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第二話「ゲート」

「やっぱり、夢じゃないのか」


 俺の朝は、その言葉で始まった。

 呟いた後には、自然と昨夜の事が思い出される。


 敵を蹂躙し、女性たちを助けた俺は子供たちの居る小屋へと向かい、子供たちから泣きながらお礼を言われた。『ありがとう』という言葉で心を痛く抉られたのは、昨夜が初めての事だ。子供たちはきっと、当たり前のように家族の無事な姿を望んでいたことだろう。



 だが、現実はどうだ。

 俺に救えたのは、連中が繁殖用にと捕らえた者たちとヨアヒムだけ。


 結局、俺は遅すぎたのだ。

 判断が間違っていたとは言わない。そんな残酷な言葉を子供たちに聞かせることは、口が避けても言うことができない。けれど俺は、俺の生存を優先し過ぎていたと思わずにはいられなかった。

 もっと早く行動していればまた違ったのかもしれないというIFが、脳裏を過ぎっては消えていく。


 やり直せない過去が、嫌に心苦しさを与えてくる。

 女性たちの傷はポーションで癒えた。

 重傷の者も居たが、それでも回復力の高いポーションで対応すれば助けることができた。だからこそ、ならば守勢ではなく積極的に打って出れば犠牲を減らせたのかもしれないという念が消えてくれない。


 これらは全て、終ったからこそ言えることだ。

 だというのに、それが頭から離れない。

 たった一晩では、消化できない。


「はぁ……」


 重い重いため息。

 耳を澄ませば聞こえる外からの啜り泣き。夜が明けても癒えぬ爪痕が、俺だけでなく当事者たちを襲っている。

 きっと、俺の悩みなど鼻で笑えるほどの痛みが彼らを襲っている。

 それらを癒す術は俺には無い。

 時間か、それとも彼ら自身が乗り越えなくてはならないのだ。

 きっと、ここに居る俺も含めて。


「アッシュさん、起きてますか?」


 ドアがノックされ、その向こうからロングソードさんの声が聞こえきた。

 スキルで擬人化させた彼女たちには、村の警護を頼んでいたのだ。

 どうやら皆には眠る必要などは無いらしいので、心配は無用だとも言われていた。


「ああ、どうかしたか」


 外に出たいとは思わないが、死体の処理もしなければならないし、ゲートとやらの対策もしなければならない。そして当然、俺自身の身の振り方さえ当たり前のように考えていかなければならない。

 急いでいる風ではないから、問題ごとではないと思って迎えると、朝食らしきモノを彼女は持ってきた。


「皆さんが、アッシュさんにって」


「そっか。ありがとう。村に異常はないか?」


「ありません。あ、でもヨアヒムさんが話があるそうですよ」


「分かった。食べてから行こう」


 スープとパンをすぐさま平らげる。

 薄味だが、素朴な味だ。

 それでパンを齧ると彼女と一緒に家を出た。

 死体処理はもう、始まっていた。




「来たかアッシュ」 


 ヨアヒムはすぐに見つかった。

 彼は村の隅の広場でせっせとスコップで穴を掘っていた。昨夜の晩に村長の息子だと名乗った彼は、俺が神ではないというと、一応は敬語を止めてくれていた。

 まだどこか納得できていないような素振りがあるが、堅すぎない程度には対応してくれた。


「それ、一体どれだけ掘るんだ」


「死んだ奴らが全員入るまでだな」


 淡々と言い切る彼は、無心でひたすらに穴を掘る。

 子供たちも既に起き、男の子たちが土を一箇所に纏めて手伝っていた。

 後で被せるのだろう。


 ふと、俺は昨日倒したオークキングが持っていた剣を思い出す。

 倒すや否やインベントリに消えたその大剣。それを虚空から取り出し鑑定する。

 だが、それからは名前や使い方はおろか、性能さえ表示されない。

 不思議なことに、この剣にはまるで重さが感じられない。刀身が二メートルは越えているはずなのに、俺にも当たり前のように持てている。これも妙なところだ。


「ヨアヒム、このアーティファクトはどうすれば使えるんだ」


「俺もそこまで詳しくはさすがに知らないな。ただ、持てば分かるらしいぜ」


 だが、持っても俺には何も分からない。

 試しにヨアヒムに持たせてみると、彼の体が一瞬光に包まれた。同時に、その闇色の刀身を持つ大剣が縮みサイズが変化してしまった。


「お、おおお?」


 少し興奮した面持ちで、彼は俺や子供たちを下がらせるて剣を振るう。

 瞬間、彼の周囲の地面が爆砕した。


「ヨアヒム!?」


「ケホッケホッ。いや、大丈夫だ」


 粉塵でむせながら、彼は言う。

 見れば彼を中心にして半径三メートルほどの土が抉れていた。深さは、五十センチぐらいだろうか。


「俺には使えるみたいだ」


「ならヨアヒムにやるよ。穴掘りにでも使ってくれ」


「おい、これはかなり希少な……」


「それが在れば、ヨアヒムもレベルホルダーとして強くなれるだろ?」


 初めは渋っていたが、彼は頷いた。

 強くなるにはレベルを得るのが手っ取り早いと知っているからだ。俺はそれでいいと思う。また昨夜のようなことがあるかもしれないのだ。


「にしても、なんで縮んだんだ?」


「どうも、こいつは持ち主が使いやすい形状を取ったりするらしい。後は、さっきの爆発の使い方だな。無理やり頭に叩き込まれたぞ」


 穴掘りの効率が上げるため、ヨアヒムがそれを連打する。


「疲れたりしないのか」


「そりゃ、疲れるさ。でもまぁ、俺らエルフは保有魔力が多いらしいからな」


「へぇぇ。じゃあそれは魔法なのか」


「みたいだぜ。もっと色々と使うにはレベルを上げるしかないらしい」


 夢中になって穴を掘る彼は、しかしふと思い出したかのように俺を振り返る。


「悪い、話があるって呼んだのは俺だったな」


 粉塵から逃れるために距離を取った俺を見て、苦笑しながら彼は穴から出てきた。


「ゲートに行くんだろ? できたら誰か一人、護衛を置いていってもらえないか」


「それぐらいなら構わないが」


「悪いな。アッシュが奴らを掃除している間、俺たちは村を出る準備をしておきたかったんだ。この村はもうダメだ。一旦別の集落の連中と合流する」


 魔物がゲートから来るというのであれば、ここに留まるのは危険だ。俺もいつまでも居るわけではないし、他の集落に危険を促す必要はあるか。


「分かった。ロングソードさん、頼めるか?」


「お任せください」


 えっへんとばかりに胸を張り、彼女が頷く。

 そうして揺れた鋼色のロングポニーテールが子供たちの一人に引っ張られてしまう。

 その犯人は後ろに居た。見たところ、手伝っていた男の子たちよりも更に小さい。少し前までは居なかった子供だ。


「ちょ、ちょっと、ひっぱっちゃダメですよぉ」


「こら、やめなさい」


 ヨアヒムがやんわりと注意するが、その銀髪の子供は泣き出した。


「ぐす。お母さんじゃない……」


「え、えーと……な、泣かないで。ね?」


 ロングソードさんが困り顔で子供を抱き上げると、髪を握らせたりしながら子供をあやす。そんな中、俺とヨアヒムは顔を見合わせて無言で天を仰いだ。


 朝日が昇っても、この村には光が差していないのだろうか?

 そう錯覚する俺たちとは裏腹に、空は憎々しいほどしっかりと晴れていた。




 少しだけゲートについても聞いた俺は、ロングソードさんに村の護衛を任せて出発した。

 レヴァンテインさんにタケミカヅチさんにグングニルさんのカンスト勢に守られながらの行軍。丁度、三角形に囲まれるような配置だ。


 道の彼方に塔が見える。

 歩いて一時間も掛からないとヨアヒムが話していたが、確かにそれほど遠いようには見えない。

 ただ、その道はお世辞にも整備されているとは言いがたい。


 頻繁に台車でも通していたのか、地面には二つの轍が見て取れる。

 生い茂った木々と草花が、前以外の視界を塞ぐので、一応索敵しながら進んでいく。

 中ほどまで来たが、戦闘という程のモノは起こらなかった。昨日の残党と思わしき魔物の代わりに鹿のような動物が出て来たが、すぐに逃げ去って行った。


 移動の間、手持ち無沙汰だった俺はエルフ族固有のスキルである精霊魔法を試してみた。

 結果から言えば使うことはできるようだが、どうも俺はエルフが使える火・風・水・光の精霊魔法の他に、ダークエルフの氷、雷、地、闇の精霊魔法も使えるようだった。


「廃エルフだから……か?」


 ここのエルフ族にとって始祖神だと言われるのがハイエルフなのだから、廃エルフの俺がダークエルフのそれも使えて当たり前なのかもしれない。なんだか廃に灰とハイが無理やりかかっているような気もするが、そういうことで納得しておくことにする。


 他に変わったことがあるとすれば、ステータスの種族補正にダークエルフの分も計上されているらしいことだろうか。


 エルフ系は耐久力はないが、エルフなら弓と魔法が、ダークエルフなら剣と魔法が使いやすいようにステータスにプラス補正がかかる。

 そこに、俺の場合は転生のおかげでガチ近接職であるドワーフの種族補正が加わっているはずであり、俺は転生一回分多くの補正を得られている計算になるのだろうか。


 もっとも、それが俺の勘違いである可能性は十分にある。

 攻略サイトのシミュレーターで比較したわけではないのだ。ただ、それでもステータスが高過ぎる気がしていた。

 だが発見できたのはメリットだけではない。

 それは職業の問題である。


 転生前であれば、俺は鍛冶師系上位職だったが、職業を得るにはイベントを起こしてクエストをクリアしなければならなかった。だが、ここにはそんなクエストを提供してくれるようなNPCなど居るわけもない。

 つまり、これから俺はずっと廃エルフで無職なのだ。

 これでは新しい職業スキルが覚えられない。明らかにデメリットだ。


 しかも自分の今の状態もよく分かっていない。

 ここまで分からないとなると、もはや開き直るべきなのだろうか。


 ログアウトができるならすぐにでもするのだが、生憎とそれができない。昨日も確認したが、メニューにログアウトの文字はあってもその選択ができないのだ。これはいよいよ、自キャラでの異世界トリップ説が濃厚になってきたな。


「マスター、悩みごとですか」


 唸っていたせいか、グングニルさんが尋ねてくる。


「色々と考えることが多くてな。そうだ、君たちは今の状況をどう思っている」


「と、申されますと?」


「ここは、その、あれだ。俺たちが居た世界ではないだろう」


「そのようですね。ですが、だとしても私たちには何の問題もありません」


「迂遠な言い方だな。どこにいようと、我々がアッシュ様と共にあることは変わりはないと、そう素直に言えば良い」


 タケミカヅチさんが振り返りながら言うと、レヴァンテインさんも頷く。


「ん。問題なし」


「ふふ。そういうことです。恐らくは我々一同、満場一致でそう言うことでしょう」


「そ、そうか。なら、これからも頼りにさせてもらうよ」


 それはきっと喜ばしいことなのだろうけれど、俺は少し困っていた。

 その忠誠心とでも言うべきものが、彼女たちの付喪神としての価値観から来たものなのか、それとも武器として来ているモノなのかさっぱり分からないからである。


 正直に言えば、彼女たちとの距離感という奴がまだまだ把握できない。

 こっちは探っているような状態なのに、向こうは忠誠心がカンストしているのではないかと思えるほどの様子なのだ。

 これからも武器として扱っていくことは間違いないし、きっと俺はそうしていくだろう。

 けれど、なまじNPC時代とは違う反応をしている。ということは、そこに知性が生じているということの証なのではないだろうか。


 彼女たちはゲーム時代でもお世話になってきた、言うなれば戦友たちだ。

 これは日本人の美徳スキル『もったいない』ではなく、モノを大切にする精神かもしれない。正直、無碍に扱うのも忍びないのだ。


 武器との人間関係に悩む、などというのもさすがに初めてであり、困惑していないと言えば嘘になる。ならば擬人化を解けばいいが、それはそれで身の危険を感じてできない。

 彼女たちの存在は護衛としてだけでなく、話し相手としていてくれるだけでも俺にとってはありがたいのだ。だが、それでもストレスは皆無ではない。


 贅沢なジレンマであった。





 たどり着いた塔の周りには、丸太をそのまま削りこんで土に刺したような防壁が存在していた。けれど、門が打ち砕かれたせいで役目をこなしているとは言いづらい有様だ。

 警戒しながら中に入ると、首の無い死体が数多く見られた。


 塔の最上階にあるゲートから、魔物が漏れ出さないようにするために各集落から集められた屈強な戦士が交代で監視任務について居たとは聞いていたが、生存者はいないようだ。

 やはり彼らでは防ぎ切れなかったのだろう。


 死体の放つ血の匂いを嗅ぎ取ったのか、狼や鳥が死肉を啄ばんでいる。

 ここでも、タケミカヅチさんとレヴァンテインさんがそれぞれ雷と炎を纏うと、彼らはすぐに逃げ出した。本能でその脅威の程を理解したのだろう。


 どうやら魔物はいないようだ。

 死体は残っているが、それは戦士たちが必死に倒したものだろう。では、村を襲った奴らが最後なのだろうか。


 探索を続けながら、ダークエルフたちの周囲に落ちていた武具を鑑定する。

 ほとんどがただの鉄でできた武具であり、これは普通に鑑定できた。が、中にはやはり鑑定ができない武具が十本はあった。


 間違いなくアーティファクトだろう。

 それらをインベントリに収納し、最後に塔を探索する。

 途中、金属の塊が至る所に散乱していた。

 その周囲には、魔物と思わしき者たちの骨がある。


 金属を鑑定すると、どうもこの塔を名乗るガーディアンの破片のようだった。一応、鍛冶スキルの材料として使えそうなのでこれも回収していく。


「警備用のゴーレムの残骸か。このラグーンへの侵入者にやられたみたいだな」


 それらは至るところにあった。どれほどの強さが備わっていたかは今はもう知る術はないが、きっと稼働できなくなるまで寡黙に戦い続けたのだろう。


「もしかしたら、今まではこのゴーレムでなんとかなっていたのかもしれませんね」


 グングニルさんが、少し切なげが表情を浮かべながら呟く。


「かもな」


 屈強な護衛と、丸太の壁に戦士たち。彼らの存在のおかげで、これまで村は守られ、そのせいで防備が疎かだった。そう考えると辻褄は合う。


「とにかく、先を急ぐか」





 結局、最上階のゲートとやらにたどり着いても魔物は姿を現さなかった。

 その代わり、石碑に何故か日本語で文字が記されているのを発見した。どうやらゲートの使い方らしいが、作ったのは『賢人』と言うらしい。

 まさか、俺と同じようにやってきた地球人だろうか。気にはなったが、一先ずその存在については脇においておく。問題は、これが使えるかどうかだ。


 動力は電気らしく、壁付近にある機械装置を魔力で稼働させ、一度バッテリーコアなるクリスタルにも似たものに電気を蓄えれば使えるらしい。

 だから電力が在れば、床の中心に刻まれた幾何学的な文様の魔法陣が稼働して地上へと降りられると石碑には書かれている。動力のことも書いてあるが、専門的過ぎて分からない。しかも動力装置とバッテリーコアを繋ぐコードが切れているようだ。


 これでは使用できまい。

 ただ、ヨアヒムが朝方塔と一緒にゲートのことを話してくれたとき、上から下には降りられないという話をしてくれていた。

 ならば魔物が出てきたということは、地上のゲートは生きているということなのだろう。双方向に繋がっているのではなくて一方通行なようだ。魔物が出てこないようにしたいが、ここからではそれも叶うまい。だが、試してみる必要はあった。


「タケミカヅチさん、アレに壊さない程度の力で雷をぶち込んでくれないか」


「御意」


 雷神としての力を振るってもらう。

 するとバッテリーコアが輝き、ある程度以上の光を蓄えると今度は床の魔法陣が輝き始めた。


「ストップ」


 危うくゲートが起動しかけたので止めるが、これならなんとか使えそうだ。

 地上に降りる前に知るべきことはあるし、ロングソードさんも回収しなければならない。これ以上散策する必要もないので、一先ず俺は村に帰ることにした。




 村に帰れば、丁度昼前だったこともあって村民に食べ物を振舞われた。

 ありがたいことだ。

 代わりに、手に入れたアーティファクトを全て差し出す。

 どうせ俺には使えない。

 なら、彼らに使ってもらえば良い。


「やはり、生き残りは無しか」


 塔の様子を聞いて、ヨアヒムたちが目を伏せる。予想していたということだろうが、それでもやるせなさが顔からは滲み出ていた。


「そうだ、俺たちならゲートを使って降りられそうだった。そのうち、一度俺は下に降りようと思っている。それまではあの塔で住もうと思うが構わないか?」


「一緒には来ないのか? 必要ならエルフの住んでいる所まで送るぞ」


 不思議そうな顔で言う彼に、俺は言った。


「下から魔物が上がって来ても防げる奴がいない。次の戦士たちを呼ぶんだろ? それが来るまでは、俺たちでなんとか押さえ込んでおくつもりだ」


「そう……か、分かった。気を使ってもらってすまない」


「いいさ。その代わり、護衛は出せないが大丈夫か」


「彼女たちの分もアーティファクトがあるならな。獣ぐらいならなんとかなるさ」


 距離もそんなに離れてはいないと言うので、俺は安心して彼らを見送った。


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