表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/106

第十四話「城」

「へっ――ざまぁ見やがれ」


 マスターに勘定を払い、兵士と共に連行される直前だった。

 店の外に居た昨晩のセクハラ男が、態々聞こえるような声で吐き捨てた。


「なんだ、セクハラ野郎か」


「セクハラ? 奴は情報提供者だが……」


 兵士が眉を潜めるので、遠目で見ているギャラリーにも聞こえるように言ってやる。


「人の連れの尻を酔っ払っている振りして触る、屑のような男のことだ。気をつけろよ。奴は背後からいきなり酒瓶まで投げつけた挙句、殴りかかってくるような男だからな」


 聞いていたギャラリーがヒソヒソと話、男が顔を真っ赤にする。


「大方、殴り返されたのを根に持って適当に俺を件のエルフ扱いしたんだろう」


「……おい貴様、随分と話が違うようだが?」


 兵士の男が、セクハラ男に詰め寄ると男は言った。


「お、俺はレベルホルダーのエルフが居るって言っただけだ! 勝手に勘違いしたのはそっちだぜ!」


「貴様……」


 兵士が眉を吊り上げて詰め寄ると、その男は群衆の中へと尻尾を撒いて逃げていった。


「よく分からんが、これで疑惑は晴れたか」


「いや、どのみち確認のためにお前を連れて来いとお達しだ」


「まさか俺をそのエルフとやらにして、ありもしない罪をでっち上げる気か?」


「そうではない。ただの別件だ」


「別件?」


「いいから付いて来い、こら見世物じゃないんだ。散れ散れっ」


 通り掛かりのギャラリーたちを追い払うようにしながら、兵士たちは俺とロングソードさんを連行した。




「ここだ」 


 兵士が俺を連れて入った先は、何故か城の錬兵場らしき場所だった。

 石造りの堅牢な壁に囲まれたその建物は、季節と訓練している兵士や騎士たちのせいでかなりの熱気がある。

 戸惑いを隠せない俺を他所に、兵士は屈強そうな騎士たちが陣取る場所へと向かう。そこでは、どっしりと構えた老練な騎士に手解きを受けているエルフの少年が居た。


 遠くから識別してみると、どうやらアデルというハーフエルフらしいことが分かった。別にそれはどうでもいいのだが、その少年がどうやらかなり位の高い人物であるらしいのがいただけない。


「少し待て」


 言うなり、兵士たちの隊長らしき男が一人、俺たちを残して向かっていった。

 俺は、周囲から突き刺さる好奇の視線に当たり前のようにストレスを感じながらしばらく待ったが、中々訓練は終らない。

 兵士が声を掛けたとき、騎士と少年がこちらを見たがその後はまるで捨て置け、と言わんばかりの態度で続けられている。


「時間の無駄だが……帰っていいか? 今日中に都を出る予定だったんだが」


「も、もうしばらくお待ちください」


 兵士も少し居心地が悪そうな顔で耳打ちしてくる。


「どうにも、今指導してらっしゃる方は時間まではきっちりとやり抜く頑固な方なので」


「だからって限度があるだろ。せめて別の落ち着いた場所とかで待たせてくれないか」


 呆れながら言うと、兵士も居心地の悪さは感じていたらしく、庭へと続くらしいドアを開けて外に連れ出してくれた。


「いつもあんな様子なのか」


「ええ。近々、アデル王子が遠征に赴かれますので余計に熱が篭っておられます」


「……遠征?」


「王族の慣例と言いますかね。十四になると、男ならゲートタワー周辺にレベル上げに赴かれるようなのです」


「なるほど、だから訓練にも熱が入るのか」


 何かの拍子に死なれても困るからだろうが、しかしなぁ。

 納得できる部分はないではないが、やはり呆れの感情が先に来る。


「それで、なんで俺が王子様に呼ばれたんだ」


「ご友人であるマクシミリアン卿のお孫さんから、貴方についての手紙を貰ったそうでして。アッシュと名乗るクォーターエルフを探すようにと言われていました」


 ……マーク、お前は一体どんなことを書いてくれたんだ?

 妙な名前に進化していく偽名とあわせて、俺の顔はきっと引き攣っていたに違いない。


「その手紙とやらに、アラハッシュ・モロヘイヤと書かれていたのか」


「いえ、そこまでは分かりません。ただ王子は噂との名前の差異を聞いて苦笑しながら、我々に命令されました」


「じゃあ、あの時モロヘイヤかと聞いたのは?」


「あれは隊長の趣味です。ちなみに、あの男の通報のおかげで貴方を発見できました。理由はどうあれ、あの下賎な男も役立つものですね」


 次に会ったら、あのセクハラ男をどうしてくれようか。

 やはり燃やすか。

 全力全開のレヴァンテインさんで。

 晴天の空に誓いながら、俺は不機嫌なまま唇を引き結んだ。




 恐らく、二十分は経過しただろうか。

 庭をぼんやりと眺めていた俺は、となりでぼんやりとしていたロングソードさんにぶっちゃけた。


「だるいし帰るか」


「私はどちらでも構いませんよ」


「も、もうしばらくお待ちください」


 下っ端の兵士さんも大変だ。

 待たせている手前俺に横柄な態度を取るわけにもいかず、かといって訓練の邪魔をすることもできない。

 多分だが、ここで俺が帰ったらなにか言われてしまうだろう。

 まぁ、それでもやっぱり帰りたいと思うわけだが。


「いやぁ、そうは言うがもう俺たちのことなんて忘れてる頃だろ」


 ドアから錬兵場を覗き込めば、まだやっていた。

 模擬刀だと思わしきもので打ち合っている姿が見える。

 それは何故か終る気配がまったくない。

 威勢の良い声と共に、少年が突きかかっているがそれを指南役は持っている剣で軽々しくいなし、弾き飛ばしていく。

 一生懸命さは伝わってくるが、何分俺には関係が無さ過ぎる。


「どうして分からないかなぁ。無駄に心証を損ねれば損ねるほど、相手が何もしてくれなくなるってことが。俺はこの国の人間でさえないんだぞ」


 依頼内容に想像はつくが、当然聞いてやる義理も無い。

 向こうの都合は理解したが、兵士に連行させてきた時点で既に心証は最悪である。

 その上で待ちぼうけだ。

 これが他国とのお偉いさんとの会議だとかなら理解できるが訓練である。

 こちらを馬鹿にしているにも程がある。

 いや、この時間を無駄にするかどうかは俺次第でもあるのか。


「ふむ」


 チラリと、兵士を見る。


「なぁ、この中で剣が一番得意な奴は誰だ」


「は? それは隊長でありますが」


「暇だから呼んできてくれ」


「は、はぁ……」


 どうすることもできない哀れな中間管理職の隊長殿は、部下に言われて外にでてくる。


「何か?」


「時間を無駄にしたくないから、この国の剣術をレクチャーしてくれ。あんた、この中じゃ一番上手いんだろ?」


「お、俺がか!?」


 いきなり指名された隊長が、一瞬だけ困った顔をしたが彼は苦笑しながら頷いてくれた。

 俺は一応城の入り口で剣を取り上げられているので、それに気づいた彼は錬兵場から模擬刀を取ってくると手解きしてくれた。


 まず、素振りからである。

 言われた通りにしてみるがどうにもやりにくい。


「こうか?」


「あんた……まさかド素人なのか?」


「完全に我流だ」


 何せゲームで培った動きしか俺は知らないのだ。

 セオリーも何も知るわけがない。

 しかもゲームにはスキルがあった。

 現実的にはありえない動きを強制する物も多く、それとあわせて武器を振るい、戦って体で覚えるのがプレイヤーだ。


 偶に、明らかな剣道やフェンシングなどの経験者らしきのも居たが、彼らは確かな技術を持っているせいでかなり強かった記憶がある。

 だが、だからといって普通のユーザーたちも負けっぱなしではない。

 対策はそれぞれ編み出されていったものである。


 例えばそれは、先に上げたスキルや、ステータスの振り方によって生じる数値の強弱などといったものを利用した戦術だ。

 その中でも特に俺が多用したのは、剣道やフェンシングには存在しない盾という防御手段である。


 かつてドワーフだった俺は、回避を捨て重厚な鎧と大きな盾で攻撃を受け止め、動きが止まった後を攻めるような手堅い戦法で立ち向かった。

 途中で必中スキル持ちの武器が手に入ってからは必中投擲戦術に切り替えたが、基本は防御した後の隙を狙ったカウンター攻撃だ。


 ここでそれがまったく通じないなどということはないと思うが、この世界の対人戦闘技術を知るチャンスであろう。

 是非この機会に知っておきたい。

 特に、兵士たちが持っている剣はポピュラーな装備だ。

 きっと無駄にはならないはずだ。


「我流なぁ。じゃ、もしかして剣以外も振りまわすタイプだったりするのか?」


「そうだな。槍でも槌でも関係ない。普段は左手で盾を持っている」


「んー、どちらかといえば騎士たちに学ぶべきだと思うが……基本だけだぜ」


「助かる」


 錬兵場の外、一般の兵士に剣の基本を習う。

 この体、転生特典とレベルだけはあるのでスペックは高い。

 かつては苦手だった素早い動きも、この体ならできるだろう。

 問題はそれを生かす術を俺が知らないということか。


 隊長殿は、俺が左手で盾を使うということを前提に片手剣の扱いを指南してくれた。

 中々丁寧なその指導は、部下を率いている隊長としての経験故か。

 終わらない中の訓練を待つ間、ロングソードさんに見守られながら俺は修練に励んだ。しばらくして武器娘さんたちに習えばよかったのだと気づいたが、生の兵士の戦いを知るのも悪くは無いと思いそのまま続けた。


「……あんたのその腕力と体力は素直に賞賛するよ。よし、ついでに両手持ちもいくか」


 片手剣の型を習い、そのついでに両手持ちでの型も習う。

 気づけば、いつの間にか隊長殿の部下も俺に倣って剣を振っていた。

 ぎこちない俺と比べればスムーズに剣を振っている。

 なんとなく悔しさのようなものを感じたが、年季の差なのだからしょうがない。

 俺はそのまま訓練に没頭した。

 途中、先に部下三人が休憩。

 俺だけが振り続けていると、兵士の一人が言った。


「た、隊長、王子の訓練が終ったようです。ですが――」


「どうした、まさか怪我でもされたのか!?」


「いえ、その……もう錬兵場にいません」


「……帰っていいか?」


 怒りのあまり、笑顔で剣をブルンブルンと振り回してしまう俺。

 隊長殿は顔を引き攣らせると、俺の剣が生み出す風圧に前髪を揺らされながらとても困った顔をした。


「で、できれば会ってからにしてくれないか」


「……あんたたちが悪いわけじゃあないか」


 隊長殿や兵士たちには、名前以外の落ち度はないと思う。

 寧ろ、引きとめるために手解きしてくれた。

 俺は訓練の手を止めると、模擬刀を返還。隊長殿とその部下三人の面子を立てるためだけに、案内されながら城内へと向かった。




 兵士たちを追ってアデル王子に会いに行った俺たちは、途中で騎士たちに遮られた。


「ここから先は限られた者しか入れないんだ」


 警備のためであることは一目瞭然だ。

 隊長殿は騎士に言付けると、騎士が頷き連絡を伝えに走った。

 しばし待っていると、すぐにアデル王子と指南をしていた老騎士がやってくる。


「す、すいません。お待たせしま――」


 申し訳無さそうな顔で走ってきていた王子が、俺の眼前で盛大にこけた。

 足を引っ掛けるような物は無く、何も無い通路だ。

 なのに頭からもろにいった。


 これは痛そうだ。俺はその様を見て戦慄した。

 間違いない。

 こいつは、ドジ属性持ちという奴に違いない。


「あいたたた……」


「王子、精進が足りませぬぞ」


 老騎士が、王子に手を貸そうとする騎士を手で制し自ら立ち上がらせる。

 そこから教育方針の硬さが窺える。溜まっていた毒を抜かれた俺は、鼻頭を押さえながら立ち上がった王子に軽く会釈した。


「貴方が、マークを助けたというクォーターエルフのアッシュさんですね。お会いできて嬉しいです」


「はぁ……」


 感激ですとばかりに、王子は俺の手を取った。

 デコを真っ赤にさせたままで。


「シモン、ご苦労でした。任務に戻ってください」


「はっ!」


 敬礼をすると、シモンと呼ばれた隊長殿は部下共々去っていく。


「どうぞ、ついてきてください」


 どうやら、部屋で話したいようだ。

 護衛も兼ねているらしい老騎士と共に後を追い、適当な部屋へと入る。

 そこは、どうやら王子の部屋ではないらしく何かの会議室のようだった。


 円形のテーブルが中央にあり、沢山の椅子が並んでいる。まるで円卓とでも形容するのが相応しいだろうか。

 ここには俺たちの他に人影はなく、四人だけしかいない。

 一応索敵をしてみるが、少なくとも近くに誰かが居るような反応はなかった。


「どうぞ座ってください」


 ガチャリと、老騎士が鍵を掛ける音を聞きながら手前の椅子に座ると王子はゆっくりと対面の椅子に着席。その横には、老騎士が座らずに立つ。


「――さて、まずは礼を言わせて貰うぜアッシュ」


 瞬間、それまで王子にあった外面が剥がれ、テーブルにはどっかりと両足が置かれた。


「行儀が悪いですぞ」


「痛っ!?」


 嗜めるように、背後から拳骨が落とされた。

 ここまで聞こえるほどのゴツンという音が、王子の頭蓋へのダメージを心配させる。


「まったく、今日何回目の注意ですかな」


「くっ、視界にいないからうっかりしたぜ」


 腹黒そうなのに、格好つけただけでドジるってなんだ。

 生まれて初めて生で聞いた「うっかり」発言に、目の前の少年の本質が分からなくなりそうだった。猛烈に拳骨されたあたりの茶髪を摩るその姿は、非常にお間抜けだ。


「くそっ、これだからレイモンド爺はうざい――ぐふぁっ!?」


「行儀だけでなく口も悪いようですなぁ王子。高貴なるお方はウザイなどと言ってはなりません。少なくとも客人の前では」


 二発目の拳骨で、もう王子はぐったりだった。

 少年はテーブルに突っ伏しながら、痛みに苦しむ顔で俺を見上げた。

 威厳や権威などそこにはない、ただの涙目だけがそこにある。


「い、痛そうですねあれ」


「ああ、あれは痛いな」


 痛い以外の表現が生憎と見つからない。

 無言で助けを求める王子をロングソードさんと一緒に黙殺しつつ、レイモンドと呼ばれた老騎士を見る。

 老いを感じさせる白髪交じり長髪だが、纏っているのは重そうな全身鎧。腰に佩いた長剣は、なんとなくだがアーティファクトのような気もする。

 剣の指南をしていたことからも、その腕前は疑うべきではないのだろう。


 対して、涙目王子はといえばとても屈強そうには見えない。

 茶髪のややカールした髪を必死に摩りながら、必死に痛みと戦っていた。

 マークと比べれば男らしい顔つきをしていたが、それでもエルフの血が端整さを彼に与えていた。

 だが少し前の妙にキラキラとしていた雰囲気は完全にない。

 裏表が激しいタイプなのかもしれないが、どうにもレイモンドさんのせいで悪餓鬼臭さが拭えない。


「――さて、まずは礼を言わせて貰うぜアッシュ」


「アッシュさん、やり直すみたいですよ」


「……らしいな」


 足を下ろし、涙を拭った王子は俺たちの感想を無視してキリリとのたまう。


「マークは俺の子分みたいな奴だ。だから礼を言ってやる。ありがとうございました!」


「ど、どうも」


 背後から無言で拳を振り上げたレイモンドの気配を察してか、王子はテーブルに頭を叩きつけ兼ねない勢いで頭を下げた。

 その目が背後の様子を伺うかのように泳いでいたが、礼は礼だ。

 素直に受け取ることにする。


「さて、礼を済ませたところでそろそろ本題に入るぜ。レイモンド爺」


「はっ」


 老騎士は頷き、お堅い表情のままで説明する。


「率直に言えば、二つ程お願いがございます。その一つは、ここにおわすアデル様の遠征時の護衛です」


「是非ともお断りさせてもらいたい」


 率直に言われたので、こちらも率直に返す。


「……おい、まだ具体的な内容は話していないぞ。はっ、まさか忘れていたのを根に持っているのか!?」


「勿論です」


「そ、そりゃあ俺だって悪いとは思ったが、そもそもレイモンドが……」


「――申し訳御座いません。全てはこちらの落ち度です。それに関しては謝罪を」


 潔く頭を下げるレイモンドは、しかしその上で続ける。


「実は、ここだけの話ですが圧倒的に訓練時間が足りないのですよ。この国の王族の慣例については?」


「シモン隊長に聞いたが、訓練が足りないというのであれば止めるべきじゃないのか」


「そうしたいのは山々ですが、やらないと貴族たちに舐められますので」


「とても面倒なことだが、王族というのはレベルホルダーでなければならんのだとよ」


 嫌そうな顔を隠さず、アデルは肩を竦める。


「軍事なら将軍にやらせれば良いし、政治は大臣にでもやらせれば楽ができると思うが、その両方の手綱を握る器量が求められるんだとさ。些か面倒ではあるが、これも王子に生まれてしまった者の務めだな。逃げられるものなら逃げたいが――」


 チラリと後ろを振り返る彼を、レイモンドが怖い顔で微笑んで迎撃する。

 王子には逃げ場はない。

 がっくりと肩を落とす彼は、縋るような目を向けてくる。


「――とまぁ、俺は逃げられないわけだ。しかもそれだけじゃなくて、頭の痛い悩みもいくつかある。本当、どうしてこうなったんだかなぁ」


 遠い場所を見るような目で天井を見たかと思えば、王子がテーブルに突っ伏す。

 まるで見えない重みに押しつぶされたような有様だ。

 きっと、俺には分からないもので本当に彼は押し潰されそうなのだろう。


「とはいえ俺がやるしかないんだからやらねばならん。子分も居るし、そのためにはどうしても貴様の手を借りたいのだ。マークが言うには相当に強いんだろう?」


「ティラルドラゴンにハンターモモンガ、後者はともかく前者を子供を抱えたまま倒すというのは並大抵の力量ではできますまい」


「その腕を見込んで、ということだな。アッシュ、褒美は望むものをくれてやる。だからこの通りだ。手伝ってくれ」


「全力でお断りします」


「貴様ぁぁぁ! 俺がこれだけ頼んでいるというのに!」


 ダンッと、両手をテーブルに叩きつける王子が立ち上がる。


「短気はダメですぞ王子」


「こら離せレイモンド爺! ええい、何故だ! 何故首を縦に振らんのだアッシュ!」


「一つ、とても面倒くさい。二つ、手を貸せば貴族に睨まれる。三つ、この国は裏でエルフを売り買いしていると聞いたので俺の身が危うい。パッと思いつくだけでこれだけ断る理由がある。受けるならこの三つをどうにかしてもらいたいかな、と正直に言おう」


「待てい! 一つ目はどうにもならんではないか!」


「じゃ、せめて残り二つだけでも最低限どうにかしてもらわないと」


 そもそも、とても疑問に思うことがある。

 何故、俺みたいな素性がよく分からない奴に協力を依頼するかだ。マークの手紙だったとしても、俺が信用できるかなど分からないだろうに。


 俺たちの間には信頼関係も何も無い。

 問題が起こったときに責任を取らされてもことであるし、受けない方が良い。


「話が終わりならそろそろ帰らせてくれ」


「お待ちくださいアッシュ殿」


 席を立った俺を、レイモンドさんが止める。


「二つ目と三つ目に関して少し検討していただきたいことが」


 アデル王子を座らせながら、彼は言う。


「現在、アヴァロニアからの裏工作が進んでいましてな。王家に敵対する連中はその影響にあるのです。また、エルフ族の売買などもそれに絡んでくる案件であります。それらをどうにかするために一つ協力していただきたい」


「……なに?」


 役々嫌な予感がしてきた。

 顔に出ただろう驚きを見てか、レイモンドは畳み掛けてくる。


「アーティファクトを持つ王の側室メリッサ。この方がどうにも魅了の魔法を使うのですよ。並の者では近づくだけで骨抜きにされてしまうのです」


「女という奴は怖いな。親父などエルフの美女に弱いから、抵抗できずにコロリだ」


 後は分かるな? とでも言うような顔でアデル王子が座りなおしながら頬杖を付く。

 状況がよく分からないが、アヴァロニアについては良い噂はまったく聞かない。

 なので長期的に見ればこのまま放置するべきではないのだろう。


 俺自身の理性はその可能性を簡単に想起させている。

 単なるお国の事情ですまないのであれば、さすがに考えないわけにもいかないか。


「……二人は大丈夫なのか?」


「俺もやばいが、レイモンドによく拳骨されるせいかすぐ正気に戻るんだよ。おかげで記憶が良く飛ぶ」


「私はレベルホルダーの上、陛下からアーティファクトを預かっておりますのでどうやら耐性があるようですな。もしかしたら、歳のせいかもしれませぬがね」


 一応、二人を識別し直して見るが状態異常らしき情報までは分からなかった。

 ただ、レイモンドさんのレベルが50であることには驚いた。

 王子の指南や護衛をするに相応しい高さを持っているということだ。しかし、それなら王も抵抗できるような気がしないでもないのだが。


「王もレベルホルダーなんだろう。抵抗できなかったのか?」


「抵抗する気がないんだよあの馬鹿親父は。甘えた声を聞くとすぐデレデレしくさりやがる。おかげで母上が正妻のままで居られるかさえ、最近じゃ怪しくなってきたんだぜ」


 ハニートラップという奴なのだろうが、とんでもない話だ。

 しかも俺だって男なのだ。

 抵抗できるかどうかは未知数でしかない。

 一応、状態変化無効のリングをつけているとはいえ、ゲームには存在しなかった魅了効果が防げるかは分からない。


「なら本当の依頼はその人をどうにかするのを手伝えって事か?」


「そうなりますな。そしてそれには相応の準備が必要でございます。ただ排除するだけではなく王の目も覚まさなければ意味がない上に、彼女は手駒を常に周囲に配置している。簡単なことではありません」


「そうやって手をこまねいている間に、俺が十四になっちまった。親父には後継者が今のところ俺しかいねーし、討伐にかこつけて抹殺する絶好の機会ってわけだな」


 魔物にやられたと見せかけて亡き者にされるということか。

 魔物討伐隊の中に、骨抜きにした貴族でも兵士でも入れておくぐらいはできるのだろう。

 だが――、


「――解せないな。別にこのタイミングでなくても良かったはずだ」


「貴族は全員レベルホルダーだぜ? レイモンドと同じで抵抗できる奴は居る。特に大物連中の中には王家は純粋な人間であるべきだって奴も居た。そういう奴はどうも毛嫌いしてるせいか効きにくいみたいなんだよ。そいつらだって馬鹿じゃない。調べたらあの女がアヴァロニアの奴だって分かったから抵抗している。派閥作って対立したりしてな」


「したがって今現在、側室派、王子派、貴族派で三つ巴といった有様です。この状況下ではあの女狐も迂闊な真似はできません。奴らにとっては傀儡としての王の政権の方が御しやすいのでしょうから、暴発させたくはないのですな」


「だが、今のままでも十分にこの国にダメージは与えられる。例えばエルフ関連がそれだぜ。俺がもっと小さい頃は、母上を娶ったせいでエルフ関係の人権もかなり向上したし、奴隷売買関連の諸々を禁止にする方向でまとまりかけていたって聞いた。が、今じゃ白紙扱いの上に更に流れが加速しかけている。政治に軍事にと色々邪魔してくれるぜ。どうやらアヴァロニアはこの国をかなり重要視しているらしい」


 ユグレンジ大陸の最東にあるこのヴェネッティーと、西側をほぼ支配したアヴァロニア。

 この世界の学が無い俺にはいまいちまだ分からないところではあるが、この東西を繋ぐルートを生かしてアヴァロニアがヴェネッティーを支配することができたなら、大陸の両端から侵略できるようになる。


 別にアヴァロニア名義でなくても良いのだ。

 というか、その方が連中としては動きやすいかもしれない。

 王家を押さえ、一国を裏で支配し、大陸東側の結束に水を刺すだけでも西からの侵略の間接的な手助けになる。ちょっかいをかける旨味はあるわけだ。


「ちっ――」


 舌打ちを一つし、腰元をまさぐる振りをしてインベントリから瓶を取り出す。

 そのアイテムの名は『万能薬』。

 大抵のRPG系ゲームで登場するため、その名前だけを聞けば効能が一発で分かる不思議アイテムだ。

 案件が案件だけに、放っておくと後々良からぬことになりそうだ。

 これはどうにかするべきだと、俺の理性は判断した。


「アデル王子、これを飲ませるかぶっかければ王が一時的には正気に戻るかもしれないが、どうする」


「本当か!?」


「効果があるかは分からない。ただこれが効くならその魅了とやらを防ぐ道具を用意できるかもしれない。報酬の追加でこの依頼を受けるかどうか考えるがどうする」


「いいだろう。もうこのさい背に腹は代えられん。欲しいものを言え!」


「じゃあ、まず一つ目だ」


 まずこれだけは外せないことがある。

 身を乗り出す王子に向かって俺はすまし顔で言った。


「これから俺のことをアッシュとは呼ばず、アラハッシュ・モロヘイヤと呼べ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ