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第二十八話「天と地の亀裂より重大な戦い」


 どうやら、ゲートが復活して行き来ができるようになってから色々とあったようだ。

 エルフ・ラグーンのゲート・タワー。

 そこを警備するために作られた拠点の食堂は、今では上に住んでいたエルフとダークエルフから派遣された女性たちで食事が作られているようだった。

 何かあればすぐに下へと援護に向かうためだろうが、人員は増強され以前とは比べ物にならない程に人が増えている。


 ダルメシアはそこで料理を作るのを手伝ったり、戦士たちの衣類の洗濯を手伝ったりして生活していたらしい。

 少し早いが、弓や剣の練習も始めているようだ。

 立派な戦士になりたいと言われたら、周囲の戦士たちも邪険にはできないのだとか。

 良くしてもらっているのだろう。

 彼女を見る戦士たちの目はとても優しい。


「さて、何から話しますか」


 木製のテーブル席に座ったまま言葉を濁すアクレイ。

 後ろには相変わらずエルフとダークエルフの戦士が控えている。

 そこから察するに、やはり彼は相当な地位にあると思ってもいいのだろう。


「結論から言えば、貴方のせいですよアッシュ」


「訳が分からないんだが」


「貴方は、ラルクを逃がしましたよね?」


「神宿りのやばいのが居たからな。奴を下に降ろしたらまずいと思ったし、ラルクはあんなところで死ぬべき奴じゃないだろ。だから俺は――」


「――彼を離脱させ、上のゲートを破壊した。まぁ、私個人はそれでも納得できるのですが、上は違うのですよ。ラグーン側はラルクがハイエルフである貴方を命惜しさに見捨てたと取り、下は下でレベル上げを出来なくした貴方を、アヴァロニアのスパイではないかと考えました」


「……なんだってそうなる?」


「なんといいますか、神なら神宿り如きには負けないはずだ! という様子でしたねアレは。先にラルクの件で糾弾されたこともあったのでしょうし、クルルカ王女襲撃の件もありました。それに加えて断絶していた長き時が問題です。会談の折には、上と下で完全に別勢力のような空気が初めからあり、それが嫌な方向に作用したのでしょう」


 他人事のような顔で、アクレイがにこやかに言うのだがはっきりいって笑えない。

 エルフは数が少ない。

 だからこそ一致団結せねばならないはずなのに、それを割るのはどう考えても得策ではないはずだ。

 それに関してはアクレイも同意らしく、珍しく渋い顔をしていた。


「しかも下のエルフの国シュレイクは、所属がはっきりしとしないはぐれエルフたちのラグーンへの帰還をも遮っています。これもまた上は気に入らないのですね」


 エルフ・ラグーンは逃げ込んでくるエルフ族にとっては最後の居場所だ。

 そこへの道を閉ざすことへの不満が、上に逃げてきた者たちをより険悪にさせたという。

 下からすれば獅子身中の虫かもしれない輩の侵入が困るのだろうが、確かにもっと上手くやれないかと思わないでもない。


 家族が居るなら照合して迎えに来てもらえれば受け入れられるのだろうが、最初から別の森に住んでいたエルフならそれもままならない。

 上はその辺りも気に入らないのだろう。


「ふーむ。何はともあれ困ったことだな」


「はい。ですのでレベル上げやゲートの修理もそうですが、現状ではすぐあそこに行くのはお勧めできません。元々あそこは連中の縄張りですから連絡して返事を貰わないと」


「……魔物が出てこない今も警備してるのか?」


「元は重要拠点ですし、襲撃してきた連中がまた来るかもしれない。ですので見張りは必要でしょう?」


 それについては頷けるので、手紙にも書いた神魔再生会とダロスティンについてももう一度警告しておく。


「そうですね、彼にも困ったものです」


「知っているのか?」


「デートに誘われたことぐらいはありますよ。無論、丁寧にお断りさせて頂きましたが」


 そういえば、俺はアクレイを識別したことはない。

 そのレベルがどれほどかと思い識別を試みる。


「……おい、アクレイ。お前、神宿りだったのか」


 しかもレベル99だ。

 これなら一人でティラルドラゴンを全員やれただろうお前。


「おや? 気づいてなかったのですか」


 白々しい笑みで、彼は言う。


「知ろうとしなければ看破できないんだよ。知ってたらあの時、お前一人で片付けろって言ったさ」


 もっとも、どちらにせよあの時は元凶を断ちに行く必要があったが、さっさと戻って奴らの相手もと考えていた昔の俺の心配を返しやがれ。


「ちなみにアッシュ。この二人はどう見えます?」


 試しているのだろうが、識別することに否はない。


「どちらも神宿りではないし、生粋のエルフとダークエルフだな」


「正解です、ではあちらの女性……イスカはどうですか」


「ん? ダークエルフのハーフ……って、あいつ寝返ったのか?」


 食堂で下ごしらえの手伝いをしているのは、クルルカ王女襲撃犯の一人だ。

 名前は……イスカというらしい。

 偽名でもないということは、本気で亡命したということだろうか?


「下には自分からは二度と降りないという条件の元、私が引き取りました」


「寛大な処置だな」


「おかげで色々と彼の国の碌でもない話を聞けましたよ。これも貴方の手柄ですね」


「……まぁ、無害ならそれでいい」


 見たところ武器は携帯していない。

 素手でも凶悪だろうが、大人しくしているならいいだろう。


「下の連中には内緒でお願いしますよ。襲撃犯の一味だと知られれば、厄介なことになりますからね。これについてはクルルカ王女とラルクだけは知っています」


「分かった」


 別に事を荒立てたいとも思わない。

 碌でもない話についてもだ。

 言わないのは知る必要がないと思っているからだろう。

 或いは、それぐらい胸糞の悪い話か。


「それで、そのラルクたちは今どうしているんだ」


「クルルカ王女は王都ですよ。ラルクはドワーフのところで修行のはずです」


「……修行? あいつは十分に強いだろう」


「神宿りに至るまで鍛えるそうですよ」


 おかげでクルルカ王女が護衛を替えられて大層ご立腹なのだとか。

 守り切ったとはいえ、それ以外が犠牲になった責任を取る形で近衛剣士から退いたそうだ。

 とはいえ、国としてもラルクを切り捨てるわけにも行かないのだろう。

 レベル上げに送り出した一団の教官も任せ、戦力の底上げを図っているのだとか。


「神宿り……か。身体を乗っ取られなければいいんだが」


「それは大丈夫でしょう。ラルクのジンが彼に相応しい武器の形状を取っていますから」


「使い手にあわせて形状を変えるアーティファクトは安全ってことか?」


「絶対とは言い切れませんが、自身を象徴する形状から変わらないタイプは神へ回帰することを強く望んでいる神だと、私はダロスティンから聞きましたよ」


「……あいつの情報かよ」


 いまいち信用できないが、神魔再生会がそう言うのならそうなのだろうか。

 そういえば、魅了魔法の鉄扇はナターシャが持っても形状が変わらない。

 つまり、アレは危険物というわけだ。


 用が無ければインベントリでこのまま永劫に眠ってもらうとしよう。

 アレは人間関係を容易く破壊できる。

 そういう意味では間違いなく危険極まりないアーティファクトだ。


「何にしても、一度向こうにお伺いを立ててみます。直せるのであればさすがに無碍にはできないでしょうから。ただ、ナターシャさんのレベル上げが許されるかどうかは絶望的だと思ってください」


「無理なら無理でいい。それこそ別の国で上げるからな」


「……何故、彼女のレベル上げにそこまで拘るのですか?」


「アッシュがね、アタシに嫁になりたいなら不老になれって条件を出してね」


「嫁、ですか。……アッシュ、知られれば余計に荒れますよ」


 ハイエルフの嫁が人間では都合が悪いということだろうが、しったこっちゃない。


「別に外野が気にすることじゃない。俺とナターシャの問題だ」


「あの武器の娘たちもアッシュの嫁らしいからね。アタシ一人ぐらい増えたって大して変わらないさね」


「ほう……そういうことでしたらまぁ、納得させる余地はあるかもしれませんね」


 にこやかに頷くこの男。

 彼が一体どんなことを考えているかなんて想像もしたくないので、ここらで離脱することにする。


「アクレイ、しばらく俺たちはどこで寝ればいい?」


「それでしたら後でイスカにでも案内させます。夕食時にでもココへ来てください」


「それまでは?」


「どうせ貴方のことですから、浴場を使うのでしょう?」


 行動が読まれている気がするが、否定する要素はどこにも無い。


「よく分かったな。俺は風呂でくつろぐが……ナターシャはどうする」


「そうだね。もうしばらくダルメシアと話すよ」


「ん、分かった」


 久しぶりの浴場だ。

 こうなったらいつもの面子も呼び出そう。

 席を立って皆を呼び出した俺に、しかしアクレイが言うのである。


「頑張ってくださいアッシュ。期待していますよ」


 その言葉の意味を俺が知ったのは、浴場についてからである。


「な、なんてことだ……」


 たどり着いた浴場は、見るも無残な様子だった。

 草が生え放題で放置され、浴槽は風雨に晒されたせいか泥が溜まっている。

 明らかに使われ、管理されている様子が見受けられない。

 それを見た俺はがっくりと項垂れるしかなかった。

 ここを利用していた武器娘さんたちも、そのあまりの様子に言葉をなくしていた。


「アッシュ」


「アッシュ様」


「アッシュさん」


「アッシュ君」


「マスター」


 皆は俺が絶望から立ち上がるのを待っている。

 やはり、付き合いが長い以上は俺がどう動くかを理解してくれている。


「――やるぞ。まずはどうしてこうなったかを確かめる」


 断じて、皆との混浴を期待したわけではないが、俺は幽鬼のように立ち上がって一先ずアクレイの事情聴取に向かった。


「見損なったぞアクレイ! お前がいながらあれはなんだ!」


「貴方以外には使えなかった浴場の末路です」


 俺以外には使えない、だと?


「根本的に湯を焚くことができない構造じゃないですか」


 結局、スキルで湯にしていたから俺以外には使えないということだったらしい。

 熱湯を放り込み、水で温度を調整するというやり方もあったが水運びと燃料の手間を考えて放置されたのだとか。

 初めからそういう用途が考えられていないのだからしょうがないのかもしれない。


 対策は、焚けるような構造にするか、水と火を出すためのスキルが付いた武器を用意するかだ。

 面倒だからもうスキル武器でいいだろう。

 方針を決めた俺は、武器娘さんたちを引き連れ浴場復活に向け動き始めた。

 その途中、見知った顔の男が声を掛けてきた。


「アッシュ? アッシュじゃないか!?」


「ヨアヒムか。まだここにいたんだな」


「おうよ。お前が帰ってくるなんて今日は目出度いな。でもなんだ、その今にも決戦に行くような眼は」


「当たらずとも遠からずだな。俺は今から戦いに行くのだから」


 浴場を睨みつけながら、俺はインベントリからデッキブラシを取り出してみせる。

 それで彼も俺の戦場に気づいたのか、「お、おう……」などと慄いた様子で道を開けた。


「楽しみにしていてくれ。必ず俺が充実した風呂生活を取り戻してやるっ――」


 そして、風呂掃除という名の聖戦が始まった。




 やはり、鬱陶しいのは雑草であった。

 風呂を攻めるレヴァンテインさん以外にはゴム手袋を装備させ、一斉に取り掛かる。

 皆、腕力が腕力なので茎が簡単にちぎれる。

 そうなればスコップの出番だ。

 根から掘り返し、二度と再生できないように完全なる殲滅を俺たちは望む。


 だが、こいつらは運が良い方だ。

 浴槽近辺などどうだ。

 まずは小手調べとばかりに身体を洗う洗い場で、炎を纏ったレヴァンテインさんが連中を焼き尽くしているのだ。


 まるで奴らの断末魔の悲鳴が聞こえてきそうなほどの業火。

 離れているのに凄まじい熱波を感じる。

 アレでは連中もひとたまりもあるまい。


「圧倒的じゃないか我が魔剣は」


 当然、彼女はアレで手加減をしている。

 貴様ら、この意味が分かるな? などと凄みたいが、雑草に俺の言葉が通じるわけもないので言わずに中腰で作業する。

 そうしてまとまった草は、穴を掘られた箇所に集められてやはり焼却の刑に処させれてしまう。

 だが、奴らもタダでは死なない。

 なんと小ざかしくも煙を上げて俺たちの作業を妨害してきたのだ。


「けほっけほっ」


 これにはたまらず、風下に居たショートソードさんが涙目にされてしまう。

 なんてことだ。

 彼女は奴らの決死の抵抗作戦によって作業を中断し、別の戦線へとおいやられてしまった。

 これが雑草魂という奴か。

 あのレベル差を物ともしない見事な戦いっぷりには、さしもの俺も尊敬の念を禁じえない。だが、それも無駄な抵抗というものだ。

 それを見たレヴァンテインさんが、燻る火種では満足できないとばかりに仇討ちに出る。


「ん!」


 正に滅殺という言葉が相応しい。

 奴らは小さな抵抗さえ許されず、灰燼と化した。

 それで満足したのか、炎の少女は今度は浴槽で猛威を振るう。

 落ち葉などがそれで燃やされ、雑菌なども熱処理される。

 それが終ればトライデントで放水だ。


 焼かれた石がジュッと苦悶の如き音を立てて蒸気を上げる。

 それらの上を今度は灰と土が水に攫われて排水口へと飲み込まれていく。

 一通りそれが終れば、今度はデッキブラシの出番だ。


 適当に立てかけておいたそれを右手に、そして左手にはトライデントを握り締め、掃除武装の二刀流で挑む我が最終兵器さん。

 その丁寧で一生懸命な仕事振りに、思わず俺も雑草を抜く手が止まっていた。


「アッシュ様、こちらも負けてはいられませんね」


「あ、ああ」


 タケミカヅチさんの言葉に我に返る。

 見れば、皆も着々と奴らを始末している。

 この波に俺だけ乗り遅れるわけにはいかない。

 本日のMVPはきっとあの子に違いない。

 そんな確信を抱きながら、口少なくも奮闘してくれる彼女に負けじとばかりに俺も清掃に励んだ。




「ちょっと熱いがいい感じだな」


 浴場入り口の札をアッシュ入浴中に変更し、汗と土を流して風呂に浸かる。

 久しぶりの大浴場だ。

 命一杯足を伸ばし、その広さごと湯船を楽しむ。


 旅の途中の宿では、場所によってはないこともあった。

 他にも野宿のせいでまったく入らない日もあれば、濡らした布で拭くだけの日などもある。

 ある意味ではこれも贅沢なのだろうか?


 周りを見れば贅沢を通り越してとんでもない状況ではある。

 なにせMPと引き換えに、武器娘さんたち五人との混浴だ。

 皆気持ち良さそうにしているので、こちらも目じりを緩めてしまう。

 しばらくそのままお湯に身を委ねていると、脱衣所の方で音がした。


「さすがだね。嫁を五人も侍らして入浴なんて」


「んあ? ああ、ナターシャとダルメシアか」


 振り返れば二人が裸でやってきていた。

 二人ともノーガードだが、ダルメシアが恥ずかしそうに顔を朱に染めながらナターシャの後ろをついてきている。


「ダルメシア、俺は外そうか?」


「だ、大丈夫。アッシュなら平気……だから」


「とても大丈夫そうには見えないが……まぁ、本人がいいならいいか」


 そろそろ赤くなりかけた空を見上げながらごちる。


「ほら、背中をだしな。久しぶりに洗ったげるからね」


「うん」


 二人は桶で湯を被り、互いに背中を流し合っているようだ。

 きっと平和な光景が広がっているに違いない。

 種族の壁は、二人の間には無いだろう。

 だというのに、こんな簡単なことさえも難しいのが現実だ。

 隣人を愛するというのは、思った以上に難しいのだろう。


 例えば、今は険悪になっているという上と下のエルフ族。

 ちょっと疎遠になった程度でその関係が壊れてしまう程、人々の関係が脆く儚いのだとすれば、中々に悲しいことだ。


「そういえばあいつらはどうしてるかな……」


 ふと、俺は同郷の友達たちのことを思い出す。

 辛うじてまだ忘れてはいないのは、ネットで繋がっていたせいか。

 だが、こちらに来てから一年以上経っている今はどうだろうか。

 もし、俺が日本に帰ってネットゲーム経由で声を掛けたら、あいつらはどんな言葉を俺にかけてくれるのだろう。


 いや、あいつらだけじゃない。

 無限転生オンラインで知り合った顔も知らない狩り友や、学校の友人、親はどうだろう。

 逆に俺は来年、再来年と月日が経った頃にはっきりと覚えていられるだろうか?

 新しく得た知り合いたちで埋め尽くされていく今の記憶によって、過去が消えていく。

 それはまるで、保存するべき記憶が上書きされて無くなっていくのではないかと錯覚してしまう恐怖を孕んでいた。


 実際は単純に思い出せないだけなのかもしれない。

 けれど、思い出せないのも消えてなくなるのも、結果として無くなったように思うなら、そこに違いなどないのではないか?


「なに難しい顔をしてるのさ」


「……いや、なんでもない」


 空の向こうを覗き込もうとした俺を遮るように、視界にナターシャの顔が現れる。

 それから目を背け、湯で顔を洗うと一度だけ背筋を伸ばす。

 ここはもう『クロナグラ』であって『日本』ではない。

 だから前を向いて生きていくのなら、かつての思い出などに浸るのは程ほどにするべきなのだ。


――何せ、今は知らなければならないことや見るべき物が多すぎる。


「なんだか、妙に熱い視線を感じるねぇ」


「熱いかどうかは知らないが、拝むべきものは拝んだ、とだけは言っておく」


「てことは、当然嫁であるその子達のも拝んだわけだね」


「ふっ、当然抜かりなど無い」


 俺だって男だ。

 相手が守備範囲内ならチェックぐらいは勝手に本能がしてしまう。


「威張って言うことかいそりゃ」


「当然だろう。これは廃エルフさえも逃れ得ぬ不治の病だ」


 何故か集まる視線を前に、俺は不退転の覚悟で発言した。

 すると、武器娘さんが三人ほど集まってきて言うのである。


「万能薬」


「でも、不治の病なら治るのかなぁ?」


「昔のアッシュさんはよく飲んでましたから、きっと抑える効能があるんですよ」


 この会話の純真無垢さはどうだ。

 妙に自分が汚れた気分になってしまうぜ。

 ただ、タケミカヅチさんとグングニルさんが呆れていたことが少しだけ気になった。

 一体どちらに呆れたのか教えて欲しい。

 エクスカリバーさんを呼ぶ前に。




 夕方。

 ダルメシアとナターシャ、そしてヨアヒムと食堂で適当に食事を頂いていると、エルフ族たちから自然と俺に視線が集まるのを嫌でも意識させられた。

 どうやら、当時ここに居たダークエルフの戦士も混ざってはいるようだ。

 彼らは気さくに声を掛けてくれる。

 だが、それ以外の増援組――特にエルフたちが俺を興味深そうにチラチラと見てくる。


「お前、注目されてるなぁ」


 苦笑しながら対面の席に座っているヨアヒムが言う。


「俺は別に珍獣じゃあないんだがな」


「でもアンタは希少なんだろう」


「そりゃそうだ。何せアッシュはハイエルフなんだぜ」


 何故かナターシャに自慢するヨアヒムは、しかし急に小声で忠告した。


「でもアッシュだけが注目されてるわけじゃない。そこらは気をつけろよ」


「……できるだけ側にはいるようにするさ」


「そうしとけ」


 希少なのは何も俺だけではない。

 このラグーンだけで言えば、人間であるナターシャもそうだ。

 ダルメシアや俺が側に居る間は問題はないと思うが、気に掛けておくべきなのかもしれない。


 厄介なのは事情をよく知らない連中だ。

 一応は通達してアクレイが取り計らってはくれたらしいが、不審の目がないわけではない。

 根深い問題という奴だろう。

 特に、ここに逃げてきた者たちからすれば。

 こんなのはきっと覚悟の上だろうが、左の席に座っている彼女にも念を押しておく。


「何かあったら言えよ」


「頼もしいね」


「基本、理不尽なことは嫌いでね」


 飯が不味くなる話も嫌いだ。

 なので、話題を変えるためにもヨアヒムにあれからのことを聞いてみる。


「そういえば、レベル上げはどうなった」


「いやそれがさ、中々捗らなくて困ってるんだよ」


 元々エルフ・ラグーンに魔物が大量に上がってくることは少ないそうで、狩りでレベルを上げるような生活だとか。

 しかも今は下に戦士が詰めている。

 おかげで一時期はドワーフのところへと向かうレベル上げの一団に混ぜてもらおうかと悩んだそうだ。


「エルフ族はもとより、長命な種族は基本レベルが上げ難いらしいしなぁ」


「そういう話はよく聞くな。何故長命だと上げ難いんだ」


「さて、俺はそういうものだとしか聞いてないからなぁ。人間の方だと何かないのか」


「アタシたちは短命だから、早めに上げた方が効率的だからじゃないか、とは聞いたよ」


「なるほど効率か。理に適っているようなそうでないような……」


 結局はアーティファクトになった連中の都合だという線が妥当だろうか。


「しかしヨアヒム、それだとせっかくアーティファクトを持ってるのに勿体無いな」


「そうなんだよ。レベルを上げられないなら、村の方を手伝おうかとも悩むしな」


「人はもう?」


「ああ。一応周囲も壁で囲って強化したし、ここに物資を運ぶ中継点になってるぜ」


「そうか……」


 復興したならいいかと思っていると、ヨアヒムが妙な事を言った。


「後は、お前が光臨した場所が何故か拝まれるようになって、巫女様たちが派遣された」


「巫女?」


「エルフ族が信仰するのは、基本的に自然界の精霊と始祖神だ。巫女様はどちらかといえば精霊寄りだが、どっちも同じように敬っているからそう不思議なことじゃない」


 そう言われても、その教義さえ知らない俺からすれば困惑するしかない。というか、これはアレか? 俺が関わった物は、これからもれなく拝まれたりしていくのか?

 そこまで考えてハッと気づいた。

 おかしい。

 それなら何故風呂はあんな惨状で放置されていたのだ。

 理屈に合わないじゃないか。


「俺が作った浴場は拝まれたりしないのか」


「アレか。あー、そういえばアレについては何も動きはなかったな」


「――それは巫女たちに報告が行っていないだけですよ」


「アクレイと、イスカか」


「どうも、相席させてもらいますよ」


「久しぶりね」


 二人して食事を取りに来たようだ。


「厨房はいいのか」


「一段落はついたわ」


 言うなり、俺の右隣に彼女は座った。

 アクレイはその対面だ。


「おやおや、両手に花ですね。さすがはアッシュです」


「引取り人がこいつで大丈夫か?」


「今のところはね」


 エプロン姿のハーフエルフ殿は、クールに肩を竦めてみせる。


「まぁいい。それより何故風呂を教えていない」


 出現した場所よりも或いは執心していたそっちの方が重要だろうに。


「下手にそんなことを言ってここに居座られても面倒ですので」


「……良い根性してるよ本当に」


「そういうアッシュは良い仕事をしてくれましたね。あの水と火が出る杖なんて最高です。過酷な勤務体制を強いられる戦士たちにとっては、食事以外の癒しになります。きっと戦士たちは皆、貴方を崇め奉るでしょう」


「それも巫女様には内緒にするわけだ」


「別に報告するまでも無いことですから」


 実に食えない奴だ。

 バレて問われてもそうやってのらりくらりと通す気満々だなこいつ。


「とまぁ、どうでも良い話は置いておきましょう。君にお願いがあるのです」


「……今度は何が足りないんだよ」


 塩の次はなんだ、鉱物か?


「レベルです」


「はぁ?」


「ついでで構わないのです。もしナターシャさんのモンスター・ラグーンでのレベル上げが許されるとしたら、イスカも一緒にお願いしたいのです」


 不老にしてバレないようにしたい、ということか?


「本人が望むなら別に構わないが」


「ならお願い」


 間髪容れずに頼まれる。

 覚悟が決まっているなら別にいいが、二人か。


「……下の連中にバレないようにしたいのか?」


「私はこれ以上拗れる要素を作りたくないだけですよ。損でしかないでしょう?」


「まったくだな」


 ふと、アクレイが笑みを消して言う。

 どうやら頼みごとはそれだけではないらしい。


「それとこれは私からではないですが、アッシュには下の森全てのエルフ族の集落を回って侵入したハーフエルフを探し出して欲しいとの頼みを言付かっています」


「下はそんなにきな臭いのかよ」


「そうらしいですよ。手紙と荷物を届けるついでに顔を見せに来たクルルカ様が、次にあなたが来たら必ず伝えておいてくれと」


 お姫様が……か。


「折を見て視察に貴方を同行させようとでも言うのでしょう。まぁ、本当の狙いは城内の掃除かもしれませんが」


「護衛兼ハーフエルフ摘発依頼というわけだ。摘発した後は?」


「事情次第で臨機応変に、ですかね。下の方々の采配次第ですから何ともいえませんね」


「まぁ、考えとくよ」 


「はい。どうぞたっぷりと悩んでください」


 俺の選択を見透かしたような顔で微笑むその男は、人の胸中など知らずに食事に取り掛かる。

 その泰然とした様子には皆が辟易した顔をしているが、本人は何処吹く風だ。


「貴方も大変ね」


「修行代と思うしかないな」


 その気があるなら、クルルカ姫が借りを作るためにも手を回すだろう。

 それを見越してのアクレイの発言とも取れるが、面倒なことだ。

 現代社会の柵がなくなったと思えば、今度はファンタジー世界の柵が俺を捕まえようと躍起になっている。

 その気配から完全に逃れる術などきっと存在しないだろう。

 それをどこか疎ましく感じる一方で、一つのコミュニティが俺を獲得しようと躍起になっている空気が妙に滑稽だった。


 何故なら俺は、はぐれ廃エルフのアッシュである。

 そんないつはぐれるかも分からない奴を、いったいどうやって彼らは雁字搦めにしようというのだろう。

 それともまさか、彼らは用意してくれるというのだろうか? 


――俺が求めて止まない、安住の地を。


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