとくわ。レベルを上げる必要があるもの」


「何かあったら言えよ。できる限りは何とかする」


 心配になったので残していくつもりはなかったウィスプを呼ぶと、ナターシャとイスカの護衛を命じておく。

 レベル上げを再開するなら役に立つだろう。

 預かっていた食料を取り出し、ドレムスさんに後は任せると部隊長たちの所に戻る。

 

「大分出発が遅れたが、そろそろラグーンに向かう。気をつけてくれ。奴らがどこまで浸透しているのかが分からない」


「ええ、お気をつけて」


「俺もすぐに部隊に指示を出し城に向かおう。警備計画が漏れている可能性があるからな。だが、一つ聞かせろ。お前は、リスベルク様を幸せにできるか?」


「は?」


 いきなり話がリスベルクに飛んだので、その脈絡の無さに思わず聞き返してしまった。


「俺は世間では独立派で通っている。こう言っては何だが、勝手にあのお方と共に戦った戦友だと思っている。故に独立派であるのはリスベルク様のことを考えてのこと。本来は視察ついでに貴様に問うておきたかったのだが……どうだ? 新種の神アッシュとやら」


「さすがに、そればっかりは保障できないな。ただ――」


 俺に出来ることなんて大したことはない。

 だが、そもそもあいつが個人的に俺に強く望んだことだけは知っている。

 そしてそれが、俺なら叶えられるだろうということも。


 あの契約は対等な形での盟約だ。

 それが守られている間は、俺はリスベルクの願いを叶えるだろう。

 幸せに繋がるかはやはり分からない。

 今の始まってもいない状況で言えるのはたった一つ。


「――俺にできるのはきっと、ほんの少しだけ神様の孤独を癒すことぐらいさ」


 他に言える言葉はなかった。

 だからただそれだけ言い残し、武器娘さんたちを回収して出発した。




「神の孤独、だと?」


 新種の神という胡散臭い存在が、森の中へと走り去る。

 その背を見送りながら、キリク将軍はその言葉を反芻した。

 その言葉に、彼は聞き覚えがないわけではなかったのだ。


「ふん。気に入らん奴だ」


「不機嫌そうですな」


「当然だシュラン。誰にもできないはずのことが、奴にはできるというのだから」


 仏頂面で答え、すぐに口元を引き結ぶ。

 けれど、思い出したかのように隣に立つ同胞に心中を吐露した。


「俺はエルフ族のために剣を振るうことに戸惑いはない。そのためなら、何人でも切り伏せ、死地にも飛び込んで見せよう。だが、それは決して王家の連中に媚びへつらうということと同義ではない。これは上も下も関係が無いことだ」


「……」


「俺はシュレイク王家などに忠誠を誓った覚えはない。だが、もし忠誠を誓えるお方がいるとすれば、やはりそれはリスベルク様以外にはこの森に存在しないと考えている」


「そこまで考えていらっしゃるなら、そう振舞えば良いのでは?」


 何も独立派などという迂遠な旗を掲げる必要はない。


「これからはそうするつもりだ」


「それで、何故そんなことを私に?」


「知っての通り、俺は突撃は得意だが大局を見るのも小賢しく振舞うのも苦手だ。だからお前が足りないところを補え。かつてあの方が見透かし、命じたのと同じだ。やはり背中を預けるなら俺のフォローができるお前ぐらいが丁度いい」


「……無茶を仰いますなキリク将軍閣下は」


「シュラン、考えられる全ての状況に対して対応できるように人員を割り振り、戦力を捻出しろ。すぐに城に戻らねばならんが、残していく連中全ての指揮権を一時的にお前に預ける。必要なら俺の名でエルフ・ラグーンの連中とも手を組め。責任は俺が持つ。事が済むまではここと北の守りを任せる」


「それは……しかし!?」


「命令だシュラン」


「了解、しました」


「こなしたら無理やりにでも副官にしてまた扱き使ってやる。覚悟しておけ」


 丸太のような手で激励するように背を叩かれ、シュランは恨めしそうな顔をする。

 しかし、そんな彼の悲哀など気にもせず、キリクは部隊の編成を急がせた。




 冬の寒さから抜け出した春の森。

 かつては帰還することが敵わなかったその道を駆け抜ける。

 天井知らずのこの肉体なら、どこまでも走り抜けられそうだ。

 俺は、脳裏のマップが示す通りにひたすらに南下した。

 その際、冬眠から目覚めた野生動物が、時折森の中から顔をのぞかせる。

 稀に魔物も居たが、邪魔する奴だけを狩って走り抜けた。


「なんでだろうな。胸騒ぎがする」


 誰にともなく呟き、その独白が空気に溶ける頃には夕日が落ちようとしていた。

 走るだけしかない以上、脳裏を過ぎるのは仮定に仮定を重ねたただの妄想。

 被害妄想にも似たそれが、最悪ばかりを考えさせてくる。


――本腰を入れて、奴らが襲撃してきたんじゃないか?


 雪解け後、という事実もまた引っかかっていた。

 今回のことは、エルフ族にとって致命傷になりうる。

 そもそも連中は外様だ。

 エルフの森の全容など知るはずもない。

 はぐれエルフを捕らえて尋問し、それらを吐かせたとしても、全てを詳しく知る者がどれだけ居ただろうか?

 別に森の中で捕らえたエルフたちでもいいが、被害者からどれだけの情報を搾り出せただろう。


 この森は広大だ。

 自然の猛威と、エルフ族以外は迷うという不可思議な森に守られきたある種の聖域。

 だが、その全容がケーニス姫とやらから詳細に流出していたとしたら、具体的に攻めることが可能になる。

 戦士たちのレベル、警備体制、森の地形、各集落の位置、補給経路etc。

 詳細に知りえる立場の者の掌握は、防衛することを致命的なまでに困難にしうる可能性を秘めている。


 俺のようなド素人にさえ分かるこの恐怖。

 国力で負け、レベルホルダーの質と量で負け、地の利や情報まで後塵を拝するというのなら、一体どうやって森を守るんだ?


「リスベルク、このままだと契約不履行になっちまうぞ」


 元より、安住の地など絵空事だ。

 あるはずもない理想郷であり幻想。

 生きている限り、何かと戦わなくちゃいけない。

 それが貧困であれ、空腹であれ、そんなものから無縁になるのは生きている限り不可能だ。

 だったら、俺が手にいれられるのはあくまでもそれに類似し、ギリギリ妥協できる程度のお手軽な産物ぐらいなのだ。


 分かっていたさ。

 縋るようにして頼られたから、それでもいいかと妥協した部分もあった。

 だってのに、この様はなんなんだ。


「なぁ、リスベルク。お前はあの時に気づいていたのか?」


 いや、そもそも知らなかったのかもしれない。

 彼女が俺の都合を優先してくれたというだけではないだろう。

 だから、選択を間違えたのはきっと俺なのだ。

 何故なら俺は、クルルカ姫の懸念を知っていた。

 知っていて、この森に戻ってきてから後回しにしてしまっていた。

 きっとそのツケがこれなのだ。


――嗚呼、だから妙な心苦しさが胸中にあるんだ。


 確定ではないが、ケーニス姫とやらだけが問題ではないのだろう。

 例えば、派遣したハーフエルフの連絡の途絶からでも、森を探ることはできた。

 その方向に帰還を阻む何かがあったのだという事実だけで、集落などの位置が推察できる。

 なら、後は繰り返し斥候を送り込んで少しずつ確定させればいい。

 森を探る程度なら、時間さえ掛ければやり方はいくらでもあるじゃないか。


 そのための襲撃であったなら、どちらにせよいつか来る問題でしかなかったのだ。

 そして、はぐれと称して紛れ込んでいるだろうハーフエルフたちの暗躍。

 俺はそれを燻り出せる力があった。

 種族とレベル、そして名前などを暴く『識別』スキル。

 そんなものを持っている俺なら、手間と時間さえかければ妨害できたかもしれない。

 だからきっと、俺はイスカとナターシャをレベル上げに送り出した後、クルルカ姫の頼みを聞くべきだったのだ。


 他人事だと、認識できれば楽になれる。

 はぐれの俺には関係ないと、そう言い切り忘却してしまえばいい。

 そんな簡単な答えが分かっているのに、それが出来ずに俺の脚は更に速度を上げた。

 上げざるを得なかった。

 何故ならば――、


「本気でこの森をやるつもりか、アヴァロニアめっ!」


 ラグーンに続く、あの塔から不自然なまでの煙が見える。

 そうだ、当たり前じゃないか。

 上と下の統合を阻むのは、より強固になる前に攻めようという意図以外の何がある。

 ましてやネクロマンサーが消息を絶った場所だ。

 それが各種族に託された楽園<ラグーン>だと調べがついたなら、なおさら分断するために攻めるに決まっているじゃないか!

 すぐさま全身鎧に身を包んだ俺は、タケミカヅチを取り出しながら急ぐ。


 間に合うだろうか?

 いや、間に合わせるのだ。

 間に合わせるしかないのだ。

 俺にできることは目に付く敵を倒すことぐらいしかない。

 だが逆に言えば、俺は敵を倒すための戦力に成れるのだ。

 ならやるしかない。

 俺に安住の地をくれると言った、あいつの切実な言葉を嘘にしないためにも。


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