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第十三話「ヴェネルクの噂」

――海運国ヴェネッティーの王都、ヴェネルク。


 さすがとでも言えば良いのか、湾の内側にはバニスタよりも更に巨大な港を有していた。その港もさることながら、最も特徴的なのは都を巡る水路だろうか。


 流れが穏やからしく、渡し舟のようなものが客を乗せていくつも行き交っていた。

 埋め立てて作ったのか、偶々そうだったのかはわからないが、街にはいくつも橋がかかりまるで水上の街とでも言うような風情を醸し出している。


「のんびりできるといいけどなぁ」


 バニスタを出てから緩やかに旅をしていた俺は、心の底から呟く。それを聞いただろうロングソードさんが、隣でなんとも言えない顔をした。


「アッシュさん、色々な人に間違われて大変でしたね」


「だな。誰だよ、騎士と剣士を従えた正義の男、アラハッシュ・メサイアって」


 何故かは知らないが、胡散臭いクォーターエルフの噂が今は巷を賑わせている。

 本当、なんでだろうな?


「ねぇ聞いた、東の村で出たんですって」


「あら何がです、お隣の奥さん」


「アラハッシュとかいう誇り高い正義のクォーターエルフ様よぉ」


「噂ではこのご時世に世直しの旅をしていらっしゃるそうよ」


 奥様方が、数人集まって井戸端会議をしていた。

 手提げの買い物袋片手に何やら盛り上がっている。


 噂の拡散は驚天動地のスピードだ。

 単純に船やらすれ違った馬車に乗っていた者たちが徒歩の俺を抜き去りバニスタ経由の噂話として広げたからだろうが、何故こんな異常なまでに広まっているのだろう?


 情報インフラの整備も満足にされていないはずなのに、口コミだけの噂話は途方も無い勢いで尾ひれを付けている。


 曰く、アラハッシュ・メサイアとかいう胡散臭いエルフが侯爵家の跡取り息子の妻と子が売られそうになったのを知り、自ら買い取って奴隷にしたらしい。

 いや、奴隷にしたんじゃなくて正義感から救おうとしていたらしい。後で追ってきた旦那と戦い、互いにその剣の腕前を健闘を称えあって代金のアーティファクトを受け取らずに友情の証として献上、旅に出た。

 またあるいは、寝取って駆け落ちしようとして怒れる愛妻家の旦那に防がれた……などなど、色々とバリエーションがある。


 他人事だからか、皆適当なことを言っているのが実に滑稽だ。

 しかしショートソードさんとエクスカリバーさんの風貌から当たりをつけて、俺がアラハッシュ某ではないかとヒソヒソ話を途中の村でされた。

 なのでロングソードさんの出番であったが、それでも最近は人間を連れたエルフの男を見ると、アラハッシュかと問う者が出ているようだった。


「もし、そこ行く旅のエルフ殿。まさか、アラハッシュ殿では?」


「何度も言わせるな人間。人違いだ!」


 通りすがりのエルフの男性が、迷惑そうな顔で答えて雑踏の中に消えていく。

 俺は、それを見て驚いた。

 なんで兵士が動いてるんだよ。


「あれ、どういうことなんでしょうか」


「分からない。なんだ、アラハッシュとやらは犯罪者か何かなのか?」


 さすがに、これにはロングソードさんも不思議そうにしていた。

 俺はフードを目深に被ったまま、彼女に腕を組んでもらって一刻も早く宿を探すことにする。


 これは擬態だ。

 噂のアラハッシュとやらは人間を従えているらしいのだから、こうして仲良くしていれば目を欺けるだろう。


 勿論、ブレストアーマーが邪魔だなんて思ってはいない。

 イシュタロッテもインベントリに引っ込めミスリルソードに変えている。

 アーティファクトなど所持していないから、無理やりに検分されても問題はない。完璧な偽装工作だ。


 そのまま俺たちは適当に歩き、とある酒場兼宿屋へと入る。

 昼間のピーク時ということもあり、人が多い。

 テーブルがほとんど満席だったが、隅っこのカウンター席が丁度空いたのでそこに座り、適当に料理を注文した。


 しばらくのんびり食事をしていると、とある一角にボードがあることに気づいた。

 何やら体格の良い者たちが確認しては出て行く。

 中には張られた紙を持っていく者もいた。


「マスター、あれは依頼書か?」


「そうだよ。ギルドを仲介した奴じゃなくて民間用のだね」


「傭兵ギルドの依頼と何か違うのか」


「ギルドは国営だろう。ああいうのは大抵、お国や金持ちの商人のためのものなのさ」


 酒場の依頼書は仲介料が取られないそうで、懐の寂しい者はそちらを使うらしい。

 旅行用の護衛依頼から、国を経由したくない連中が使うそうだ。

 誰が始めたかは定かではないが、おかげでボードを置いてある店は客足が良いのだとか。


「最近は……そうだね。アラハッシュとかいう腕の立つエルフを引きこみたいから探して欲しいという依頼が多い」


「腕が立つ? というか、引きこみたいってどういうことなんだ」


「その彼、なんでもティラルドラゴン百匹を相手に大立ち回りできるレベルホルダーで、アーティファクト持ちだって噂だよ」


「な……なるほどな」


「いくらなんでもうそ臭いけど、本当なら凄腕だ。だから傭兵団は元より、雇いたいって貴族様が動いてるようだね。そうだな……最近だと、兵士も探してるみたいだよ」


 誰だよ、五倍以上に話を膨らませた奴は。

 出所はきっとマークだろう。

 あいつが家族や使用人に喋ったそれに尾ひれが付いて流れたのだろうが、それにしたって尾ひれどころじゃない。

 噂には背びれまできっと生えているに違いない。


「おかげでエルフ族の男たちがイラついてるようだね。お客さんも気をつけなよ」


 一人一人声を掛けて人海戦術で探すつもりなのだろう。まぁ、写真なんてないようだし、名前だけだと探しようがない。

 似顔絵もどうせそこまで精巧ではないだろうし、エルフ族の容姿は人間には分かり難い。俺の正体を知るマークなどでなければ大丈夫だろう。俺は勘定を済ませるとマスターに訊ねた。


「宿を取りたいんだが、部屋は空いてるか?」


「ええ。少しお待ちください」


 マスターが台帳を持ってやってくる。

 俺は『アッシュ』と名前を書くと、一泊分前払いしてから部屋へと向かった。




「どうも街を出歩くって雰囲気じゃないな」


「大変ですね」


 ツインのベッドに腰掛け、ロングソードさんが言う。

 それに同意しながら、俺はまず部屋をチェックした。

 窓を開け放ってみれば、下の通りでは相変わらず兵士が動いているのが見える。


「これじゃ、買出しに出ても質問攻めにされてしまうな」


 面倒くさいことだ。

 カーテンを揺らす潮風をそのままに、部屋のチェックに戻ると風呂をみつけた。

 一応バスタブらしきものはあるが、湯を張るための水道施設は当たり前のように無い。

 別料金ということかもしれないが、俺には関係ないのでさっそく水を張り、レヴァンテインさんを取り出して湯に変える。


 旅の食事中に気づいたことだが、どうやらゲーム時代よりも細かく火力を変えられるようだ。また、刀身に火を付けたり消したりもできるらしい。

 武器にして良し、火をつけて良し、擬人化させて良しと三拍子揃ったレア武器だ。なんとなく声を聞きたくなったが、何があるとも限らない。それはまた今度にすることにして、風呂を浴びることにした。

 部屋に戻り、しっかりと鍵が掛かっていることを確認すると、俺はロングソードさんに声を掛けてから入浴する。


「はぁぁ、やっぱり浸からないとなぁ」


 水や湯で汗を拭うだけでは物足りない。

 疲れないはずの体だが、こうして湯船に浸かるだけでなんだか疲れが取れるような気がしてくる。

 しばらくそのままでいると、自然とこれからのことが頭を過ぎっていた。


 最終目的は安住の地を探すことだが、その間にイシュタロッテの覚醒とエルフの森に向かって生存報告をすることが決まっている。

 さすがにあのまま音沙汰なしだとラルクも精神的に嬉しくないだろう。

 後は、ナターシャがちゃんと森の外に出たかや、ハーフエルフの件も気に掛かる。


「ナターシャはともかく、ハーフエルフはまぁいいか。後は……」


 モンスター・ラグーンを思い出す。それにより必然的にあの戦鬼とアーティファクトのことが思い出された。


「念神に想念……だったか」


 俺はインベントリの中から、あの金棒型のアーティファクトを探す。

 どうやらちゃんとインベントリの中にドロップ品として収納されたらしい。

 だが、アレは明らかに危険だ。

 擬人化して話せるか試したい気もするが、まだ踏ん切りは付かなかった。


「あー、やめだやめだ。考えたってしょうがない」


 自分に言い聞かせるように呟き、湯で顔を洗った俺はそうして風呂を出た。




「誰か来ましたよ」


 ベッドで昼寝をしていた俺は、ロングソードさんの柔らかな声で目覚めた。


「……誰だ?」


「とりあえず、鍵を開けずに待ってもらってます」


「分かった」


 この街に俺の知り合いなどいない。

 せっかく心地よい気持ちで寝ていたところを起こされたせいで地味に苛立ったが、念のため装備を纏うとミスリルソードを鞘ごと握り締めドアへと向かう。

 鍵を開けドアを開けると、兵士らしき男が立っていた。

 意味が分からない。


「……何か? アサラッシュやらアラハッシュだかの人違いなら間に合ってるんだが」


「その口ぶりだと、やはり人違いか」


 どうやら件の噂のためらしい。


「よくは知らないが、ここに来てからずっとそんな感じでね。噂のエルフの男、何か犯罪でもしたのか?」


「成りすまし犯が出てな。話のついでに無銭飲食やら何やらをする不届きな奴が居るらしいのだ」


 その兵士はそう言うと、俺の持っていた武器に視線をやる。

 後ろでは、他にも兵士がおり、剣に手を掛けているのが見えた。


「その武器、見せてもらっても?」


「ああ」


 ミスリルソードを差し出す。

 兵士が鞘から抜いて確認すると、頷いて返してくる。


「本物はアーティファクトを持っているらしい。そちらのお嬢さんの剣も見せてもらえるか」


「好きなだけ確認してくれ」


 そちらも確かめてもらい、しっかりとアーティファクトではないことを確認した兵士たちは「協力ご苦労」とだけ言って出て行った。


「まったく、面倒な」


 誰が通報したかは知らないが、迷惑な話だ。


「賞金が掛かってたりするんでしょうか」


「さすがにそれはないと思いたいな」


 それなら街中のエルフの男が集められていてもおかしくはない。

 ただ、あの口ぶりでは成りすまし犯人じゃなくて本物を探しているような感じだったが……気のせいか?


「なんにしても、さすがに二回も来ないだろう。このままもう一眠りするよ」


 鍵を掛け、装備を脱いで服に着替えた俺はもう一度ベッドに倒れこむ。

 どうやら旅の疲れは相当に俺を蝕んでいるようだ。

 肉体的にではなく、精神的に。




 夜、妙に喧しい人々の声で目が覚めた。

 この部屋は二階だったから、下の階の酒場からの声だろう。

 夕食を抜く気は無かった俺は、起きようとして気づいた。


「……」


「あ、起きましたね」


 気づけば、何故か俺は彼女を抱き枕にしていた。

 鋼色のロングポニーテールが解けられ、シーツの上に広がっている。

 一瞬、誰だかわからなかった俺は、優しい目をしている彼女に目を瞬かせてしまった。


「ど、どうしてこうなった?」


「うなされていたので、添い寝して安心させてあげようと思ったんです」


「そしたらこうなったのか」


「はい」


 穏やかな笑顔で言うと、俺の後頭部をあやすように彼女が撫でた。

 どうやら、ずっとそうされていたらしい。

 なんだ、このこみ上げてくる猛烈な恥ずかしさは。


 別に寝顔を見られるぐらいどうでもいいが、しかし……この体勢はなんだ。

 羞恥心に無駄に火が付いているぞ。

 すぐさま彼女の胸元から離れた俺は、ベッドから降りると脱ぎ去っていたコートを羽織る。彼女は俺の行動から外に出ることを察したのか、髪留め用の紐を軽く口で銜えながら、髪を纏め、いつもの髪型へと戻す。その姿が妙に様になっていて、横目で見ていた俺をドキリとさせる。


「ところでアッシュさん、期末テストという魔物はそんなに手強いんですか?」


「ん、んー、まぁ、手強いというか……構えない奴はいないだろうな」


 学生の学力を数値で格付ける強敵だ。

 けどなんでファンタジーな世界でそんなどうでも良いことでうなされなければならないのだろう。

 普通ならこう、魔物の大群に囲まれる夢を見るとかじゃないのか?


「そろそろ夕食を食べに行こうか」


「美味しいといいですね」


 すっかり準備を整えた俺たちは、部屋を出て一階の酒場へと降りた。

 声の量から想像はしていたが、大した賑わいだった。

 ビールだかエールだか知らないが、沢山の人が飲み食いしている。

 まだテーブル席もそれなりに空いてはいるが、これからの込み具合から考えれば相席になるかもしれない。それが嫌だったのでカウンター席に向かおうとしたのだが、途中にあったボードの前で足を止めた。


「ふーん……確かに民間の依頼者ばっかりだな」


 パッと見た限りでは護衛依頼が多い。

 街から故郷の村へと帰るためやら、ギルドで依頼の仲介料金をケチりたい行商人と思わしきものなどが目に付く。

 他には引越しの手伝いの募集などといった変り種や、○○をとってきてくれ、などというような採取依頼まであった。


「何か受けるんですか」


「いや、どんなのがあるかなと思ってな」


 路銀を稼ぐ手段は多い方が良いが、態々こういう依頼で稼ぐよりは討伐依頼の方が興味がある。

 インベントリに大量に眠っているモンスター・ラグーンのドロップアイテムもそうだ。どこかに持ち込んで売れないかと考えながら、カウンター席で注文。夕食を取る。


「お客さん、ちょっといいかい」


 食事中、昼間に話したマスターが声を掛けてきた。


「あの噂のエルフ、どうして探されてるのか分かったよ」


「懸賞金でもかかってたのか?」


「いや、どうやら国が近々北の山にあるゲートタワー周辺の魔物討伐に向かうそうなんだだよ。だから助っ人に呼ぶつもりなんじゃないかな」


「傭兵たちが探してるっていうのもそのせいか」


「ギルドではもう数日前から参加者が募られてるらしいよ。いつも本格的に夏に入る前と、冬の前頃に討伐があったんだけどね。いや、すっかり忘れてたよ」


 グラスを磨いていた手を止めマスターは、後頭部をかきながら小さく笑った。


「情報ありがとう。情報料といっちゃなんだけど、代わりに二人分の酒を追加で頼むよ」


「ははっ、律儀なお客さんだ」


 名前を出さずに注文したせいか、エールらしきものが出てきた。

 あまり好みではなかったが、アルコール特有の酩酊感がまったく感じられないことに俺は気づいた。不思議に思っていると、ふと指につけていたミスリルのリングを思い出す。


 きっと、状態変化無効の効果だろう。

 一応ロングソードさんのステータスも確認しておくが、武器娘なのでやはり効果はないらしい。酔われても困るので助かるが、これでレヴァンテインさんに酒を飲ませても安心であることが分かった。

 そんな酔う程に飲ませる理由もないが、マップ全域攻撃スキルをいきなり使われる心配などしなくていい情報は十分に収穫と言えるだろう。


「そろそろいくか」


「はい」


 混雑する程度には人も多くなってきた。マスターに勘定を払って立ち上がる。

 そうして、階段を目指して歩いているとロングソードさんから小さな悲鳴が上がった。


「きゃっ」


「どうした」


「えと、今……誰かがお尻を触ってきたんですけど」


 振り向いた彼女の前には誰も居ない。

 だが、近くにあからさまに怪しい奴は居た。

 仲間らしき一団は何故か、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて俺に視線を向けている。

 俺は彼女の肩を抱くようにして去り際に、彼女を慰めるように、しかし連中にも聞こえるように言ってやった。


「どうせ、真正面から口説く勇気もない屑の仕業だろう。ほら、行こう」


 言いながら階段を目指して歩き始めると、後ろからドッと笑いが起きるのが聞こえた。

 二、三歩歩いた頃だろうか。

 いきなり俺の後頭部に何かが飛んできた。

 それは、当たるとすぐに運動エネルギーを失って重力に捕まったらしく、石造りの床に落ちて甲高い音を響かせた。


 喧騒を凌駕する高音。

 酒場に居た人々の耳朶に届いたそれは、明らかに一瞬の静寂を誘発した。


「だ、大丈夫ですか?」


「掛かった酒が鬱陶しいが、それだけさ。きっと投げた奴は屑の上にとても貧弱なボーヤなんだろう」


 相手をするのも面倒なので、毒だけ吐いて階段を目指そうとした次の瞬間、今度は椅子が勢い良く倒れた音がした。

 さすがに振り返ってみれば、顔を真っ赤にした傭兵らしき男が居た。

 顔の火照りが酒のせいだけではないことは明白だが、明らかに空気が読めていないのが痛々しい。

 それだけであれば良かったのだが、酔った勢いか他の客が囃し立て始めた。


「おっ、久しぶりの乱闘か!」


「あのエルフ、相手が傭兵だってわかってねぇぞ」


「かまやしねぇよ。エルフ野郎の端整な顔ごとぶっとばしちまえ!」


「どいつもこいつも他人事だと思いやがって……」


 勝手に盛り上がる酒場。

 娯楽に飢えたハイエナ共が、他人の不幸を肴に酒を飲む。

 部屋まで着いてこられても面倒だと考えた俺は、ロングソードさんを背後に下がらせて拳を握った。


 どうやら、俺は自分で思うよりもかなり腹が立っているらしい。

 目の前に立つ酔っ払いのセクハラ行為に瓶投げ、そして客から巻き起こる乱闘コール。

 他人事なら可哀想で済むが、いざ自分たちの身に降りかかるとこんなにも頭に来るものだとは今日までまったく知らなかったぜ。


 こちらに来てからの旅のストレスも影響していたのかもしれない。

 そこに、コレクターとしての怒りと男としての矜持があっただろうか。

 嫌に沸騰する頭の中、それでも相手を識別することだけは忘れてはいなかった。

 ナターシャよりかなり低レベルであると看破できていることもあってか、指を手前に引いて相手を挑発した。


「舐めやがって、ぶっとばしてやるぜ!」


 相手は、腰元に剣を佩いていたがさすがに抜かなかった。

 酔っ払い男は、その顔の色とは裏腹に酔いなど感じさせない足取りで踏み込んでくる。


「おらぁぁ!!」


 ドスの効いた声だった。

 リアルの俺なら、間違いなくビビってたに違いない。

 けれど、今の俺には些か迫力に欠けていた。


 魔物やあの戦鬼と比べればどうということはない。

 顔に右拳が飛来してくるが、俺はそれを無造作に左手で受け止めた。


「なっ、てめぇ……まさかレベル――」


 男が、酔いから醒めたような顔をしたが、もう遅い。

 俺はそのまま一歩右足を踏み込むと、右拳を腹にめり込ませた。

 瞬間、男の体が呆気ないほど簡単に浮き上がった。


「ぐ、がぁ……」


 だが、右手を俺の左手が押さえていたために吹き飛べない。

 そのまま、腹を押さえたまま床に崩れ落ちるように倒れ込む。


「やっぱり貧弱じゃないか。剣を抜かなかったことだけは評価するが、せめてマナーぐらい守って楽しく飲め。いい歳なんだから周りに迷惑だって分かるだろ」


 倒れ伏した男は、今にも吐きそうな顔のまま悶絶して動かない。それを放置して、俺はロングソードさんと共に酒場を後にした。

 背後から、無責任なギャラリーたちが一撃で蹲った相手を肴に酒を飲み始める声が聞こえたが、もう完全に無視だ。


 部屋に戻った俺は酒を洗い流すとロングソードさんに風呂を譲ってから寝た。

 すると翌日、朝食を取っていた俺たちを兵士たちが囲んだ。


「我々と一緒に城まで来てもらおうか。アラハッシュ・モロヘイヤ!」


 ネタは上がっているんだぞ、とばかりにドヤ顔で言ったその兵士の顔が妙に印象的であったが、この時の俺は当たり前のように首を傾げた。


 モロヘイヤって……誰だ?


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