第三十話「本物と偽者」
「はぁ、今日も今日とて風呂掃除か」
「主が好き好んでやっていると聞きましたが違うのですか」
「他にやることがないだけさ。今となっては風呂に関連する時間だけが癒しだよ」
放水してくれているエクスカリバーさんに答えながら、デッキブラシで浴槽を磨く。
姫巫女の一団がゲートタワーに居座り始めて数日が経過していた。
その間、ほぼ必ず俺の周囲には連中の関係者がいた。
そう、俺はVIPと称して監視されているのだ。
アクレイは放って置いてくれるが、連中はそうはいかない。
何かにつけて俺を監視してくれるおかげで気が休まる時間があまりないのだ。
外を出歩くなど持っての他で、何か理由が無いと付いてくる。
「今日もこれから入浴をなされるのですか」
巫女団と共に脱衣所周りの清掃していたカミラ姫が問いかけてくる。
「その予定だ」
「綺麗好きでいらっしゃるのですね」
というわけで、さっさと終らせてアッシュ入浴中の札を掲げよう。
「あの、本当にお背中をお流ししなくてもよろしいのですか」
「そういうのは間に合っているんでね」
意味ありげにエクスカリバーさんに視線を向け、連中の介入を封殺する。
というか、姫様にそれをさせるとアクレイ辺りが絶対にとんでもないことを言い出すに違いないからできるわけがない。
他にも下の連中からの返事が返って来るのが楽しみだとかなんとか言っていた。
きっと、面倒な奴が来ることを予見しているに違いない。
正直な話、今からとても胃が痛い。
「……よし、終わりだ」
十分に清掃を終えたので、水を貯めてレヴァンテインさんの火力で湯に変える。
そうして連中を外に追い出して札を変えて朝風呂に突入だ。
余計な介入をしてこないようにウンディーネを預けておけば、連中もお世話で動けまい。
「正直、こんな生活をずっと続けるのは嫌だな」
「やはり戦えないと退屈ですか」
「別に戦うのが好きだってわけじゃないんだが」
ゲーム時代はレベル上げとアイテム蒐集のために戦闘三昧だったから、彼女がそう思うのも無理はないのかもしれない。
「ただ、時間が無為に過ぎていくのは嫌だな」
旅の疲れを癒すにしても、ずっとこの調子では締りが悪い。
イシュタロッテの覚醒も間近で止まっているだろうし、これならまだ戦える方が余計なことを考えないで済む分マシである。
「ナターシャが羨ましいぞ」
彼女は姫巫女が安全を保障してくれたので、ダルメシアと一緒に洗濯の手伝いだ。
ぶっちゃけ、巫女団に監視から逃げるべくその道を選んだとも言うべきか。
あいつも俺と一緒にいてあんな連中に四六時中張り付かれるのは御免なのだろう。
「そういえば、彼女も嫁だそうですね」
「レベルを上げて不老になったらな」
まぁ、そこまでされてもし成れなかったとしてもごめんなさいなんて俺は言えない。
向こうが本気なら腹を括るだけである。
「丁度良い機会ですし、他の武器のレベル上げも行うのはどうでしょうか」
「ついでに精霊のレベル上げも今のうちにやっとくのもいいな」
うちの面子は圧倒的に後衛が欠けているので、戦闘の幅を広げるのにもいいだろう。
基本は安全重視で戦うためカンスト勢を率いてきたが、今の俺なら守られる必要はあまりない。
ナターシャやイスカにしてもそうだ。
アデル王子程に気を使って守る必要もないはずだから、空いた時間に色々とやれるはずだ。
「後は、脱ポーションだな」
「回復系のスキルを武具に付与すれば良いだけでは?」
「それも考えたが、あまり鍛冶系のアイテムは消費させたくないんだよ。その代わりにポーションは在庫がかなりあるから気にしなかったんだが」
「そういえば、ポーションは呆れるほどに買い込んでましたね」
アイテムは一つにつき65535個インベントリに所持できる。
そして死に戻り対策で金を物に替えて置くのが無限転生オンラインというゲームでのセオリー。
おかげで回復関係のアイテムを常にカンストさせる者は高レベル者なら珍しくない。
とはいえ、VR以前のMMOで出来たポーションのがぶ飲みができないので回復タイミングをミスすると容赦無くソロでは死ねたが。
「向こうでのアイテムは基本的に補充できないと思ったほうが良い。おかげで食材関連をもっと買い込んでおくべきだったと後悔してるよ」
特に調味料とカレー粉が痛い。
「ならば、確かに精霊を鍛えておくのは良い機会かもしれませんね。属性は?」
「優先するのは光と水と土だな。後は、余裕があれば火と氷か」
「それでは武器を上げる余裕がないのでは?」
「そのあたりはやってみてからだな。ただ、絶対に弓は上げるつもりだ」
ダロスティン対策にアルテミスの弓のレベルだけはしっかりと上げておきたいのだ。
最悪、あまりにも鬱陶しい動きを見せれば『インドラの矢』か『アグネアの矢』を『嘆きの必中矢』でぶちこんで消し飛ばしてやりたい。
レヴァンテインさんのスキル『終焉の炎』も大概だが、インド方面の神話をモチーフにした武器の固有スキルにも、破壊力やら規模がふざけているものがある。
都市を一撃で壊滅させるとか一軍吹き飛ばすとか、半径四百メートルを核攻撃並にぶっ壊すとか、もう説明を聞いただけでも全域攻撃スキルだと分かりそうな武器ってなんだよ。
イベント以外には使えない固有スキルの充実は他の系統の比ではなく、敵味方入り乱れてそんなものを同時に起動すれば当たり前のように大量の死者を出した。
懐かしい思い出だ。
ゲーム時代は『そして誰もいなくなった』を地で行く戦場があったわけで、ネタ動画として見る分には面白いがその場に立つともう笑うしかなかった。
誰もやらないようなことを敢えて再現しようとしたメーカーの冒険心だけは、個人的には褒め称えたい。
おかげで俺はモンスター・ラグーンでレヴァンテインさんによるレベル上げが出来たのだから。
この恩恵は最大限にあずかろう……と、そこまで考えて俺は大変なことに気づいてしまった。
「いかん、今更思い出したが課金アイテムが消えてるじゃないか」
大抵は一月しか持たないのが課金アイテム。
コンシューマゲームとは違うそのネットゲーム系の集金システムは、無限転生オンラインでも同じだった。
「では、その分しっかりとフォローしなければなりませんね」
腕が鳴るとばかりに頷くエクスカリバーさん。
力強いその笑みは、どこかの誰かが浮かべるアルカイックなそれとは違って澄んでいて、清廉を極めている。
普段はどこか実直でお堅い彼女も、風呂ではやはり雰囲気が違う。
俺だけが知っていれば良いその顔は、しかしあろうことかあの男の大声で無くなった。
「アッシュ、急いで武器を構えなさい!」
「……アクレイ?」
風呂で武器を構えろと叫ばれる意味が分からない俺は、塔の上から聞こえてきただろう声に首を傾げた。
そうして、その瞬間で意味を図れなかったかったことを後で悔やんだ。
その後直ぐに聞こえたのは誰かの制止の声。
エクスカリバーさんと俺は揃って立ち上がり、訝しげに顔を見合わせていた。
そこへ、出入り口付近のベニヤ板の壁を蹴り飛ばし飛び込んでくる光の塊があった。
――嗚呼、なるほど。
これは確かに武器を構えろって言うわけだ。
それは止まる事無く疾走し、淡い光を纏ったまま俺へと突貫してくる。
相手は、右手にレイピアを持つ十代後半程度のエルフの少年だった。
「主――」
あまりにもそれが早すぎて、棒立ちだった俺はエクスカリバーさんに突き飛ばされた。
礼を言う暇はない。
浴槽の端まで飛ばされた俺が反射的に前を向いたその向こう、騎士少女の身体をレイピアの切っ先が貫いていた。
「エク――」
だが、それでは足りないとばかりに捻られた手首が致命傷を与えるために動いたかと思えば、少年が彼女を蹴り飛ばし力ずくで刃を抜いた。
倒れる身体が湯船に沈み、血の赤が湯船を染める。
血が滴る刃を振り払う少年のせいで、赤い何かが俺の頬まで飛んだ。
――ダメだ、これはダメだ。
どこの誰とも思えぬ制止の声と上がる怒号がやけに遠い。
それに続いて他にも何やら多くの戦いの音が聞こえてくる。
だが、今はそれらの音が遠すぎるぐらいに遠過ぎて、よく頭には届かなかった。
「――な」
見据えた相手の双眸と、俺のそれとが視線で重なった次の瞬間にはもう、俺は装備のショートカットを起動していた。
鎧う鋼の感触も、手に握るグングニルの重量も何もかもが今はどうでもいい。
成すべきことはタダ一つ。
「生きてここから帰れると思うなよ神宿りぃぃ!!」
エルフの森の中、少数精鋭で森を突っ切るエルフの集団が居た。
それは、エルフ・ラグーンのダークエルフの王アクレイへの返事を携えた一団だった。
その先頭を行くのは、エルフの王国『シュレイク』の王子ルースだ。
見た目はやはり、若い。
二十代前後といった様子の彼は、しかしその若さを裏切る年齢であった。
彼はラグーンズ・ウォー時代から生きる剛の者だ。
見目麗しいと定評があるエルフ族の中でも、群を抜いているその容姿。
にも関わらず、そこらの戦士たちよりも遥かに鍛えられた体を持っている。
「皆、急ぐぞ!」
向かうべきゲート・タワーから不自然なまでに多く煙が上がっていた。
ただの炊事用のそれではないことは明白だ。
彼は拙速に決断を下すと、駆っていた馬の速度を速めた。
「クルルカ様、しっかり掴まっていてくださいねー」
「分かったのじゃ」
実家に帰省中のはぐれエルフ。
ディリッドの箒の上で、ギュッと背にしがみ付いたクルルカは胸騒ぎを覚えながら森の中を抜けていく。
「アッシュたちは大丈夫じゃろうか」
「アシュー君は心配するだけ無駄ですよ。むしろ他の戦士たちが危ないですねー」
「ディリッド、そのアッシュとか言う紛い物はそんなに強いのか」
「神宿りの巨人の一撃を真正面から受け止められるぐらいには力がありますよ」
「……それは本当にエルフか?」
巨人をかつて見たことがあるルースは、真正面からという言葉が俄かには信じられない。
もし仮にそれが本当だとしたら、ハイエルフの紛い物ではなくなってしまう。
下のエルフがアッシュを疑ったのは、王家が保有するアーティファクトに、ハイエルフの『リスベルク』が存在するからに他ならない。
だから、エルフ・ラグーンに現れたというアッシュは紛い物にしか思えなかったのだ。
だというのに、会談の折には上のエルフの一部がラルクを攻めた。
知らぬからと理解はしていても、それで上と下のエルフはより険悪になってしまった。
ダークエルフの王は宥めようとしていたが、それでも彼もアッシュ神説を肯定するので癪に触ったのもあっただろうか。
もとより、下に残ったエルフの王族と上のエルフ王族は最悪の事態に備えて分かれた勢力である。
森を守るために残った下側と、種を維持することが目的のラグーン側とでは元々考え方が違う。
そして長きに渡る断絶の時間が、更に考え方に溝を作った。
冷静にそう分析することは容易い。
だが、感情はそうは行かない。
何よりも、ハイエルフは下に残って戦った。
だからこそ下の王家が所持しているのだが、よりにもよって上にも現れたというのだ。ラグーンの者たちにとっては、種の保存を優先した自分たちの存在を肯定するのに都合が良かったのだろう。
ルースはそれが腹立たしい。
また、上と下で再び出入りができるようになったことで勢力の統合をという話も出てきている。
そのために挙げられたのがルースとカミラの婚姻だ。
これがまたルースを苛立たせた。
かつてそれを阻んだ連中が、掌を返すその厚顔無恥さはなんだ。
だからこそ、次代の者として断固たる決意で返事を携えても来たルースであるが……ただ事ではない何かのせいで、一旦はその考えを保留にさせられてしまっていた。
「まぁ、今は紛い物のことなどどうでもいい。真贋はリスベルク様が判断することだ」
馬の手綱から右手を佩いた長剣の柄に当てる。
ハイエルフの女王として信仰された彼女ならば、一目で真贋が見抜けよう。
既に覚醒を果たしているのだから、会話さえできる。
彼女はエルフ族のための助言を欠かしたことはなく、王家にも勝る権威を持つ。
その威光が、必ずや真実を暴き立てる。
相手がただのエルフなら、ハイエルフには逆らえないのだから。
「重要なのは、また奴らかということだ」
「位置からすると北ではないはずじゃ。多分、ロロマ帝国辺りからではないかのう兄上」
「私はリスバイフが怪しいと思うがな」
複数の潜入ルートから度々森の集落が襲われている。
いい加減、ルースとしても頭に来ていた。
戦士たちを派遣し、守りきれたこともあれば全滅することさえあった。
そういう相手が、遂にエルフ・ラグーンへの入り口を発見してしまったのかもしれないのだ。
一人たりとも生かして帰すわけにはいかない。
ルースは更に速度を上げた。
ウンディーネを胸に抱いたまま食堂で巫女団に守られていたカミラは、外から聞こえる金属を打ち付けあう音に震えた。
怒号と絶叫。
平和な時間を追いやる戦いの音が、拠点を瞬く間に席巻する。
「悪いけど、外を見てきたいから誰か武器を貸してくれない?」
厨房に居たダークエルフ――イスカが巫女団に問いかける。
手にもっているのは無いよりはマシ、といった程度の果物ナイフだ。
さすがに、それだけで外に出るのは無理だということだろう。
「予備ので構わないんだけど」
「さすがにそりゃ無理なんじゃないかい?」
洗濯もそこそこに、ダルメシアを抱えて避難してきたナターシャが言った。
イスカが武器を所持することは許されていないことを知っていたからだ。
しかもこの状況でそれを許すのは中々に難しい。
その理由も本人には重々承知しているので肩を竦めるだけだった。
「心もとないけど、しょうがな――」
瞬間、台詞を遮るようなけたたましい音と共に、食堂の壁が粉砕された。
避難してきた者たちの視線が、一斉にそちらに向く。
そこには、淡い光を纏ったエルフの少年が胸を槍で貫かれている様が見て取れた。
誰がどう見ても即死の状態である。
なのに、その少年は平然と起き上がって槍を抜こうとしていた。
「ひっ!?」
カミラが悲鳴を上げ、巫女団が反射的に瀕死の少年との間を遮る壁となった。
イスカとナターシャもまた、すぐにフォローできるように武器を構える。
そこへ、砕けた壁の向うから何かが飛び込んできた。
それは猛スピードで飛翔する柄の短い巨大なハンマーだった。
レイピアを持つ少年が、避けようとするも鉄槌は許さない。
弾道を不自然にも捻じ曲げて衝突。
雷鳴と骨を粉砕する音だけを残して、少年を食堂の奥へと吹き飛ばす。
誰もが声を失ったその場所へ、壁から全身鎧を纏った誰かが猛スピードで侵入した。
「アッシュ!」
気づいたナターシャが声を掛けるも、彼は振り向かずに突撃。
右手に携えた炎の魔剣を一気呵成に突き出した。
よろめきながら立ち上がった少年は、それを避けられない。
呆気ないほど簡単に腹を貫かれた少年が炎に焼かれるのを無視しながら、アッシュは食堂の奥の壁さえも突き抜けた。
正に圧倒的な力だった。
その情け容赦ない程に苛烈な姿に、見ていた者たちが揃って閉口する。
後に生じる断末魔の如き絶叫に、気の弱い者たちが怯えたように肩を抱いた。
特に幼いダルメシアがそうだった。
ナターシャはその間、目を閉じてしがみつくダルメシアの背中を抱きながら、終るのを待った。
数秒後、戻ってきたアッシュは放置していた投擲した武器を回収しに戻ってきた。
「誰か、負傷した者はいるか?」
「この中にはいないよ」
「ならいい。ポーションを少し置いていくから、重傷者が来たら使ってくれ」
「あんたはどうするのさ」
「残りを掃除する。悪いがウンディーネは消すぞ。護衛を残していくから安全が確認できるまではナターシャは姫巫女たちの護衛を頼む。それとイスカ」
「なに」
「お前、それじゃ戦えないだろ」
不壊のミスリルソードを鞘越しに投げると、アッシュはショートソードとロングソードを擬人化。いつもの武器を持たせて外に出ていった。
「手伝い、必要なのかしら」
「いないよりはいいんじゃないかい?」
要監視人物でもあるイスカは、投げ渡された剣を見ながら呟いた。
その向うでは、出入り口で武器を構える鋼色コンビが仁王立ちしていた。
アクレイと俺が合流した頃には完全に戦いが終っていた。
下の拠点の被害は甚大だが、どうやら俺が神宿りを倒した瞬間には戦いが終息したようだった。
「アクレイ、連中はどういう奴らなんだ」
「分かりません。何せ斬っても突いても動くような連中でしたから。中にはうちの戦士たちの姿もありました」
「それは妙だな」
今更だが、手に入ったアーティファクトを識別しようとしてインベントリの外に出そうとした俺は、予想以上に血が上っていた自分の頭に呆れてしまった。
神宿りが可能なアーティファクトだ。
俺が触れて乗っ取られでもしたら問題だろう。
……が、どういうわけか取り出せなかった。
グレッグの斧や地獄の戦鬼の金棒もそうだ。
所持しているはずなのにも関わらず取り出せない。
例外は薙刀のアヴォルだけだったが、こいつは沈黙を守ったまま何もしなかった。
状態異常無効の指輪の効果か、それとも俺が念神だからか。
どちらにせよついさっき始末した少年のアーティファクトが取り出せない。
インベントリ内で強引に識別すると、ネクロマンサーと出た。
そして、侵入してきた連中の死体を調べるとハーフエルフであったことだけは判明した。
しばらく検分していると、部下から話を聞いていたアクレイがやってくる。
「アッシュの薬のおかげで助かった者によれば、どうやら裏切ったのは死体のようです」
「死体か。となると……あの神宿りの魔法は死霊術とかそういうのかもしれないな」
「なんですかそれは」
「死体を意のままに操る術だな」
「それはまた、なんとも冒涜的な魔法ですね」
ハーフエルフが犯人なので、アヴァロニアだと思うが魅了の魔法といい死霊術といい、随分とえげつないのを投入してくる。
確かに上手く運用できれば効率的ではあるのかもしれないが、これは明らかに人道に欠いている。
いや、そもそもそんなものが初めから存在しないのかこの世界には。
「早期に決着が付けられたのは幸いでしたね。長引けばもっと被害が出たはずです」
被害という意味では大きいだろう。
アクレイも数人がかりで押さえ込まれたという。
彼にとっては顔見知りの戦士たちだ。
傷つけないように正気に返そうとして困っていたらしい。
しかも奴のツレらしき人物がアーティファクト魔法さえ使ってきたそうだ。
これには西の大国の層の厚さを実感せざるを得ない。
ただ、アヴァロニアの連中にも誤算があったのだろう。
俺という念神の存在だ。
神への回帰願望が強かったのか、愚かにも俺を狙ってきたせいで奴らは何も持ち帰ることができていない。
どうやら、初めから全て死体だったようなのだ。
「アクレイ様! エルフの使者が到着なされました!」
「……こんな時にですか」
急ぎ、伝令に追加の戦士の派遣要請と被害報告を出すように命じるアクレイは、俺に目配せした。
どうやら、ついて来いということらしい。
俺は後に続き、全身鎧のままゲートを越える。
武装はレヴァンテインさんを佩いたままだが、襲撃がこれだけとも限らない。
ただ、それでも今はエクスカリバーさんの安否だけが心配だ。
彼女は死に、今は俺のインベントリに強制帰還している。
おそらくデスペナルティのせいで一日は会えないだろう。
風呂で裸だったのが致命的だった。
いつもの甲冑姿であれば少なくとも助かったはずだ。
もし、ゲーム補正を逸脱しリアル補正が働いたとしたら悔やんでも悔やみきれない。
今はただ、無事を祈るばかりだ。
「お久しぶりですねアシュー君」
塔から拠点に下りた俺は、外に出るなりディリッドに声を掛けられた。
「アッシュじゃと? この鎧男がか」
「ディリッドにクルルカ姫か。久しぶりだな」
兜を脱ぎ、手を上げて近づこうとした俺だったがそこへ見たこともないエルフの男が立ちふさがった。
「貴様がハイエルフを名乗る紛い物か。それでこの様とは、とても信用できんな」
絵に書いたような高圧的イケメンエルフの登場である。
なんだか、思ったよりも普通っぽいので逆にホッとしてしまった。
「はぐれエルフのアッシュだ。ハイエルフと呼びたい奴は好きに呼んでくれ。俺は断固として違うと言ってやるがな」
「違う、だと?」
怪訝そうにするその男の脇を抜け、クルルカ姫が笑う。
「相変わらずそんなことを言っておるのかアッシュは。ふはは、変わらんなぁお前も!」
「俺自身が神をやるつもりなんてこれっぽっちもないからな。それで、こっちの偉そうな奴は誰だ」
「兄上のルースじゃ」
ふふんと、何故かふんぞり返るクルルカ様である。
「……偉そうじゃなくて本当に偉いのか。あー、謝ったほうがいいか?」
本人に尋ねると、彼は俺を無視して姫に尋ねた。
「クルルカ、本当にこいつがそうなのか? あまりにも神々しくないぞ」
「うむ! アクレイ王がそう言っておったぞ」
「……ディリッド」
「神なのは本当ですよ。私のロウリーも、神だと感じてますからねー」
眉根を寄せるそのルース王子とやらだったが、次の瞬間には毒を吐いた。
「ふん。それでもリスベルク様は微妙に違うと言っておられるがな。怪しいものだ」
「リス……誰だそれ?」
電波でも受信したのかこのイケメンは。
「シュレイク王家に伝わるハイエルフ様じゃぞ。今はそのアーティファクトじゃ」
「なんと、失われたとばかりに思っていましたがこれはこれは。上に秘匿するなど下の方々もお人が悪いですね。ええ、本当に……ふふ。ふふふ――」
「なんだ、本物のハイエルフが居るなら俺なんて担ぎ出す必要はないじゃないか」
アクレイに抗議するが、奴はフフッと笑うだけだ。
少しだけ笑いの質がいつもと違うような気がしたが、彼は微笑むのを止めない。
面倒くさいが、ルース王子に勘違いを訂正するためにも地面に文字を書いて説明する。
「むぅ、リスベルク様は納得したようだ。つまりお前は新種の神なのだな」
「そうなるのかもな。そうだ、ちょっとその剣を貸してくれないか」
「もしかしてハイエルフ様を一時的に復活させるんですかアシュー君!?」
「復活じゃと?」
「どういうことだ」
ディリッドの猛プッシュにより、渋々ルース王子が貸してくれる。
別に妙なことをするつもりはないが、持ち逃げさせないようにか王子の仲間たちが俺を囲んでいた。
襲い掛かってこないなら別になんでもいいわけだが……止めろよアクレイ。
「付喪神顕現<ツクモライズ>!」
「「「「――」」」」
途端に、彼らが一斉に口をポカンと開けた。
数秒の沈黙。
その後、いの一番にルースが顕現した女性に向かって自然と片膝を突く。
正に、主君の尊顔を仰ぎ見た騎士と言った風情だが、その礼を受け取るべき相手は変化した自分の姿を妙に執拗に確認していた。
ロングウェーブの金髪に、白い肌に翡翠の瞳。
相貌はやはり、エルフ族よろしく信じられない程に整っている。
誰がどう見ても美女という形容しかでないだろう。
当たり前のように黄金比で作られたのでないかと思わせるほどに非の打ち所がないその肉体は、シンプルな白いドレスに包まれており、その簡素さが逆に彼女の存在を引き立てている。
そして極めつけはこの他を圧倒するようなこの気配だ。
擬人化したロウリーや、神宿りの連中の威圧感にも似たそれが彼女からも放たれている。
「ふむ、誰か鏡を持っていないか」
「こ、こちらに」
クルルカのお世話のためについてきたのだろう。
大きなリュックを背負っていたエルフの女戦士が、急いで手鏡を取り出した。
「……誰だこの美女は?」
「リ、リスベルク様のお姿だと思われますが」
「ふーむ。これが私か。美しすぎて我ながら眩暈がするな」
なんだ、自分にコンプレックスでもあったのか?
「妙ですね。リスベルク様は童女のように愛らしいお方だったはずですが」
「成長したということか? まぁいいさ。おい、そこのハイエルフもどきの神……アッシュとか言ったな」
「ああ」
「この不可思議な術、それが貴様の神としての力か」
「その一端にはなるだろうな」
「ほう。まぁいい。気に入ったぞこの姿。褒めてやろうではないか」
手足の後に、しきりに胸の辺りを意識した様子で本物のハイエルフ様が仰られる。
どうやら俺の擬人化スキルで顕現した姿は、所詮は仮の姿に過ぎないらしい。
しかし、そうか。本物はハイロリフ様だったのか。
彼女をかつて見たことがあるエルフ族にとっては、今の姿はきっと色々と衝撃をもたらすに違いない。
神は大きくあるべきかなのか、それとも小さくあるべきか?
これは宗教学的にもきっと重要な考察に違いない。
「ルース」
「はっ」
「こいつはハイエルフもどきだがエルフ族には違いない。我らが同胞を害さぬ限りは放っておけ。崇めるにしても個々人の好きにすれば良い」
「し、しかしそれでは御身の復活が遅れてしまうのではありませぬか!?」
「構わん。見たところこいつと私とでは力の根源が微妙に異なっているからな」
「なんと!?」
からからと笑い、楽しそうにリスベルクが俺を見る。
まるで見定めようとでも言うかのようだが、不思議とそれには不快感を覚えなかった。
変に持ち上げられている風ではないからか、それともお互いにエルフ族だと理解しているからだろうか。
とても不思議な女性であった。
「そもそもの話だが、ハイエルフは他の神どもとは少し毛並み違うのだ」
「違う?」
「そう、違うのだ」
自らの言葉を噛み締めるような心地で彼女は呟く。
言葉の意味を聞こうとした俺だったが、彼女はそれを制するようにして尋ねてきた。
「それで、この術はいつまで持つのだ」
「俺が死ぬか解くまでだな」
「そうか。よし、ならば貴様は私の婿にしてやろう。光栄に思えよ?」
……なんですと?




