第二十一話「魔女と杖とレヴァンテイン」
海運国ヴェネッティーの北。
エルフ族の住む広大な森の東側に位置するその場所には、峻険な山々が連なるドワーフたちの国がある。
『ペルネグーレル』と呼ばれるその国は、豊富な鉱山資源とそれらを加工する技術の両方を持ち、ユグレンジ大陸でも屈指の製造国として名高いそうだ。
その反面、平地は少なく余り農業には適していない土地らしい。
けれどやはりそこはドワーフの国。
ヴェネッティーの商人もよく買い付けに向かい、高価だが協力な武具を海運ルートで近隣に売り捌いたりしていると聞いた。
また、エルフの国『シュレイク』とは同盟関係にあり、鍛冶に必要な燃料の木材や食料を輸入する代わりに、鉱山資源や鉄製品を輸出したりする仲らしい。
「ちなみに、イビルブレイクの通常装備も大体はペルネグーレル出身のドワーフさんたちの製品なんですよー」
基本的には魔物退治を専門に行う大傭兵団イビルブレイク。
その本隊に所属してあちこちに援軍に出るのが仕事だという彼女――金髪ウェーブのはぐれエルフ、ディリッドが色々と教えてくれる。
彼女はティーンの小柄な少女にしか見えないが、千年以上を生きる高レベルのレベルホルダーにして神宿り。
現在は里帰りをするために休暇を取り、俺と共にペルネグーレル経由でエルフの森を目指していた。
黒いローブを身に纏い、木の杖に乗ってふよふよと隣を浮遊している姿はまるで魔女だ。
彼女の杖、アーティファクトの魔術神ロウリーの存在を考えればあながち外れた印象ではないだろう。
性格は好奇心旺盛でマイペース。
そして当然、俺に比べれば当たり前のように博識だ。
聞けばそれ以上に教えてくれるので、退屈しのぎついでに俺は情報を収集している。
例えば、それは神魔として復活を目論む覚醒済みのアーティファクトたちの互助組織、神魔再生会であったり、ここユグレンジ大陸の西方をほとんど手中に収めたアヴァロニアという大国であったり色々だ。
その収穫は少なくなく、彼女に聞いたおかげで、はっきりとその二つが俺の身を脅かす危険因子だと理解できた。
まぁ、だからといって俺が簡単に如何にかできるほど両者は生易しくないだろうことは自覚している。
しかし、何も知らないままで居るのはどうにも精神衛生に悪い。
警戒する意味を込めて話を聞いた。
特に注意しておかなければならないのがアヴァロニアだ。
奴らの海運国ヴェネッティーを王家から乗っ取る計画は、一時的には頓挫させた形にはなったはずだが、またぞろ色々と謀略を働かせて来るに違いない。
そこら辺りは、東の海で繋がっている彼の国の王族――アデル王子たちの手腕に期待するしかないが、色々と頑張って欲しいものである。
と、そんな風に、できるだけ何事もない事を祈りながら俺は今日も旅をしている。
「なぁ、首都の地下迷宮ってのはどんな感じなんだ」
「んーとですね、鉱山跡を利用した地下迷宮って感じです。初めてだとドワーフの人に案内してもらわないと迷っちゃいますよ。今回は遠回りになるから寄らないので心配する必要はないですけどねぇ」
「ふむふむ」
迷宮という響きはとても気になるが、地震でも起きたら一発で潰れてしまいそうで怖い。
だが、適当にドワーフの鍛冶師に聞きたいことがあったことを思い出す。
「ドワーフは、鉱山以外に住んでないってわけじゃあないんだよな?」
「それは勿論です。でも、この国だと大抵は山の近くに住む人が多いですね」
首都は北東だが、エルフの森に行くためには北西に進む。
だからその間にあるだろう村で、ヴェネッティーで手に入れたイミテーションコアの複製ができるかを聞いておきたかった。
強いて言えば、用があるのはそれぐらいだ。
だから別に首都はどうでも良い。
ある意味平穏そうだが、穴倉暮らしはちょっとどうかとも思うのでこの国はスルーで良いだろう。
「しかし、ドワーフなぁ」
ゲーム時代はドワーフで鍛冶職業を得て武具のコレクターをやっていた俺だが、この世界の武具が欲しいという欲求が沸いてこない。
その理由はきっと、この世界にはアーティファクトを除けば特殊な武器など無いと聞いたからだろう。
そもそもこの世界クロナグラには、魔法が一部例外を除けばアーティファクトのそれしかないらしい。
例えばエルフだ。
ゲームや漫画でのお約束でいけば、精霊魔法だの古代魔法の使い手であることが連想される。
けれど、この世界では彼らは魔力を多く持つが、それらの胡散臭い技術は持っていないそうだ。
その代わり弓が得意な所は変わらないようだが、なんとも残念なことである。
俺はゲーム時代のそれを一応は使えるのだが、ディリッドに言わせればハイエルフだからだろうとのこと。
試しに見せると目をキラキラさせてどう使うのかを尋ねてきた。
勿論、メカニズムを理解していない俺が教えられないと知るとガッカリしていた。
様々な魔法の武具を持ち、精霊の力を借りて魔法を行使するというのがエルフ族の信仰する始祖神『ハイエルフ』。
俺は、『廃エルフ』なので違うような気がするのだが、どうやら念神という神らしい。
今まで相対したアーティファクト――に身を変じた神が三柱も俺をそう呼ぶので、確定ではあるらしいのだが、実に面倒くさい話だ。
ゲームで転生したら何故か異世界で神様に転生してましたって、なんだそれは。
マジで意味が分からん。
しかも神の中には俺を倒して、俺を生み出した想念とやらを簒奪し、復活しようなんて考えるのも居る。
これはとても嬉しくない状況だ。
だから早くどこか住みやすく、そして安全な場所に引き篭りたいと切実に思っている。
「なぁ、ディリッド。どこか安全で住みやすい場所ってないのか」
「そうですねぇ。やっぱり、ラグーンしかないでしょうねぇ」
ラグーンとは、この世界クロナグラの空を彷徨う浮遊島の呼び名だ。
各種族用に一つずつあるとされ、それ以外は魔物を無限に召喚するモンスター・ラグーン。
それらは地上とラグーンにそれぞれあるゲート・タワーと呼ばれる塔で繋がっており、後者からあふれ出してくる魔物にこの世界の多様な人類種族は困らされている。
だが、その一方でレベルアップのために軍事力の強大化に欠かせないようにもなっていた。おかげでゲートを完全に閉じることはできず、人々はそれが危険な代物であると知りながらも防壁を組んで拡散を防いだりと、隔離するだけに留まっている。
「でも、エルフ族のラグーンはなんていうか……時代錯誤なんですよねー。時勢に取り残されているというか、引きこもりの保守派共の楽園って感じです。森の中の王国でさえそうですから、当然といえば当然なんですけどねー」
「引きこもりか。ちょっと言い方に棘があるな」
「なんと言いますか、私ってはぐれですから圧倒的少数派じゃないですか。だからこうして偶に帰ると風当たりが強くって。特に早く結婚しろとかそういうのが酷いんですよぉ」
なんだか、独り身の連中が実家に帰って結婚がまだかと言われるような話だな。
異世界でも、その当たりは変わらないのか。
「エルフ族ってほら、長命っていうか、物心付いたら不老じゃないですか。そのせいか子供が妙に他の種族よりできないでしょ。だからこう、純血を保つためにもさっさとエルフ族同士でくっつけろ! 見たいな周囲の圧がとっても凄いんです。うう、きっと帰ったらまたお見合いやらレベルアップ婚活とか色々押し付けられちゃう。アシュー君なんてハイエルフなんですから、覚悟しておくといいですよ」
「そう言われても困るぞ。俺にエルフ族としての帰属意識なんてないんだからな」
どうにも、日本人としての感性を持つせいか仲間意識そのものが希薄だ。
それはこの世界の住民全てに言えることではあったが、そのせいで余計に結婚なんて概念が遠いように感じる。
元々は専門学校の平凡な学生で、自由な時間を無限転生オンラインというネットゲームにつぎ込んできた男だ。
それも、その情熱を向ける対象は武器娘さんたち見たさの武器蒐集行為とレベル上げ。
ある意味では彼女たちが俺の『嫁』なので、リアル嫁を娶れなんて言われたら速攻で逃げ出す自信がある。
それに、今は気になる奴が居るのだ。
あまり余計な相手に現を抜かしている暇など俺にはない。
「そうだ、ここのモンスター・ラグーンってどこら辺にあるか知ってるか?」
インベントリから地図を取り出し、ディリッドに尋ねてみる。
「ずっと昔に防壁の建造のために手伝ったことがありますから一応は。でも、あそこは今は修行中の若いドワーフさんたちで一杯ですよ」
「修行中?」
「鉱山だけじゃなくて、ここらでは金属の身体をした特殊な魔物が多く出るんです」
「岩ゴリラみたいな奴か?」
「そうです。あれの鉄や希少鉱石版なんかも出ます。ロウリー曰く、魔法生物とか想念を吹き込まれて生まれた鉱物系魔法生物。通称ゴーレムとか言うらしいですねー」
「へぇ……じゃあ、倒すと金になりそうなものが取れそうだな」
「普通の傭兵はまずやらないですよ。やるとしたらアーティファクト持ちぐらいです」
相手が金属の塊だったら、普通の武器で殴れば武器代だけでとんでもないことになりそうだしな。
「あと、この国の人以外はそれなりの入場料が取られちゃうのも理由ですね」
「金、取るのかよ」
商魂逞しいことだが、確かに自国の鉱山資源なんかの輸出にも響いてくるか。
やっぱり、異世界でも貿易摩擦とかあるんだろうな。
「うーむ。それだと住めそうにないな」
ゴーレムなら野菜を育てても襲わないんじゃないかとちらりと思ったのだが、ドワーフさんたちが一生懸命戦ってる横で生活するってのもなんか違う気がする。
やはり、この国に住むのは無しか。
「……モンスター・ラグーンに住むって発想が出てくるところに脱帽です。さすがはぐれを自称するハイエルフ様だけありますね。ロウリーが呆れるほど常識からはぐれてます」
「杖に呆れられてもな。そうだ、ちょっとそのロウリーを貸してくれないか」
「何をするんですか」
「実験だ」
「はぁ」
よく分からないだろうが、貸してくれる気にはなったらしい。
「どうぞ」
「ありがと。……よし、周りに誰も居ないな」
視界確認良し、マップ確認良し、索敵確認良し!
「――喰らえロウリー! 我が必殺の奥義『付喪神顕現<ツクモライズ>』を!」
擬人化スキルを行使。
覚醒したアーティファクトが、俺の持つ武器娘さんたちのように活動できるかをこの機会に試してみる。
はたして、スキルエフェクトの光に包まれた木の杖は、ディリッドと俺の前で擬人化。
所持者であるディリッドそっくりの黒いローブを身に纏った、黒髪長身のメガネっ娘へと変化した。
「わ、私のロウリーが女の人になっちゃった!」
「成功だな」
「こ、これは一体……」
この変化に戸惑いの声を上げるロウリー。
彼女はちゃんと意識があるようで、しきりに自分の身体を触って確認している。
「おい貴様。これは一体どういうことだ!?」
「あんたとも話してみたいと思ってな」
「それは別に構わん。だが何故だ。何故我が――我が女になっている!」
「そういう仕様だからだ。別に俺の意図した結果じゃあない」
ゲーム時代、プレイヤーが男なら女になり、女であれば逆の結果になっていた。
これはただその名残に過ぎない。
「し、仕様だと?」
「あんた、魔術神なんだろ。それが嫌なら自分の魔術で男になればいいじゃないか」
「むっ、それもそうだな」
彼女はポンッと手を叩くと、魔術を行使。
一瞬で男へと変身して見せる。
武器娘さんたちのようなスキル、ではないだろう。
これはそんな限定的な物のようには見えない。
俺の脳裏に与えられているステータスによれば、普通はありえない状態異常『変身』の文字がある。
「ふむ。これでどうだディリッド」
ペタペタと胸が無いことを確認しながら、彼は問う。
「すっごく、すっごく格好いいですよロウリー!」
ポッと顔を赤らめながら、ディリッドがはにかむ。
それに気を良くした彼は、満足そうな顔で微笑むとディリッドを自然に抱きしめた。
「ロ、ロウリー?」
「嗚呼、夢のようだ。君を本当にこの手に抱きしめることができる日が来るとは。我は今、感動に打ち震えて胸が張り裂けそうだ……」
「……そうね。本当に夢みたい」
そうして、二人は自分たちの世界に埋没してしまった。
どうやら二人して恋の病が発病してしまったようだ。
やがて二人は自然と見つめあい、俺などもう存在しないかのように甘い口づけを交わし始める。
「あ、んん、ダ、ダメですよロウ……」
「ふふっ、恥らう顔も愛らしい。もっと君を求道させておくれ」
見ているこっちが恥ずかしくなるような熱がそこにはあっただろうか。
俺は無粋な真似をせずに無言で移動。
道の外れにあった石に座り込んで、話相手としてレヴァンテインさんを擬人化した。
白いシャツの上に赤いジャケットを羽織り、デニムのショートパンツを履いた彼女は、薄っすらと燃える赤い短髪が特徴だ。
最近は人目を気にするように言っておいたので、すぐに炎を消してしまう素直な娘だ。いつも大体無表情だが、手持ちの武器最凶といっても過言ではない固有スキルを持っている、頼もしいカンスト武器さんの一つである。
「ん……んん?」
「あー、その、だな。あの二人はちょっと愛の旅に出てるから気にしなくて良いぞ」
「ん」
とても気になるらしいが、無理やりに話題を振る。
インベントリの中の居心地はどうだとか、擬人化されるのと剣として使われるのとどっちが良いかとか、それこそ本当にどうでも良いだろう話を聞いて彼らの意識がこの世界に戻ってくるのを待つ。
「アッシュ、あれ」
そうしてしばらくしていると、レヴァンテインさんが指を差す。
「ようやくこっちの世界に戻っ……おい、ちょっと待て!」
あの野郎、ディリッドを抱き上げて空の彼方へお持ち帰りしようとしてやがる!?
勿論、俺は全力で奴を止めた。
「こら、はしゃぎたい気持ちは分かるが戻って来いロウリー! スキルを解くぞ!」
「――ちっ。無粋な奴だな貴様は」
ディリッドに向けている甘さをまったく見せず、偉そうに黒尽くめローブがのたまいながら降りてくる。
「男の嫉妬は見苦しいぞハイエルフ」
「お前、その甘い時間をくれてやった俺に対しての感想がそれか」
「実験に付き合ってやっただろう。これは正当な報酬だ」
さも当然というような顔で奴が言う。
やはり神だからか、基本的に偉そうな奴らしい。
「調子に乗るなっての」
そもそもなんで他人の恋路のために俺のMPを二割も割かなければならないんだ。
頭に来たのでそう言うと、奴は眉をピクリと動かした。
そうして、何を思ったのかいきなり周囲に魔法の玉を浮かべた。
その意図は明確だ。
逢瀬を邪魔したら許さん、とでも考えているに違いない。
だが、それを選択するならこっちだって迷わない。
「カット」
俺は擬人化を解き奴を木の杖に戻す。
途端に、支えを失ったディリッドの身体が地面へと投げ出され尻餅を着いた。
当然、ロウリーはディリッドの尻の下だ。
「あたたた……」
「まったく、余裕が無い奴だなロウリーは。ただ俺と話をするだけで、エルフの森に着くまではそのままで居れたってのに」
そんなに、元は神だったという彼は自由に動ける体が欲しかったのだろうか。
それとも、ディリッドと触れ合えることがそんな簡単なことさえ理解できなくなる程に彼には重要だったのだろうか?
恋は盲目とは聞くが、神様も理性で制御できない病気ってのは恐ろしいな。
「ううっ、酷いですよアシュー君。愛し合う二人の仲を引き裂くなんて!」
「はいはい。実験は終ったしすぐに出発するぞ」
杖を振り上げてポカポカと抗議してくる彼女だったが、そこに無手のレヴァンテインさんが割り込んで捌いてしまう。
「――燃やす?」
魔剣少女から一言、とても冷たい声が出た。
その瞬間、まるで熱せられた鉄にでも触ったかのような勢いでディリッドが後退した。
「ア、アシュー君? そそ、その娘……い、今――」
「あー、ほらほらじゃれてきただけだから燃やさなくて良いぞ」
「ん」
目立たないようにと思っていたが、もうどうでも良くなってきた。
インベントリから取り出したグングニルさんを持たせると、妙に怯えているディリッドに声をかけて山道を行く。
「ほら、行こうぜ」
「は、はい……」
何故だろう、杖にまたがって浮遊したディリッドが青ざめている。
まさか、レヴァンテインさんの力を見抜いた?
いや、さすがにそれはないか。
だって、彼女が知る訳が無いのだ。
俺の隣をテクテクと歩く彼女がその気になれば、この世界を焼き尽くせるかもしれないなんていう、嘘みたいな可能性を所持しているだなんて。
「刺激するなってロウリー……そんなに、危なかったの?」
失礼なやつだな魔術神。
レヴァンテインさんは可愛らしい良い子だぞ。
憤慨した俺は、簡単には奴を擬人化させまいと誓いつつ旅路を急いだ。
そういえば、自己紹介が遅れたな。
俺は旅のクォーターエルフ、アナバッシュ・モヘンジョ――と、しばらく名乗ることに決めた廃エルフのアッシュだ。
当たり前のことだが、ドワーフというのは誰もが鍛冶師であるわけではない。
昼過ぎに通りがかったその山村には、畑を耕す者や狩人のような出で立ちの者、自警団らしい戦士風のドワーフが生活を営んでいた。
その村は、獣対策だろう木の柵で周囲を囲まれており地肌がむき出しの山と隣接していた。そこから何やら洞窟が見えることから、鉱山なのかもしれない。
俺たちは一旦宿を取ると、今日はこの村で休むことにして解散した。
が、そこでディリッドが自分の部屋の向かう前にチャンスとばかりに頼み込んで来る。
「アシュー君、もう一回だけロウリーを復活させてくれませんかー。ロウリーも反省してますから。ね、ほら必死に謝ってますよー」
「……ほらと言われて杖を掲げられてもなぁ」
木の杖はうんともすんとも言わない。
果たして、本当に反省しているのかなど分からないが、道案内をしてくれているディリッドの頼みだ。
拝み倒してくる彼女に免じて擬人化させた。
「くっ、やはり奇跡系なのか。いや、綻びは見えるのだ。ただ難解過ぎて術式が我にさえ見抜けぬだけだ……」
目をくわッと見開き、ブツブツと呟く魔術神。
その姿からは、反省の色などまったく見受けられない。
というか、必死ささえ皆無だ。
違う意味で必死そうではあったが。
「スキルカット」
「ああ、ロウリー!?」
ブツブツと呟く女が、杖に戻る。
「も、もう一回! もう一回お願いしますー!」
「そいつ、本当に反省しているのか?」
「してます。してますからぁ!」
いまいち信用できないが、もう一度擬人化する。
すると、ロウリーは俺を鋭い視線で睨みつけ、ギョッとした顔で後退。
ディリッドを抱きかかえて距離を取った。
「……ハイエルフ、そこの神モドキは一体なんなんだ」
険しい視線のその先には、無表情のレヴァンテインさんが居た。
「その娘が今、一体何を準備しているのかお前は理解していないのか!?」
「サッパリだな。何かしてるのか?」
「アレを燃やす準備」
アレ呼ばわりされたロウリーが、唸る。
「……簡単に燃やすとは言うが、桁違いの力が我の感知範囲外にさえ漏れ出している。これがどういう意味を持つのか、本当に分からないのか貴様は!?」
「あー、そっちは分かるぜ。とんでもないことになるってことだけはな。ほらほらレヴァンテインさん。そういうのは俺が害されてからでいいぞ」
「ん」
準備を解いたのか、ロウリーがようやくディリッドを床に下ろす。
「その娘、絶対に野放しにはするな」
一言だけ言うと、彼女はディリッドの肩を抱いて部屋へと消えていった。
「――はぁ。自身の危険さを棚に上げてその発言かよ」
今の状態でどこまでやれるかなど俺は知らないが、あいつにはあまり気を許さない方が良さそうだ。
ディリッドとは違う。
その内後ろから寝首をかかれてしまいそうだぜ。
その可能性は、きっと絶無ではない。
何せ俺を殺せば、神として俺を生み出した想念とやらが手に入るらしいのだ。ロウリーからすれば、ディリッドとイチャイチャするために喉から手が出るほど欲しいに違いない。
「さて、とりあえず荷物を置いて買い物に行くか」
背負っていたリュックを下ろすと、俺はレヴァンテインさんと連れ立って買出しに向かった。
とりあえずは食材だろうか。
旅に出る前に、少しばかりヴェネッティーで料理を学んだ俺は小麦と野菜と調味料を買い込む。それが終れば武器屋だ。
「いらっしゃいませ」
店番をしているらしいドワーフの少女が、俺たちを迎える。見たところ髭はない。
「ちょっとこれを鑑定してもらいたいんだが」
「いいですよ」
透明な水晶のようにも見えるその球体、イミテーションコアを背中から無造作に取り出して調べてもらう。
「うわぁ、これは珍しいですねお客さん。サンリタルじゃないですか」
「これと寸分違わないレベルで同じ奴、用意できるか」
「できなくはないですが、それなりに掛かりますよ」
「時間が? それとも値段が?」
「両方ですね。材料が普通には手に入らないので」
「鉱山からはでないのか」
「だってこれ、サンダーゴーレムから切り出した奴じゃないですか」
つまりは、魔物由来の製品になるのか。
「サンリタルは割れやすいですから武器には向きませんし、どうせならガラスの方が弾力があったり、加工しやすい分人気です。サンリタルそれ自体の価値は低いですけど、取ってきて貰うのにかなり経費がかかるんですよ」
「へぇ……」
「んー、でもこんなものをどうするんですか」
「どうやらこれはゲートを修復するためのパーツになるらしいんだよ」
「え、ゲートってあのゲートですか!?」
信じられないというような顔で、店員さんが唸る。
反応が面白いので、ついつい話し込んでみる。
勿論、「南の国で聞いた話だが……」と前置きした上でだ。
「噂のジャイアントスレイヤーさんが言ってたんですかぁ」
「どこかの国に売り込めば一山当てられないかと思ったんだが、無理かなぁ」
「うーん。それが本当ならサンリタルの価値が上がりますね」
ゲートタワーの中には、戦闘の余波で使い物にならなくなったそれがあるという。
コアが壊れた程度のそれなら、これで再利用できる目処が立つ。
また、もしもの時のためにも備えにもなる。
ドワーフ少女の口元がニヘラと歪んだ。
そこへ、更に俺が悪乗りして必殺「ここだけの話だが……」で追撃を試みる。
「ええっ!? ヴェネッティーの王子がそれで帰還を!?」
「しー、声が大きいぞ」
「あやや、すいません」
小声で、しかし興味津々な様子で少女がカウンターから身を乗り出す。
「これは商機だと思うんだがどうだ」
「やー、面白いとは思いますけど……目利きできる人が見たらすぐにサンリタルだってバレますからね。きっと大儲けは無理じゃないですかねぇ」
「……言われてみればそうだな。第一、本当にコアの代わりができるか確かめる必要もあるもんな。ヴェネッティーでも研究が進みそうだし、それまでにゲートが壊れてる所を探して売り込みをかけてみることにするよ」
料金を払い、武器屋を出る。
その後ろで、何故か「お父さーん!」などという声が聞こえたが俺にはどうでも良い話だ。
これでもしこの国で量産され、諸国に喧伝されたとしても俺には関係ない。
勿論、アヴァロニアが各国のゲートを攻撃し、レベルホルダーの育成を阻むような戦略をとってきても、これで対抗できるなんて虫の良い考えはないのである。
「しっかしサンダーゴーレムか」
名前は強そうなのに、割れやすいって何なんだよ。
頑丈さがウリだと相場は決まっているのがゴーレムだ。
なのにそのイメージを覆すなんて、とんでもない奴がいたものだな。
「遅いぞハイエルフ」
翌朝、何故かロウリーがそのまま旅に加わろうとしていた。
ディリッドの荷物を当たり前のように背負い、彼女と腕を組んで熱愛っぷりを見せ付けている。
あまりにもそれが当然だというような態度だったので、俺は無言で杖に戻してやった。
ディリッドがまた泣きついてこようとしたが、レヴァンテインさんが立ちはだかる。
「ん!」
まるで掛かって来いといわんばかりの気迫が、その一言の中に込められていただろうか。
「うっ……わ、分かりましたよぉ」
対峙したディリッドは顔を引き攣らせながら荷物を拾うと、杖に戻った恋人にまたがり浮遊。レヴァンテインさんが控えている左側ではなく俺の右側に回ると、盾にするかのような位置をとった。
「さすがレヴァンテインさんだな。一睨みで神宿りを黙らせるとは……」
「ア、アシュー君。だからその子、本当にとっても危ないんですってばぁぁ!」
「だがこのままだ」
泣き言を言うディリッドに笑顔で止めを刺すと、そのまま俺たちは旅を再開した。
ペルネグーレルはどうやらゲートタワーの管理が上手いようだ。
国内に入ってからは旅の間に魔物と遭遇することはほとんど無かった。
その代わり、野犬などの野生動物が出てきたがレヴァンテインさんが一睨みするだけで逃げていった。その度にディリッドがビクビクしていたが、無駄な殺生が無いのは良いことだろう。
そのまま更に北西へと山道を一週間ほど歩き、俺たちはついにエルフの森の手前まで到達した。
「あれ、関所か」
「ドワーフさんたちとエルフは同盟を結んで貿易もしてますけど、普通に森に入るとドワーフさんたちは迷っちゃいます。だからあそこで案内人をつけるんですよ」
「……道はないのか?」
「ありますけど、それでも迷うんですよねぇ。おかげで誰が言い出したか私たちエルフの森は、別名『迷いの森』なんて言われているんですよー」
その恩恵は大きく、周辺国も攻めることを躊躇する程であるらしい。
だから、この広大な森はエルフ族にとって種を維持するための最後の希望であり、拠り所の一つなのだとか。
「ちなみに、エルフ族以外だと今はドワーフさんたちしか入れないのでその娘は引っ込めた方がいいですよ」
そういう決まりならしょうがない。
レヴァンテインさんをインベントリへと戻してから合流。
荷車を押しているドワーフの一団の後ろに並ぶ。
森の前は一応は木の柵で覆われており、木造の大きな門で守られている。
不法侵入はきっと容易いのだろうが、迷うという性質上案内人であるエルフ族が居ないと普通はのたれ死ぬのだろう。
しばらく待っていると俺たちの番が来たが、予想外の事態が発生した。
「――通せないって、なんでですか!?」
「去年から外部からの自称エルフ族の出入りが禁止されているのだ」
ディリッドが食って掛かるもエルフの戦士は、素っ気無く言う。
「特にはぐれエルフを自称する奴はダメだ」
クルルカ姫が襲われたから、とそのエルフは説明した。
それだけである程度の事情を察することができた俺は、ならば手紙はどうかと尋ねる。
「……手紙だと?」
「ああ、ついでに届け物も送って貰いたいんだがどうだ。中は見てもらっても構わない」
門番たちが顔を見合わせ、それぐらいならと頷いてくれた。
「せっかく休暇とって帰ってきたのにぃぃ!」
「しょうがないって」
近くの詰め所で門番に睨まれながら、家族に当てた手紙を書き連ねるディリッドを宥めつつ、俺はラルクとアクレイ宛に手紙を書いた。
ラルクには無事だから心配するな、という文面とヴェネッティーでのことや神魔再生会のダロスティンについて警告。更にこの後は適当にはぐれエルフとして彷徨うことを書いておく。
アクレイにも似たような文面を用意し、それぞれに土産をつけた。
近衛剣士ラルクには長剣型のアーティファクト。
そして戦士長アクレイには槍型のアーティファクトと刀身に『サンダー』と書いた剣、そしてサンリタル製のイミテーションコアを一つ送ってもらうことにする。
アーティファクトはゲートタワーに来たハーフエルフの持っていたそれの残りだ。
渡した瞬間、エルフの戦士たちが驚いて顔を見合わせていた。
そこには、明らかな葛藤が見えていた。
さすがにアーティファクトを預けるような奴が敵だとは思えなかったのだろう。
彼らはここで、返事か或いは相手が確認に来るまで待つか、とまで譲歩してくれた。
どうやら、森に所属していたという確認が取れれば入れてもらえるようだ。
けれど、何日も足止めを喰らうのを嫌った俺は礼を言った上で断った。
そもそも森の住人でさえないしな。
「では、ここでお別れですねー」
ディリッドはどうやら、家族に迎えに来いと手紙に書いたらしい。
俺も残れば良いとしきりに言っていたが、それはそれで面倒ごとの気配があるので辞退した。
「それじゃあなディリッド」
「はい、またどこかで会いましょうアシュー君」
それですっぱりと別れた俺は、山道を引き返しながら一度だけ森を見た。
エルフ族に分類される俺なら、侵入して森を歩くのも容易いはずだ。
けれど案内人が居ない中、マップだけを頼りにあんなにも広大な森を突っ切るのはさすがに選択したくない。
手紙だけで十分だろう。
伝えたいことは書き止め、土産も送ったのだ。
なら、また今度封鎖が解けた頃にでも会いに行けばいい。
アクレイならきっと、俺が送ったそれを見てモンスター・ラグーン側のゲートを再使用できるように試行錯誤してくれるだろう。
「付喪神顕現<ツクモライズ>!」
旅の道連れとして、頼れる武器娘さんを顕現させると、俺は静かにこの地を去った。




