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第二十三話「遭遇」


 ダットさんの店を出た俺たちは、ペグートの西を目指した。

 その向こうには、海まで続くという大河、グート川が流れている。それを越えれば向こう岸に街のもう半分がある。

 今居る側を東ペグートと呼ぶなら、向こうは西ペグートと呼ぶらしい。 

 元々は東に居た住民が、西と東を船で何度も渡っている内に作ったのだとか。だからどちらもペグートなのだそうだ。


「とっても大きい」


 洪水対策に作られた石造りの堤防の上、レヴァンテインさんがミョルニルさん片手に目を凝らす。


「アッシュ様、向こうに船着場が見えますよ」


 タケミカヅチさんが人々が列を成している一角を指差す。

 輸送船だけではなく、離れたところには漁船と思わしきものも見受けられる。

 商人らしき人が列から離れて交渉しているのをみれば、漁に出ないときは乗せているのかもしれない。

 けれど、それでも人々を完全に捌ききれるわけではないようである。


「この様子ではかなり待つ必要がありそうですね」


 エクスカリバーさんが呟く。


「アッシュ君、またいかだ作る?」


「いや、あの時のいかだはインベントリにあるから作らなくても大丈夫だ」


「そっかぁ」


 ちょっと残念そうな顔でショートソードさんが頷く。

 だが、悪くない提案だった。


 川幅がとんでもなく広いが、流れが穏やかなせいか小さな渡し舟も多いようだ。

 あの孤島の海よりも穏やかに見えるこの河なら、渡ろうと思えば渡れるだろう。

 船の運賃を節約するためにも、今再び手作りいかだ『ツクモライズ一号』で出航するのも悪くない。


「そうだな。いかだで渡るか」


 堤防から下へと降りていると、上からあの犬耳の親分たちが足止めを喰らっているのを見つけた。

 律儀に順番を守っているのだろう。


 長蛇の列に背を向けて堤防を北上。

 人目が付き難い奥まで向かい、桟橋の向こうにいかだをこっそりと取り出す。

 そうして自分も含めて武器をオールへと切り替えた俺たちは出航した。

 久しぶりにツクモライズ一号に乗っていると、なんだか懐かしさがこみ上げてくる。


「気持ちいい風だな」


 漕ぎ出すたびに溜まっていく熱が、ひんやりとした空気に撫でられる。

 河の流れは本当に穏やかで、このまま大の字になって寝てしまいたいほどだ。

 やはり時間の流れが違うのだろう。

 現代人のように行き急ぐ必要がない、というのもあったのかもしれない。


 この世界は俺を窮屈な社会の檻から解放した。

 勿論、その分文明の利器や娯楽、安全などを奪ったことも間違いない。

 けれど、当たり前のように生まれた頃から縛り付けてきた柵が今は無い。

 だから妙に時間に追われるようなあの感覚とは無縁であり、気の向くままに風のように生きられた。


 いずれは、この世界も文明が発達してあんな世界へと向かうのだろうか?

 ふと、頭を過ぎる小さな疑問。

 営みの中で成熟していく文明がもし、この緩い空気さえも奪い去っていくのだとしたら、それは本当に良いことなのだろうか?


 柄にも無くそんな考えを持ってしまうのは、俺がどちらも知ってしまったからだ。

 きっとどちらが良いということではないのだろう。

 ただ、今がそうだったという話で、そこにあるそれらを受け止めて生きていかなくてはならない。

 何故なら、悲観した頃にはもう手遅れになっているだろうから。


「アッシュ様、あれを!」


「どうした」


 左前でオールを漕いでいた俺の後ろから、タケミカヅチさんが声をかけてくる。


 振り向けば、左手の彼方。南東で船が炎上しているのが見えた。


「火事? いや、そんな馬鹿な。なんだってこんな河の上で船が燃えるんだ」


 船からは人が次々と河へと飛び込んでいる。

 かなり大きい船だ。

 船舶の腹から長いオールのようなものがいくつも見えていたので、乗員もそれなりに居たのだろう。

 と、炎上するその大きな船の周囲から小船がいくつも遠ざかっていくのが見えた。


「おそらく、周囲の小船からの火矢です」


「どこぞの勢力争いか」


 こんな穏やかな河の上でご苦労なことだ。

 積荷狙いか要人狙いかなんだかは知らないが、気分の良いものではない。


「巻き込まれたら嫌だな」


「主、少しペースをあげましょうか」


「そうするか」


 提言してくるエクスカリバーさんに頷き、少しだけ漕ぐペースを上げる。

 そのまま半ばまで渡ったところで、背後から大きな船がやってきた。

 船体の横っ腹から蜘蛛の足のようにいくつも生えている長大なオール。

 それらに巻き込まれないようにと気持ち右に避けて進んでいると、船の上から視線を感じた。

 見上げると、二人ほどこちらを見下ろしていた。


 一人は、何故かフランクに手を振っている白に黒斑がある犬頭の獣人ガルルス――の身体を乗っ取っている神魔再生会とやらの一員ダロスティン。


 そしてもう一人は、外套のフードを肌蹴てこちらを見下ろしている獣人らしき少女だった。獣人だと思ったのは、黒髪からちょこんと見えている犬耳だ。

 女は、布を巻きつけた長い棒のようなものを持っている。

 きっと、中身は槍か何かだろう。

 識別名はクロ姫。種族は獣人でレベルは49だが……このレベル帯で神宿りだと?


「主、あの犬頭は!」


「ヴェネッティーに居た悪者だよ!」


 ダロスティンを見たことがあるショートソードさんとエクスカリバーさんの二人が注意を促してくる。

 残りの二人もその様子を見て、警戒するように見上げた。


「ハァイ、モロヘイヤ。元気そうで何よりね」


「何故お前がここに居るんだよダロスティン」


 背中に手を回し、アルテミスの弓と矢を取り出す。


「ちょっと、その無粋な矢はやめなさいよ。それクライアントとの謁見中にいきなり飛んできたのよ。もう少しで私のキュートなお尻に風穴が開く所ところだったじゃない!」


「知るかっ!」


 つまり、スキルで放たれた矢はアヴァロニアまで届いたということか。

 頼もしい性能に満足しつつ矢を番え、不審な動きがあれば射るつもりでダロスティンを狙う。

 奴が困った顔をしても知ったことではない。

 こいつのアーティファクトは、その能力が危険すぎる。


「ダロスティン、アレはここで始末した方が良いと思うがどうだ」


 クロ姫とやらが、その清楚な見た目とは裏腹に艶のある顔で唇を舐める。


「やるなら自己責任でやりなさいよアヴォル。ただし、私が止めたってことだけは覚えておいて頂戴よ」


「おおとも。チラチラして鬱陶しかったところだ」


 少女が持っていた棒の布を取り払う。

 その下から出てきたのは薙刀の刃。

 識別すると雷の女神アヴォルと出た。

 神宿りなら間違いなく覚醒済みだろう。


 しかし、こいつやダロスティンもそうだが妙に気に入らないな。

 やはり、使い手の身体を乗っ取っているという事実が不気味なのだ。

 ディリッドの所持するロウリーとはえらい違いだ。


「神魔再生会ってのは、どいつもこいつも使い手を乗っ取るのかよ」


「人それぞれね。偶に自分から乗っ取ってくれっていうのもいるわよ」


「信じられない話だな」


「なら疑い続ければ良い。もとより矮小なる者共の事情など知ったことではないのが神という者。だが、神に殉じたいという者は意外と多いぞ――」


 俺が吐き捨てるように言うのと、アヴォルが雷光を纏って跳躍するのは同時だった。


「嘆きの必中矢!」


 弓に番えた矢を放つ。

 中空へと月光の煌きを伴った矢が、不可思議な弾道でアヴォルに迫る。

 その結果を見届ける暇は、残念ながら俺には無い。


「皆、俺にしがみ付け!」


 それなりに大きく組んだとはいえ、いかだの上は戦える程に広く無い。

 武器娘さんたちの脚力なら数秒も掛からなかった。

 タックルするような勢いでしがみ付いてきた彼女たちを抱くと、俺は膝を曲げてありったけの力でツクモライズ一号を蹴った。


 そこへ、矢を身に纏う雷撃で弾いたらしいアヴォルが、間髪容れずに落ちてくる。

 剛撃は雷鳴を呼びツクモライズ一号の丸太を両断。

 水面さえも叩き斬る勢いで刃を通す。


 俺が見たのはそこまでだ。

 水しぶきを上げながら河へと着水した俺は、すぐに水中へと誘われた。

 見上げれば、柔らかい光が差し込む水面がある。


 それを目指すことなく一人ずつ手を取り、順番に武器に戻してインベントリへと収納。

 最後にタケミカヅチさんだけは剣帯に吊るすと、インベントリから丸太を一本取り出して離す。それが水面に到達しようとした次の瞬間、雷光が走り抜け水面が切り裂かれたのが見えた。

 犯人は考えるまでもなくアヴォルだろう。

 だが、奴は何故か河の中へと落ちてこない。空を飛べるダロスティンが手を貸した可能性はあるが、これでは対等に戦えない。


(……選択をミスったか)


 スキルは発声しなければ発動しない。

 だから水中に居る今は不利なのだ。

 カナヅチだろう皆の回収を優先したとはいえ、ここで決着をつけるなら他にも何か手は無かったのかと考えてしまう。


 唯一幸いなことがあるとすれば、水中に居るにも関わらずまったく息が苦しくないことだけだ。

 これはゲームのアバターが厳密な意味においては肺呼吸をしていなかったからか、それともこの身体が強靭だからか。

 どちらにせよ、窒息する気配が無いならそれを有効に活用させてもらうとしよう。


(やはり、ここは逃げるか――)


 戦うにしても場所が最悪だ。

 今度は丸太を三本同時に浮上させると、河の流れに逆らわないように放出。その後で今度はさらに、時間差で再び三本ほど丸太を浮上させて様子を窺う。

 マップではアヴォルと思わしき反応が二度動き、それからは様子を伺うかのようにほとんど静止した。


 俺は注意しながら、もう一度丸太を二本放出。

 その下を追った。

 はたして、アヴォルが再び動いた。


 俺の上の丸太が切り裂かれて割れる。

 それを見て、地獄の戦鬼を思い出す。

 あいつはゲートタワーに出現した俺を感知して追ってきたような節があった。

 鬼の鼻が動物並に敏感だった、なんてオチはないと思うが、こいつも俺のマップとは違った感知方法を持っているのかもしれない。


 そのまま南に下る河の流れに乗って離れると、途中で飽きたのか奴は追ってこなくなった。水中に引き込まれると不利だと思ったのだろう。

 しばらく潜水を続け、十分に距離をとってから丸太に掴まって浮上。

 すぐさま周囲を確認する。


「ぷはっ。さすがに諦めたか」


 水面にも空にも、アヴォルの姿はない。

 奴らの乗った船らしき物が遠くに見えることから、一難去ったと見るべきか。

 タケミカヅチさんを仕舞い、丸太にしがみ付いた俺は、ふと流されただろうツクモライズ一号を探した。 


 河下にそれらしき残骸が見える。

 きっとあれだろう。


「そういえば武具以外にツクモライズをかけたことはなかったな」


 もし、あの手作りいかだを擬人化して交流していたとしたら、俺は今頃一体どんな感情を抱いたのだろうか? 想像すると少しばかり気が滅入るので頭を振るった。


 ただ、一つだけ分かっていることがある。

 それは、あの身体はともかくそれを操っているアヴォルという神が敵だということだ。

 西に渡るあの連中、一体今度は何をやらかすつもりなんだ?

 俺の旅路と重なるせいで、嫌な予感が絶えなかった。




 丸太に捕まったまま、ひたすらにバタ足で岸を目指す。

 すれ違う船の主たちは俺を無視し、知らん振りして去っていく。

 勿論、助けてくれとも言わない俺の方にも問題があったに違いない。

 だが、そんな俺を哀れに思ったのか、遂に声を掛けてくる者が現れた。


「ようエルフの兄ちゃん。泳ぐにしてもまだ夏にはちょっと早くないか」


 ダットさんの店で武器を買っていった、あの犬耳の親分さんだ。

 彼らは子分の皆さんも含め、どこか呆れた顔で俺を見ていた。


「あんたもやってみたらどうだ。意外と気持ちいいぞ」


「俺たちは先を急いでいるんでね。残念ながら水遊びをしてる暇はないのさ」


 言いながら、彼は先端に輪を作ったロープを俺に向かって投げた。


「悪いな」


「いいってことよ」


 ロープを掴んだ俺を、彼らは船に引き上げてくれた。


「それで、どうして泳いでたんだ。河賊にでも船がやられたのか?」


 水を吸った衣類を絞っていると、興味本位で尋ねられる。

 しかし、河賊か。

 海賊じゃないのはここが海じゃないからだな。


「似たようなもんだ。通りすがりのレベルホルダーに襲われてな。せっかくだからこの機会に遠泳を楽しんでいたところさ」


「ふははは。そいつは邪魔して悪かったな」


 俺の言い様に愉快そうな顔で笑う親分さん。

 なんだかサングラスでもかければ似合いそうな面構えなのに、中々どうして愛嬌がある。


「こちらこそ急いでるところを邪魔して申し訳ない」


「いいさ。にしても、お前さん運が良かったな。この河、人を食うでかいサメだかワニだかが居るって話を聞いたことがあるぞ」


「……冗談だろ?」


 潜っていたときでさえ、そんな奴は見えなかったが。


「親分、そりゃ河底に居るって話ですぜ」


「潜って漁をしている奴らが見たってもっぱらの噂っす」


「そういやそうだったか。まぁ、無事で何よりだ」


 思わず河を見ていた俺の背中を、ばしばしと叩く犬耳の親分さん。


「そういや、あんたはエルフだろ。なんでこの国へ来たんだ」


「中央四国に行こうかと思ってね。ちなみにこう見えて自称クォーターエルフだ」


「ふぅん……まぁいい」


 含みを持たせた俺に頷きながら、彼は名乗る。


「俺はチャンだ」


「アナバッシュ・モヘンジョ。好きに呼んでくれ」


「おう。ところでお前さん、どこの組の者でもないってことでいいんだな」


「組? なんだそれは」


「あー、そういや外の奴らは詳しくは知らないんだったか」


 ガリガリと頭をかき、面倒くさそうに彼は言う。


「他国の連中は無法地帯だとか言ってやがるらしいが、この国にはこの国なりの秩序ってやつがあるのさ」


 どうやら、組というか勢力のことを言っているようだ。


「北西の黒狼、中央の雷虎、そして南の賢猿。大本を辿れば今はこのどれかにたどり着くのさ」


「三つしかないのか?」


「この三つがモンスター・ラグーンを押さえてる。んで、その下に小さい連中がいくつも付いてるってわけだ。ただ、小さい連中は上から言われるまでは互いに食い合ってるから、外から見ればまるで秩序が無いように見えるわけだな」


 大枠は三つでも、ほとんど放置ってことか。

 言うなれば、君臨すれども統治せず状態になってるってことだな。

 無茶苦茶な国だ。


「よく大本が支配できるな」


「モンスター・ラグーンの価値がそれだけでかいってことさ。当然、下っ端が少々粋がる程度じゃどうにもならねぇぐらいにレベルホルダーを揃えてる。それに、そこに住む奴が住みやすいようにすりゃあいい。バラスカイエンは種族が多すぎるんだ。どれか一つの様式でやりゃ他の連中が不満に思って暴れやがるから、これは一種の住み分けだな」


 色々と乱暴に過ぎるとは思うが、通りすがりの俺が言ってもしょうがないので黙って話を聞く。


「それも結局は長くはもちそうにないっすけどね」


「結局は一番上の三強が居てこその今の秩序」


「それぞれの腹の内は違うから、そのうちどこかで不満が爆発しやすぜ」


 周囲に居た子分たちが揃って言う。

 まるで、その予兆を感知しているかのような言い様だ。

 そしてそれをチャン親分が首肯する。


「そうだな。ついでに、一度始まっちまったらきっと、取り返しが付かなくなるだろう」


「三強も、虎視眈々と力を貯めているってことか」


「そいつもあるが、近々三強が二強になるかもしれねぇんだよ」


「病気か何かで、か?」


「いや、身内の裏切り……になるのかもな」


 自嘲するような笑み。

 チャンはそう呟くと、「着くまでは適当にゆっくりしろや」と言って、船首の方へと歩いていった。




 チャンの親分が気前よく途中まで送ってやるといってくれたので、俺は荷馬車の世話になることにした。

 荷台の上で、ガチャガチャと積み込んだ武具が鳴る音を聞きながら西へ。

 その間、彼は部外者のはずの俺に不思議なほど話しかけてくる。

 何故かと聞けば、「細かいことは気にするな」と返って来た。

 胡散臭く思うよりも呆れながら、俺は彼と話をした。


「――で、モンスター・ラグーンから飛び降りたって言うその男は一体どうなったんだ」


「そいつだって馬鹿じゃない。男はなんと、魔物の真似をして飛び降りたんだとさ」


「魔物の真似だぁ?」


「ハンターモモンガって、知ってるか」


「木の間を飛ぶ奴だろ」


「男はそれを見て、真似できないかと思ったそうだ。だから剥ぎ取った皮膜で似たような物を作って、空を飛んでなんとか海に降りた。勿論、その前に何度も試したんだろうな」


「で、脱出に成功したってわけか。大した奴だなそいつも。そういや、大した奴って言えば隣の国で巨人殺しが出たって聞いたぜ。その話は知ってるか?」


「ああ、聞いたことはあるぜ」


 というか、俺だし。


「巨人なんざこの国にも居ないが、滅茶苦茶でかいらしいな」


「なんでも大人二人分ぐらいの身長はあったって聞いたぞ。その時にアデル王子とその仲間が国を救ったらしい」


「モンスター・ラグーンに閉じ込められた癖に、国や親父を助けるために最後まで生き足掻くなんざ中々できるもんじゃねぇなぁ。……その王子、どうやって出てきたんだ?」


「敵が間抜けだったって聞いたぜ。死んだと思った奴らがゲートを直したら、まだ王子は生きていたんだと。だからそこから脱出できたらしい」


「ゲートを直す? おい、その辺りをちょっと詳しく聞かせろや」


 チャンがギョッとするので、サンリタルのことを教えると彼は愉快そうに笑った。


「ふは、ふははは! そうか、そんな手がありやがったのか!?」


「ただの噂だぞ。試してみないと分からないとだけは言っておく」


「噂でもなんでも、そこまで具体的なのは初めて聞いたぜ。しかもこの国だとかなり価値がある情報だ」


「何故だ」


「下の方のゲートはよ、全部ぶっ壊されてやがるんだ」


 なんでも、二百年ぐらい前にレベル上げの効率を下げるためか下側の装置が壊し壊されたからだそうだ。


「なんで上のを壊さなかったんだ」


「そりゃお前、上がっちまってから壊したら自分が帰って来れないだろ」


 ……もっともな話だ。

 普通は俺のように飛び降りるわけにもいかないし、尽きぬ魔物の数に飲み込まれるか。


「俺は見たことがねぇが、魔物がうじゃうじゃ居るんだろう。そりゃ、さすがに二の足も踏むってもんだ。それに魔物は出てきたほうが塔の管理で負担を強いれる。完全に居なくなられるよりは、或いはその方が良かったんだろうぜ」


「そういうもんか」


「そういうもんだ」




 そうやって、彼らとの旅は続いた。

 道中に問題があったかと言えば特に無く、分かれるまでの間に運んで貰った礼に頭を悩ます日々を過ごす。


 平原を、荒野を、山を。

 彼らはまるで自分たちの庭のように走り抜けていく。

 そのまま何事も無ければよかったのだが、四日目の昼過ぎに俺たちは騎馬隊に襲われた。 初めは、ただの通りすがりかと思った。


 それまでにもいくつもの集団とすれ違ったが、その度にチャンが掲げさせた黒い狼の旗を見れば彼らは襲いかかることなく離脱していったのだ。

 だが、今度の相手はすれ違うと見せかけて後方に回り込み、反転。

 一斉に弓を構え始めた。

 油断はしていなかったチャンたちは、それを見てすぐに行動した。


「くそったれ、逃げ切るぞ。野郎共速度を上げろ!」


「奴らはなんだ?」


「黒狼兄貴の元身内……雷虎に寝返りやがった裏切り者だ――」


 チャンが指示を出し、荷馬車に置かれていた棒を手に取った。

 それはまるで、反りの入った刀――木の鞘に納められた日本刀のように俺には見えた。

 それがアーティファクトだということを問わずとも理解した俺は、今にも飛び降りそうな彼に尋ねた。


「後ろの奴らを始末すればいいんだな?」


「ああ。だが、もし黒髪の娘が居たら生かして連れて帰る必要がある。裏切り者とはいえ、兄貴の娘なんだ」


「ならここまで世話になった礼だ。見つけたら生かしとくよ」


「モヘンジョ!?」


 矢が飛び始めた最中、荷馬車から跳躍。

 背中からエクスカリバーさんを取り出すと、鞘から抜かずに地面へと着地する。

 衝撃を両足で逃がすと、再び跳んだ。


 目標は直ぐ後ろについていた騎馬の乗り手だったが、ちょっと高く飛びすぎた。

 俺の下を騎馬が通り過ぎる。

 矢を今にも放とうとしていた騎手は、驚きに顔を染めている。

 その視線が、最後まで持たずに前を向いたのを確認しつつ着地。

 そこで俺は、人間時代なら絶対にやらない暴挙に出た。


 走る、走る、走る。

 単純な身体能力の恩恵だけを武器に爆走する。

 棒を使わずに棒高跳びの世界新記録さえ超えてしまうような出鱈目な脚力を、ただ追いつくという行為に傾ける。

 そうして、確かな実感と共に俺は最後尾の馬に乗る騎手へと追いすがると外套を引っぱった。


 彼は犬耳の若い男だった。

 追いつけまいと思って前を向いていた彼と目が合う。

 その顔が、呆然としたまま俺に引っ張られて後ろへと消える。

 落馬した彼はそのまま地面を転がり、なにがしかの罵声を上げた。


――が、知ったことではない。

 俺は騎手がいなくなった馬へと飛び乗ると、エクスカリバーさんを擬人化する。


「前の荷馬車を引く連中を護衛する。援護を頼むぞ。ただ、黒髪の女がいたら捕縛だ」


「はっ――」


 俺の前に出現した彼女は、今にも暴れようとしている馬の手綱を握りしめて御す。


「これを使え」


 彼女に鉄の槍を渡すと、俺はそのまま馬から飛び降り後ろから奴らを追う。

 後ろを取ったはずが、いきなり背後から追われる羽目になった襲撃者。

 彼らが動揺から立ち直る前に、俺は背後から走り寄りもう一人を落馬させる。


 残り十一人。

 別に飛び降りなくてもアルテミスの弓で荷馬車から撃てば良かったとも思ったが、黒髪の女を見つけるためだと自分に言い訳してそのまま継続。

 続けて三人ほど地面に引き倒す。


 騎手を失った馬はやがて失速。

 どうしていいか分からずに平原を闊歩する。

 中にはそこらの草を食むのんきな奴もいたが、中には忠義に厚い馬も居るらしい。

 落馬した騎手を探して引き返す姿が見受けられた。


「ああいう馬はいい馬だなきっと」


 ほっといて自由を満喫する奴とは比べるべくもないが、俺はそのまま作業を続行する。


「撃て、こいつは高レベルの奴だ!!」


 前ばかりを攻撃するわけにも行かなくなった彼らの一部が、弓を俺へと向ける。

 けれど、馬上であることを含め後ろを取る俺を狙うのは難しいようだ。

 何本かの矢がそれでも命中コースで飛んでくるが、取り出したミスリルシールドで弾き飛ばす。


「くく――」


 自分でも笑えるが、向かってくる矢が見えた。

 だからただ弾道にあわせて弾くなり避けるなりすればよかった。

 弾き、避け、顔を確認して落馬させる。

 そのまま残りも排除して、近づいてきたエクスカリバーさんの操る馬に飛び乗る。


「居たか?」


「いえ、どこにも」


「そういえば、あのアヴォルとか言う奴が使っていた体は黒髪だったな」


 まさか、な。

 一抹の不安が胸中を過ぎるのも束の間。

 前を行くチャンたちが速度を緩めた。


「――主、追加のようですよ」


 合流するためかとも思ったが、どうやら違うようだ。

 俺は合流し、彼に聞いた。


「チャン、まさかとは思うがあの薙刀持ちが兄貴とやらの娘さんか?」


「――そうだ」


 胡散臭い俺に対しての余裕さえ失った彼は、行方を遮ろうという新手を見て呟いた。


「何故だ、クロのお嬢――」


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