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第二十九話「姫巫女」


 朝食後、特にやることが無い俺は浴場の更なる充実を図ることにした。

 どうやら、エルフ族の戦士たちもそれなりに気に入ってくれたようである。

 おかげで身体を拭くタオル代わりの布の洗濯量が大幅に増えたらしく、生活周りの手伝いをしているダルメシアも大忙しらしい。


 余計な仕事を増やしたのは俺のせいかもしれないが、そこはまぁ許して欲しい。

 汗臭い戦士たちに囲まれるよりは、きっと衛生的で清々しい日常を送れるはずだ。


「なにがあんたをそんなにも風呂に駆りたてるのかねぇ」


 道具を借り、排水口周りのドブ攫いをしていた廃エルフ。

 そんな俺を見て、ナターシャが呆れ混じりの視線を向けてくる。

 なんだかんだいって彼女も浴槽の清掃を手伝ってくれており、トライデントで放水するレヴァンテインさんにあわせ、デッキブラシでゴシゴシとやってくれていた。

 だが、風呂の充実を目指して活動する俺が理解できないようだった。


「汚い風呂より綺麗な風呂だ」


「そこを否定はしないけどさ。あんた、一応は連中にとっては神様なんだろ」


「そうらしいが、神がドブ攫いをしてはいけないという法はない」


「ありがたみってもんを考えなよ。あの連中も困ってるだろ」


 浴場の入り口には、こちらを見ながら妙に葛藤しているエルフ族の戦士が数名居た。

 アクレイは俺たちについては基本は放って置けば良いと通達している。

 だが神が目の前でドブ攫いをする姿を見せられたせいか、かなり悩んでいる様子が見て取れる。 


 手伝うべきか、邪魔しないように暖かく見守るべきか?

 それが問題なのだろう。


「とはいえナターシャ。ぶっちゃけ、俺には今やることが無い」


 ゲートタワーを警備するのが彼らの仕事だが、俺は別にそんな仕事を持っているわけでもない。

 人手が足りないわけでもなさそうだ。

 なら復活させた浴場の管理ぐらいは俺が率先してやらなければなるまい。


「だからってねぇ」


「それに俺だけ何もしないのはな」


 進んで仕事がしたいわけではないが、他の連中が一生懸命に働いている中でごろごろはし難い。飯も出してもらっているわけだしな。


「あんた、戦う以外には他に何かできないのかい?」


「武具の修繕に作成、あとは物資の運搬ぐらいだな。そうだ、皿洗いもいけるぞ」


「……せめて武具の修繕にしときな。連中もその方が喜ぶと思うよ」


「風呂の充実よりもか?」


「そりゃそうさね」


「妙だな。衛生環境の充実は病気の発生を抑えるためにも重要なはずだが……」


 どれだけこの世界で浸透している考えかは知らないが、一応は反論を試みる。


「ついでに言えば、俺は風呂を疎かにして臭う奴は嫌いだぞ」


「それはアタシに気をつけろってことかい?」


「元は綺麗好きな文化圏に住んでいたからな。当然、ナターシャにもそれは要求する」


「まさか、こんな朝から風呂に入れってのかい?」


「朝風呂は特に気持ちいいぞ。なぁ、レヴァンテインさん」


「ん」


 その通りだとばかりに援護射撃が入る。


「せっかくだし、交代で警護をしている者たちのためにも朝昼晩と入れるとしよう」


 どうせ水と燃料はMPしか消費しないのでタダだ。

 掃除が手間だが、それぐらいは暇な俺がすればいいだけだしな。


「もうあんたの好きにしなよ」


 言っても聞かないと分かったのだろう。

 処置なしとばかりに掃除に戻るナターシャだったが、その後で彼女はしっかりと朝風呂に入っていた。




「それで試したいことというのは?」


 朝風呂を終えた俺は、アクレイと共にゲートのある最上階へと赴いた。


「いや、この千切れた線があるだろ。これと、コアに繋がっている線を繋げられないかと思ってな」


「繋いだらどうなりますか」


「コアに電気が流れるようになるはずだ」


「電気……ああ、雷の力ですね」


「そんなようなものだ」


 千切れた線が俺にはただの大きめのコードにしか見えない。

 前の時は電気さえ供給すれば動くと思ってサンダーのスキルがついた剣をアクレイに預けたわけだが、よくよく考えればバッテリーコアは非常用のバッテリーでしかないのだ。


「石碑によれば、こっちの装置が魔力を使って発電しているらしい。その発電された電気はこの線を通ってそのコアに貯めつつ、その先のゲートを起動させている」


「よく分かりませんが、つまりコアは別に必要ないということですか?」


「石碑の記述からすればな」


「では貴方が持ち込んだサンリタルはなんなのですか」


「ただの伝導体だろ」


 要するにコアはノートパソコンのバッテリーみたいなものだ。

 ノートパソコンはバッテリーを外しても、アダプターをコンセントに繋げばそこから電気が流れて使える。

 それは別にバッテリーを経由する必要がない構造になっているからだ。


 ゲートの場合は、充電用のコアを必ず経由するという構造のせいでコアを外すと電気が通電しないのではないかと思われる。

 少なくともヴェネッティーの場合は破壊されたのはコアだけだった。

 そこにコア代わりに電気を通すらしいサンリタルをはめ込んで起動していたのなら納得がいく。

 ただ、他に金属の塊などで代用しなかった理由はよく分からない。


 バッテリーコアと似たようなものを探して、水晶やら宝石で試したということだろうか? それとも様々な物質の中でサンリタルでなければ十分に通電しなかったか。

 試してみたい気もするが、ここはバッテリーコアが生きているしリスクを考えれば何もしない方がいいか。


「結局はこの装置から電気を直接流すか、バッテリーコアに蓄えて少しずつ使うかの差だろうな」


 この際電圧がどうだとかは気にしてもしょうがない。

 タケミカヅチさんの電気やらサンダーのスキルで動くのだ。

 結局は使えればいい。

 とりあえずは、タケミカヅチさんに手持ちの銅のインゴットで作った武器『鋼糸』の銅版を渡して、切れたコードらしき線に巻き付けて繋いでもらう。


「おお、コアの輝きが増しましたね」


 アクレイや見守っていたエルフ族の戦士たちが感嘆の声を上げる。

 「さすがはハイエルフ様だ」などと調子の良い呟きもあったが、モンスター・ラグーンの修理ではこれを教訓にするとしよう。

 しかし、なぁ……。


「アッシュ、何か思うところでもあるのかい?」


 喜ぶ彼らとは対照的に、押し黙っていたのが気になったのだろうナターシャが問いかけてくる。


「いや、俺はどうしてモンスター・ラグーンから飛び降りる前に色々試さなかったのだろうと思ってな。もしかしたら、手持ちの道具でどうにかできたかもしれないのにな」


「飛び降り損だったってのかい?」


「どうかな。ヴェネッティーや君の問題を片付けられたのは良かったと思うが」


 それでも微妙な気分になるのだからしょうがない。


「アクレイ様!」


「おや、何かありましたか」


 エルフの戦士が階下から駆け上がってくる。


「巫女姫様の一団が到着されました」


「おやおや、昨日の今日でもうですか」


「よしナターシャ、タケミカヅチさん。向こう側のゲートもついでに確認しに行こうか」


「ふふふ。向こうは壊れてなどいないのでそれには及びませんよ」


 ゲートの向こう側へと消えようとする俺のコートを掴む戦士長。

 その微笑は相変わらず絶えることのない胡散臭さに満ち溢れている。

 俺はHANASEとばかりに睨むが、やはり彼には通じない。


「さぁ行きましょう。ナターシャさんの滞在を正式に認めさせるチャンスですよ」


 どうあっても俺を担ぎ出す算段らしい。

 そもそもなんだ姫巫女って。

 巫女の前の一文字が面倒なイメージしか湧かないぞ。


「一応先に聞いておくが、会うとしても俺はどういう態度で接するのが望ましいと思う」


「それは勿論、ハイエルフらしい態度がよろしいでしょう」


「……偉そうにすればいいのか?」


「さて、偉そうにする貴方など見たことはありませんがね」


 よし分かった。

 なら気持ち悪いぐらい馬鹿丁寧に接してやる。

 現代人の処世術を舐めるなよ!

 などと調子に乗っていた俺は、塔から出てすぐにその考えを改めさせられた。


「アクレイ、あの今にも戦争を始めようかという一団は何なんだ」


「アレが姫巫女様の一団です。上のエルフの王が姫をとても可愛がっていましてね」


 普通はその親の愛に納得するべきなのだろう。

 けれど、目の前の二十人は居る武装集団はそんな可愛げのあるものには到底見えなかった。

 鎧と弓と剣で武装したエルフの戦士たちは、凄まじいまでの威圧感を放っている。

 識別しなくても分かる。

 彼らはきっと、この拠点に配置されている並の戦士たちよりも確実に高レベルだろう。きっとエリート戦士とかそういう分類の連中に違いない。


 よく見れば、拠点に詰めていたエルフの戦士たちが、頭を垂れ身体全体で敬意を表している。ダークエルフの戦士たちはといえば、胸に手を当て何やら特別な仕草のようなものをしている。

 これは種族別の敬意の表し方とでも察するべきか。

 そのどちらにも精通していない俺としては、この時点で出鼻を挫かれたといっても過言ではなかった。


 あえて言おう。

 俺はいまこの状況に置いてきぼりにされ、はぐれてしまった、と。


「――」


 その一団から、突き刺さるような視線が真っ直ぐにこちらに向けられている。

 なんとなくだが、その値踏みするような視線が面接官のそれにも似ていてとてつもなく気が滅入った。


 誰を見ているのかはなんとなく分かった。

 きっと隣で胸に手を当てているアクレイではない。

 何もせず、ボケッと突っ立っている俺と俺の連れ二人だろう。

 彼らの中には困惑と同時に怒りを露にしている者も見受けられた。

 不敬罪と見てか、それとも人間を見てか。


 どちらにせよ、愉快な視線ではないことだけは確かだ。

 ただ、そんな一団の只中にあってただ一人違う者がいた。


 白い。

 とても白い衣を身に纏ったエルフの女性だ。

 クルルカ姫を成長させたような顔立ちだが、十代後半程度に見えるその女性はあの姫様とはまた違った印象を受ける。

 クルルカ姫は見た目も年齢通りに幼かったが、この女性は肉体の成熟性だけでなく確かな精神の成熟を思わせる柔らかな笑みを浮かべている。

 一目で姫巫女だと分かったが、周りのお付きのせいで酷い温度差だ。


 けれど、そんな相手を俺は当たり前のように警戒してしまっていた。

 武力などこの際問題ではない。

 肩書きの厄介さが始末に終えないと、中身が一般人でしかない俺の感性が警鐘を鳴らしていたからだ。


 やがて、一団は俺たちの前で止まる。

 そんな中、戦士たちの間を歩いてくる姫巫女にアクレイが恭しく礼をする。


「これはこれはお久しぶりですカミラ様」


「こちらこそお久しぶりです。ところでアクレイ陛下、もしやそちらの方が例の?」


「はい。ですが、今の私はしがない戦士長ですのでどうぞただアクレイとお呼び下さい」


「ふふっ。相変わらず面白い方ですねアクレイ様は」


 この時、俺は姫巫女さんよりも警戒しなければならない男がこの場に居たことを改めて思い知った。その男は、やはり微笑を浮かべたままであった。




 挨拶もそこそこに、俺たちは食堂に向かった。

 大人数を収容できるようになっているというのもあったが、他の護衛をまとめて収容できるような適当な場所があまり無かったのも大きいだろう。


「聞いてないぞアクレイ陛下」


「言ってませんでしたから当然ですね」


 イスカを引き取って周囲を黙らせられたわけだ。

 なんだよ、上と下ひっくるめてダークエルフを統括している王って。

 釈然としない顔でテーブル席についた俺は、左にナターシャ、右にタケミカヅチさんに挟まれたまま目頭を揉んでいた。

 気のせいか、色々と頭痛のようなものを感じて止まない。


「アクレイ様は率先して自ら動くことで有名ですから」


「それもこれも、妻が優秀過ぎるからこそできることです」


 ノロケまで完備とは恐れ入る。

 きっと、クルルカ姫やラルクも驚かされたに違いない。


「このまま妻の自慢話をしたいところではありますが、そろそろ本題に入りましょうか」


「わたくしは姫巫女のカミラと申します」


「自称はぐれエルフのアッシュだ。堅苦しいのは嫌いなので好きなように呼んでくれ」


 俺はテーブルの上で両手を組んだまま、巫女団のエルフたちが周囲でざわめくのを無視しながらのたまう。

 何故ならここはアウェイだ。

 全周囲を巫女団に囲まれているので、その威圧感に負けないように強気で出ることにする。

 どうせ威厳など出せないのだから、せめて気迫負けしないようにという悪足掻きだった。


「ではアッシュ様、そちらのお二人を紹介して頂けますか」


「人間のナターシャと、俺の武器であるタケミカヅチだ」


「武器……ですか」


 首を傾げる彼女に、アクレイが補足する。


「間違いなく武器です。私も彼女が剣である姿を拝見しましたので」


「それは後で確認させていただいても?」


「別に今でもいい」


 スキルを解除し直刀に戻すと、すぐにざわめきが更に酷くなった。

 中には俺を見て拝み始める巫女がいた。

 祈られてもご利益もなど与えられないせいもあってとても心苦しい。

 なんとか気づかない振りをしながら、俺はタケミカヅチさんを擬人化し直す。


「おお、神の奇跡の光だ!?」


「これが我らが始祖様の力……」


「なんて神々しい」


 どうしよう。

 スキルのエフェクトだけでこの有様だ。

 ハイエルフじゃなくて廃エルフだ! などととカミングアウトし辛い雰囲気だ。


「なるほど、魔法の武器ということですね。安心しました。アクレイ様の目に狂いは無かったようですね」


「それはそうとカミラ様。ナターシャに関しては我が一族の少女を連れて来てくれた例の人間ですので、是非とも王によろしくお伝え下さい。最悪責任は私が持ちましょう」


「分かりました、同胞を助けていただいた方を無碍には出来ません。ただ、さすがに下を納得させるのは難しいかもしれませんが……」


「それに関しては、別件もあり先んじて下に文を送らせていただいております」


「文を……ですか」


 レベル上げの件をアクレイが涼しい顔で説明するのだが、何故かダークエルフの戦士も付いていくことに改竄されていた。

 どうやらイスカだけではなく、他の戦士たちのレベル上げの手伝いも俺にさせようと企んでいたようだ。

 しかもちゃんとナターシャを嫁にする件まで言いやがった。

 おかげで巫女団が無意味に殺気立つが、奴はそれを抑えるためにとんでもないことを言い出した。


「ふふ。そこのタケミカヅチ殿や他の武具の方々もアッシュは嫁にしているようですし、別に一人ぐらい人間が混ざってもどうということはないでしょう。何せ彼は神です。十人や二十人程妻が居たとしても不思議ではない。例えそれが人間や武器でもね」


「そ、それはそうかもしれませんが……に、二十人も……」


 カミラ姫が口元に手を当てて驚きの顔で俺を見る。

 いったい、何を想像したのかなど聞きたくもない。

 このままでは俺はハイエロフにされてしまいかねないが、否定することができなかった。

 なにせ、インベントリには百を越える嫁がいるからな。


「――ふっ。愛さえあれば、種族も、いかなる障害もどうということはないのさ」


 戦慄する姫と巫女団に駄目押し。

 おかげで何故か精神的優位に立ったことを確信した俺は切り出した。


「それで、カミラ姫様はいったいこの拠点にどのような用が? 戦士長アクレイとの会談のためであれば、部外者の俺たちはすぐに外すが」


「それは勿論、ハイエルフ様へのご挨拶です」


「だそうですよアッシュ。良い機会ではないですか。この機会に是非上のエルフの方々とも親睦を深めるのが良いでしょう」


 なんて胡散臭い提言だろうか。

 ニコヤカに俺の退路を断ってくるこの男のすまし顔が、これほど憎らしく思えたのは今日が初めてだ。

 おそらく、これから付き合いが続けば続くほどもっと憎らしい顔が見えるのだろう。

 間違いない、こいつは腹黒だ。

 褐色日焼け肌とかそんな種族特性など関係なく腹が真っ黒に違いない。


「まぁ、それは素晴らしいですアクレイ様」


 姫巫女や巫女団も「おお! さすがはアクレイ様!」などと期待の眼差しを向けてくる。

 このままだと本当に連中に都合の良いハイエルフなる神として祭り上げられてしまいかねない。

 こうなったら、やはりハイエルフではないと説明して理解してもらうしかないのか。

 エクスカリバーさん、今こそ俺に勝利をくれ! 


「あー、そのことだがなアクレイ。俺は恐らく、念神とかいう神ではあるがエルフ族が信仰する『ハイエルフ』ではないぞ。似て非なる『廃エルフ』という神だ」


 瞬間、シーンと食堂を静けさが襲う。

 いっそ怖いぐらいの静寂だが、やはりげに恐ろしきはアクレイだった。


「その二つ、発音が同じように聞こえましたが」


「えーとちょっと待て。説明が難しいんだが……」


 適当に紙を取り出すと、用意されたお茶に指を突っ込んで字を書く。


「これがハイエルフで、もう一つは廃エルフと書く。どうだ、読みは同じでも文字が違うだろう?」


 日本語で書き、二つを見比べさせる。


「アッシュ、これはどこの文字ですか」


「ゲートタワーの石碑と同じ文字だ」


「ほう、それは素晴らしい。そうは思いませんかカミラ様?」


「え、あの……アクレイ様?」


「彼はハイエルフでなく別の神だという。だというのに、彼は我がダークエルフの子供たちの願いを聞き入れて現れて下さったのです。これはハイエルフ様や精霊たち以外にも私たちエルフ族を見守ってくれている神が居るという確かな証明ではないですか」


「なるほど、そういう解釈ですか。色々と紛糾しそうではありますが……時にアッシュ様は精霊魔法は使えるのでしょうか」


「使えないことはないが……えーと――」


 無限転生オンライン時代ではエルフ族固有のスキルである。

 基本的には武器娘さんたちと似たようなもので、MPを二割消費して精霊を呼び出し戦ってもらうのが精霊魔法だ。

 これもまた経験値を貯めていけばレベルが上がっていくのだが、男の俺が呼び出すと各属性の要素でデフォルメしたような異性の精霊が出てくる。


「とりあえず呼ぶぞ」


 属性は……火は危なそうだし、水でいいか。

 精霊魔法も基本はスキルと発動条件は変わらない。

 ただし詠唱しなければならないという制約がある分、使い込んで覚える必要がある。


 当然だが、元ドワーフキャラでプレイしていたせいで俺は詠唱を覚えてさえいない。

 そのため、脳裏にメニューから精霊魔法を選択。

 脳裏に浮かぶビギナー用の召喚用呪文を意識しながら詠唱する。

 しかしなんだこれは。嫌なぐらいに視線が集まってくる。

 その視線から逃れるために目を瞑り、ついでに左手を力強く押さえながら呪文を唱える。


「我が魔力を糧に自然界より来たれ。世界を循環する水を司る精霊よ――」


 なんとなくカッと目を見開き、オーバーアクションで左手を掲げながら叫ぶ。


「来い、ウンディーネ!」


 はたして、そんな怪しげな動きなど関係なく発動したスキルによって、エフェクトの光が眼前に現れる。

 その光の向こう、何やら泡のような物が見えたかと思えばそれらは小さな人型を形成。

 次の瞬間、エフェクトが消えると同時に水色の半透明な幼女が虚空に浮かんでいた。


「くっ、俺の力量ではこれが限界かっ――」


 見守る一同が凝視する視線を受け、虚空に浮かんだウンディーネ・レベル1が左手を無意味に押さえる俺を無視してテーブルに着地する。

 だが、怖い大人たちの視線に気づき怯えたように後退。

 すぐさま飛んで俺の頭の後ろに隠れてしまった。


 そうか、ウンディーネは人見知りするのか。

 初めて知った事実と共に、俺は何事も無かったかのようにテーブルの上で両手を組む。


「これで満足かな、姫巫女様」


「え、えと、はい。そちらの方が水の精霊様……ですか?」


「そうだ。勿論、他にも風の精霊のシルフなんかも呼べるな」


「アッシュ、風の精霊はジンではないのですか? 水の精霊も違う気がしますが……」


「仕様だ。名前が違うのは知らん」


「そう、ですか」


 俺の言葉に、どこか腑に落ちないという顔でアクレイが言う。


「私のアーティファクトは、貴方の武器と同じで神モドキと呼んでいますが」


「ほう、精霊を通り越して神か。凄いな、ウンディーネ」


 水で出来たような頬っぺたを突付いてやると、驚きながらもはにかんだ。

 どうやら武器娘さんたちと同じで言葉は通じるようだ。

 しかしヤバイ、なんて破壊力の笑顔だ。


 エルフ使いのプレイヤーが「俺の嫁!」などとしきりに叫ぶわけである。

 武器娘さんたちが基本前衛系なら、精霊さんは後衛である。

 彼女たちと明確に違うのはレベルが上がれば上がるほど見た目が成長していく、という点だ。

 しかもカンストさせるとレベルを調整して呼び出すことさえできるのだ。

 正に開発陣営の執念の仕事と言えるだろう。


 ただ、エルフプレイヤーが唯一不満を挙げたことに、声が無いことが上げられる。

 それに対して、要望を受けた開発陣営のスタッフが公式ホームページで呟いた。


――精霊さんに声を当てちゃったら神秘性が失われるじゃないですか、やだー。


 上手いこと言いやがったつもりだろうが、スレが一つ炎上した。

 当時は笑い話として受け取っていたが、なるほど。

 あのスタッフ、ただ者じゃないな。


「あんた、今とんでもなく父親の目をしてるよ」


「そうか。これが父性という奴か」


 結婚もしないうちからとんでもない感性を手に入れたものだ。

 巫女団がどういう解釈をするべきかで激しく紛糾しているが、俺は当然知ったことではない。

 姫巫女様もそうだ。

 右手で口元を上品に手で押さえ、ウンディーネを見つめて……見つめて……何やら熱い視線を彼女に送られていらっしゃる。


「……抱いてみますか」


「よ、よろしいのですか!?」


「アクレイが言うように親交を深めるのも良いでしょう。ウンディーネ」


 恐る恐る、水の精霊という名の幼女がふよふよと飛ぶ。

 すると、巫女団の喧騒がピタッと止まった。

 まるで初めて歩こうとした幼子を見守るかのような様子だ。

 姫巫女様が神妙な手つきで両手に抱くと、ホッと弛緩したような空気が一団から流れ、数秒後にはまたざわめきが戻ってしまう。


「おお、姫様と精霊様が!」


「千年前に失われたはずの光景を今再び拝めるとは……」


 まったく何が凄いのか分からない。

 けれど彼らは姫巫女が触れたというだけのことで今度は興奮し始めた。

 無宗教の俺にはよく分からないが、大昔に死んだ教祖がいきなり目の前に現れてハグしてきたぐらいには凄いことなのかもしれない。


 調子に乗った俺は、左手に架空の疼きを演出しながら幼女を更に二人追加した。

 一人は薄っすらとした土のような肌を持つ地の精霊『ノーム』。

 もう一人はまるで空気を人型にした透明な肌を持つ風の精霊『シルフ』だ。

 二人はまたそれぞれ姫様の腕に抱かれ、遂には耐え切れなくなった巫女団に代わる代わる抱っこされていく。

 中には涙ぐんで喜びを露にしている者もいた。


「どうやら、私はまだアッシュを見くびっていたようですね」


「お前、またいったい何を企みやがった」


 キラリと目を光らせたアクレイに釘を刺そうとするも、奴は俺の視線など痛くも痒くもないような顔で微笑みやがる。


「この際、下の連中にも貴方の精霊様たちを見せてやりましょう。そうすれば、唸るどころかクルルカ様以外にも味方ができるかもしれませんよ」


「あの子たちを見世物にしろとでもいうのか?」


 とんでもない奴だ。

 しかもこいつ、姫巫女の隣に居るというポジションを利用してさりげなくウンディーネを抱いてやがる。


「見世物ではありませんよ。この愛くるしい尊顔の元に跪かせてやろうというのです」


「物は言いようだな」


「魔法の武具に精霊魔法。しかも我が一族の願いによってエルフ族の姿で現れた貴方は、現代に蘇った新しき神といっても過言ではないのですよ」


 神……神ねぇ。


「俺は胡散臭いはぐれエルフでいいんだが……」


「貴方をはぐれにするのはエルフ族にとって大いなる損失です」


「損失って……そこまで言うか」


 念神としての力なんて、ゲーム補正ぐらいしかない。

 そんな俺にいったいこいつは何を期待しているのだろう。


「わたくしからもお願いします。神の自由を奪うことなどわたくしたちにはできません。ですがどうか、せめてラグーンと森のエルフたちの架け橋になっては貰えませんか」


 何かを憂うような顔で、姫様に頭を下げられる。

 そんなことをされてもとても困るのだが、巫女団もいきなりその場にひれ伏すして頭を下げ始めてしまう。


「勿論、私からもお願いします我らが廃エルフ様」


 わざとらしくアクレイまで深々と礼をしてくる。

 俺はもう、額を右手で押さえながら苦笑いするしかなかった。

 だが当然、ただで何でもかんでもするわけではないという意味も込めて釘だけは刺しておく。


「まぁしばらくはここに居るが、アクレイ。貸しにしておくぞ」


 さて、安受けあい極まりないがどうしたものか。

 そもそも具体的に何をしろと?


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