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第二十四話「再戦」


 疾走する騎兵が十一。

 その最前線に、薙刀を握る黒髪の少女が居た。

 獲物を掲げ、部下を引き連れて向かう様は中々に勇ましい。


「……参ったな。神宿りを無傷で捕縛ってのはきつい。こうなったら――」


 アルテミスの矢を取り出し、矢を番える。


「モヘンジョ、テメェどうするつもりだ」


「馬を潰す。あの娘はアーティファクトに操られているからな」


「待て――」


 今にも射ようとした俺を、彼は止めた。


「お前今、お嬢が操られているって言いやがったか?」


「……気づいてなかったのか?」


「神宿りができる程のアーティファクトなんざ三強しか持ってねぇ。しかも全員、乗っ取られたりはしねぇ。少なくとも兄貴のは違うし、お嬢は光ったことさえなかった。だから、皆はアレが本性だと思った。だが、そうか。ならよぉ――」


 一度だけ目を閉じたチャンは、次の瞬間には怒気を隠そうともせずに瞼を開く。


「――今ここで俺がケリをつけてやる」


 言うなり、彼は近くの子分を呼ぶと馬へと飛び乗った。

 代わりに子分の男が荷馬車に飛ぶ。


「待て、無茶だチャン!?」


「お前らは先に行け! いいか、ちゃんと武器を兄貴に届けろ! 俺は黒狼兄貴の宝物を取り返してから帰らぁ!!」


 一人、馬を繰って戦列から離れていく。


「畜生、俺は行くぜ! 親分を見捨てるぐらいなら死んだ方がましだ!」


「おうとも、親分だけを行かせるかよっ」


「死ぬときは一緒ですぜい!」


 多勢に無勢だが、それを許すような子分たちではなかった。


「馬鹿野郎! お前らは――」


「親分はお嬢のことだけを考えてくだせぇ!」


「どこまでもお供しやす!」


 一団の動きが変わる。

 単機突撃から集団での突撃へ。

 それと対峙するのは、雷の女神が従える騎馬。

 俺は選択を余儀なくされ、当たり前のように選んだ。


「加勢するぞ。借りは返す主義だ」


「はっ――」




 土煙を上げる集団同士が交差するその一瞬先に、月光を纏った矢が彼方から飛来する。 

 その矢は出鱈目な場所へと飛んだかと思えば、弾道をいきなり捻じ曲げて物理法則に喧嘩を売った。


 放たれた矢は先頭を行く少女――ではなく、彼女が乗った馬を射る。

 痛みに悶える馬が、薙刀を構えた女を大地へと投げ出す。

 そこへ、一団が遂に交差した。


 矢が飛び交い、構えた武器ですれ違う相手の命を奪う。

 その後ろに、置き去りにされるように命を奪われた屍が呆気ないほど簡単に地に落ちた。

 敵味方関係なく命が散ったことに感慨を抱くよりも先に、俺は武器をタケミカヅチさんに変更。空へと跳躍したアヴォルを見上げた。


「また貴様か長耳!」


 邪魔に入った俺を詰るように、アヴォルがその目を吊り上げる。

 寄り代とされた少女の小顔は朱に染まり、雷光と淡い光を身に纏う。

 その際に聞こえた遠雷の如き迸りが、嫌に煩く鳴り響く。


「お嬢! 意識があるなら俺の名を呼べ!」


 馬を反転させたチャンが、すぐさま声をかけるも奴は気にもしない。

 そのまま薙刀を掲げると、落雷の如く落ちてきた。


「喰らえい、我が雷刃!」


「伏せろ、エクスカリバー!」


 俺は天から強襲してくる相手に、右手に握った直刀での迎撃を試みる。

 エクスカリバーが馬に抱きつくように身を伏せたその上を、真一文字になぎ払う。

 共に雷光を発する刃同士が衝突。

 刃同士が反発するような奇妙な衝撃の後、アヴォルの身体が吹き飛ばされて空へと舞った。


「ええい、馬鹿力めがっ――」


 虚空で身を捩るアヴォルの身体。

 奴が体勢を立て直すまでの間、エクスカリバーが手綱を繰ってその下を抜ける。

 そこへ入れ替わるようにやってきたチャンが、なんと手綱から手を離し、無謀にも跳躍した。


「お嬢ぅぅぅ!」


 アーティファクトの刀が輝き、彼の身体を不可思議な風が上昇させる。

 突風のように吹き荒れる大気が、振り返って仰ぎ見る俺にも感じられた。

 その向こう、チャンはまるで虚空を駆け上がるようにして追っていく。

 それがアーティファクトの魔法であると判断するのは容易い。


 それを鬱陶しげにアヴォルは見る。

 徐々に縮まる距離の中、遂に鞘から放たれた刃が少女へと疾走する。

 衝突。

 チャン親分の放った居合いの一撃は柄で受け止められ、虚空での鍔迫り合いへ転じる。


「貴様、邪魔をするでない!」


「てめぇ、本当にお嬢の身体を乗っ取ったのか!」


「人聞きの悪いこという言うな獣人。我はこの娘の願い叶えてやっているに過ぎぬわ!」


 レベル差を覆すは、神の加護か。

 神宿りの膂力は、力ずくでチャンを弾き飛ばす。

 虚空を錐揉みしながら落ちる彼は、それでも器用に空を蹴って大地へと帰還する。


「ふざけるな! 親を後ろから切り捨てて、組を割ることが望みだと!?」


 反転し、言い争うチャンのところへと向かう俺たち。

 だが、それはその眼前にいきなり現れたダロスティンによって遮られた。


「ハァイ」


 気安く声を掛けてくる犬頭。

 その鉤爪を纏う右手が俺へ向けられた次の瞬間、目の前の大気が歪んだかと思えば、いきなり俺たちの身体が馬ごと後ろに飛んだ。

 浮遊感を覚えながら、驚きで停まりかけた頭で無理やり思考。

 咄嗟に、左手でエクスカリバーさんの身体をかき抱いて馬の背を蹴った。


 虚空を走れない馬は、地面へと叩き付けられ悲鳴を上げる。

 その後ろで、なんとか着地した俺は前方を睨みつけた。


「ここで邪魔してくるってことは、そんなにあの少女を解放されると困るのか」


「んー、どちらかといえばこれは貴方の威力偵察って奴かしらね」


「なに?」


「モロヘイヤなんて神、集めた文献のどこを探してもちょっと出てこないのよ。その姿を見てエルフ連中が信仰するハイエルフかとも思ったんだけど、貴方ちょっと違うでしょ」


「……」


「確かに、貴方は魔法の武具を複数持っているけど、それが神モドキに――人型になるなんて伝承はどこをどう探しても存在しないのよ。少なくともハイエルフ系のそれの中には。でもそれじゃ一体貴方は何なのかって話よね? そりゃ誰だって気になるわよ」


 ダロスティンが光を纏い、だらりと両手を下げる。

 力みを一切含まないその構えは、俺が仕掛けてもすぐに両手の鉤爪で対応できるようにするためか。

 奴の前で擬人化スキルを行使したことは無いはずだが、気づかないうちに見張られていたのだろう。しかし、腑に落ちないことがある。


「何故今なんだ」


「そりゃ、河の上だと貴方が戦い難いだろうしこの場面じゃ――」


 チラリと横目でチャンとアヴォルの戦いを盗み見て、視線を戻した次の瞬間。

 眼前に右手を振り上げたダロスティンが居た。


「――あんたも手を抜けないでしょっ!」


 獣の爪を模したアーティファクトが大気を抉る。


「ッ――」


 左手に抱かれたエクスカリバーが、所持していた鉄の槍で防ごうとするも空を斬る。

 咄嗟に俺が身を引いたからだ。


「主!?」


 抱かれたままの彼女の身体スレスレを奴の右手が抜ける。


「その武器じゃ無理だ!」


 一歩引き、右腕で掬い上げるかのようにタケミカヅチを振るう。

 右手一本での強襲。

 尋常な長さではないはずの刃は、しかしいきなり掻き消えたダロスティンを捉え切れずに空を斬る。


「何!?」


 せめて受けるかしゃがむかするかと思った俺は、その手ごたえの無さに驚いた。

 空間転移だかなんだか知らないが、その予兆が分からない。

 俺はすぐに右へと跳躍し、視界だけではなくマップをも意識する。


 果たして、奴は後ろに現れた。 

 なぎ払うように回転。

 奇襲されるよりも先に先手を取るべく、転移場所を強襲する。


「あらん、良い反応!」


 今度こそ捉えた刃が鉤爪と衝突。

 奴の身体を後退させる。

 地面を削るような勢いで下がるダロスティンは、まったく余裕な表情を消さずに消える。


「気をつけろ、奴はどこからでも仕掛けてくるぞ」


 左手のエクスカリバーを下ろし、武器を渡そうと考えるも彼女は止めた。


「私ではこの敵に対応しきれないかもしれません。ですから剣として使ってください」


「分かった」


 擬人化をカットし、剣帯に吊るす。

 そうして、周囲を確認しながら鞘から抜いた。

 タケミカヅチよりも短い分、取り回しは良い。

 使えというのはそういう意図もあるのだろう。


 マップから意識を外さないようにしながら、同時にぐるりと周囲を見る。

 子分たちはまだ交戦中で、アヴォルも先にチャンの相手をすることにしたようだ。


「半端な実力しか持たない犬如きが我を止められるものかっ!」


 纏う雷に身体を焼かれながら、しかしチャンは諦めずに刀を振るう。


「黙れ! クロのお嬢、もう暫く、もう暫くお待ち下せぇ。俺が今お助けしますぜ!」


「無理じゃ無理じゃ。黒狼の部下でしかないお前には絶対になぁ!!」


 嘲るような笑みの元、押し込まれた柄が鍔ぜり合った刃を弾く。

 一体、あんな細腕にどれだけの力が込められていたのか?

 二十代後半か、それとも三十代前半かという男を、十代後半らしき女が押しのける。

 まるで理不尽にも思えるその光景の中、それでもチャンが喰らいつく。


「あら、余所見して――」


 マップの反応を頼りに、エクスカリバーを頭上に掲げ頭上から天地逆の体勢で振るわれた右手を防ぐ。


「警戒は怠っていないさ!」


 受けの後、リーチの長さを利用してタケミカヅチで斬りつける。

 これも空振り、俺の頭に苛立ちだけを募らせる。

 相手にしないことも考えたが、そうしたら最後、俺は無防備なところを攻撃されるだろう。実に鬱陶しい奴だ。


「いや、待てよ」


 それこそ思う壺ではないだろうか?

 奴の仕事が何かなんて俺は知らない。

 だが、陸の上に居て全力を発揮できる俺を、奴はアヴォルと戦わせないようにするために現れた節がある。

 ならば、それを逆手に取ればどうだ。

 どちらにせよ、チャンだと少女からアーティファクトを引き剥がすのは困難だろう。


 俺だって容易ではないだろうが、タケミカヅチには雷を無効化する効果がある。

 自らのスキルから使い手を守るために火属性攻撃無効化を用意されたレヴァンテインと同じで、これも所謂ゲームのバランス調整によるものだ。が、奴の雷に効果を発揮するのは奴を切り払った時に確認が取れている。

 そして俺なら、腕力だけを加味すれば力ずくであの薙刀を取れるかもしれない。

 俺がダロスティンならば、それが一番避けるべき事態だ。

 なら、腹を括ろうか。

 

 ショートカットで服を変更。

 全身鎧に切り替え、力ずくでアヴォルから薙刀を引き剥がす準備をする。

 ついでにエクスカリバーを鞘に戻し左手にミョルニルを取り出す。


「雷神の――」


 マップに反応。

 またも背後に現れたダロスティンに向かってタケミカヅチをなぎ払う。

 衝撃。

 力ずくでダロスティンを押しのけると、奴が消える前に左手のそれを投げつける。


「――鉄槌!」


 なぎ払いの勢いさえも利用した鉄槌が、回転しながらダロスティンに襲い掛かる。

 奴はそれを見てすぐに消えて逃げる。

 敵を見失ったミョルニルは、ヴェネッティーでの戦いと同じく虚空へと浮かび上がると奴が出現するのを待ち始めた。


 激しく回転しながら、雷光を纏うその姿からは小癪な敵への怒りが見て取れる。

 次に奴が現れれば、十分に機能してくれるだろう。

 それを確信した俺は、アヴォルに向かって駆け出した。


「ぐぅ、くそったれ。手足が言うことを聞かねぇ――」


 雷撃による影響か、チャンの動きが不自然に停滞し始める。

 痺れる全身を気力でねじ伏せるのもそろそろ限界なのだろう。

 それを好機と見てか、振るわれる薙刀が遂にチャンの身体を掠め始めた。


 身体に刻まれていく裂傷が増える。

 手が、足が、頬が血が流れる。

 彼はそれでも愚直に引くことを良しとしない。


「チャン、交代だ!」


「モヘンジョ!?」


「来たか長耳。けったいな鎧なんぞ纏いおって。我が雷がそれで防げると思うてか!」


 上段から、飛び込むようにして払われた薙刀に直刀を叩き込む。

 その一撃に、アヴォルの身体がたまらずに後退する。

 そこへ今度は左から現れたダロスティンが襲い掛かってくる。


「シャァ!」


 鋭い呼気と共に、喉笛を引き裂こうする鉤爪。

 それを、俺が対応するよりも先に割って入ったチャンが刃で払いのけた。

 軌道を逸らされた鉤爪は、俺に触れることなく虚空を切り裂く。


「邪魔だ犬畜生!」


 そこへ、鬱陶しそうにチャンが切りかかる。


「ちょ、あんただって犬でしょうが!!」


 抗議するダロスティンが、刃を左手で軽々と受け止めるのも束の間。

 ようやく獲物を見つけたミョルニルに後ろから強襲される。


「ぐふぇ!?」


 炸裂する鈍重なる凶器が、雷鳴と共にダロスティンの身体を吹き飛ばす。

 いくらレベルがあろうとも、現実補正下で生きているだろう奴の素体がアレの直撃を受ければ無傷ではいられまい。

 意図した結果以上の成果だが、嬉しい誤算だ。


「そこで転がってろ駄犬」


 言い捨て左手に帰還したミョルニルを奴に再度投擲。

 苦しそうに脇腹を押さえ消えるダロスティンをそれで黙らせ、俺は舌打ちするアヴォルへと向かう。


「頼む。お嬢は殺さないでくれ!」


「分かってる!」


 背後から聞こえる声に応え、アヴォルへの距離を更に詰める。


「舐めるなよ長耳。我をなんと心得る!」


 頭上から、幾多の雷が落ちてくる。

 目も眩むような雷光。

 稲光が真昼を一瞬だけ淡く染め、連続で大気を焼き焦がす。


 着弾した足元の草がそれによって焼き切られ、葉に小さな火を灯す光景は正に雷撃の嵐とも呼ぶべきか。

 だが、それじゃあ今の俺のHPゲージを一ドットさえ削れない。


「俺にそんなチャチな雷が効くかっ!」


「なに!?」


 ゲームによってはもっと激しいエフェクトを作動させるモノさえザラにある。

 今更雷如きで怖気づいていたら、大人数でのレイドバトルになんか参加できない。

 眼前に踊りかかり、幾重にも刃を交わす。


 腕力の差は歴然だ。

 その上で、頼みの綱であるはずの雷撃を無意味にした。

 その意味を心底理解させる度、相手の顔から徐々に余裕が消えていく。


「くっ、この貧弱な身体でさえなければっ!」


「今更泣き言かよ神様。仕掛けたのはお前だぞ――」


 無理やりに押し込み、鍔迫り合いに持ち込んだ次の瞬間、俺は左手を手放して薙刀の柄を握りこんだ。

 抵抗するように纏う雷が激しさを増すも、そのまま片手で持ち上げる。


「貴様!?」


「いい加減失せろ雷神」


 力ずくで薙刀から腕を引き剥がす。

 すると、少女の身体から力が抜けて纏った光が消え去った。


 地面に倒れこむクロ姫。

 薙刀をインベントリに仕舞いこむと、片手で彼女を抱き上げる。

 振り返れば血相を変えたチャンがほうほうの体で歩いてきていた。


「お嬢は無事か!」


「きっと、あんたよりは無事だろうさ」


 彼女を預け、周囲を窺う。

 敵勢はなんとか追い散らされたらしいが、子分の人たちも五体満足ではない。

 ミョルニルの姿が見えないので、左手に帰還させてから収納。

 俺は生き残った子分さんたちの手当てに向かった。




「すまねぇ、エルフの兄ちゃん」


「いいさ。あんたで最後だな?」


 子分たちの負傷は大きかったが、それでも全員とはいかずともポーションで助けられた。

 決死の覚悟で挑んだ部下の亡骸一人一人に労いの言葉をかけて荷馬車に乗せるチャン親分。彼は痛ましい顔のまま出発を命じた。

 その腕の中には、まだ眠りから覚めぬ少女が居た。


「野郎共、いくぞ!」


 一団が出発する。

 そんな中、装備を戻した俺に問わずに彼はポツリポツリと話してくれた。


「あの薙刀は、雷虎の組から送られてきた品でな。それ以来、お嬢は人が変わっちまった。俺たちが驚くほどの勢いで魔物を狩り、黒狼組の将来が安泰だと思わせてくれた。だが、お嬢は総会の日に兄貴を後ろから切りつけて重傷を負わせ、組の若い連中を焚き付けて家を割りやがった。お家騒動の始まりだ」


「そんなことがあったのか……」


「だがまさか、神宿りだったとはなぁ。畜生、どうして俺は気づいてやれなかったんだ」


 頭を抱えながら彼は後悔を口にする。

 俺のように識別ができない以上は、相手が本気で隠匿しようとしていれば暴くのは難しいだろうに、それでも自分のことのように責めていた。


「その黒狼の兄貴さんはやばいのか?」


「ああ、きっと数ヶ月も持たねぇ。だから俺は、せめて組を纏めて心労を減らしてやりたかった。若い奴らが随分と武器を持ち出し、方々で調子に乗って暴れるせいで組の信用がガタ落ちだ。ここで踏ん張らないとやばかった。兄貴も、組も。そしてこの国の仮初の秩序も」


 上っ面だけでも押さえ込む三強が二強になるとはそういうことらしい。


「雷虎の罠、か」


「だが、これで終わりさ。お嬢が元に戻れば若い奴らは拠り所を無くす。問題があるとすれば、この間に生まれた勢力図の激変だ」


 切り取られたそれを取り戻すためには、一踏ん張りが必要だと彼は言う。

 俺は、ただの通りすがりであるからこれ以上は介入する気は無い。

 無いのだが、思わず懐を弄っていた。


 取り出したのはエリクサー。

 回復アイテムとしては最上級の代物だ。

 無論、ゲームでは店で量産されまくっていた程度の代物だが、この世界では破格の価値になるアイテムだ。


「チャン、ここに傷に良く効くらしい薬があるが乗せてもらった礼はこれでいいか?」


「なに?」


「その重傷の兄貴殿に飲ませるか頭からぶっ掛けてみろ。少しぐらいは楽になるはずだ」


「ほ、本当か!?」


「多分な」


 明言はせずに瓶を預ける。

 彼はそれを大事そうに抱えると懐に収め、男泣きした。

 抱きかかえた少女に、彼の涙が滴った。


「すまねぇ、モヘンジョ。ちくしょう、俺としたことがダサいところを見せちまった」


 すると、水滴で目覚めたのか少女が目を開けた。


「……チャンさん? どうして、泣いていらっしゃるのですか」


「気がついたのか!?」


「はい。……あの、本当にどうかなされたのですか」


 何も知らないような無垢な顔で、少女がチャンの涙を手で拭った。

 そこには、あの雷の女神が見せていた猛々しさなどどこにもない。


「いやね、クロのお嬢。今日は悪いことが一つと、良いことが二つもありやしてね――」




 更に数日、俺たちは西に走り続けた。

 クロ姫は事情を知ると、顔を真っ青にして倒れかけた。

 が、それでも涙を堪えて彼らの縄張りであるという山すその街へと帰還した。

 途中、クロ姫を奪還しようと若い連中が仕掛けてきたが、姫が声をかけるとほとんどが恭順した。


 中には姫を娶り、組を乗っ取ろうとしていた野心家も居たが、そちらはいつの間にか用心棒扱いされていた胡散臭いクォーターエルフとその部下が暴れてどうにかした。

 そうしてたどり着いた先。

 木造の大きな屋敷の中で黒狼の名を告ぐ男が床に伏せっていた。


「おう、戻ったかチャン。なんだ、そいつは。見ない顔じゃねぇか」


「旅の自称クォーターエルフでさぁ。色々世話になりやしたんで、連れてきやした」


「そうか。見ての通り俺は何もできねぇが、くつろいで行ってくれや」


「兄貴。それで、こいつが譲ってくれた傷によく効くって話の薬です。是非に飲んで下せえ」


「ごほっ、ごほっ。おう、すまんなチャン」


 飲んだ瞬間、エフェクトに包まれた黒髪の男。

 次の瞬間、布団から飛び起きるような勢いで彼は立ち上がった。


「あ、兄貴!? 無茶しちゃあいけねぇ!」


「くく、ははは! おいお前、どこでこんなスゲェ薬を手に入れた! 見ろ、傷がなおっちまったぞ!?」


 包帯を引きちぎり、自ら傷跡を確かめる黒狼は愉快そうに笑う。

 先ほどまで死相が出ていた顔が、今は赤みが差して別人のようだ。

 黒い立派な尻尾がブンブンで、チャンや一緒に来た他の重鎮らしき者たちも仰天していた。


「あ、兄貴。実はもう一つ報告がありやして。さぁ、入ってくだせぇ」


「……クロ!」


「お父様、申し訳ありません」 


 涙に濡れるクロ姫が、父親に抱きついた。

 俺は、何がなんだか分かっていない黒狼に説明した。


「なるほどなぁ、神宿りか。ようやく合点がいったぜ」


 神妙な顔をして頷く彼は、娘の髪を梳きながら言う。


「おい野郎共、戦争の用意をしろ!」


「あ、兄貴!?」


「まずは組の立て直しだ。その後は賢猿の野郎と手を組んで脳筋野郎を討伐する。いいか、やられっぱなしじゃあ黒狼組の名に傷が付く! 精々後悔させてやろうじゃねーか!!」


「「「おう!!」」」


 遠吠えのような叫びが木霊する。

 その日、黒狼復活の雄たけびが街中に響き渡り、同時に歓声で湧きかえった。







――神選天上国アヴァロニア首都『ノアニック』。

 ユグレンジ大陸西方に、そこへと続くゲート・タワーが一つだけ存在する。

 各種族ごとに一つだけ与えられた空の楽園。その一つであるヒューマン・ラグーンにその都は存在した。


 人間のためのその都は、制圧した地からかき集めた財によってこの世のものとは思えない程に煌びやかだった。

 中でも各種族の奴隷やドワーフの職人たちによって建造された王城は、まるで神を祭るための神殿さながらの美しさを誇っている。

 金・銀・宝石はもとより、磨きぬかれた大理石はまるで、そこに居る者を選別するかのような輝きに満ちていた。


「――で、また点数稼ぎどもの失敗報告か」


「失敗も何も、私はあんたに言われてアヴォルの様子を見てきただけなんだけど?」


「ふっ。その様子を見れば大体の察しはつく」


 ダロスティンは身体に包帯を巻いていた。

 そんな手傷を負った姿など、彼は今まで見たことが無かった。

 その当たり前のように抱いた感想に、つまらなそうにダロスティンは鼻を鳴らしてから、今一度改めて玉座に座る少年を見上げた。


 そう、彼はまだ少年であった。

 白いマントに、金糸で縫われた白い服。

 その下には歳相応の貧弱極まりない体があるだろうか。

 鍛えられているという感はまったく無く、それどころか大人が殴ればそれだけで骨が折られそうなほどに華奢に見えた。


 あどけない中性的な顔立ちは、病的なほどに白い。

 しかし、それが逆に彼の黒瞳と黒の長髪を際立たせている。

 彼こそが最強のアーティファクト『アリマーン』の寄り代にして、アヴァロニアを支配する人間の王『アスタム』だった。


「相変わらずその身体は色白ねぇ。ちょっとは私みたいに身体鍛えたらどうなのよ」


「必要ない」


 一言で斬って捨てると、少年は顎をしゃくり先を促す。


「――ぶっちゃけ、アレが何なのかはよく分からなかったわ」


「ほう、神魔再生会でも特定ができんか」


「見た目から判断するならハイエルフなのは確実よ? でも妙なのよ。武器を神モドキにしたりするなんて力、エルフ族の伝承には存在しないわ。おまけに彼、純粋な念神にしては自由意思が有りすぎるし、全盛期の私よりも確実に弱いわ。その癖、偶に妙に恐ろしい気配を出す武器は持ってるけど」


「弱さ強さはともかく、そのモロヘイヤとか言う神は信仰に行動理念が括られていないということか」


「そう、まるで無視しているみたいだわ。想念の軛から外れた今の私たちみたいにね」


 アリマーンは頷く。


「では、新種の念神ということで良かろう。余以外の回帰神としてはこれで四人目か」


「四人目?」


 眉根を寄せるダロスティン。


「彼は二人目のはずよ」


「いいや、余の感知したところではアレは四人目だ」


 確信したような顔で彼は笑う。

 そこに含まれる嘲りの念を、しかしダロスティンは気にせずに問う。


「どこよ」


「巨人共の大陸『ティタラスカル』、そして獣人の大陸『ビストルギグズ』だな」


 まるで些事の如くアリマーンは答える。

 隠す事無く告げる意味。

 それは、確認して来いという彼からの指令だろうか。

 だが、ダロスティンは動かずに更に問う。


「随分と余裕ね」


「どうせ奴らは余の足元にも及ばないからな。余以外、例えば貴様らは当たり前のように梃子摺るだろうが、結局はそれだけだ。組んでアヴァロニアを攻めるなら好きにしろ。まとめて想念を喰らってやる」


 何の感情もなく、ただの事実を語るようなその口調。

 それはまるで、それが確定している未来であると予言するかのようだった。

 傲慢であると、一笑するべきこの場面。

 しかし、そうと聞かされたダロスティンは「なるほどね」と、ただ頷くに止めた。


 否定する要素は今のところないのだ。

 神魔再生会の全員が同時に挑んだとして、アリマーンは殺しきれない。

 いいや、そもそも完璧な状態の念神を殺すということ自体が難しい。


 大気中の魔力に人々の共通のイメージが想念で強く焼き付けられ、ある種の魔法効果を発揮するレベルに達すると、念神という名の幻想が顕現する。

 このルールは絶対であり、一度生まれた念神は信仰する者たちからの想念の供給を顕現不可能レベルまで落とさなければ何度でも蘇る。

 故に、本気でアリマーンを倒そうと思えば彼を信仰する全てを攻撃して間引かなければならない。だが、アリマーンはもうそんな旧い仕組みを逸脱した神でもあった。


 それは、ダロスティンが今も行っているそれと同じ、アーティファクト化である。

 本来は不可能な、想念の欠乏からその身を守るためにいつの間にか神々が行使していた、この世界固有の現状維持技法。これにより存在の維持が可能になった彼をどうにかするのは容易ではない。


「余が警戒するとすればビストルギグズの奴だけだ。知っての通り我々神の戦いというのは基本は信仰の優劣。ひいては想念の総和だ。余が選んだ想念の供給源、いわゆる人間はゴキブリのようにしぶとく、そしてその繁殖性能は獣人共にも迫る。多種族との交配能力ではそれさえも圧倒的に上回り、年中発情しているせいで爆発的に増えている。ふふっ。国づくりというものがこんなにも面白いとは知らなかったぞ」


――自分たちを守ってくれる神。

――自分たちを勝利に導き、繁栄させてくれる神。

――そして何より、自分たちを他の種族よりもえこひいきにしてくれる神。


 そんな信じられないほどの待遇を、当たり前のように与えてくれるアリマーン。

 こんなにも都合が良いだけの神を手放せる人間など居やしない。

 でなければ、端から信仰など生まれない。


 祈りの対価に救いを求めるという不純な信仰。

 しかして、それがもっとも効果的であることをアリマーンは学習していた。


 神は大義であり、寄る辺であり、時には価値観でさえあるのだ。

 弱さに打ち震える脆弱な人の身であって、最後に頼れる超常の存在の後押しが、一体どれだけ生きる上での希望となるか。

 その醜悪な希望の念はダロスティンにも否定できない。

 同じようなモノから生まれた彼だからこそ。


「――にしたって、質じゃないところがまたやらしいわねぇ」


「質は最後には数の総和に負ける。彼の大戦の折、それはお前も学んだはずだがな」


 結局は悪貨が良貨を駆逐するという、ただそれだけのことに過ぎない。

 そして、聖人や勇者は愚者に殺されるのが定石。

 そんないつ死ぬかもわからない単一存在など当てには出来ない。

 ならば、逆に悪貨を量産し続ける方が効率的だ。


「……でも、それじゃあ守りきれないんじゃなくて? あんたは一人よ」


「全員を守りきるつもりなど端からない。だが各種族のラグーンがある。勿論ここもそうだ。隔離されているのだから、そこに押し込めればいい。そうして、後はただ繰り返せばそれだけでいい。余を信仰する者は生かしてやる。信仰の質で序列をつけ、相応の情けをかけて飼育してやる。それが、神という者の正しい振る舞いというものだ」


「今の台詞、貴方の信者が聞いたら幻滅するんじゃない?」


 もっと言い方があるのではないかとダロスティンは思うが、彼は取り合わない。


「奴らがそのように我らを生み出したのだから、そのように振舞うだけだ。強大な力を持ち、自らを許し、導いてくれる絶対の存在。それに飼われることこそが奴らの幸せだ。神を賛美するとはそういうことだからな。でなければ、我々の存在する意味が分からん」


「……まぁ、あんたと神の価値について論議する気はないからどうでもいいけど」


 言葉を濁す。

 たった一つ、恐れる者があるとすればやはり……。

 ダロスティンが論議するとすればそちらだが、今はまだ現れても居ない敵をどうするかなんて答えは彼にも分からない。

 だから問う。


「――もし、神殺しをやったあの賢人が自分で作った種族ラグーンさえ落としたら?」


「そのときは戦い、勝てなければまた死んだ振りをするだけだ」


「ちょ、あんたねぇぇ!? またこの世界を魔物で埋め尽くされるわよ!?」


「生きているかも分からず、系譜がいるかさえわからん未知など今は捨て置け。それよりそのモロヘイヤとか言う奴はどこを目指している」


「はぁ? そんなの知らないわよ。ヴェネッティーで見つけたと思ったら、ペルネグーレルに居るし、そのままエルフの森に帰るのかと思えばバラスカイエンで遭遇よ? 今は西に動いているみたいではあったけど……」


「西……な。余に戦いを挑みに来ると思うか?」


「来ないんじゃないかしらね。目的が無いんだったら、あんたとやり合う理由そのものが無いことになるもの。仕掛けられない限りはね」


「そうか。新しい妙な気配も気にはなったが、まぁいい。後は好きにしろ――」


 それだけ言うと、彼は玉座を後にした。

 残されたダロスティンは、依頼が無いことに訝しげながら今度は神魔再生会に報告に戻ることにした。

 次の仕事は、別の大陸かと面倒臭そうな顔をして。


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