第十七話「王子養殖」
「それじゃ皆、王子を任せたぞ」
「御意」
「かしこまりました」
「がんばりますねー」
タケミカヅチさん、エクスカリバーさん、そしてロングソードさんが頷いた。
「待てよアッシュ! これ、こいつらは一体何なんだよ!」
「俺の仲間だ」
説明しろといいたげな王子にそれだけ言うと、目配せして彼女たちに連れて行かせた。
いきなり目の前で擬人化した彼女たちに両脇を抱えられた王子は、抵抗虚しく階下へと連行されていく。
三人は王子の養殖組だ。
最悪に備えてそれぞれにポーションを持たせてあり、タケミカヅチさんにはイシュタロッテを持たせてある。
きっと、彼女なら思う存分イシュタロッテ覚醒のために経験値的な何かを稼いでくれることだろう。唯一の心配は、王子のための敵を半殺しにせずに全殺しにしそうなことぐらいだ。
「がんばってレベルアップしてくれ。俺は生活環境を整えるのに忙しい」
隣に残ったレヴァンテインさんと二人で見送った俺は、それぞれトライデントとデッキブラシを構え、一先ず塔の清掃活動を始めた。
階下では、戦闘音と共に王子の恨み声が聞こえてくるが勿論全て無視である。
「死体やら何やらが邪魔だな……んー、しょうがないインベントリ行きだな」
魔物の死骸やらガーディアンの残骸などの邪魔な物をひたすらに収納。
後で外で捨てることにして、とにかく清潔さを求めることにする。
「レヴァンテインさん、放水よろ」
「ん」
すっかりホース代わりのトライデントから大量の水が投下される。
俺はデッキブラシで石材を擦りつつ、階段へと流していく。
それが終われは、レヴァンテインさんの炎で乾かして貰い最上階からひたすらに掃除した。当分ここに住むのだから、最低限の衛生環境は整えたい。
魔物の死骸やら骨やらの中で寝るのはとても嫌だ。
それに塔の外で何日も寝るのも論外。
俺だけならともかく、王子には辛いだろうし、皆も四六時中戦わせることになる。
やはり活動拠点は必要だ。
そしてそれにはこのゲートタワーが一番である。
そもそも俺は家なんて作れないしな。
「お、おい上から水が流れてきたぞ!?」
「余所見とは余裕ですね。さぁ、早く止めを」
「ちょ、待てよ騎士っぽい奴。そんなことよりもそっちの黒髪を止めろよ! そいつのせいで足元からビリビリって来たぞ!? 痺れる、痺れるぞこれ!?」
犯人はタケミカヅチさんだろう。
金属製のグリーブを履いていた王子だから、モロに電気が来たに違いない。
「タケミカヅチさーん。抑えて抑えて」
「むっ、久しぶりにはしゃぎすぎましたか」
その賑やかな修行の声は、妙に平和だ。
少し前までの、暗鬱な陰謀やらお国事情など吹き飛ばすほどの清涼感に満ち溢れている。
「まぁ、それもいつまで持つかだな」
水や塩はともかく食料の問題がある。
そして当然俺の料理の腕前がネックだった。
「肉だけはなんとかなるんだが、うーむ。どうにかできないものか……」
ドロップアイテムで野菜や果物が手に入れば良いのだが、それ以外に何か手はないものか?
「無理、これは無理だって。ちょ、お前らぁぁぁ!」
「この程度、アッシュ様なら余裕ですよ」
「確かに主ならティラルドラゴンの群れの一つや二つどうということではないでしょう。ですが、さすがに初日から飛ばすのはどうでしょうか」
「え、えーと、王子様がんばれー」
塔の一階まで降りると、外から王子の泣き声が聞こえた。
ゲートタワーまでの戦いを考えても、相当に疲弊していただろうに元気なものだ。
「アッシュ、魔物来た」
「ついでに掃除だな」
左手でイシュタロッテ代わりに佩いていたショートソードさんに手を伸ばす。
右手は掃除中のためにデッキブラシのままだ。両手のゴム手袋のせいもあってか、非常に珍妙な戦闘スタイルな気がする。
が、それよりも先にレヴァンテインさんが動いた。
腰ダメに構えたトライデントを向け、放水。
大口を空けたティラルドラゴンの口に大量の水が飛び込んだかと思えば、咽るドラゴンを入り口の外へと水圧で押し流した。
次の瞬間、雷が落ちるような音の後にタケミカヅチさんがひょっこりと顔を出す。
「申し訳ありません、一匹逃がしました」
「こっちは大丈夫だよ。それより、王子はここでもちゃんと戦えてるかな」
「まだ少し危なっかしいですが、ちゃんと使い物になるようにしてみせます」
「そ、そうか。すまないが、頑張ってくれ」
「はっ、それでは――」
こっくりと頷き、彼女は出て行った。
やる気満々という顔であり、とても頼もしい。
アレならきっと王子もすぐに強くなれるだろう。
きっと、多分、おそらく。
「明日は筋肉痛だろうな」
一階は広いが、それでもきっちり清掃は終った。
夕方、ほうほうの体で帰ってきた王子は、疲労困憊といった様子だった。
「アッシュゥゥゥ――って、お前それ……」
「おう、飯だぞ」
石の床の上に、ストーンブロックで作った簡易かまどがある。その上に、かなりの量の肉が投下された鍋があった。その匂いに釣られるかのように、ふらふらと王子がやってくる。
俺がお椀に盛り付けて差し出すと、彼はそれを貪るように食べた。
気品などそこには存在しないが、そんなに美味そうに食われると俺としても嬉しい。
「くぅぅ、生き返るぜ。それで、この肉はどうしたんだよ」
「どうしたって、お前たちが狩ってたオークの肉だよ」
「なっ!?」
王子の手が止まり、信じられないものを見たような目で俺を見た。
「魔物の肉なんて俺に食わせたのか!?」
「毒はないから安心しろ」
仮にあったとしても、渡したペンダントの状態異常無効が防ぐはずだ。
俺は目の前で自分の分もよそってから食ってみせる。
「ん、ちょっと味が薄い気もするが……こんなものか」
とりあえず塩を入れて煮たが、肉の出汁のせいか食えないレベルではない。
「普通に焼いて塩をかけたほうがマシかな」
試行錯誤が必要だ。
毎日同じメニューになりかねないが、それだけは回避しなければならない。
これから始まるサバイバル生活の最大の敵は飯なのだから。
「く、ええい、食ってやるよ!」
空腹に負けた彼は、粗末な料理に挑みかかる。
「王子、一応聞いておくが料理できるか?」
「出来るわけがないだろ。俺はこう見えて王子だぞ」
気持ち良いぐらいに否定すると、彼はようやく気づいた。
「ま、まさかアッシュ。お前……いや、お前たちは料理ができないのか?」
「俺を越えるシェフはきっとこのラグーンには存在しない」
「なんてこった……」
「だが安心しろ。煮る以外に俺は焼くことができる。この意味、王子なら分かるな?」
「それは期待するなって意味か!? そうなんだなおい!」
「だから一刻も早くレベルを上げてくれ。お互いのためにもな」
「……なぁ、やっぱり、さっさと下に降りないか」
「ダメだ。一度言い出したからには完遂するぞ」
欲しいアイテムがあったら、ひたすらに苦行を厭わない。
それでこそコレクターだ。
どれだけ入手確率が低くても、入手できると信じて時間を費やす。
例えそれが現実の実生活でどれだけ無価値だろうと、俺たちにとっては価値がある。
だったらそれでいいのだ。
「あの女共のレベルが大体五十前後だ。どうせなら、六十まで上げてから降りよう」
「はぁ!? そんなのもう歴戦の勇士越えて英雄クラスだぞ!?」
「死んだ振りをして反撃するんだろ。それぐらいにならなくてどうする。幸い、ここは魔物が無尽蔵に出てくる。俺たちは全力でお前をバックアップだ。だからがんばれ」
「アッシュ、お前……」
「どうした、ほらもっと食え。食って強くなれ!」
「お、おう!」
王子は肉をかっ喰らう。
入り口では匂いに釣られた魔物たちを相手に武器娘さんたちが頑張ってくれている。
皆には悪いが、食料の節約という意味もあって当分の食事は無しだ。
すまない皆。
だが、きっと強くなった王子がお腹一杯食べさせてくれるはずだからそれまで我慢してくれ。
その日から、王子のレベル上げは苛烈さを増した。
俺は、頑張る王子を支えるためにひたすらサポートに回った。
汗を流し、疲れを癒す意味でも風呂の作成は当然として、二階にはしっかりと休むために寝床を整えた。
それに役立ったのはこのラグーンに現れるハンターモモンガだ。
奴らの皮膜は色々と使い道がある。
鍛冶師が防具を作るために革を扱うスキルも在ったため、ドロップアイテムとして手に入れたそれをなめし、ウイングスーツを参考にしてもう一着開発。
更に、最悪の場合にも備えてその革を繋ぎ合わせたパラシュートも用意し始めた。
目まぐるしく月日は去っていく。
夜にはこっそり、イシュタロッテを擬人化させて覚醒していないかも検証。
六ヶ月ほど経ったある日、ついに変化があった。
「おお、寝返りをうった!?」
「Zzz――」
そればかりか、ムニャムニャ寝言まで言い出した。
やはり、このラグーンに残ったことは間違いではなかったのだろう。
アデル王子も日に日にレベルを上げている。
おかげで野生化したように少しずつワイルドになってきた。
朝から夕方までひたすらに実戦で、夕食後はタケミカヅチさんやエクスカリバーさんを相手に模擬稽古で腹ごなし。入浴後はすぐに寝る。
本人も強くなっている実感が湧いているのか、今ではもう魔物たちを半殺しにして養殖せずとも安心して任せられるそうだ。
偶に様子を見るために一緒に狩りに出てみたが、アーティファクトの魔法も強力になっており、相性が最悪だろう岩ゴリラさえ苦にもしないようになっていた。
しかも最近では、数が足りないと言ってタケミカヅチさんにモンスタートレインを頼んだりするほどだ。
正に、叩き上げの王子といった風情である。
こうなると、あまり進歩していないのは俺の料理の腕ぐらいなものだ。
「よし、これでいいだろう」
パラシュートもどきを完成させた俺は、塔の最上階の窓へと向う。
そして躊躇無く飛び降りた。
バッと広がるそれのおかげで、落下速度が急激に落ちる。
元々滑空を可能とするハンターモモンガの皮膜であるため、相性は悪くないらしい。
お手製のウイングスーツも完成しているので、飛び降りる準備だけは万全だ。
地面に降りる前にインベントリへ収納。
そのまま着地し、ショートソードさんを抜く――前に、レヴァンテインさんが投げたミョルニルさんによって岩ゴリラが粉砕された。
おかげで俺に襲い掛かる前に岩塊なるドロップアイテムに早変わりだ。
「ありがとう」
「ん」
そのまま塔の入り口へと向かい、寄ってくる魔物の相手を適当にしてから塔に戻った。
それにしても、下界に降りるよりもここで暮らした方がのんびりできるような気がするから不思議である。
こうなったら、畑を作ることも視野に入れるべきだろうか?
収穫さえちゃんとできれば、俺はインベントリに詰め込んで保存できるのだ。
しかも、モンスター・ラグーンならそう易々と人は来れない。
俺には武器娘さんたちが居るから孤独にはならないし、いざとなったらラグーンから飛び降りて逃げればいい。
これは、もしかして名案ではなかろうか?
「足りないモノはその都度降りて買ってきてもいいわけだしな」
どうせネットも何もないのだから、俺にとっての娯楽などここにはない。
それならいっそのこと手持ちの武器のレベルをカンストさせる日々を過ごすのも有りだろう。
でも、そうするとエクスカリバーさんに軟弱者と呼ばれかねない……か? いや、他の武器のレベルを上げるのだから違うか。
「そうだレヴァンテインさん。昼のメニューは何が良いと思う?」
「煮るよりは焼く方が好き」
昼は炒め物になった。
気づけば、更に三ヶ月ほど過ぎていた。
今日は生憎の雨。ラグーンの上部を覆う結界は、どうやら雨は防がないらしい。
なので、王子たちは三階で模擬戦闘や素振りで訓練している。
「――お?」
ダンジョン用の3Dマップに反応があった。
「これは……珍しいな。侵入者だ」
帰れないと分かっていないからだろうが、とんでもないチャレンジャーが居たものだ。
人数は二人。最終フロアに反応がある。
「レヴァンテインさん、ちょっと上に見に行こう」
「ん」
魔物が雨宿り気分で入ってこないよう適当な木切れを入り口に置き、通れないように火をつけて上に向かった。
よほど頭が良い奴でなければ、警戒して入ってこない。
「おーい、下のゲートを通ってお客さんが来たみたいだぞ」
「客って、ここにかよ」
稽古をやめた王子たちが、不思議そうに顔を見合わせる。
「最終フロアで止まってるな。これは、ゲートが動いてないって気づいたか?」
「なんで分かるんだアッシュ」
「秘密だ」
「またそれかよ。まったく、お前の秘密は多すぎて困るな」
それでも気にはしないようだ。
精神衛生に悪いからか、それとも信頼してくれたからか。
肩を竦める王子は、訓練用の木剣を置くと念のために武装。
他の面子もそれに倣い、何者かに備える。
「……お?」
「今度は何だよ」
「いきなり居なくなった」
「居なくなったってお前……んな馬鹿なことがあるかよ。降りるためのゲートは閉じてるんだぜ」
「だが、居なくなったんだからしょうがないだろう」
マップから完全に反応が消えた。
下の階に下りた様子はない。
「……誰かがゲートを修復したという可能性はないのですか」
エクスカリバーさんが端的に可能性を指摘する。
「王子、あれってお前の国の奴は修復できるのか?」
「俺はそんな話を聞いたことが無いが……いや、待てよ」
何かに気づいたかのように、アデル王子が天井を見上げた。
「コアとかいう奴を直したんじゃなくて、入れ替えた可能性はあるかもな。アッシュがぶち壊したところを使えるようにするためにさ、ヴェネェッティーの封印してる方の奴をくれって言ってただろ。それと同じことをやったんじゃないか?」
「確かに、その可能性はあるが……」
エルフの森のモンスター・ラグーンを使えるようにしたいと思っていた俺は、報酬としてそれを要求していた。
二つあるから片方くれるということで、俺は依頼を受けたわけなのだが、それと同じことを企んでいる奴が居るとは、正直思っても見なかった。
それはつまり、あの石碑が読めなければ分からないことだと思うのだ。
当たり前のように疑念が湧く。
もしかして、俺以外にもプレイヤーが居るということか?
「……まぁ、どちらにしても確認すれば分かることか」
俺たちは最上階に急いだ。
すると、バッテリーコアの在った場所にコアとはまた違う水晶のようなものがはめ込まれていた。
「王子の予想がニアピンか」
「ゲートが光ってるってことは使えそうだな。となれば……だ」
直すということは、必要にしているということであり、その必要がある勢力。
貴族派か、それとも側室派か。
「勝敗が着きやがったか? 不味い、予想より早過ぎるぞ」
「アデル王子はどちらが勝ったと思う?」
「七対三で側室派だ。貴族派にゲートを修復しようなんてこと考える奴が居るとは思えない。王室もそうだが、根本的に在る物をただ使っているだけだったんだ。そりゃ、学者の中には研究したいって奴は居たさ。でも、そのためにずっと護衛を張り付かせたりしなきゃならないし、妙なことをしたら使えなくなっちまう。だから、ゲートについて詳しい奴なんざこの国にはいない。だが、アヴァロニアは違う」
「侵略し、数多くのゲートタワーを手中に収めているからか」
しかも、どこを壊せば効率よくゲートの機能を奪えるかを理解する程度には研究ができているということだ。
「……不味いな。このままだと確実にレベルを上げに来るぞ」
「タケミカヅチさん、とりあえずそれ外せないか?」
「やってみます」
電撃を無効化する彼女なら、素手でも持てる。
少し梃子摺ったようだが、なんとかその模造品を抜くことに成功していた。一応感電を警戒してゴム手袋を嵌めて受け取り、インベントリへ収納。
「これで、ここに来る連中は帰れなくなるわけだ」
「なぁ、これ意味あるのか?」
「これから来る奴が逃げられなくなるだろ。捕まえたら尋問し放題だ」
「……軍団規模で来たら?」
「モンスター・ラグーンから飛び降りる」
「行き当たりばったりじゃねーか!?」
そもそも、俺たちの行動自体が行き当たりばったりだ。
そういうのは今更だと思うが、とっとと戻して下に降りようと王子が言い募る。
「軍が来る前に南東に山を降りようぜ。上手くすりゃ、マークのところまでいける」
「それはいいが、レベルはどうだ」
「半分人間のせいか、レベルが上がりやすいからな。もうレベル59だし、十分さ」
人間だとレベルが上がりやすいなどとは知らなかったが、ここはきっと長考する場面ではないのだろう。
目標に到達しなかったことだけがもったいない気がするが、十分といえば十分か。
「分かった。なら、すぐに出て行く準備をしよう」
「おう!」
一階に取って返し、インベントリに作った物を詰め込んでいく。
色々と愛着も湧いているので、捨て置きたくない物も多い。
勿論、風呂も回収だ。
王子は鎧を身につけ、俺も一応全身鎧に変える。
武器もいつものそれに切り替え、すぐさま最上階に駆け上がる。
「よし、まだ来る気配はないな。これを」
「御意」
模造コアを嵌めてもらう。
すると、ゲートが再び輝いた。
「覚悟はいいな?」
本当はアデル王子にではなく、俺自身に言い聞かせるような言葉だったのかもしれない。
だが、一度引き受けた依頼だ。やってやろうじゃないか。
俺たちは頷きあうと、一斉にゲートへと飛び込んだ。
ゲートの向こうには誰も居なかった。
「索敵」
呟くと同時に、マップを確認。どうやら確認できる範囲には誰も居ないらしい。
「アッシュ、これ貰っていこうぜ」
バッテリーコアの近くに見慣れない木箱が三つある。
一つをあけていた王子が唇を歪めて笑った。
木箱の中にはイミテーションコアの予備らしきモノが一つずつ入っていたのだ。割れないようにするためか、綿のようなもので包まれていたが見間違いようがない。
「報酬の代わりになるな」
「研究用に、俺の国にも一個くれよ」
「了解だ。これは是が非でも状況をひっくり返さないとな」
当たり前のように全部回収。
中には茶目っ気でゴーレムの残骸を詰めた。
誰が持ってきたのかは知らないが、ラルクたちへの良い土産ができた。
「周囲に人影らしきモノは見えない……か」
情報収集を兼ねた先発隊だったのか、塔から出ても人影は無い。
「見張りがいないってことは、まだ大々的に使うつもりはないってことかもな」
「あるいは……いつもどおりか? 魔物を解き放って国力を減らし、そこを攻めるのが定石なんだろ。実際はまだ決着がついてない可能性もあるな」
どちらにせよ、両方が潰しあっているならチャンスかもしれない。
まさか、モンスター・ラグーンに閉じ込めた王子が半年以上生きている可能性なんてさすがに奴らも考えては居なかったのだろう。
王子のサバイバル技能の無さに加えて、無尽蔵の敵。それらを普通はたった三人でどうにかできるとは思わないはずだ。
だが、奴らの常識からはぐれている俺が居た。
しかも疲れ知らずなカンスト武器娘さんと俺には、インベントリの物資だけでなくモンスター・ラグーンで生活したという経験まであった。
そのおかげで現状では反即染みた助っ人として機能している。
後はそのアドバンテージを利用して、どこまで上手く立ち回れるかだ。
「アッシュ、人数を減らそうぜ。多すぎると目立つ」
「了解だが、王子。偽名に戻しといてくれよ。アヴァロニアに捕捉されたくないんでね」
「へいへい。じゃあよろしく頼むぜモヘンジョダロ」
「アラハッシュ・モロヘイヤだ」
俺はどこぞの遺跡ではない。
「そうだったっけか。モロヘイヤ……モロヘイヤね」
ご希望通りにエクスカリバーさんだけを残し、後の皆は一旦インベントリへ。
そのまま、三人でゲートタワーから南東へと無理やりに下った。
王子のレベルは十分に高い。
体力的な面の心配もほとんどないせいで、なんとか夜になる前に山を降りることができた。魔物はどうやらほとんどいないらしい。
イビルブレイクなどの傭兵が動いたのか、それとも治安維持目的の軍が間引いたのかは定かではないが、襲われなかったのは楽でよかった。
そのまま俺たちは飯もそこそこにマクシミリアン侯爵領へと向かう。
数日の行軍。
その間に通過した村々で、何やら不穏な噂を耳にした。
けれど王子は、ずっと拳を握り締めたまま黙々と歩いた。
外面を貼り付け、何気ない風を装っている。
だが、その胸中はどうだったかを俺は知らない。
「お久しぶりです、アラハバッシュ・ヒサモトゥ殿」
「その節はお世話になりました」
「アッシュさんも元気そうで何よりです」
いきなり尋ねた俺たちを、マークファミリーが暖かく迎えてくれた。
外套のフードを目深に被ったまま、アデル王子は俺とエクスカリバーさんの後ろに控えている。
だが、マークはもとより、新当主となったらしいタフガイ――もとい、マクシミリアン侯爵ことミルドさんは気づいているようだった。
「アデル王子、無事で何よりです!」
人払いをした応接室で、マークが真っ先に動いた。
「おう、お前も元気そうだな」
フードを外し、二人が抱擁を交わす。
「僕は信じてましたよ。アッシュさんが犯人じゃないって!」
どうやら、貴族派と側室派は王子がモンスター・ラグーンに閉じ込められたのはクォーターエルフのアラハッシュ・モロヘイヤの偽者のせいだ、ということにして全ての罪を俺に被せたらしい。
哀れ、騙された王子は勇敢に祖国のために戦って散ったというわけだ。
勇猛に戦っていたという兵士たちの証言により、ちょっとした英雄扱いされて葬儀が行われたとか。
ざけんな。
「俺に王子をどうにかしたりする理由が無いんだがなぁ」
そんなことをしても一文の得にもならないどころか、完全に赤字だ。
「でもどうやって戻って来たんですか? 上のゲートが壊されたと聞きましたが……」
王子が咄嗟に突き飛ばして助けてくれたという、見目麗しいハーフエルフがそう証言したそうだ。おかげであのゲートタワーは今は使用が禁止されているのだとか。
本当、どこまでも俺をコケにしてくれる奴らだ。
「恐らく、側室派だと思うんだが壊したゲートの部品を持ってきて修理しやがった。間抜けにも俺たちがモンスター・ラグーンで生きていたなんて知らずにな」
「では君たちは本当にモンスター・ラグーンで半年以上生活したというのか!?」
感嘆とも驚嘆とも言える表情で、ミルドさんが唸る。
「おかげでかなりレベルを上げることが出来たぜ。今なら、ライコルフの野郎にも勝てるかもな」
「凄い自信ですね王子!」
素直なマークが目を輝かせる。
「おう、お前がレベル上げに行くときは呼べ。子分のお前は俺が直々に鍛えてやる」
ニヤリと笑い、安請け合いしながら王子は当主を見る。
「で、だ。帰ってきたからには、色々と決着を付けたいんだ。居なくなってからのことを教えて貰いたい」
「了解しました」
ミルドさんも、色々と情報を探ってはいたらしい。
俺が関係しているらしいというのもあったことと、息子のマークが王子の安否を心配していたからだ。
そうして集めていた情報が無駄にはならないのだから、人生分からないものだと彼は笑って話してくれた。
「――なるほど。今は北西のモンスター・ラグーンの防壁が壊されて右往左往している状態か。その上でもう一つを修復だ。更に国力をすり減らそうって魂胆だなあの女狐共め」
「貴族派は側室派と違って国土を守る義務がありますからね。王が緊急事態として諸侯から軍勢を集め、ライコルフ将軍を中心に防壁の修復作業を行っています」
「親父か。ちっ、間違っちゃいないが、それが連中の仕込みってところが頭に来るな」
「ミルドさんたちは動かないのか?」
「いえ、私の家も兵は送っています。ですが、貴族派ほど兵力を投入はしていません」
それなりに距離がある、というのもあるのだろうが何よりも何故突然防壁が破壊されたのかが気がかりだと彼は言う。
「王子やアラハッシュ殿の件もありました。中立派を決め込んでいる当家としては、さすがに全力で支援を、とは参りません。これは中立派の心の声でもありましょう」
貴族派がタカ派とすれば、中立派はハト派らしい。
いや、水面下で必死に立ち回っている白鳥のような勢力というべきなのか。
「現在、レイモンド老が密かに中立派たちと接触。裏で側室派を排除する算段をつけています。中立派も基本は貴族派に近い。祖国を憂いているのは同じですが、彼らほどに過激ではなく、また王家への忠誠心が無いわけではないのです。なので、潰すならまずは側室派ということで意見はまとまっております」
「さすがレイモンド爺だな」
お膳立てに抜かりはないということだ。
これならひっくり返すのも不可能ではあるまい。
「マクシミリアン卿、レイモンド爺はどこに居る」
「勿論、王都ヴェネルクです」
「そりゃいい。合流次第いつでも叩ける状態ってわけだ」
「防壁修復のため、守りは手薄です。後はタイミングだけでしたが……王子の凱旋と合わせれば勝機はありましょう。問題もございますが……」
「側室の、メリッサとかいう奴とその護衛か」
俺は側室に会ったことはないが、護衛はそれなりにやることがわかっている。
加えてアーティファクトがどれだけ持ち込まれているかが焦点と見るべきか。
「立ち居振る舞いを見ても只者ではございません。また、メリッサの魔法は低レベルの男を骨抜きにします。通常の兵士では、寝返らせるだけになってしまいます。なので――」
「――誘惑されず、護衛と戦えるだけのレベルホルダーによる少数での制圧作戦だな」
「失敗すれば高レベルの者たちを失いますが、守りが手薄なこの状況を逃す手はないでしょう」
「……よし、ならば往くしかあるまい」
「では水先案内人は我が家が」
「すまんな、マクシミリアン卿」
「いえ、これもこの国の貴族として当然の務めですから」
力強くニッカリと笑って、ミルドさんは王子と握手をした。