第十五話「王子出陣」
帯剣許可証と共に、預けていたミスリルソードを返してもらった俺は、ロングソードさんと同室の部屋を与えられた。
俺はアデル王子の友人を救った恩人であり、例の討伐の護衛として個人的に雇った傭兵という肩書きで城に厄介になることになった。
すぐに行動に移したいところではあったが、失敗しては意味が無い。
ひとまず、アデル王子に状態異常無効化をつけたペンダントを渡したのでそれが効果を発揮するかどうかだ。
夜にレイモンドがアデル王子に夜間訓練と称して会う予定を立てているので、それならそれで渡した万能薬を試すということになっている。根本的には、やはり魅了の魔法を使うという側室を排除するしかないが、試しておくに越したことはないだろう。
「アッシュ……じゃなかった。モロヘイヤさん」
「なんだい」
「上手く行くんでしょうか」
「どうかな。すぐに決着が付けられるならそれでいいんだが……な」
タイミングというのも重要だ。
いきなり王の魅了を解いても、ちゃんと理解させなければ意味が無いし排除するにしてもどう排除するかも考えないと逆に危ない。
無論、簡単に終らない場合も考えられるので色々と動く方向で準備はするようだ。
特に王子は俺がモンスター・ラグーンから飛び降りたという話を聞いて何やら深く考えていた様子だった。
つまり、最悪は王子を背負って飛ぶはめになるということだろうか?
正直、それは勘弁して欲しいがどうなるか。
「やばくなったら逃げるから、そのつもりでいてくれ」
「はい」
買い物が出来なかったことに関してはうんざりするが、この件を解決させてからでも別にいい。問題があるとすれば、この部屋にはベッドが天蓋つきの妙に豪華な奴一つしかないことだろうか。
この状況、どうする俺!
翌日、魔物討伐隊兼レベルアップ部隊が急遽出撃した。
街道を北に進む一団は、大よそ千人は居ただろうか。
その中には当たり前のように俺がおり、ドラゴンホース二頭が引く戦車に搭乗していた。
前には鎧姿の近衛騎士らしき男が二人手綱を握り、黙々と仕事に励んでいる。
揺れる戦車の後部座席には、外面を纏ったアデルを囲んで俺たち三人が座っていた。
「で、何故こうなったんだ」
「あの女狐、俺が魔法にかからなかったことに気づきやがったんだ」
周りに聞こえないように小声で答えが返ってくる。
薄々気づいてはいたが、まずは何故そうなったか説明してもらわなければ困る。
「どうしてバレた」
「夕食の最後、この国で一番美しいのは誰かと世間話をするような口調で問われた。だから国で一番だという令嬢の名を答えたわけだが……」
「答えを間違えたわけか」
魅了が掛かっていたら自分だと答えるはずだってことだろうか?
「ああ、さすがに参ったぜ。その後親父にいきなり予定をねじ込ませやがった。夕方から朝にかけては、そのせいで城の中の動きが慌しかったぜ」
「だからレイモンドさんが居ないのか」
念を押すためにも護衛から外されたというわけか。
「いや、レイモンドは母上の護衛や最悪の時のために残らせた。俺が死ぬよりそちらの方が致命的だからな。貴族派にも、そして奴らにも都合が良すぎる」
呆気ないほど簡単に言う言葉ではないはずだろうに、アデルはそう言って言葉を切ってみせる。今は外面のせいかどこか気弱な少年にしか見えないのに、笑ってそんなことを言われたら、俺は肩を竦めるしかなかった。
「で、このピクニックの予定はどうなってるんだ」
「北に二日ほど進んで、街道を東にそれると山がある。それを登れば塔があるから、そこからが問題だな。あの女狐、塔の向こう側の様子を見て来いなんて言いやがったんだ」
「ええっ、向こうはとっても危ないですよ!?」
「慣例じゃそこまではやらないが、正式に命令が出されちまった。従うしかないさ。お目付け役もいる。ほら、右の奥。あの馬車に乗ってる奴らだ」
食料などの物資を乗せた弐馬車の一団の中に、女性のエルフが四人ほど乗っているのがあった。その美貌故にか、気にしている兵士たちも多くチラチラと視線が飛んでいる。
あんなあからさまに注目されるようなのをねじ込んでくるとは、その側室とやらの手腕は侮れない。
「普段は奴の護衛についてる奴らの仲間だな。全員レベルホルダーっぽいぜ」
「……みたいだな」
識別すると、レベル五十台前後のハーフエルフであることが分かった。
全員が女性なのは、連れ歩いてもおかしくない女官として動けるようにするためか。
さすがにアーティファクトを所持しているようなことはなさそうだったが、十分に脅威的なレベルだろう。
周囲の兵士たちや傭兵のレベルも確認して見るが、兵士で十五以下、傭兵や騎士でも例外を除けばほとんど三十以下が相場だった。
「気をつけろ。あいつら、一人一人がレイモンドさんに匹敵すると思うべきだ」
「うげぇっ。洒落にならないなそりゃ」
奇襲されたら、少しばかり面白くないかもしれない。
どうもゲーム的に考える癖がある俺にとっては、レベルの指標は戦力の目安として機能する。実際問題としては、リアル補正によってそれだけでもないだろうが、注意を喚起しておくのに越したことは無い。
「貴族派はこの中には?」
「勿論居る。大抵は少数の兵を出して来てレベル上げをさせたりするからな」
レベルのために動くのは王家だけではない、ということか。或いは、武勲を立てるチャンスに利用していたのか。
「だが、いつもよりどこも少ないぜ」
「具体的には?」
「半分ぐらいだな。去年の後期討伐隊はもっと居たぜ。今月中にと準備していたとはいえ、急にねじ込まれた弊害って奴だ」
そこから、他愛も無い話をしながら暇つぶしに塔の様子を尋ねると、王子はレイモンドさんに聞いたと前置きしてから話してくれた。
それによれば、塔の周辺に防壁の類はないらしい。
いや、正しくは破られるので長く機能していないと聞いた。
一応は簡易的に修復するのも今回の討伐の目的ではあるらしい。
もう一つ北西の方にもあるが、そちらは魔物が妙に強く、それ相応の犠牲を払って強度の高い防壁が建造されたそうだ。
そちらは今のところ破られる気配がないことから、現在では見張りを置いている程度に留まっているのだとか。
北の塔も同じようにすれば良いと思うのだが、それだと建造費で国費が圧迫されるために余りしたくはないらしい。
「さっさと強化するべきだと思うが」
「容易に壊されない規模のそれにするとなると、金と時間が掛かる。今はそんな余力がないんだよ。西の大国『バラスカイエン』が荒れているから難民が偶に来るし、分離独立して国になったりしたら場合によっては狙ってくるかもしれない。だからあまり力を割けられない」
反面、北のドワーフたちの国『ペルネグーレル』は大人しく、国交にも問題はないので警戒する必要が無いのが救いらしい。
エルフの森に向かうために北か西かと考えていたが、これなら北に行くべきだろう。この件が終ってからの旅の情報まで手に入ったのはありがたい。
「……モロヘイヤさん、前の様子がおかしいですよ」
「なに?」
話しこんでいた俺と王子がロングソードさんの言葉で前を向く。
すると、伝令らしき兵士が走り寄ってきた。
「王子、前方に魔物の集団を発見。これより先発隊が戦闘に入るとのこと!」
「……ライコルフ将軍から援護の要請はありましたか」
外面を被りながらも、丁寧に、しかし気後れすることなく王子が対応する。
「いえ、先発隊だけで十分対処可能なのでそのまましばらく停止して欲しいとの事」
「分かりました。何かあればすぐに連絡するようにと将軍に伝えてください」
「はっ!」
すぐに王子が停止命令を出し、部隊が止まる。
一応策敵しておくが、マップには敵らしき反応はない。
おそらく、それほど数は多くないのだろう。しかし、アデル王子は少しばかり不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
「――ちっ、ライコルフめ。道中で俺にレベルを上げさせない気だな」
「将軍も敵側か」
「一応は名門貴族の出だから貴族派だよ。剣の腕は良いが、猪だな」
「……だから指揮官の癖に前に居るのか」
「レイモンド爺が言うには勝負勘はあるらしい。参謀と組ませたら前線指揮官としては有能だそうだが……いかんせん、プライドが高いから話を聞かん」
「なぜそんな奴が将軍なんだよ」
「魅了人事さ」
身も蓋もない事を言い王子が肩を竦めた。
軍も政治も相当に側室が来てから緩やかに改悪されているそうで、渋い顔をしている王子は外面笑顔を浮かべながら拳を振るわせて愚痴る。
聞かされ続ける俺としては、マップのチェックとハーフエルフの監視とあわせて非常に気が滅入る時間を過ごさなければならなかった。
「――で、結局レベル上げもさせてもらえないままここまでたどり着いたわけだが」
「怖いのはやっぱり、背中ですよね」
「『一番槍は士気を上げるためにも王子に任せようぞ!』って、正直意味不明だよなぁ」
山の中、薄っすらと遠めに見える斜面の向こうに塔が見える。
時刻は昼。
天候にだけは恵まれて居るおかげで雲ひとつ無い絶好の狩り日和だ。
しかし、状況が滅茶苦茶過ぎる。
前日まで数度の戦闘があり、負傷者も出た。
負傷兵は野営地で留守番で、後詰めと少数の護衛を残して討伐隊は山道を進軍するのだが、一番真っ直ぐ塔に登る道を王子とその護衛だけで先行して登れと来た。
王子にも拒否権はあるが、貴族派や側室派の連中が揃ってごり押したせいで王子は黙って頷いた。俺が一応何かあったらどうすると聞けば、音に聞こえし護衛殿が居るから大丈夫だろうと豪快に笑われた。
つまり、俺とロングソードさんだけで王子を守れってことだ。
連中は揃って野卑な笑顔だったのが印象的であり、結託させてはいけない連中がお互いの利益のために手を組んだかのようだった。
所謂、敵の敵は味方な関係だろう。
その後はこちらを排除して潰しあうのだろうが、鬱陶しいことこの上ない。
おかげで王子の命をここぞとばかりに狙っていることを、改めて実感させられてしまっていた。心のどこかで王子にあからさまな無理をさせないだろうと思っていた俺は、やはり平和ボケした日本人思考であったようだ。
――正直、頭に来た。
「でも良かったなぁアデル王子」
「この状況のどこが良いんだモロヘイヤ! しかもこんな重い兜を寄越しやがって!」
俺に無理やり兜を被せられた王子が、膝を笑わせながら斜面を登る。
王子は左手には円形の盾――ラウンドシールドを持ち、右手にはレイピア型のアーティファクトを所持している。
その上半身はブレストアーマーとマントで覆われており足元も矢がそう簡単には通らないだろうグリープで守られている。
対して、俺は完全武装していた。全身を覆うオリハルコンフルメイルさんに、マント。
そして隠す必要もないとばかりに展開した腰元のイシュタロッテと、適当に鉄で作った槍。盾も考えたが動きづらいのも困るので、必要があればマントに隠していたと見せかけて取り出すことにしよう。
最後にロングソードさんだが、彼女はあまり重い装備は嫌だといった。
が、修復したミスリルシールドにミスリルソード、そしてご自慢のロングポニーテールを許さないミスリルヘルムを渡した。
無論、念のためにポーションをいくつか持たせてもいる。これで王子が即死しなければどうとでもなるはずだ。
「一番槍ってことは、俺と彼女で後ろからの射線を塞げるだろう。単騎駆けしろといわれたわけじゃないから良かったに決まってるさ」
「……物は言い様だな」
気休めにしかならないような言葉に、しっかりと彼は頷いた。
「だが怖いのは矢か。なるほど、そのための鉄兜ってわけだ」
「そうなるな。それに俺とロングソードさんならまぁ、少々直撃してもどうにかなる」
「いや、普通は喰らったら相当にヤバイだろう」
「それは雑魚の場合さ」
躊躇しないように高レベルホルダーを舐めるなと、忠告しておく。
「で、作戦だが王子は何か在れば俺か彼女を盾にしてくれればいい。後はひたすらに前進だ。振り返らずに前に進め。魔物がうじゃうじゃいるから、突っ切ってしまえば後ろの連中もそう簡単には狙えない。そこからがレベルアップのチャンスだ」
「最悪、後ろが動かない可能性もあるぞ」
「そのときはまたそのときだ。たっぷりとレベルを上げてから帰ればいい。奴らの臆病さを糾弾材料として持ち帰りつつな」
「……お前、相当に怒っているな」
言葉の端々から滲み出ただろう俺の怒りに、逆に王子は冷静になったようだった。
一度大きく深呼吸をすると、そのまま俺たちよりも一歩前に出る形で塔への道を登っていく。
俺はそれを追いながらチラリと背後を振り返る。
他にも山道が設けられており、人員を振り分けられたせいで、後ろの部隊の数は五百も無いだろう。だが、その中にあの目立つハーフエルフたちの姿は無い。
「ロングソードさん、ハーフエルフの姿が無い。王子が交戦した後は前を頼めるか?」
「わかりました」
前後を挟んでおけばある程度は防げるだろう。
お約束のような懸念材料はいくつかあるが、ここまで来たら行き当たりばったりでなんとかするしかないな。
「さて、どうなるか」
王子を守れなければ、俺は生き残ってもきっと後ろの連中に責任を追及され、全ての責任を取らされるだろう。
(筋書きが露骨過ぎて笑えないな本当に。だが――)
それでも、俺自身は妙に逃げ切れる自信があった。
不思議と頭から離れないその楽観論にこの身を預けることは簡単である。
けれど、だからこそ王子を守ることに全神経を集中しようと思った。
何せ世間で噂のクォーターエルフ、アラハッシュ・モロヘイヤさんは、嘘か誠か誇り高い正義の味方らしいからな。
「ッ――来たぜモロヘイヤ!」
斜面の上、一際大きな木に登っていたハンターモモンガが我慢できずに跳躍した。
狙いはアデル王子らしい。
広げた皮膜で滑空し、真っ直ぐに降りてくる。
「一番槍だ。俺に任せろ!」
槍を構えようとした俺に、アデル王子は手で制したかと思えば手に持ったアーティファクトを掲げて虚空を突いた。
「舞え、氷の矢!」
王子の叫びと共に、淡い光に包まれたアーティファクトの周囲から鋭い切っ先を持つ氷柱が無数に現れたかと思えば、ハンターモモンガに向かって飛翔した。
「――GYAY!?」
その名に相応しいほどの氷の矢が、飛び掛ってきたモモンガを迎え撃つ。
矢は驚いた敵の様子など気にも留めずに空中で敵の体を射抜き、呆気なく失速させた。
穿たれた腹から血が空を滴る。
滑空体勢を維持できなくなったモモンガが俺たちの脇に撃墜し、その屍を斜面に晒す。
「王子がやったぞ! 遅れてついてくるようなら末代までの恥となろう! さぁ、無様を晒したい者以外は勇猛な王子に倣えい!」
振り返り、動く気配の無い後列に挑発するように言い捨てた俺は、早くも動き出していた王子を追う。
――戦いが始まった。
山の木々を振るわせるほどの声が、あちこちから木霊する。
貴族派や側室派にとっては王子の暗殺も確かに重要だが、魔物の討伐もまた仕事。
表向きの建前としてのそれのため、稼ぎ時とばかりに何も知らない傭兵たちが奮戦していた。
それに比べ、ライコルフ将軍が構える部隊の動きはかなり悪い。
一部の傭兵たちが不審そうに背後を振り返っているのが印象的だ。
聡い者は構図に気づいているのかもしれない。
それでも戦うのは、やはり稼ぎ時であるからだろうか。
「ぜぇ、ぜぇ、見ろモロヘイヤ。奴ら傭兵たちが邪魔で弓が撃てなくなってるぞ」
ただひたすらに塔を目指し、山道を進んでいた王子が、振り返りながら言う。
上からなら動きがよく分かる。
笑いたい気持ちは分かるが、そこに上から黒い影が飛んで来た。
俺は、咄嗟に鉄の槍を突き出しその腹を串刺しにする。
「そうみたいだが余所見は厳禁だ。さぁ、止めを」
「お、おう!」
王子が死に体になったハンターモモンガの頭部にレイピアを突き込む。体ごと無理やりに押し込むような一撃は、敵の命を刈り取った。
ロングソードさんと俺は、できうる限り敵を殺さないようにした。
止めを王子が刺せばそれだけ王子が強くなれる。
よほど危険な奴以外は、取り決めどおりに養殖しながら進む。
倒れ伏したハンターモモンガの頭に足を落とし、王子は獲物を引き抜く。
どうやら命を直接狩る戸惑いは、既に少年の中で消化されているようだった。
殺らなければ殺られる。
自然界の不文律を遵守し、王子は先行するロングソードさんの背中を追っていく。
その体にはもう震えはなく、命を貪るレベルホルダーへと進化していくようだった。
俺は槍を引き抜くと、王子が止めを刺した魔物の死体を斜面へと転がす。
そのうち野生の動物や別の魔物がその肉を喰らい、その死体は山の木々の養分へとなるだろう。
草木に紛れて散在している白骨は、これまでの討伐の歴史を物語っている。
魔物と人間は、どうやっても相容れないらしい。
そも、人語を解する魔物に俺はまだあったことが無い。
意思疎通ができず、捕食しようと襲い掛かってくる相手にかける情けなどないのだ。
ただそれだけのことだと割り切り、戦闘を続ける。
「突出を防ぐような伝令も無しかよ」
呟きながら、周囲を見た。
やはり大勢の人間が踏み入る気配や血の生み出す死臭のせいか、当然魔物たちが活発に動き出している。
マップによって周囲をある程度俯瞰認識できる俺だが、魔物とハーフエルフの違いをマップで判断することはできない。もしハーフエルフが潜んでいるなら、なんとか目視するしかないな。
広大な山ではある。
だが、鬱蒼と茂る木や草によって弓による長距離からの狙撃は難しかろう。
更に、一撃必殺の頭部は兜で覆われている。
そう易々とはやらせない。
「モロヘイヤさん!」
と、前への注意が疎かになっていた俺はロングソードさんの声で前方を確認した。
すると、そこにはティラルドラゴンの群れが見えた。
「おお、珍しいな。奴らはあまり塔から出てくるなんて聞かないが」
「そういう問題じゃないだろ王子」
上から下へ、斜面を下ってくるその一団は、まるで雪崩れのようであった。
それに気づいた傭兵たちが、しきりに仲間に注意を呼びかけながら下がり始める。
分散して当たるには辛い、ということか。
俺は舌打ちすると、王子を抱えて近くにあった大木へと跳躍する。
王子が悲鳴を上げていたがそのまま木の幹に乗せるとロングソードさんと二人で一団へと向き直る。
「こ、こらモロヘイヤせめて説明してからにしろ!」
「上から魔法を降らせて始末してくれ。下は俺たちで掃除する」
鉄の槍を力いっぱい投擲。
真正面からくる一匹の喉元を串刺しにする。
いきなり倒れる一匹に背後から迫る連中が足を取られて倒れる。その隙に、イシュタロッテを抜いた俺とロングソードさんが切りかかる。
奴らとの交戦経験があるせいか、もうこいつらは怖くない。
首を刎ね、臓腑を抉り、死体さえ残さずに消していく。
残るのは血痕と、山に木霊する絶命の声。
「剣は大丈夫だな!」
「はい!」
対アーティファクト戦も考慮し、不壊スキルをつけたコレクション用のミスリルソードだ。これなら大丈夫だろう。
「……マーク、お前の手紙はマジだったんだな」
木の上から、どこか呆れたような王子の声が聞こえる。
しばしの葛藤の後、木の上から王子が氷柱を降らせ始めた。
二十匹は居たティラルドラゴンだったが、意に返さない俺たちに慄いてか五匹ほどが斜面をすり抜けて下へと抜けていく。
「き、来たぞ! ティラルドラゴンだ!!
下から悲鳴が聞こえるが無視だ。
「王子、そろそろ降りてきてくれ」
「おうっととと」
ティラルドラゴンは群れるから、もっと沢山来るかもしれないことだけを念頭に入れて落ちていた槍を拾う。
と、拾い上げ王子が飛び降りたその瞬間、俺の背中に何かが当たった。
鎧を貫けずに終ったそれは、硬質な音を奏でて地面に落ちる。
「王子を守れ!」
「はい!」
反射的に体で王子への射線を塞ぐ俺は、振り返りながら山を見上げる。その中に、木の上から弓を構えた人影があった。
「おいおい、あんなところから狙えるのかよ」
エルフ族の血を引いているのは伊達ではないということか。
魔物の群れをやり過ごし、森に侵入して対象を長距離から射抜く。
言うほど楽なことではないはずで、腕前には素直に尊敬の念が湧いてくる。
拾った槍とイシュタロッテを地面に突き刺し、マントで隠されている背中から取り出したような仕草で、インベントリからアルテミスの弓と毒矢を取りだす。
その間に、カッと二発目の音がした。
「うお!? あ、頭に何か掠ったぞ!?」
王子がとんでもないことを言うが、無傷なら良い。
今頃は青ざめただろう彼をそのままに、矢を番えた俺は射手に向かって矢を構える。
俺は弓など使えない。
だが、使いこなせる必要はないのだ。
何故ならスキルに必要なのは、スキル名の発声と狙う意思、そしてMP残量だからだ。
「――食らえ。嘆きの必中矢!」
弓から放たれた矢が、月光のように淡い光をまとって森の中に残光を残す。
優しげで無垢な光は、何も知らずに好意を抱いた相手を射殺させられたアルテミスの嘆きそのものだった。
次の瞬間、出鱈目な軌道を描いて矢が木々の隙間を抜けた。
弾道は直線ではなく、物理法則に喧嘩を売るような出鱈目な残光だけを残して視界から消え失せる。
――ログに反応あり。
経験値とドロップアイテムとなったハーフエルフが、即死判定を受けてこの世界から消えた。
さすが、波間に浮かぶオリオンを射抜いた処女神の話をモチーフにした弓だ。
生憎と俺はゼウスではないから、死んだ奴を星には変えられない。
変えてやる義理もない。死体さえ残さずに消し去るだけだ。
「後三人だ」
「や、やった……のか?」
「ああ」
弓と矢を背中に戻す振りをして仕舞い、庇いながらも剣を槍を抜く。
ゴクリと喉を鳴らした王子が、大きく安堵のため息を吐いた。だが俺は、そんな彼を気遣う余裕がなかった。
痛痒が、無かったのだ。
嫌に冷めた心は、必殺を完遂したことになんら心をざわめかさない。
確かに、俺は魔物相手なら大勢殺した。
けれどまだ、人殺しは初めてだったはずなのに。
仕掛けてきたのが相手が先だからか、それとも目の前で分かりやすく死なれなかったからか。
(そうか。もうこの世界に、精神的にも適応して来たってことか)
俺は、ここに来て違う意味の事実を噛み締めながら先を促した。
「行こう。今のを見ていたなら、しばらくは安全のはずだ」