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第三十五話「住めば都のモンスター・ラグーン」


 大よそ三年目の春が来た。

 計算では、俺がクロナグラにやってきたのは神滅暦1014年の春も終わりかけた頃になる。そして今は1016年。

 そう思い返してしまうのはきっと、春と共にやってきたレベル上げのための第二陣が到着したからだ。


 一緒に到着した補給隊と共に、ラグーンから次の新人がやってきた。

 彼らの緊張している顔が、妙に初々しい。

 春といえば、日本では学校の卒業式や入学式といった行事がある。

 終わりと始まりの区切りとしては、相応しい季節なのだろう。

 俺は特に何か特別なことを彼らにしたわけではないが、今日で拠点を去る彼らに感謝されてしまった。


 安全に皆がレベルを上げられたのは俺のおかげだというのだ。

 精霊さんや武器娘さんたちの世話になった者も少なくはないのだろう。

 過剰評価だと思うが、一斉に礼をされるとなんだかしんみりしてきてしまった。

 そこで俺は、お礼の礼というのも変だが、出発前に時間を貰い装備品を贈ることにした。

 豊富に手に入った素材を使って、即興でティラルドラゴンの鱗と革を使ったレザーコートを一人一人に配ったのである。


 普通のエルフ族は余り重武装は好まない。

 だからこそのコートだ。

 こういうとき、鍛冶スキルは本当に役に立つ。

 全員に配り終えると、彼らはそれを着てもう一度礼をして去っていった。


「行っちまったなぁ」


 残ったエリート組や、ヨアヒムが名残惜しそうに手を振るっている。

 やはり、一緒にレベル上げに励んだ仲だ。

 仲間意識も相当に芽生えていたに違いない。


「アッシュ殿!」


 塔の伝令らしき戦士が血相を変えて走り寄ってくる。

 ただ事ではない様子に、俺と見送りの者たちが首を傾げる。


「どうしたんだ」


「シュラン部隊長から、急ぎ呼んで来て欲しいと言われまして」


 内容はここでは言えない、ということだろうか。

 訝しく思いながら、俺は促されるままに着いていった。




「呼び出して申し訳ありません」


「何があったんだ」


 既に、ラグーン側の部隊長も招かれていた。

 まさか、近くの村でも襲われたのだろうか?

 それなら協力するのも吝かではない。

 だが、俺の質問にばつが悪そうな顔をしながらこの拠点の部隊長――シュランさんが羊皮紙を差し出してきた。


「レベル上げ部隊の新規派遣について?」


「ここのモンスター・ラグーンのゲートを貴方が修理して下さった。それはつまりドワーフたちのところを間借りする必要がなくなったということです」


「それは分かるが……この数、やけに多いな」


「ええ、その数が問題です。ここの宿泊施設、ギリギリの数を送ると書かれています」


「寝床が足りなくなるってことか」


「遠まわしではありますが、補給隊に少し遅れてやってきた伝令がラグーン組をどかせば良いと言われまして……」


「なんだって?」


 思わず聞き返してしまうほどに、俺はその時には呆れていた。


「このレベル上げは、ちゃんとラグーン側が下の許可を得て行われているはずだぞ」


「レベルを上げるのは許可は出されているが、正規の部隊が施設を使うのが優先されるとかなんとか。ちなみに、命令がキリク将軍からでして」


 申し訳なさそうな顔でシュラン殿が呟く。

 中間管理職の悲哀だろうか?

 苦労人そうな彼は、心苦しそうだ。


「キリク? そいつは王家の命令よりも優先されるような奴なのか」


「どうやら独立派の方らしいですぞアッシュ殿」


 ラグーン組の部隊長。

 エルフのドレムスさんが、苦々しい顔で補足する。


「なんていうか、あからさまだな」


「追加人員と一緒に視察にも来るそうですよ」


「視察……ね」


 何をしに来るのかは知らないが、こうなると考える必要があるか。

 どうせそのままで居たとしてもイチャモンをつけてくるに決まっている。

 となれば、施設全般の使用についても文句を言ってくるに違いない。

 それと、補給部隊にリスベルク宛の手紙を用意しておく必要があるな。

 それさえも途中で握りつぶされる可能性があるから、一旦はアクレイを経由させるか。


「ドレムスさん、俺を含めて二十四人だ。こうなったらモンスター・ラグーンに全員で住むしかないと思うがどうだ」


「……新人が十二人いますが」


「エリート組が二組居る。少し夜が寝苦しいだろうが、やってやれないことはない。俺の畑を潰せば土地は確保できるしな」


 塔の中に住むことも考えるが、寝床で連中が余計なことをしないとも限らない。

 俺も外で寝止まりするべきか。


「シュランさん、その連中が来るまで何日かかるんだ」


「伝令は先行したと言っていましたから、一日二日はかかるのではないかと」


「なら、今日中だな。レベル上げを継続するならすぐに移動して準備するしかない」


 幸い、朝方でよかった。

 これが夕方であれば、夜も準備に追われてしまうところだ。


「アッシュ殿、せめて皆と相談してからにしませんか」


「――っと、そうだな。俺の独断でどうこうできる問題じゃないか。ただ、結論を出すまでは補給隊にちょっと残ってもらいたい。止められるか?」


「残るにしても、連絡は必要ですからな」


 一旦は問題を保留にし、シュランさんに言うと俺たちは執務室を出た。




 緊急に皆を広場に集め、説明を行う。

 当然、ラグーン組の若い連中はいきり立った。

 新人たちもそうだ。

 困惑の表情ではあるものの、勇んでやってきた気勢を殺がれ不満顔である。


「残るか帰るか。選択肢はこの二つしかない。無駄に抗議して上と下での軋轢を増やすのは得策ではないからな」


 部隊長のドレムスは、不満を露にする皆を宥めながら選択肢を与えた。

 今回、責任者は俺ではなく彼なのだ。

 そして彼は、自らの懸念を口にする。


「正直、私も残って皆のレベルを上げたいとは思う。だが、ここに残ることで皆に無益な悪感情を植えつけたくはないとも思っている。この拠点の戦士たちは第一陣を受け入れ、気さくに話しかけ一緒に風呂で汗を流すまでに親交ができていた。もしかしたら、我々がここに残ることでそんな彼らにも迷惑を掛けてしまうことも考えられる。残るにしてもモンスター・ラグーンに住むなどという前代未聞のそれも成さなければならない。我々にはアッシュ殿が居る。故にできないとは言わないが、困難はあろう。だから一先ず皆の意思を確認したいと思う」


 一人一人、ドレムスは意思を問うて行く。

 反対する者は当然出た。

 少し気弱そうな新人からだった。


「その、自分は残るのは反対であります」


「理由はなんだ」


「問題が起こるかもしれないと分かっていて残るのは得策ではありません」


「うむ。慎重でもっともな意見だ。よし、次!」


 否定はせず、ドレムスさんは真摯に彼らと向き合っていく。

 他にも三人ほど反対する者が出た。

 どれもが第二陣の新人であった。

 だが、エリート組は違っていた。


「俺は残るべきだと思います」


「ほう、それは何故だ」


「正当な許可を貰っているのですから、ここに残ることが問題だとは思えません!」


 語句を荒げながら、更に彼は続けた。


「また、ここに残りたかっただろう第一陣。その交代組の口惜しさを思うと、引くに引けません。レベルを上げたいのは戦士たちの共通の思いです。それをよく分からない連中に邪魔をされ、おめおめと引き下がるのは納得がいきません!」


「そうだな。私も個人的にはそう思う。よし次」


 大方の意見は続行だった。

 最後の一人まで聞いて、結論を出そうとしていたドレムスだったがそこに一人の青年が遮った。


「すまない、俺にも言わせてもらえないか」


 ヨアヒムだ。

 俺の関係者扱いされているナターシャや、おまけのイスカに部隊長は問うことはしなかった。その関係でスルーされていた彼であったが、彼だとてレベル上げ組の自負はあるのだろう。


「ほう……いいだろう。言ってみろ」


「俺は、俺は残るべきだと思う!」


 まるで、訴えるような目で彼は言い募る。


「俺の村はゲート・タワーの近くにあって、そこから上がってきた魔物に襲われた。塔には勿論レベルホルダーの戦士が居たが、そいつらは全滅していた。エルフ・ラグーンにはモンスター・ラグーンへの塔なんて無い。だから、このチャンスは決して逃すべきじゃあないはずだ!」


「……」


「それに、妙な連中がラグーンへのゲート・タワーを登って攻めてきたこともあった。その時には、馴染みの戦士たちが死んじまった。下でも、村が襲われてるって聞いた。なら、俺たちエルフ族の戦士は人一倍強くならないといけない。だからここに残るべきだ」


「なるほど、確かに連中は下も上も関係が無い共通の敵だ。そのための備えは必要だな」


 淡々と、しかし深く頷くドレムス。

 戦士たちの視線を浴びながら彼は結論を出した。


「よろしい。であれば、私は部隊長としてそれぞれの意思を尊重しよう。反対派は今回の件の伝令として特別任務を与える。隊から離脱し、輸送部隊を護衛しろ。これはラグーンへの報告書を持って帰還する重要な任務でもある。その後はここへは戻らず、アクレイ戦士長の指示を仰げ。すぐに報告書を纏めるから、そのつもりでいろ」


「「「はっ!」」」


「それから、ここに残ると表明した者は覚悟しろ。仮にどんな嫌がらせがこの先にあろうと、こちらから問題を起こし、奴らに付け入る隙を与えないようにしてレベルも上げなければならない。これは生半な気持ちでは達成できまい。また、上の命令次第では当然即時撤退もありえる。これは肝に銘じておけ!」


「「「了解!」」」


「そして間違ってもこの険悪極まりない雰囲気に負けず、伝令役をかってでてくれた四人の勇気は忘れるな。個人的な感情や都合だけではなく、全体のために引ける冷静さは必要だ。そいう意味ではこの四人はお前たちよりも優秀だ。ヨアヒム、特に感情的なお前はレベルだけでは守れないモノもあるのだと、これを教訓に覚えておけ!」


「はっ。決して忘れずに記憶します」


「よし。ならば残留組は急いで部屋を引き払い、ゲート・タワーの入り口に向かえ。帰還組は荷物を持って補給隊と合流し、私が報告書を用意するまでは待機しろ。以上解散!」


 矢継ぎ早に出された指示に従い、皆が一斉に動き出す。

 あくまでも個人の都合でしか動かない俺とは違い、やはり部隊長ともなれば大変だ。

 彼には、何があろうと責任を取る覚悟が窺える。

 俺も急いで手紙を書き綴るために走りながら、この決断が悪い方へ働かないことを切に願った。


 コミュニティに属するが故の柵がまた、この身を緩やかに束縛しようとしている。

 まるで自由を許さぬ集団という名の足音が、少しずつ忍び寄っているような感覚だ。

 かつては甘んじて享受していたこの懐かしき感覚が、どうしてこうも不快なのだろう?

 やはり、知ってしまったからこそ感じるのだろうか。


――柵など無視して、ただただ自由に生きるということの気楽さを。




 補給隊を見送った後、俺たちはすぐにモンスター・ラグーンで生活環境の構築のためにゲートを越えた。

 まずは説明からで、初めてモンスター・ラグーンに来る第二陣の新人たちは、塔を囲む石の壁と畑を見て驚いていた。


 また、絶えず魔物の襲来を阻んでいる精霊さんや武器娘さんたちを見て再び驚き、魔物が無尽蔵に現れるという非常識な現実を見て合計三回の驚愕を露にした。

 中には当然のように早まったかと青い顔をする者も居た。

 これはエリート組やドレムスが平然としているのですぐに落ち着いたが、その彼らにしても内心では不安があったに違いない。


「さて、これから我々はここに住むことになるわけだが、見ての通り何もかもが足りない状況だ。創意工夫して事に当たるため、何か在れば随時提案をしてくれ」


 部隊長はそうして皆の顔を一人一人伺い、最後に俺に視線を向けた。


「特にアッシュ殿には色々と負担をかけると思うが、了承して頂きたい」


「勿論だ。今回の件、俺も少し頭に来ているからな。できる限り協力したいと思う」


 気持ちは同じだと思う。

 当たり前のように俺は頷き、その上で言った。


「その前に一つ確認しておきたい。ドレムス部隊長殿。これは今さら確認するまでもないことだと思うが、俺は貴方の指揮下にはいない。そうだな?」


「はい」


「でははぐれ廃エルフの俺が何か問題を起こしても、それは俺の責任であってラグーン組の責任者である貴方の責任ではない。そうだな?」


「ええ、アッシュ殿はあくまでも善意の協力者であります。また、ヨアヒムやイスカ殿、そしてナターシャ殿に関しては個人的に仕事を請け負っているアッシュ殿の管理下にありますので、我が部隊や上が一切の責任を負うことはありません」


「よろしい。ではその事実をここに居る皆で再確認したところで、協調体制を取りつつ話を進めよう。何、皆で協力すれば大したことはない。ちょっと非常識な野営訓練の一環だと思えばいい」


 隊長殿と一緒に悪い顔をしながら、偉そうにも言い切る。

 俺は新人からすればとてつもなく胡散臭い存在だが、部隊長殿や先任のエリート組からすれば味方だ。

 だからこそ、無理ではないという態度で安心させようと勤める。 


「ぶっちゃけ、安全を確保することはそう難しいことじゃあない。というかできている」


「でしょうな。我々にとって問題なのは食料と寝床、そして下の追加部隊の動きです」


「そこでだ。ゲート・タワーを守るのをやめようと思うがどうだろう」


「……ほう? それはまた愉快なことですな」


 ギョッとする新人たちをそのままに、意図に気づいたらしいドレムスが笑みを浮かべた。


「食料の確保はどうします」


「補給隊が来る日に俺が出向いて回収する。知っての通り一人で全て回収できるからな」


「申し訳ないですなぁ。廃エルフ殿にパシリをやらせるなど」


「気にしないでくれ。俺の管理下にある三人にレベル上げに専念して欲しいだけさ。それに、手紙が届けばずっとこのままになるとも思えない。それまでの期間限定だし、これなら連中がこっちに乗り込んでこない限りは自己責任で暴れられる俺が矢面に立てる」


「重ね重ね申し訳ない」


「いいさ。俺にまったく責任がないわけではないはずだしな」


 それにどうせアクレイが動くはずだ。

 こういう時ぐらい、厄介な問題は投げてやろう。

 俺たちは彼が問題を排除するまでの間、出来うる限りモンスター・ラグーンに閉じこもって問題を起こさず、大人しくレベルを上げておけばいいのだ。


「さしあたっては、雨風を防ぐための屋根が欲しい。ラグーンにも雨は降るし、上から石でも落とされては困る」


「それはこちらでどうにかしましょう。幸い、シュラン殿が使える物があれば道具なども使ってくれて構わないと仰ってくれました。後は、食料の回収も必要ですな」


「そっちは木材の確保と一緒に俺がやろう。ナターシャ、この人数の飯を作るのを任せていいか」


「アタシがかい? そりゃあ、道具と材料さえあればどうとでもできるけど」


「イスカは調理補助だ」


「言うと思ったわ。オッケー、なんとかするわ」


「隊からも戦士たちを後で見繕います」


「頼む。後は……そうだ。洗濯物を干す道具や洗い場なんかも作る必要があるな」


「細かい資材も必要ですが、今はまず寝床と屋根でしょうな。土地をお願いします」


「任せてくれ」


 頷き、ノームさんを呼ぶ。

 土色の半透明だった幼女は、既に褐色肌の美女にまで進化していた。

 輪郭もくっきりで、なんだか本当に実体があるようだ。

 一先ず、彼女には塔の二階までの窓を全て覆うように石の壁を作らせる。


 それが終れば土地の整理だ。

 収穫済みの土地を使うことにし、均してもらう。

 その作業の間、俺はインベントリに眠っていた木材を取り出し、資材の確保に向かう。

 この際、少々森の見通しが良くなっても知らない。


 また、ドレムスさんはシュランさんに必要な道具の補充の件と、魔物が塔を登るのを防がないことを伝えに走った。

 きっと、シュラン殿や戦士たちがこの選択に絶句するだろうがこれも俺は知らない。

 勿論、風呂も夕食後には解体することを伝えてもらう。

 風呂好きになってくれた同志たちには悪いが、風呂は俺の所有施設だ。

 恨むなら俺たちを排除した連中を恨んでくれ。


 お詫びといっては何だが、拠点の兵士たちにも実用性が高いティラルドラゴン製のコートを進呈した。

 こうして、俺と第二陣のモンスター・ラグーンライフが幕を開けた。




 大勢のエルフの戦士を引き連れた一団が、ゲート・タワーを目指していた。

 それを出迎えた部隊長のシュランは、先頭から歩いてくるキリク将軍に礼をして出迎えた。


「お久しぶりですキリク将軍」


「うむ。シュランも変わりないようだな」


 一言でいえば、筋骨隆々な偉丈夫であった。

 長身でスマートな印象を持たれ易いエルフ族にしては手足も太く、また相当な怪力であった。

 ラグーンズ・ウォー時代から生きる武闘派エルフであり、シュレイクでは猛将として知られている男である。


「……出迎えが足りないのではないか?」


 誰のことを言っているのかは一目瞭然だったが、打ち合わせ通りにシュランは返答した。


「そもそも、彼らには伝令を回してはおりませんので」


「何?」


 不機嫌そうになる彼が追及する前に、シュランは言う。


「何せ、例の彼らは今はモンスター・ラグーンに住みこんでますので」


「正気か?」


 聞き間違いかと思ったのだろう。

 問いただそうというキリクに、シュランは心底同意しながら答える。


「正気も正気です。彼らはその方が効率が良いということで、交代が到着した後に上に居を変えました。別に上で塔を守ってはいませんので、ほら。聞こえるでしょうあの叫び声が」


 遠くから、何やら魔物の物らしき不快な咆哮が響き渡っていた。

 下のゲート・タワーの周囲には、石材で築かれた強固な防壁がある。そこから聞こえるということは、ゲートから出てきた魔物が食べ物を求めて降りてきた証拠である。


 幾度と無く視察する中、それをよく知っていたキリク将軍には珍しくないことであると理解していた。

 だが、おかげで何とも言えない表情を浮かべて塔を見上げるしかなかった。

 一々伝令を送らない理由が、問わずとも理解できたからだ。

 その様子を察しながら、シュランは続ける。


「いやはや、連中もやるものです。正直、見直したぐらいですよ」


「奴ら、補給はどうするつもりだ」


「補給隊を自前で送ってきていましたので、その頃には降りてくると思われます。ですが、少し前に来たばかりですからね。当分は降りてこないでしょう」


「徹底しているな」


「私の手を煩わせることもないので楽な連中ですよ。それより、アヴァロニアの連中の動きはどうなのです?」


 そちらの方が重要なのは変わりが無い。

 シュランは部下に到着した戦士たちを部屋へ案内させると、自らはキリク将軍の相手に務めながら情報を求めた。

 そもそも隠すことではない。

 キリク将軍も苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「奴ら、雪解けと共にまた動き始めたようだ」


「……許せませんな」


 歯がゆく思うのは、エルフの森の戦士としては当然の感情。

 それに首肯しながら、将軍は案内されたいつもの部屋に入った。

 通常の戦士たちの部屋よりは広く、また丁度も整っている部屋である。

 奥の机に向かうと、どっしりと椅子に座る。

 体の大きさ故に、少々手狭にも見えるのはきっとシュランだけが思うことではない。


 根は単純な男だが、その武功は本物だ。

 戦士としての単純な腕前だけを見れば、シュランだとて尊敬の念を抱くことはあった。

 それでも指揮官として尊敬したことは無かったが、シュラン個人としては彼をそれほど嫌ってはいなかった。


 昔馴染みであるから、というのが大きい。

 同じ集落の出身者として共に切磋琢磨したことさえあるからだ。

 キリクもその念は消えないのだろう。

 時折、将軍として気に掛けているような節があった。

 信用されていると思えば、やはりシュランとしても丸く治めて良い方に向かって欲しいとさえ思う。

 そして同時に理解していた。

 いつものように腹を割って話したいからこそ、ここに来たのだろうとも。


「ここは何時来ても変わらんな。まるで時が止まったかのようだ」


「変わるとなれば、建て替える頃になるでしょうな」


「……時にシュラン。お前は本国の動きをどう思う」


「どう、とは? 連中への対処でいうなら、戦士たちを派遣して防衛に手を尽くさせているように思われます。元より奇襲してくる連中に対して完璧な防衛など不可能ですから」


「はぐらかすな。上と下の統合計画についてだ」


「私からはなんとも言えません。ただ、感情を抜きにすれば極めて有用ではあるかと」


「有用、有用と来たか」


「ラグーンの大地は実り豊かであるとも聞きます。エルフ族の力を増大させるという意味では、統合するのは自然な流れでしょう。元々は上も下も無く一つだったのですから」


 ラグーンズ・ウォーより前の話だ。

 念神がアーティファクトに変じ、魔物が世界中にあふれ出た。

 その災厄を乗り切るために、エルフ族は勢力を二つに分けた。


 一つはエルフ族を絶やさないための、最後の希望としてのラグーン勢力。

 そしてもう一つは森を守るために戦い、未来を勝ち取ろうと戦い抜いた今のシュレイクの基盤となった勢力。

 この二つは種の保存を目的としたか、守るために戦うかで分かれただけ。

 結局は方向性の違いでしかない。

 シュランはそう捉えているがしかし、それが万民の考えかというとそうではなかった。


「だが奴らは軟弱だ。戦うなら攻勢が必要なときもある。しかし、統合後は連中がその時には足枷になるかもしれぬ」


「種の保存に重きを置いただけだと考えればどうです? その役割は統合後も変わりますまい。キリク将軍が上に向かう姿は想像できませんが、そこは適材適所でよろしいでしょう。軍事的に言えば、分割していた部隊を再編し、一つの部隊として再運用しようという程度のことに過ぎません」


「ふっ。そう言われると、本当に大したことが無いようにしか聞こえんな」


「実際、大した問題では有りませんよ。皆が難しく考えすぎているだけです」


 仮に問題が起こっても、その時はまた別れるなり策を講じれば良いのだ。


「この問題は結局、エルフ族をより繁栄させる意思があるかどうかですな」


「お前のその単純に考えるところは分かりやすくていい。肩の力が抜けそうになる」


「恐れ入ります」


「だが統合に対する懸念はそれだけではない。やはり上に現れたという新種の神だ」


「ハイエルフならぬ、廃エルフ殿でありますか」


 シュランは一度瞑目し、考える素振りを見せる。

 そこに、探りを入れるようにキリクが尋ねる。


「リスベルク様に認められたらしいが、はたしてあの方が婚姻する程の価値があるのかが問題だ。統合以前にそちらを危惧する者は少なくない。これについてはどう考える」


「それこそ余計にシンプルに考えるべき問題ですな」


「ほう?」


「好いた腫れただの、そんなのは当人たちで納得していれば良いのです。外野がとやかく言うのはそれこそ筋違いというもの。確かに、普通の者のそれと同じにするべきことではないように思えます。けれどリスベルク様が自分から言い出したことなのでしょう?」


「それだけなら誰も文句は言わん。だが、上と下の統合に向けて、自ら人身御供となられるおつもりなら話は別だ。我らがお守りせねばなるまい。あの方は我らの象徴でもあらせられる。当然、お幸せになってもらわなければ困る」


 一体どちらが単純なのか、シュランは苦笑いを禁じえない。

 だが、そこに意識が集約されているならと切り込んだ。


「――だから到着に先んじて伝令を出し、彼らを追い出そうとしたのですか?」


 小さなことだが、統合の話の邪魔ぐらいにはなる。

 元より些細なことで微妙になっているのだから、今は刺激するのは良くない。

 そう言うつもりだったのだが、問われたキリクがシュランの言葉に首を傾げていた。


「一体何の話だ?」


「到着前に伝令を出されたでしょう。それによれば、施設ギリギリの数で向かうから上の連中を退かすように仄めかされましたよ。貴方らしくない手だ。感心できません」


「……知らん、俺は知らんぞ! 一体なんだその馬鹿げた伝令は!?」 


「しかし、戦士たちの数もレベル上げにしては多そうでしたが……」


「彼奴らは各集落への派遣組だ。北側への追加人員でしかない」


 それに天幕も用意してきたと、将軍が言うのでシュランはようやく悟った。

 嘘をついているかどうかぐらいは、付き合いが長いのでシュランには分かるのだ。


「なるほど。貴方ならやりかねないと思いましたが謀られたのは私ですか」


「シュラン、まさか伝えたのか!?」


「ええ、おかげで彼らは部屋を引き払い、上に行きました。補給隊にラグーンへの報告書を預けて」


「ちっ。珍しくお前のお節介が悪い方に働いたな」


「申し訳有りません。できれば私の首一つでなんとかして下さい」


「馬鹿者、お前は必要な男だ。そんなことができるか!!」


 激昂しながらも立ち上がるキリク将軍。

 彼はすぐさまシュランを伴って戦士を集め、件の伝令とやらを探した。

 だが、既にその者は忽然と行方を晦ませた後であった。


「信じられん。まさかケーニス様がこのような手を取るとは……」


「馬鹿な! あの聡明な第一王女殿がですか!?」


「俺の隊に伝令を含めた様子見の人員をねじこんできたのは奴だ。確かにあの女も独立派の一人だ。しかしこのようなことを平気でする方ではないと思っていたが……」


「ここで考えていてもらちが明きませんな。すぐさま誤解を解かなくては!」


「ええい、邪魔な魔物共をなぎ払って上に向かうぞ。シュラン、お前も自分の隊を編成してすぐについてこい! 俺が指揮を取り、直々に上への道を切り開く!」


「はっ」


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