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第三十一話「風呂談義」


「な、何をお考えなのですかリスベルク様!?」


 酷く焦ったような顔で、ルース王子が止めに入る。

 いいぞもっと言え! などと内心で思っている俺を尻目に、リスベルクは面白そうに彼を見た。

 止められないと分かっているかのような余裕の表情だ。


 困らせて楽しんでいるという風ではなく、単純に反応を心地よく思っているのだろう。

 自らの発言が何を意味しているのかぐらい、彼女は分かっているのだ。

 しかし、その上で押し切ろうというこの豪胆さはなんだ。

 魂胆が見えないせいで困惑するしかないぞ。


「さすがは本物のハイエルフ様ですね。なるほどなるほどそう来ますか」


 アクレイだけは「ふむふむ、面白くなってきました」、などとしたり顔で頷いているが本当に分かっているのかこいつは?


「おいそこのダークエルフの王、お宅らの神が乱心しているのに何故止めない」


「とてもお目出度いお話ですから」


 野郎、そんな単純な話で終らせるつもりか。

 助け舟を期待するべくディリッドやクルルカ姫に視線を送るが、二人ともすぐに視線を逸らしやがった。


「ふふふ。エルフ・ラグーンに現れた新しき神と、我らがハイエルフ様の婚姻。これはもう上も下も大騒ぎですね。これなら統一王国として再編するのも容易でしょう」


 なるほど、上と下の険悪ムードをそれで有耶無耶にしようというのがお前の狙いかアクレイ!


「いくらなんでも短絡的過ぎるだろ」


 俺の対応なども絡んでいたらしいとはいえ、さすがにそれだけのためにってのはどうなんだよ。

 というか、俺の意思を何故誰も確認しない。


「いえいえ、これはかなり良い手ですよ。これなら貴方が適当にはぐれ旅と称して逃げ出しても、リスベルク様が我らを繁栄に導いてくださるはずですからね。なにせ、アッシュの力でこうして活動できるのです。これはかなり大きいですよ」


「そういう問題ではないだろうアクレイ陛下!?」


 必死に止めようとしているルース王子だけがどうやら俺の味方のようだ。


「くくく、相変わらず目聡い奴よなアクレイ」


「ふふふ。リスベルク様には敵いませんとも」


 二人揃って愉快げに笑われるととても困る。


「悪夢かこれは。アクレイが二人になった気分だ」


 顔を顰めた俺は、付き合ってられないとばかりに踵を返し塔を登ろうとした。


「アシュー君! ほらほら何か忘れてますよ!」


 言いながら、自分の杖を俺に突きつけてくる帰省エルフが一人。


「なら、アホなことを言っている奴らを止めてくれ」


「うわぁーん!? それは無理ですよアシュー君!?」


 絶望の表情を浮かべるディリッドを放置して、俺はエルフ・ラグーンに帰還した。




「いいですよアッシュさん」


「こっちもいいよー」


 面倒な連中が面倒な一団と会見をしている中で、事後処理に追われる下っ端の戦士たちを尻目に、俺はいつもの服に着替えた俺は浴場にベニヤ板を張りなおす。

 板を押さえてくれるショートソードさんとロングソードさんの協力の下、釘を指先で押し込む。


 ひょんなことから人間を止めてしまった俺であるから、レヴァンテインさんやタケミカヅチさんのような芸当もできるようになってしまっていた。

 二人が感心するような視線を向けてくるが、俺としては心ここにあらずだ。

 遠くからは暴れた連中のせいで破壊された家屋などを修理している音が聞こえるが、それらがどこかもの悲しい音に聞こえる。


「ん、これで壁はオッケーだな」


 ぶち破ったのは二枚なのですぐに終り、血で染まった浴槽の清掃に入る。

 浴槽まで破壊されなかったのは不幸中の幸いだが、平和ボケしていたということなのだろうか。

 ため息がやけに重い。

 それに、後で亡くなった兵士たちの追悼式もある。


 気分が滅入るのは当然だろう。

 早々に血を洗い流し、トライデントで放水。

 いつもの手順で湯を張ると背後から足音がした。


「なんだ。アクレイたちに聞いたとおり、本当に風呂好きなのだな」


「げっ、リスベルク!?」


「げっとはご挨拶だな貴様。それに……ふむ。確かに今の私と同じ神モドキがいるな」


 側にいた鋼コンビを見て、横柄に頷くと奴は言った。


「よし、せっかくだから裸の付き合いとやらで親睦を深めてやろう。――脱げ」


 この世界で混浴を経験した俺だが、未だかつて女に脱げなどと言われたことはない。

 呆気に取られていると、言った本人がドレスを脱ぎ始める。


「ストーップ!」


 おお、さすがショートソードさんだ。

 何も知らないからとはいえ、ハイエルフの行動を止めてくれるとは頼もしい。


「何故止める」


「脱衣所は向こうだもん」


「ほう、よし。ここのルールを知らんからな。案内せよ」


「いいよー。アッシュ君が入るならどうせ私たちも入るもん」


 無邪気に言って、ショートソードさんがハイエルフを案内していく。

 そして何故か、ロングソードさんもそれに続いた。


「もう、ダメですよ。入るときはまず札を変えないと」


「そういえばそうだったっけ」


「札とはなんだ」


「アッシュさんや私たちが入るときや、エルフ族の男の人と女の人が入る時に区別するために使っているんですよ。ほら、外のコレです」


「ふむふむ」


 レクチャーで外に出た瞬間、俺は食堂の壁の修理の手伝いをするために向かう。


「こら待たぬか」


 が、リスベルクに止められてしまった。

 ここでHANASEとばかりに突き放せるなら、俺はきっと達観などする必要はないのだろう。しかし、現実は無情だ。


「ほれ、今のうちに神同士で大事な話をするぞ。連中が紛糾している間がチャンスだし、今後のエルフ族の盛衰にも関わることだから心して聞け」


「エルフ族の盛衰だと?」


 なんだろう。

 聞いてしまったら取り返しのつかない深みに落とされそうな話題じゃないか。

 くそっ、こいつ本当にアクレイと同類だ。

 絶対に面倒くさいことになると分かっているのに、放っておけない言葉で俺の選択肢を狭めやがる。


 気が付けば、俺は何故かリスベルクの背中を流させられていた。


……何故だ?


「ふぅ、風呂に入るなど千年振りだ。そのせいか余計に気持ち良いな」


「アーティファクト化してから長いのか」


「勿論だ。今が神滅暦1015年だから、それが始まる少し前から入ってはいない」


 「剣としての手入れはされていたが」などと呟くリスベルク。

 しかし、本当に千年前なんだな。

 しかも暦がまんま現状を表しているとは。


「それで、エルフ族の盛衰についての話とはなんだ。俺に言うからには俺がどうこうできることなんだろうな?」


「それは知らんが、知っておくべきだ」


 そうして、彼女は語り始めた。

 



「結論からいえば、ずばり少子化問題だ」


「……おい待て! そんなの俺にはどうすることもできんぞ!?」


 真面目に聞こうとして損したと思った俺だが、憤る俺とは対照的に彼女は真面目な顔をしていた。

 まるで俺を試すような顔だった。

 しばらくにらみ合うも、それは一向に変化しない。

 俺としては愕然とするしかなかった。


「――マジで問題なのか?」


「種の存亡に関わるレベルだな」


 こいつ、サラッととんでもないことを言いやがる。


「そこまでやばいのか。原因はなんなんだ?」


「種族的な欠陥、つまりは元々の繁殖力の小ささだ。後ははぐれ問題だな」


「前者は分かるが……はぐれ?」


 なんだか、俺まで非難されているような感じだ。


「ディリッドなどがそうだ。はぐれている間に多種族との愛などに目覚めた場合、こいつらは純血種を産まないだろう? そして純血ではないハーフ共と純血種が子を成したとしても、それはエルフにはならないのだ。結果としてエルフの出生率は下がる。しかも、最近は子作りに疲れた連中が離婚までするからな。貴方の愛がたりないの! とかでな」


「無駄に生々しい現実だなおい!?」


 ここは異世界でファンタジーな世界のはずだ。

 なのになんだ、この下の世代の独身率の高さを憂う年長者のような語らいは。


「無理やり宛がっても夫婦生活はすぐに破綻するし、かといって放っておいたらシャイな連中は一向にアクションを起こさない。しかも、別れた者が嫉妬に駆られてかしらんがネガティブな情報を口コミで流す。結果、結婚への夢が希薄化しているらしいな。どうすれば良いと思う?」


 そういえば、日本でも恋愛マニュアルなんてのを政府が発行しているとか聞いたことがあったのを俺は思い出していた。

 確か、DV対策と少子化対策の一環だったか?

 少子化に関してはそれの前段階を解消するべく婚活の本も沢山出ていたし、確かに出生率の低下というのはきっと大問題なのだろう。


 もしかして、この世界のエルフ族って少子高齢化の日本人に近いのか?

 正直、俺は呆れたいのだが、リスベルクは至って真面目な顔を崩さない。

 おかげで笑い飛ばすことが出来ない。

 とても困ったぜ。


「その、アレだ。独身の奴らは結婚したくないわけじゃないんだよな?」


「勿論だ。王族に集落の視察ついでにさせた意識調査の結果、潜在的には結婚願望が多いことが確認されている。なのに現実はこれだ」


 ……王族がアンケートかよ。

 クルルカ姫もやってたのだろうか。

 大変だな王族。


「お見合いパーティーやらはしないのか?」


「なんだそれは」


「結婚したい男女を集めて、とりあえず会話させる。後は、それぞれ気に入ったカップルができたら時間を多くとって話させるんだ。ついでに食事やゲームなんかをやって、よりお互いを印象付ける時間を過ごしてもらうわけだな。出会いの機会を増やすんだよ」


「ほう、しかしそれでは結局良い女と良い男ばかりが取り合いになるのではないか?」


「そこはしょうがない。いや、そうだな。後は匂いで決めるってのもあったな」


「匂いだと?」


 何かのテレビで見た覚えがある。

 嗅覚で相性を判断する能力が人には備わっているのだとか。

 さすがにエルフにもそれがあるのかは分からないが、やってみる価値はあるかもしれん。


「なんでも、頭の匂いやら枕の匂い、それに汗のついた服の匂いとかを嗅ぎ合うんだと。それでその匂いが嫌だと思った奴はとことん合わないらしい。離婚率も違うとかなんとか聞いたようなないような……」


「ふむふむ。中々斬新な話だな。どれ――」


 言いながら、無造作に立ち上がったリスベルクは俺の頭を両手でガッシリと掴むとさっそく実行し始める。


「貴様には別に嫌な気はしないが、さりとて良い気もしないぞ。この場合はどうなる」


「可もなく不可もなくじゃないか」


 詳しくは知らないので突っ込まれても困る。

 困るのだが……前屈みでそれをやるな。

 揺れてる、揺れてるっておい!


「よし、私がどうかお前も試してみろ」


「え?」


 言われるがままにやってみるが、嫌な気は特にしない。


「俺も嫌な感じはしないな」


「では相性は悪くないわけだ。これは面白いから広めてみるのは悪くないな」


 それ以前に、普通はよほど親密か、お互いに了解が無いと実行さえされないと思うが。


「お前たちも試してみたらどうだ」


「私たちはアッシュさんの匂いなんて嗅ぎなれてますから」


「ねー」


 ……武器として使ってた時代のことか。

 アレ、それともこっちに来てからか?

 まぁ、旅で色々あったしな。

 全部風呂に入れないのが悪い。


「ふっ、匂いなどどうでもいい。最後は培った愛が全てだ」


「愛も欲しいが、自慢できるぐらいに格好良い男が良いという意見も多いぞ」


 美男美女優遇制度は異世界でも当然の地位を築いているのか。

 言われずとも分かってたさ。

 当たり前のように世界には格差が存在するなんてことは。

 だが、それを真正面から肯定させると余計に結婚率は低下すると思うのだがな。

 いや、待てよ。

 そもそもエルフって皆イケメンだろ?


「……ん? エルフって皆美男美女だろう。なんで見た目が出てくるんだ」


「何を言うか。例えばアクレイとそこらへんのエルフの戦士では容姿に雲泥の差があるだろう」


「……そうなのか?」


 感性と美的感覚が日本人だからエルフの細かい違いが分からん。

 しかし彼女は言うのである。


「奴はアレでモテモテだぞ。強いし頭も良いし、いつも笑顔が素敵だと結婚する前は女たちにキャーキャー言われていた。チャームポイントはあの腹黒さと笑顔のギャップだな」


「騙されるなエルフ女子! あの笑顔ほど胡散臭い笑顔はない!」


 おのれアクレイ、貴様王だからって好き放題していたんだろう!


「しかも、モテる癖にダークエルフ一美人だと言われる奥さん以外には脇目も振らないせいで余計に人気があったぞ」


「知らんわあいつの武勇伝なんぞ!」


 俺には心底どうでも良かった。

 ただ、奥さんがどんな人かだけは気になった。




「しかし、お前の知識は妙だな」


「なんだ藪から棒に」


「普通に知っているはずのことを知らず、あまつさえ普通のエルフ族の生活を聞くかと思えば誰も知らんような知識を持っている。実に変な奴だ」


「真剣に対策を一緒に考えている相手にそれか」


「まぁそう言うな。色々と有意義ではあったよ」


「ならいいが、きっとどれも根本的な解決にはならんぞ」


 他人ができることといえば、切っ掛けを作るぐらいが関の山だろう。

 それ以上はきっと碌な結果を生まないに違いない。

 クラスでも面白半分でくっつけられ、後ですぐ別れさせられる奴の話は聞き飽きている。周りのお節介がつくづく恋愛では裏目になるなんて良く聞く話だ。


「一応、根本的な解決策が一つあるのだがな」


「なに?」


「アーティファクト魔法だ」


「……魅了の魔法で無理やりにくっつけるのか? 俺は反対だぞ」


「阿呆。そんな真似したら私が顰蹙を買ってこの身の想念が尽きるわっ!」


「じゃあなんだよ」


「性愛を司る類の神を探し出し、子作りの的中率が上がる魔法を掛けるなんてどうだ」


「エルフ族同士で結婚する奴を増やすんじゃなくて、出生率自体を上げるわけか」


 しかし、そんなことを可能にするアーティファクトがあるとは思えないぞ?

 大体にしてアーティファクトは基本神に回帰したい連中だ。

 例えば友好的な神が居たとしてもだ。

 本来は効率的に復活するために敵を殺せる効率を上げるための魔法を使い手に授けるはずだ。

 それが直接攻撃か攻撃補助、或いは防御系かは知らないが、その基本は戦いに特化していると思うのだ。


「アーティファクト魔法でそんなのを授ける神なんているのかよ」


「さて。いるかもしれんし、いないかもしれん。だが、私にこの姿を与えた貴様という存在がある今となっては、試す価値があると思わんか?」


「まさか、その姿なら魔法が使い放題なのか」


「使い放題ではないだろうが、アーティファクトとしてどうしても絞らざるを得なかった制約から解放されている感触がある。だから戦闘用以外のも使えそうだ。とはいえ、私の場合はそんなものは元々使えん。精々が精霊魔法と魔法の武具を取り出す程度だったが、今はもう精霊魔法自体が使えない」


「何故だ?」


「精霊それ自体がアーティファクト化してしまっているから、呼べそうにないのだ」


「なんてことだ」


 ハイエルフの戦闘力が半減するじゃないか。

 おそらく、彼女が念神として回帰してもそれは変わるまい。

 精霊を回帰させないとリスベルクは満足に戦えないのだろう。

 そうか、だからこいつは俺をエルフ族のために許容できるのだ。


 少なくとも俺がエルフ族を害した事実はない。

 混乱はさせたかもしれないが、上手く誘導すれば自分が復活する間の保険にできる。


「代わりに純粋な弓の腕。あとは魔法の武具なんかも少しは使えるが、心もとなくはあるな。元々、ハイエルフは神そのものではなく始祖としての側面が強い。よくあるだろう、神を自称し箔を着ける王などが」


 王権神授説って奴か。

 王という存在の正当性を高めるために、神に認められたとかその血族だとかでっち上げる奴だ。


「ハイエルフの信仰とはそれに近いものがある。だから大層な伝説をでっち上げられて生まれた真性の神とは、基本スペックが違う。まぁ、完全復活すれば神宿り程度には早々に負けたりはしない程度には強いだろうが」


「もしかして、精霊の方が強かったりするのか?」


「当然だ。彼らは自然界そのものへの敬意と畏敬の念から生まれたものだぞ。だから力の規模がそもそも違う。彼らの力を借りて初めて、私は他の神共と対峙できたぐらいだ」


「本物の神はそれだけ強いってことか」


「例えば、世界を滅ぼせる力を持つなど大仰な伝承から生まれたなら、その力は想像を絶する。無論、それだけの力を必要とする以上は相当な質と量の信仰がないと弱体化するし、容易に復活はできない。私などは比較的軽くて済むから覚醒も早かった」


「ウンディーネ」


 詠唱し、水の精霊を呼ぶ。


「ほう、また神モドキか。しかし、武具ではないがなんだそれは」


「俺が呼び出せる精霊だ。お前の呼べたというそれとどれぐらい違う」


「まったく違うな。それはお前に向けられた力を削って生まれたものだろう。本物の精霊は単独で想念を得るものだから、やはり力の規模が違う」


 自分の存在を否定されたように聞こえたのか、ウンディーネが頬を膨らませている。


「落ち着けって、なら俺のためだけの守護精霊ってことだ」


 ご機嫌を伺うようにして話題をすり替え、怒った水色幼女を落ち着かせる。

 しかし、リスベルクの話は存外にためになるな。

 ウンディーネを両手で抱きながら、俺は彼女と自分との相違点を意識する。


「そういえば、俺とあんたとでは力の根源が違うとも言っていたな」


「私は当然エルフ族の想念からだが、お前はどうもそれ以外からも貰っているように見えるぞ」


「それ以外とは?」


「例えばハーフエルフや人間だな」


「……なに?」


「別にエルフ族以外の信仰でも良いのだ。ラグーンズ・ウォーで信仰の大本の大半が死に絶えてしまった。私がアーティファクト化した後に生まれた連中には、きっと完璧な私の伝承を知るものは少ない。この森以外の連中には元々誤差があるのは当然だが、お前はその誤差以上にあやふやな小さな信仰で想念を得ているように私は感じている。そしてそれ以外にもな」


「それ以外……ね」


「ハイエルフの大枠は精霊魔法と魔法の武具を持っているエルフの始祖。この型にお前は一応は嵌っているようだが、それ以外にも存在しない力を持っているだろう。それをもたらした何かのことだ」


 ツクモライズ……いや、この場合はゲーム補正全般のことか。


「ハイエルフの伝承には神モドキを産むようなものなどない。いったいどこの誰が付与したのかは知らんが、この不純物の有無こそが私と貴様の決定的な違いだ。だが今はそれに感謝しよう。おかげで私は、貴様という想念がほとんど被らぬ伴侶を得ることができる」


「アッシュさん、またお嫁さんが増えるんですか?」


「そのうち四桁いくんじゃないかなー」


「……なに? おい、貴様。今のはどういうことだ」


「どうもこうもない」


 秀麗な眉を吊り上げる彼女に、あわよくば破談を狙ってぶっちゃける。


「お前が言う神モドキは基本全員が俺の嫁だ」


「なにぃ!? 神モドキとは言え武器に懸想するとは貴様、なんという節操なしだ!?」


「ちなみに、もうすぐ人間の嫁ができそうな気配がある」


「呆れてモノも言えんわこのたわけがっ!? 少子化問題の手本にならなければならない身でありながらなんてことをしてくれる! 森でモテないから外でちやほやされたいという若者がこれ以上増えたら貴様のせいだぞ!?」


「そう言われても困るぞ。俺ははぐれ廃エルフだし」


「貴っ様ぁぁぁ、私という者がありながらなんたることだ!?」


 怒れるハイエルフ様は、目を吊り上げながら俺に抗議なされる。

 俺の肩を両手で引っつかみ、ガクガクと揺さぶってくるのだ。

 荒々しいその洗礼に、膝の上のウンディーネが迷惑そうな顔でリスベルクを見ている。

 しかし、これはアレだな。

 こいつ、いつの間にか完璧に俺の嫁気取りなのですが、どうすればいいんだ?

 



「貴様がナターシャか!」


「そうだけど……アッシュ、なんでこんなにこの娘は喧嘩腰なんだい?」


 皆目見当がつかないとばかりに首を傾げる気持ちは、俺にも分かる。

 特に隣で洗濯物を干しているダルメシアは、心配そうに見上げていた。


「貴様はこいつの嫁になるそうだな」


「なんだそれでかい」


「こいつは私が貰うから人間は引っ込んでいろ!」


「アッシュはあんたらの神なんだろう? だったら、別に神が何人囲っていようが本人が好きにすればいいことじゃないか」


 ハイエルフだと知らない彼女は、大したことではないと言い切る。

 その様に、意外にもリスベルクがたじろいだ。


「ま、まさか容認しているというのか貴様は! この男のハーレム三昧を!?」


「いやまぁ、まったく何も思わないわけじゃないけどね。でも甘えたい時には甘えさせてくれる男だから気にもならないさね。それに、武器連中はどうにも邪気が無いしねぇ」


 レヴァンテインさんやショートソードさんを筆頭に、皆性根は純粋だからな。

 ついでにいえば、ナターシャは元貴族令嬢だ。

 俺に妾やら側室やらが居たとしても気にするような価値観ではないのだろう。


 俺と彼女の関係はアクション物の二時間映画の後みたいな関係だが、向こうがそれでいいなら俺としては言うことは何も無い。

 この世界で日本での常識など大して役に立たないことは既に学習済みだ。

 もう当人同士が良いならなんでも有りでいいと俺は達観している。

 それに何より彼女の作る飯が美味い。

 蓮っ葉なところはあるが情も深く、個人的に嫌う要素がないのでもう正直向こうが望むなら嫁でいいかと思っている。


 だが、翻ってリスベルクはどうか。

 明らかにエルフ族の繁栄のために俺を扱き使う気満々だ。

 軽く手伝う程度ならいざ知らず、胡散臭いだろう俺に冗談のような深刻な話を聞かせる程であるから、相当な意気込みを感じる。


 なんというか、感覚としては政略結婚に近い。

 それに己の身を躊躇無く投じる献身は驚嘆すべきものだが、どうにもしっくりこない。


「ぐぬぬぬ。人間は欲深いから固執するかと思えば貴様、既に諦めていたとはなっ!」


「諦めというか、アタシは押しかけたほうだから文句を言い辛いところがあるだけさね」


「……じゃ、案内したから俺は行くぞ」


 小声で呟き、これ以上面倒なことにならないように逃げるようとするが二人に両手を押さえられる。


「アッシュ、そもそもこの娘は誰であんたの何なんだい?」


「エルフ族が信仰する本物のハイエルフ、リスベルクだ。少し前に会ってから俺を婿にすると言って聞かないんだ」


「ふふん、神の番は神こそが相応しい。そうは思わんか人間よ」


「結局嫁が増えるって報告かい? まぁ、アタシは止めないから好きにすればいいさね」


 どうでも良さそうに洗濯物を干すナターシャは、リスベルクの猛攻も何処吹く風だ。


「くっ、なんと手強い女だ」


「そう邪険にするな。そこの子を保護してここまで一人で連れてきてくれたんだぞ」


「なに?」


 そもそもここに居る理由から説明すると、リスベルクは態度を変えた。


「なんだ、それを早く言え。私はお前が外でちやほやされたせいで血迷って連れて来たのかと思ったぞ」


「……なんだか、無性にお前の俺への認識が知りたい」


「女なら武器だろうが人間だろうが、見境無く囲おうとする助平な風呂エロフ。それが貴様に抱いた印象だ。光栄に思えよ」


「そんな奴を婿にしようとしているのがお前だ。むしろ自分の趣味を恥じろよ」


「別に一緒に風呂に入るぐらい大した手間ではない」


 ふんぞり返りながらそれがどうした! という態度で臨んでくるハイエルフ。

 俺はナターシャを呼び寄せると、奴の眼前でキスをした。

 できるだけディープな奴だ。

 ダルメシアの教育によろしくないかもしれないが、こればかりは我慢してもらう。


「ちょ、いきなりどうしたんだい。やけに熱烈だったよ」


「リスベルクに認めさせようと思ってな。ふ、これが俺の嫁に必要な器量という奴だ」


「な、な、な、なぁ――おおお、覚えていろ貴様ら!?」


 何故か、それだけで顔を真っ赤にした彼女は逃亡していった。

 これで奴も思い知っただろう。

 俺を婿にするということが、いったいどういうことか。


「本物のハイエルフってのは意外に純情なんだねぇ」


「何にしても、これで諦めてくれるといいが……」


 そう思っていたのだが、夕食時にアクレイがとんでもないことを言い出した。


「そうだアッシュ。どうせならイスカも一緒に貰ってやってください」


「「ごほっ」」


 俺とイスカは、揃ってスープを噴出した。

 勿論、ハイエルフ様はまたもお怒りになられた。


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