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第十九話「神宿り」

 ライコルフ将軍は、鎧ごと握りつぶされたかのような酷い有様だった。

 砕けた骨のせいか、まるでゴム人形のように手足が奇妙な方向に向いている。


 すぐ先ほどまで生きていたのだろう。

 滴る血が、篝火の光で庭園の土を黒く染めていく。

 その悲惨な様子に皆が声を失ったところで、メリッサが親しげに声を掛けてきた。


「あれま。誰かと思えばアデル王子じゃないかい。あんた、生きてたんだねぇ……」


「メリッサ、てめぇまさか――」


「ああそうさ。鬱陶しい貴族派をちょいと視察がてら片付けてきたところさね」


 王の頬を撫でながら、女が哂う。


「でも驚いたよ。まさか生きていたとはねぇ」


 と、その次の瞬間、また新たな反応が出た。


「――おやおや、これはどうもよく分からない構図ですねぇ」


「神魔再生会のダロスティンさん!? 空間転移はやっぱり貴方の仕業ですね!」


 ディリッドが驚いた声で叫ぶ。


「オホホホ。誰かと思えばイビルブレイクの生き字引、ディリッドさんではないですか。随分と久しぶりですねぇ。最後に会ったのは……いつだったかしら?」


 その犬面の男、ダロステインは両手に抱えた数々の武具を地面に無造作に落としながら嬉しそうに手を振るった。

 その両手には、動物の腕をそのまま手甲にして爪を巨大にしたような歪な鉤爪が装着されている。


「こいつもレベル99かよ。種族は獣人……また神宿りか。ガルルス?」


 特記事項に先祖帰りとあるが、名前が違う。

 ガルルスという名前だ。訝しげに呟いた俺にその獣人は視線を向けてくる。

 驚愕、なのだろうか? 

 分かりやすい程に見開いた目が、俺を凝視している。


「おやぁ? これは凄い。回帰した念神なんて私の知る限りでは貴方がニ柱目ですよ。しかも素体名を見抜くとは素晴らしい。まったくもって素晴らしいですよ貴方!」


 馬鹿な。

 二十メートル以上先で、小声で呟いただけなのに聞こえたのか?


「ちょっとちょっとディリッドさん。私にも紹介して頂戴よ。そこのいい匂いがするお・と・こ♪」


「うげっ」


 ウィンクが飛んできやがった。

 思わずイシュタロッテを振るって視線ごと切り裂いた俺は、ディリッドに尋ねる。


「あのネットリした濃い奴はなんなんだ」


「お気に入りの獣人さんの体を乗っ取って使ってる神、ダロスティンさんです。よく分かりませんが、両刀だそうですよモロヘイヤさん」


「……モロヘイヤ? そんな神居たかしら。後で絶対に調べないといけないわねぇ」


 妙に体をくねらせながら、ハッハッハと息荒くのたまうダロスティン。彼の犬の尻尾は、ブンブンと動き、興奮していることを嫌でも俺に知らしめている。


 やべぇ、こいつには絶対に覚えられたくない。

 ていうか、捕まりたくねぇよ。

 何をされるか分かったもんじゃない。


「ちょっと、ダロスティン。何敵と仲良くしてんのさ」


「ととと、これは失礼を。確かにまだ私はお仕事中でしたねぇ。今回の契約は本日の日の出まで。それまでは犬のようにどうぞ扱き使って下さいな」


 慇懃に礼をする犬顔の獣人は、芝居がかった仕草で振り返る。


「して、オーダーは?」


「そこの連中を皆殺しだよ」


「んー、ではディリッドさん。お相手をお願いします」


「皆殺しと言ったはずだけど、聞き間違えたのかい?」


「彼女は神宿りです。私が抑えなければ貴方如き一瞬でやられますよ」


「ちっ――なら、さっさと終らせな」


「善処はしましょう。というわけで――いいわねディリッド」


「……しょうがないですねぇ。貴方に団員を狙われちゃうと困りますし……」


 木の杖にまたがり、傭兵団の魔女が浮上する。

 次の瞬間、庭園に二つの光が灯ったかと思えば両者が淡い光を纏って垂直に上昇。

 明けぬ空に二本の流星となってシュプールを刻んだ。


 どうやら二人とも味方を巻き込まないように戦場を変えたようだ。俺としてはディリッドにはあのでかい奴を遠距離から攻めてもらいたかったのだが……困った。


「さて、こうなっちまったら私もやるしかないかねぇ」


 鉄扇を広げ、メリッサが構える。

 体の線がモロに出るような紫色のドレス。際どいカットが入ったスカートからはしなやかな脚が誘惑するように出ている。相当に身体に自信があるのだろう。それさえもきっと、誘惑の魔法の成功率を上げる工夫に違いない。


「レイモンド爺、しばらくメリッサの相手を頼めるか? 俺が速攻で親父を戻す」


「かしこまりました」 


「なら、俺たち傭兵団と残りはハーフエルフを抑えてやるよ。おいお前ら、二人一組で当たれ。いいか、華奢な見てくれに騙されるな。一人一人が俺に匹敵すると思え」


「「「おう!!」」」


 つまり、この流れでいくと一番厄介な巨人の相手は俺たちですか。

 流れるようなパスワークが泣けてくるね。


「モロヘイヤ、俺たちが終らせるまで生きていてくれよ」


「順当といえばそうなんだが、どうも釈然としないな」


 ここはモンスター・ラグーンではないのでレヴァンテインさんで燃やせない。

 つまり、ガチでやってアレをどうにかしないといけないわけだ。

 勘弁して欲しいと思うが、ディリッドが居ない今は俺たち以外にそれができる奴がいない。下手な被害を出すよりは、これが一番効率的ではあるのだろう。


「我が主」


「アッシュさん」


「アッシュ君」


「ああ、俺たちでやるぞ」


 覚悟を、決めよう。


「よし、各自散開!!」


 王子の号令で、皆が動く。

 俺はイシュタロッテを鞘に戻すと、こちらを見下ろす巨人に向かって歩いていく。

 左手の盾は収納。

 右手を背中に回し、自然とタケミカヅチさんを取り出す。


 2.7メートルの直刀が俺の戦意に呼応して稲光る。

 アレに対して、攻撃を受けるという選択肢はないだろう。

 自身の能力を驕り、防御など考えてもきっとダメだ。

 両手で渾身の一撃を叩き込む以外に手はないだろう。


「なぁ、エクスカリバーさん――」


「はい」


「アレを倒したら、俺は少しぐらいは弱さを克服できるのかな」


「ええ、必ずや――」


 その果てに、よりこの世界に適応したとしてももはや構うまい。


「三人とも無理はしないでくれ。俺が前に出るから、皆は一撃離脱でかく乱だ」


「「「了解!」」」


 三人が散り、巨人グレッグとやらを囲むように動く。


 対して、相手は彼女たちを睥睨したまま正面の俺を見据えたまま動かない。


「ブルァァaaa!!」


 砲撃音にも似た咆哮。

 この場所に居る全ての人々が竦むような大声の後、どっしりと響く声で巨人が名乗る。


「我が名はグレッグ。アリマーンに牙を折られ、飼いならされし者なり」


 アリマーン……アヴァロニアの王が持つ最強と噂のアーティファクトか。


「現世に回帰し小さき神、そしてその従者たちよ。今一度彼の王に挑むべくその想念、まとめてこのマグニルに奉げてやろう!!」


 素直に恐ろしいと思う一方で、呆れの感情が先に来る。

 今からアレと戦うのか?

 俺は本当にこいつを倒せるのか?

 湧き上がってくる疑念をただ飲み込んで、俺はただ前へと駆け出した。




――空。


 まだ日の登らぬ空の上、翼無き者たちが幾度と無く交差する。

 星と雲、そして欠けた月だけが知っている空中戦<ドックファイト>が始まっていた。


「ロウリー! 加速、加速、加速ぅぅぅ!!」


 一人は木の杖にまたがったまま、念神由来の奇跡のような魔術で朝闇の中を飛翔し――、


「オホホホ。アレから更に速度を上げましたねディリッドさん」


――犬を二足歩行させ進化させたような獣人が、虚空を滑るかのようにスケートしている。


 逃げるのは白ベースの体毛に黒の斑を持つ獣人の体を使うダロスティン。

 追うのはティーンの少女にしか見えないエルフのディリッド。

 ウェーブの金髪とローブの裾をはためかせ、彼女は周囲に次々と光を生んだ。それは魔術神ロウリーのアーティファクト魔法の一つ『マジックアロー』。


 それらは彼女に追随しながら出番を伺う。


「まったく、依頼をホイホイと受けすぎですよ!」


「いやはや申し訳ないですねぇ。――でもぉ、だからこそ呼ばれれば当たり前のようにイビルブレイクの依頼も貴方経由で受けたげるから勘弁してよディリッド」


 ひたすらに上に向かって飛んでいたダロスティン。

 口調を改め足を止めた次の瞬間、忽然とディリッドの前から姿を消した。


「旋回、回転、弾幕防御!」


 百を超える魔法の矢がディリッド周囲を覆う。

 まるで見えないレールの中でも走っているかのように、魔力の塊が高速疾走。姿を消した相手に対して接近を封じた。


「――ダメよそれじゃ」


 まるで反響するようにそこかしこから聞こえた瞬間、ディリッドは身体を右に倒しながら高度を下げた。全身で風を感じながら、そのまま杖を軸に回転<ロール>。目まぐるしく回転する視界の中で、それを苦とも感じずにディリッドは消えたダロスティンの姿を探した。


 だが、ダロスティンの姿はどこにもない。

 弾幕が邪魔で見えないのではない。本当に見えないのだ。


「あ、まさか誘っておいて逃げたんですか!?」


 回転しながらの索敵をやめたディリッドは、頬を膨らませながら王城へと視線を落ろす。

 次の瞬間、見下ろした空間の先に、突如としてダロスティンが姿を現した。


「もうやぁねぇ、そんなことする意味がないじゃない」


 弾幕防御の内側。

 まるで空に寝そべるかのように身体を倒し、杖のすぐ下を彼女と平行に彼は飛んでいた。

 その異常、この超常現象こそが魔獣とも神獣とも呼ばれた彼の能力。


「あややそんなところに居たんですか? しょうがない獣人さんですねぇ」


「ディリッドちゃんを含めて殺せとは言われちゃったけど、馬鹿正直にあんたの相手をするわけないじゃない。タダじゃすまないだろうし?」


「だから逃げに徹するんですか? えい、爆発!」


 淡いシールドの光がディリッドを包むと同時に、周囲を旋回していたマジックアローが連鎖爆発。

 けたたましい音を立てて全周囲を爆破する。

 粉塵を突き抜け、シールドに包まれたままのディリッドが縦に回転。

 すぐに背後へと振り返る。


 同時に、またも周囲にはマジックアローの光弾が装填され、背後の空間へと掃射された。

 魔法の矢は一条の線のように次々と虚空を飛翔。

 猛烈な勢いで空を飛ぶ。


 だがそれも、現れたダロスティンが動物の爪を模したかのような両手のアーティファクトを振るえばその猛撃も無意味になった。

 振るった両腕の軌跡に沿って現れた空間の裂け目。

 その空虚な穴が、射出された矢を全て飲み込んだのだ。


「もう、せっかちねぇ。そんなんじゃ貴方、彼氏が出来てもすぐに嫌われちゃうわよ」


「誰彼構わず尻尾を振るダロスティンさんよりはマシだと思いますけどねぇ」


「あら、言うじゃない」


「エルフは人間さんにモテモテですからね。まぁ、一昨日来やがれーって感じですけどぉぉ」


「獣人もそうよ。一番モテないのは……やっぱり巨人さんかしら」


「彼らはおっきすぎますからねぇ。さすがに人間さんも困っちゃうんじゃないですかねー」


 しみじみ頷くディリッドは、世間話に興じながらも油断無く彼を見る。


「それで、またいつものように私に対してだけは戦意を見せないダロスティンさん。今回は何を企んでいるんですか」


「企むとは人聞きが悪いわディリッド。私はただ、クライアントに理由をつけて一番厄介な相手を引き付けているだけよ」


「またまたぁ、この機会にモロヘイヤさんをチェックしたかっただけなんでしょうにー」


「そうとも言うわね」


 ダロスティンは否定せず、王城の方角を見下ろす。

 彼にはその距離でも十分に見えていた。


 庭園は乱戦中で、その中でも特に興味深いのが回帰神モロヘイヤ。

 彼は、そんな名前の神を聞いたことが無かった。


 ラグーズ・ウォーのせいで、神、悪魔、魔獣などの伝承は、極端に集めることが難しくなっている。

 かつてでさえ把握できないほどの土着の神と、その怨敵が居たのだ。

 それらを余す事無く知っている者などいるはずもなく、ダロスティンにとってモロヘイヤは興味が尽きない存在だった。 


「そもそも、神魔再生会って神宿りは出来うる限り害さない決まりなのよ」


「そういってるのはダロスティンさんぐらいじゃないですかー。皆さん自己責任って言葉で逃げてますけどねー」


「脳筋共と比べられてもねぇ。先が見えない馬鹿は本当に相手するのも疲れるわ」


「例えば、貴方たちと限定的に協力体制をとったアリマーンさんですか?」


 目を細め、冷たい声でディリッドは問う。


「そうねぇ。お得意様ではあるけれど、彼はちょっと理性的に乱暴で、合理的に過ぎる。基になった共通幻想からしてアレだから、ある意味では正しいのだけど……」


「元の念神に戻りたい神魔再生会さんたちとしては、最初に回帰という道を示した神は切れませんか。……いえ、やっぱり『彼』で試しているんですね?」


 手に入れた国土と、新たに増える人口。

 それらに押し付けるのは、自らの伝説であり新しき虚構の神話。

 それは、神として存在を再び確立させるために必要な工程。

 つまりは、共通幻想の広い普及こそが念神の力の源である想念を生み出すのだ。


 故にアリマーンという神の侵略は、人々から想念を集めるための合理的な行動である。

 それは一つの指針であり、彼が事実として明確にした回帰の可能性。

 だから他の念神たちにとって彼は目標であり、望みの体現者であり、そして妬ましいほどの羨望の的であるはずだった。


 だが、神魔再生会は復活を目論む神や悪魔の互助組織でありながら、彼のようには表立っては動いていない。


 何故なら、彼らは恐れていたからだ。

 千年前の忌まわしきラグーズ・ウォーの再来を。

 あの、旧き神殺しの戦闘力を。


「彼の者の狙いはクロナグラからの念神の恒久的殲滅のようにも見えました。復活するにしても、まだその意思を継ぐ者がいるかを神魔再生会は、念神の成れの果ては知りたいと思っている。違いますかー?」


「どうかしらね。そういう奴らも居るでしょうけど、単純にあいつが今一番強いからってのが大きいと思うわ。実際、成り代わる機会を狙っている奴は居るわ。ただ私や、貴方の持つロウリーは彼らとは違う答えを出したのだと思うけど……そこはどうかしら」


「――確かに伝説・伝承の傀儡も、想念を巡る戦いにも飽いてはいるな」


「……あら、貴方もう掌握できたの?」


 いつの間にか、ディリッドの雰囲気が変わっていた。

 声は変わらず、しかしどこか威厳のある姿で言葉を交わす。


「再び覚醒し幾星霜。これだけ想念を溜め込めばいつでもできる。しかし、我は共生者であることを望んでいるが故に、この華奢な身体に負担をかけるような真似は望まない」


「自由を手に入れたかった簒奪者たる私とは逆の答えね。まぁいいわ『ロウリー』。元に戻る事に固執さえしなければ、このままでも私たちは生きていけるんですものね。だから貴方は中立。敵でもなければ味方でもない。私と立ち位置が似ていてクールで、とっても好みよ。どう、今度デートしない?」


「えー、もっさりと毛深い人は私の趣味じゃないですよぉ」


「ちょっとロウリー! 断るにしてもディリッドに任せるって何なのよ。あんたまさか神の癖に自分で断れない程のヘタレなわけ!?」


「まさか。ロウリーは私にぞっこんなので、相手にしたくないだけですよー」


「ちょ、なによそのストイックな恋!? 杖のままの癖にやるじゃない見直したわ!」


 使い手のエルフに懸想する杖。

 想像すればとてもシュールだが、乙女心をも持つダロスティンにとっては違いキュンキュンしていた。


「まぁまぁ、私とラブラブなロウリーの事はこの際脇に置いておいておきましょうよ」


「そう? もっと突っ込みたいところなんだけど……でも、そうね。下も随分面白くなってきたみたいだし、決着が着くまでは観戦しましょうか」


「では、一時休戦ですね」


「できれば、あんたのところのが勝ってくれると私も引く理由ができて助かるんだけど」


「なら、安心するといいですよ」


 迷わず強気に出るディリッドを、面白そうな顔でダロスティンが窺う。


「へぇ、とっても自信がありそうね」


「――はい。何せ、ロウリーの占いでは今年の運勢は最高でしたから――」




「いい加減、目を覚ましやがれ糞親父!」


 ダロスティンが地面に投げ出した貴族派のアーティファクト。

 その一本を手にしたヴェネッティー王は、レイピアへと変化したそれを手にアデル王子と戦っていた。


 年季の違いか、レベルのもたらす恩恵は王子が勝っているようだが上手く凌いでいるようだ。王子としても、無力化が目的なので思い切って攻め切れていない。


「ほれほれ、どうしたんだい指南役!」


「ぬ、くっ――」


 その向こうでは、レイモンドさんが軽やかに舞うメリッサを相手に奮戦している。

 アーティファクト魔法か、メリッサが分身しているように見える。

 誘惑だけではなく、幻惑もできるようだ。

 魅了だけかと思っていたが、レベルホルダーとして鍛えた腕は伊達ではないらしい。


 かなり旗色は悪そうだが、それでも老騎士は凌いでいる。

 その構図を作り出したのは、勿論イビルブレイクたちと貴族戦力だ。立ちふさがるハーフエルフたちを二人一組でなんとか押さえ込んでいる。

 単独で相対できるのは分隊長のワルサーぐらいだが、彼でさえも苦戦していた。


「ええい、鬱陶しい奴らだぜい」


 アーティファクト魔法を使うタイミングを計っているのか、まだ使っている素振りはないが、速度と手数で押してくる相手に梃子摺っている。

 チラリとそれらを横目に確認していた俺は、意識を目の前に戻すや否や右の地面へと跳躍。地面を転がりながらその場から退避する。


 瞬間、直径一メートルはあろうかという鉄球が、先ほどまで居た地面に叩きつけられた。

 激震の後に続くのは、舞い上がった土砂。

 それが終ればグレッグの左手が鎖を引き、再びグルグルと回して遠心力をつけていく。

 と、懐に飛びこむタイミングを計っていた俺の耳に、中立貴族組の派遣コンビらしき悲鳴が聞こえてきた。


「ショートソードさん、ロングソードさん。フォローに向かってくれ」


「はい」


「わかったよ」


 前提条件として王子を殺されてはダメだ。

 そのためにはハーフエルフを自由にさせるわけにはいかない。


「エクスカリバーさん――」


「はっ――」


 皆まで言わずとも、騎士少女が槍を手に身を捻る。

 同時に俺は前傾となって地面を蹴った。

 自分でも信じられないほどの加速。武具の重量など物ともしないこの脚力は、あっと言う間に俺の身体をグレッグの元へと誘った。


 巨人が右手の斧で迎撃態勢に入り、振り下ろす。

 超重量の一撃が迫るも、咄嗟に左に飛んで回避。

 そのまま両腕でしっかりと握った刃を振るう。


 けれど、雷光交じりの切っ先は獲物を切り裂けずに終った。

 切り裂くべき腹が遠い。

 後ろに跳躍して避けられていた。


「ちぃっ――」


 巨体の癖に、恐ろしいまでの反応の良さだ。

 また、それを成した瞬発力も心底驚嘆に値する。


「必貫の大神槍!」


 そこへエクスカリバーさんがグングニルさんをスキルを発動させて投擲。

 防ごうと構えられた斧を掻い潜り、不自然な動きで槍が右足に突き刺さる。

 そうしてエクスカリバーさんの手元に槍が帰還するも、突き刺した部位が急速に回復していく。


 まだ、グレッグは光ってさえ居ない。

 あの状態でなくてもこの回復速度。

 これは、異常ではないのか?


「無意味、無意味、無意味! 巨人族たる我の身体はそこいらの人類種とは違うのだ!」


 笑いながら、傷つけられた足を前に出し、今度はグレッグは突進してきた。


 とてつもない迫力だ。

 まるでダンプカーが突っ込んでくるんじゃないかとさえ思える。

 迫る巨体が、巨大な足跡を残しながら接近。

 俺にできることは、横に飛んで逃げることぐらいだった。

 

 左に飛んで斧を避ける。

 獲物を叩きつけられた地面が砕かれ、剛風が頬を撫でる。

 すぐさま起き上がり、反撃をと考えて剣を構えたのも束の間。

 エクスカリバーさんの声で気づいた。


「主!」


 奴の左手が動いていた。

 盛り上がった左肩の筋肉が隆起し、俺を見下ろすグレッグの背面から叩きつける軌道で鉄球が落ちてくる。


 その瞬間、間違いなく背中からドッと嫌な汗が噴出した。


――避けられない。


 そう、心底理解しても生を望む身体は諦めようとはしなかった。

 咄嗟に俺は全力で直刀を振るい、その一撃に活路を模索した。

 鉄球と刃が衝突。

 雷鳴よりも重苦しい轟音を立て俺の耳朶を叩いて抜ける。


「貴様――」


「……おお?」


 俺とグレッグが、同時に驚愕した。

 奴は鉄球が払いのけられ、明後日の方向へと吹き飛ばされたことに驚き、俺はその一撃を苦もなく防ぎきれてしまったことにそれぞれ呆気に取られていた。


「ああ、なるほど……」


 どうやら、今現在の俺の筋力値は彼を越えているらしい。

 レベル三桁と、転生、そして廃エルフ補正の恩恵か。

 もしかしたら、俺は俺が思っている以上の能力を持っているということなのだろうか。

 それとも、攻撃力の総和を現実補正がそう捉えたのか?


 いくつかの可能性が脳裏を過ぎっては消えていく。

 だが、さすがにそれは都合が良すぎるような気がする。


 理由は分からないまでも、光っていないから――まだ全力ではないからだろうと推測。

 調子に乗らず、しかしこのチャンスを逃さないように立ち向かうことを俺は選んだ。

 温存する必要はない。

 こいつが本気を出し、光る前に潰すのだ。


「神鳴る剣神の太刀!」


 俺の身体が迅雷の速度で駆け抜けた。

 雷鳴が轟き、奴の右足に渾身の力でたたき付けながら斬り抜ける。

 その向こう、切り裂かれた骨ごと深く切りつけられたグレッグの右足が重量に耐え切れずに傾いた。


「ぬぅっ!?」


 怒りと共に修復していく右足が蒸気を発する。

 奴は後ろに回った俺を視界に捕らえようとした。

 けれど、俺は背中へと回り込み大上段から切り込んでいる。


 求めるはただの威力。

 一刀両断するほどの意思を込め、背中へと切りつける。


「■■■■――!」


 声にならない悲鳴。

 野太い激痛の調べは、その余りの声量に戦場に居た者たちの足を止めさせる。


「同情するよ。楽に死ねない身体ってのは不便だな――」


 巨人は当たり前のように回復しようとしている。

 せめてもの情けと考え、そのまま一思いにけりをつけようとした次の瞬間、グレッグの足が突然光輝いたかと思えば、俺の眼の前で突如として爆発が起きた。


「くっ、今のは――」


 衝撃で吹き飛ばされてしまった俺は、その答えに気がつきながらも身を起こす。

 ダメージはある。

 HPゲージが減少している。

 だが致命的ではない。


「どうやら侮っていたようだ。許せ、小さき者よ」


 ゆっくりと起き上がる体躯。

 さっきまでほとんど千切れかけていたはずの右足が高速で修復していく。戦鬼ほどの速度は無いようだが、それでも厄介な治癒速度であることは変わらない。


 奴の左足が白煙を上げている。

 足元の地面は不自然に抉れ、先ほどの攻撃との関連を意識させる。


「遊びは終わりだ。そろそろ本気でやらせて貰おう!」


「……どうせなら初めから本気でやれよ筋肉達磨」


 気圧されないように呟き、俺は心底嫌な顔をした。


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