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第十二話「ブラックヒストリーヒサモト(上)」

 昼前頃だった。


「命を助けてくださり、本当にありがとうございました」


 目覚めた金髪の少年は、俺が用意したバナナを二本程平らげた後、改まった様子で礼を言ってきた。

 その言葉遣いは丁寧であり、妙に育ちの良さを感じさせる。

 線は細く、どこか中性的。

 女装でもすれば騙される奴が出てきそうだ。


「さすがに目の前で死なれると寝覚めが悪いからな」


 その真っ直ぐな礼を苦笑いで受け止めると、俺は乾いた服を差し出した。


「一応、乾かしておいた」


「すいません……」


 服を受け取った少年は、見られていることに気づいて恥ずかしそうにしながら着替え始める。まぁ、男の俺ならともかく武器娘さんたちに見られているとさすがに感じる者もあるだろう。

 慌てて服を纏うと、貸していた服を返却してくる。

 それを受け取り、インベントリに収納しようとして思いとどまった俺は、適当に畳みながら尋ねた。


「それで、やはり乗っている船が嵐で難破でもしたのか?」


「はい……」


 少年は沈んだ顔をしながら、尋ねてくる。


「その、ここはどこですか」


「分からない」


「えっ」


「俺たちもある意味遭難しているようなものだ。ここが孤島だろうとしか分かってないが、後ろに陸地があるから一生ここで過ごす心配はないぞ」


 境遇の説明にだけは言葉を濁し、少年の背中を指差す。


「この景色、見覚えがありますよ。良かった、ヴェネッティー付近の海域です」


「それは街の名前なのか?」


「いえ、国名です。海運国ヴェネッティー……ユグレンジ大陸最東の国ですよ」


 ナターシャからは聞いていない国名だが、大陸は聞いたそれと同じだった。

 エルフの国は、確かそのユグレンジ大陸とやらの東側にあるらしい。

 この大陸はどうも東西に非常に長く伸びていて、確か最東から船で進めば同大陸の西側に出ると聞いた記憶がある。

 同時にそれはこの世界『クロナグラ』ではもう世界の端が繋がっているということが認知されているということでもあった。


「エルフの国はどこにあるか分かるか?」


「えっと、隣国を一つ越えた先だったと思います」


「意外と近いな」


 どちらにせよここが大陸最東の国なら、旅をするにしても西に行くわけで、寄っていくのも吝かではないだろう。

 さすがにゲートを封鎖すると言っておいたのでラルクも応援を連れてモンスター・ラグーンに向かうとは思えない。

 けれど、無事を知らせても罰は当たるまい。


「やっぱり、貴方は森に向かう途中なんですね」


「なんだったら連れていこうか?」


「それには及びません。僕の家はヴェネッティーにありますから」


「となると君ははぐれか」


「あ、いえ、僕はクォーターです。母がハーフエルフなので……」


「そう……か。まぁ、帰る家があるなら送っていこう。どうせついでだ」


「すいません」


 恐縮そうに頷く少年は、そこでふと名を名乗りながら手を出してきた。


「僕のことはマークと呼んでください」


「分かった。俺はアッシュだ」


 差し出された手を握り返し、握手を交わす。

 何故、見た目小学生高学年程度の少年と握手を交わす羽目になっているのかは正直分からないが、きっとそういう文化なのだろうと納得しておく。


「それで、その、周りのお姉さんたちは……」


「俺の仲間だ」


「そう、なんですか。皆さん、お美しい傭兵さんたちですね」


 どういう意図の発言か測りかねるが、少年は皆にも挨拶していく。

 傭兵と判断したのはやはり持たせている武器のせいだろう。

 ニッコリと笑んでいるところは根が素直な証か、それともただの外面か。

 俺にはそれを判断する材料が無いが、少なくとも非武装の子供だ。

 警戒するのも馬鹿らしいと思った俺は、体調を尋ねる。


「体はもう大丈夫か?」


「はい、ちょっとダルさを感じますけど歩けます」


 強がっている風ではないので、体調に関してはとにかく安心することにして、俺は出発する旨を伝えると、マークは生き残りは他にいないかと問いかけてきた。


「探索してみないと分からないな」


「そう……ですか」


 可能性が無いわけではない。

 海岸を一周でもすればもしかしたらということはあるかもしれない。

 とりあえず先に草に突っ込んでいたいかだを皆で抱え上げ浜辺へと下ろす。


 空から見た感じでは、それほど広いようには見えなかったように思う。

 軽く見回る程度なら別にしてもいいか。


「半日もあれば一周して回れる……か?」


 その際、マークを連れて行くという選択肢は無い。

 さすがに溺れて目覚めてすぐ歩けというのは酷だ。

 他にも誰かここに遅れて流れ着いてくるかもしれない。

 探索組みと護衛組みに別れるとしよう。


「俺とタケミカヅチさん、後は……ショートソードさんで海岸を一周してくるから、残りはここで待機していてくれ。魔物は居ないとは思うが、気をつけておいてくれ」


 コートの背中に両手を回し、水の入った瓶とバナナを一房マークに渡す。


「君はここで休んでいてくれ」


「僕も行きます」


「いや、無理はしないでいい。体調を万全にして脱出に備えていてくれ」


 倒れられても困るのでやんわりと断り、三人で駆け出した。




「誰もいないねーアッシュ君」


 走り続けること十数分。

 俺たちは何も発見できないまま海岸線を走っていた。

 一応『索敵』を使用しながら移動しているが、反応はない。


「木切れやら衣類、酒の瓶などが流れ着いていますね」


「漂流物があるから、人が居ても可笑しくはないと思うんだがな」


 浜辺から誰かが上がったような足跡もなく、海にも人影のようなものは浮かんでいない。

 この世界の船というのがどの程度のモノかさえ俺は知らないが、少なくともある程度は遠洋に出られるぐらいには航海技術が発達していることだろう。


 動力船なんてものがあるとは思えないが、ゲートの装置を見れば何かファンタジー的なモノがあっても不思議ではない。

 或いは、千年前のラグーンズ・ウォー時代の異物とかどうだろう。

 古代文明の遺産などがあったらと思うと、妙にロマン脳が刺激される。


 ただ走る。

 その際、やはり身体能力の劇的な向上が確認できた。

 レベル三桁の恩恵は凄まじいらしく、今ならラルクのようにニ・三階程度ならジャンプできそうだ。

 しかし、好調な俺の状態は捜索に一切の影響を及ぼすことは無かった。

 それから一時間近く走っても生き残りなど一人も発見できなかったのである。


「どうでした?」


「誰も見当たらなかった。君とは別の方角に流されたのかもしれないな」


「そう……ですか。南の大島か、どこか別の島に流れ着いていてくれれば良いのですが」


「……親か?」


「はい」


 あまり踏み込むつもりはなかったが、彼はポツポツと話し始める。


「ヴェネッティーの南の海に、国内でも有数の観光地でもある大島があるんです。そこから父と帰る途中、僕たちは急な嵐に遭遇してしまって……」


「そう……か」


 聞いたところで何をしてやれるものでもないが、吐き出すだけで楽になることもあるかもしれない。ポツリポツリと話す少年を言葉を、俺たちは黙って聞いた。


「なら、捜索してもらうためにも早く向こうへ渡らないといけないな」


 俺に言える気休めの言葉は、そんな程度だった。

 見上げていたマークは無言で頷き、目じりに浮かんだ涙を拭った。


「よし、そうと決まれば出航だ」




 いかだの真ん中にマークを乗せ、手作りのオールを持った俺たちは海原へと漕ぎ出した。


「中々難しいな」


 波に揺られるイカダの上で、慣れないオールを漕いでいく。

 海岸まで二キロメートルもないと思うが、このペースが速いのか遅いのかさえ分からない。

 やはり全員に経験がないので大変だ。これならもしかして泳いだ方が速いんじゃないかとさえ思ったが、二十分ぐらい過ぎた頃になんとかコツらしきものがつかめて来た。


「気持ち悪くはないか」


「大丈夫です」


 船酔いの心配はないらしい。武器娘さんたちも気持ち悪がっている風ではないので大丈夫だろう。

 それにしても、だ。

 不規則に揺らめく波の上を手作りのいかだで挑むだなんて、正直俺のライフプランには無かったことだ。それを憂う気持ちが無いとは言わないが、黙々と漕いでいるとなんだか全てがどうでもよくなってくる。


 今の俺が気にするべきことは、このいかだの耐久力と危険な海の生物ぐらいだ。

 マーク少年曰く、魔物は海には基本的に出てこないがサメは偶に出るらしい。

 それ以外では毒の針を持っている魚や蛇なんかも一応は居るそうで、正直情報を聞く限りでは泳ぎたくない。


 やはり、実体が分からないというのは恐怖だ。

 この世界に対する無知さ加減が悲しくなってくるが、こうなったらできる限り先を見据えて備えるようにして生きるしかない。


 むう。

 これは地球日本だろうが異世界だか別の惑星だかでも通じる真理じゃないだろうか?


「ふっ、世界を支配する法則を一つ悟ってしまったか」


 格好つけて呟くが、やっていることは肉体労働と水棲生物の脅威からの逃避だ。

 少しばかり情けない気がしないでもないが、生きていく上での教訓としようか。


「そうだマーク。カルナーン地方って知らないか?」


 イシュタロッテに縁のあるはずの土地である。

 地上を旅する上で、彼女を目覚めさせるために探しておきたかったので聞いてみた。もっとも、そんなことをせずともモンスター・ラグーンで戦い続けた方が早いかもしれないが。


「カルナーンですか? 確か、アヴァロニアのどこかの地方だったような気がします」


「よ、よりにもよってか。よく知ってたな」


「ヴェネッティーはアヴァロニアと東の海で繋がっていますから。貿易じゃ、お得意様ですよ」


「両国の仲は良いのか」


「今のところは悪くはないはずです。ただ、あの国は余り良い噂は聞きません。耳に入ってくるのは戦争の話が多いですし、それに……」


 少しだけ言葉を濁し、少年が言い淀む。


「それに?」


「その……エルフの人たちが奴隷として高値で買い取られているって話を聞きました」


 なるほど、それは確かに俺には言い難いだろう。


「アッシュさん、その、一応は気をつけてください。ヴェネッティーはエルフの人権が表向きには守られていますが、貴族の間で今は貴方たちの血を取り入れることが流行っています。僕の母はハーフエルフですけど、アヴァロニアへ連れて行かれる途中で父に見初められて買われたと話していました。でも、ハーフだったので家じゃあ肩身が狭いんです」


「ハーフでは価値が半減……か」


「片方がどこの誰のものかもわからない血であることと、寿命が薄れるからだと、そう言われています。馬鹿馬鹿しい発想だと思いますけど、そういう人が多いんです」


 不老長寿への嫉妬か、それとも美しさへの妬みか。

 どちらにしろ聞いていて面白い話ではない。

 言っているマーク自身からでさえ、自嘲するような暗さが滲み出ている。

 クォーターエルフだから、か。

 四分の一だけエルフであるこの子は、そのせいで色々とあったのだろう。


「忠告、ありがとう。揉めないように気をつけるよ」


 相手から難癖付けられた場合は、袖の下でも考えるとしよう。


――ってダメじゃん。


 よく考えたら俺は、まだこの世界の金を持っていない。




 ゲーム通貨をどうにか金に変えられないかと悩みながら、オールを漕ぎ続けた。

 夕方にはなんとか浜辺へとたどり着くことができたので、素直にホッとした。


「ツクモライズ一号……世話になったな」


 言いながら、用済みとなったいかださんと別れる。

 浜辺に打ち上げられたままのそいつは、夕暮れの光に照らされて哀愁を漂わせていた。

 心の中に生じた感慨を胸に、今日は浜辺で野宿をすることにする。

 焚き火用の木を集め、マークにはアーティファクトの効果だと説明してレヴァンテインさんに火を着けさせる。

 初めてみるそれに驚いた彼は、しきりに感心していた。


「わぁ、個人でアーティファクトを複数所有しているなんて凄いですね!」


 国や貴族、有名な商家などを除けば、傭兵団や名の知れたトレジャーハンターぐらいしか持っていないのだという。


「トレジャーハンターの知り合いが居るんだ」


「どんな名前の人なんですか?」


 そこは内緒だと言って誤魔化すと、勝手にマークは納得してしまった。


「やっぱり内緒にしないと狙われてしまうんですね。聞いたことがありますよ」


 話を聞いていた武器娘さんたちは、皆空気を読んで口封じのバナナを食べていた。

 その間、どこからともなく野菜と肉を取り出して調理する俺は仕切りにアーティファクトの珍しい魔法だと連呼して誤魔化す。


 そもそも、説明の仕様が無い。

 おかげで物を収納できる魔法が使える剣だとイシュタロッテが勘違いされてしまった。


 夕食は肉が多めの野菜炒めだ。

 塩コショウが効いていて、まぁそれなりに食えた。

 マークは文句を言わずに食べ、浜辺に強いた布の上で早めに寝た。

 俺は、彼が寝たのを確認した後にエクスカリバーさんを連れてツクモライズ一号へと触れてみる。


「おお、インベントリに入ったぞ」

 

 まるで、置いて行かれるのは嫌だとばかりに消えてしまう。

 中々に愛い奴だ。


「我が主、これが本題ですか」


「いや、普通に相談したいことがあってな」


 別に他の娘たちに内緒だというわけではないが、このまま全員を連れて旅をするのはどうかと思ったのだ。


「連れ歩く人数を減らそうと思う」


「具体的には?」


「二人、ないし三人だな」


「ショートソードとロングソード、そして我の誰かですね」


「察しが良くて助かる」


 この三人は見た目もあわせてそれほど異質ではないため、その身体能力以外では特に不自然なところが無いはずだ。

 逆に、メインで擬人化させることが多いあの二人は少し事情が違う。

 レヴァンテインさんは髪が燃えるし炎を纏う。

 タケミカヅチさんは雷を纏う。

 うっかり全力での戦闘をしてしまったときなどはきっと目立つはずだ。


 エルフたちのところでは何も考えていなかったわけだが、これからは色々と自重していく必要がある。トラブルを招かないためにも気をつけておくに越したことはないだろう。


「アーティファクトとやらのせいにして誤魔化し続けるのは、確かに限界がありますね」


「おそらく俺がエルフって事実だけで確実に目立つと思うんだ。その上でアーティファクトを持ちすぎるとトラブルを呼びかねない。だから武器のグレードも落とそうと思う」


 幸い、俺は魔法鍛冶師<マジックスミス>のスキルを持っていた。

 材料なども死に戻り時の金対策で買い込んであるので用意できる。


「反対する理由はありませんが、あの少年にはどう説明を?」


「起きる前に、先に知り合いのところに行かせたといえばどうかな」


「不審には思うかもしれませんが、無難でしょうね」


 武器についても同様だ。

 アーティファクトは必要が無いからイシュタロッテに仕舞ったとでも言えばよい。


「主、これは苦言ですがあまり嘘を多用するのはよくありませんよ」


「他に説明のしようがないからなんだが……」


「やはり、ドワーフ時代とは違いますね。これも転生の影響でしょうか」


「そう、かな」


「あの頃は私たちをもっと覇気のある姿で指揮し、その成長を何よりも喜んでいて下さりました。けれど、この世界に来て貴方は少し変わってしまわれたように思います」


 変わったのだろうか?

 態度はともかく中身は同じはずなのに、彼女は真っ直ぐに澄んだ瞳で続ける。


「勇猛さが薄れ、また我らが同胞のレベル上げを放棄しています。ただ、その分我らを重用し、頼って下さることは嬉しく思いますが……」


「つまり、軟弱になったと?」


「我らが主なのですから、もっと胸を張り堂々として頂きたいというのが希望です」


「……難しいことを言う。胸を張るには何よりも自信が必要だ。正直に言うけど、俺は今の状況を心の底で嬉しく思う一方で、同時に当たり前のように恐怖しているんだ。あの頃のようには、さすがに難しい」


「そう……ですか」


「無知からくる弱さが……いや、単に俺の本質が出たってところだろう」


 余裕が無い。

 端的に言えばそれに尽きた。

 こうして、NPCとして決められたプログラム以上の行動を取るという制約から解放された彼女たちと接することは喜びだ。


 カンスト武器は俺の好みによって選定され、沢山ある武器の中からお気に入りとしてレベルアップを優先させられている。


 そんな彼女たちが人間のように振る舞い、俺を慕ってくれるのはとても嬉しい。

 だがそれが当たり前だとは妄信できず、取り巻く環境が変わりすぎて怖い。

 ここには攻略情報があるゲーム内ではないし、知らないことばかりの異世界だ。

 だから無限転生オンラインをプレイする『プレイヤー』としての俺ではなく、リアルでの俺がこんなにも顔を出している。


 おまけに一部は何故か神様扱いで、エルフのはずが廃エルフ。

 頭が可笑しくなりそうな状況の中、逃避するように今を生きている。


「弱いなら、強くなれば良いでしょう」


「そうだな。そうなりたいと、俺も思うよ」


 こんな息苦しい生活を永遠に続けるなんてのは、俺は絶対に耐えられない。

 だから適応するために時間が欲しい。

 そう、言ってしまいたくなるのは、これもまた弱さ故なんだろうか?


「……申し訳ありません」


「どうして謝るんだ」


「今、貴方にとても困った顔をさせてしまいました」


「なら俺も謝るべきなのかもな」


 言われて、キョトンとした彼女は逆に問い返す。


「それは……何故です?」


「今、俺は君をとても困らせているみたいだから」


 そうだ、何故気づかなかった。

 俺が当たり前のように状況に戸惑うように、彼女たちも戸惑わないわけがないのだ。


 NPCとしてしか動かないはずの彼女たちの変化は、リアル補正の影響だかなんだか知らないけれど、まるで本当に器物に魂が宿った付喪神のようじゃないか。その変化は当然のように彼女たちを変えているはずだ。俺だけが怖いのではないだろうに。


「なぁ、エクスカリバーさんもこの世界が怖いか?」


「そう……ですね。それは否定できません。あの鬼のような強敵が現れ、またいつ我らを襲わないとも限りません」


 その胸の内は、当然のように俺には分からない。

 俺は今の彼女たちを知らない。知らな過ぎるほどに識らない。


 けれど、そう。

 この弱さを克服するために、これから沢山のことを俺は知ることができるのだ。

 立ち向かうことができるのだ。


「じゃあ、一緒に弱さを克服するとしようか」


 この奇妙な現実に勝てる日が来るのかどうかは分からないけれど、やられっぱなしじゃ頭に来る。だったら、所持する者を勝利に導くという聖剣と、ここで約束しておくのも良いかもしれない。


「長い戦いになりそうだが、最後まで付き合ってくれるだろ。エクスカリバー」


「勿論です。我が銘に懸け、必ずや主に勝利を――」


 大仰に、しかし冗談のような声色を一切含まない顔で彼女はそう言ってくれた。

 外していた兜から靡く髪が、潮風に揺らされて靡いている。

 けれど視線はとても真っ直ぐで、その眼差しが「貴方ならできます」とでも応援してくれているようだった。


 だから、俺はその姿を見て思ったのだ。

 彼女がモチーフにされたであろう彼の騎士王の聖剣『エクスカリバー』。

 その持ち主は、鞘を盗まれて失ってから徐々に窮地に陥ったという。


 俺はその話が何故か教訓のように思えてならない。

 なら絶対に彼女<聖剣>との約束<鞘>を、この不可思議な現実に盗まれてしまわないように気をつけよう。


 剥き出しのままの俺が弱いと彼女が言うのだ。

 このままではきっと碌なことにならないに違いない。

 俺はそんな未来をこの先に呼ぶなんて嫌だ。

 だから、せめて胸を張って生きられる程度には強くなりたいと思った。




「おはようございます」


 朝、俺の調理の音で目が覚めたマークが、寝床から起き出して来る。

 貸し出していた少し大きめのレザーコートを引きずりながら、不思議そうに当たりを見回している。


「おはようマーク。いない三人なら、先に旅に出させたぞ」


「え、ああ……時間が勿体無いから……ですね」


 また何か深読みし、一人でマークは納得したようだった。


「別にお前の足が遅そうだからとか、そういうことは考えてないから気にするなよ」


「は……はい……」


「我が主、その言い方だとマークが余計に気にすると思いますが」


 エクスカリバーさんがなんともいえない顔で言う。

 ショートソードさんは「ほえ?」とばかりに小首を傾げているが偉い違いだ。


「そ、そうか。おほん。誓って言うがそんなことは考えてないぞ」


 そもそもそんなことさえ俺は考えていなかった。


 言われてみれば確かにそうだ。

 この少年を連れて歩くということは、移動範囲や速度が自ずと制限されるということじゃないか。察しが良さそうな彼はそれに気づき、それが心苦しいのだろう。


「なに、疲れて動けなくなっても俺たちが背負うか担ぐかすればいいだけだ」


 ミョルニルさんや全身鎧と比べれば軽いものだ。

 足が遅いなら、俺たちでカバーすればいい。

 相手はレベルホルダーではないただの子供。こっちが気を使ってやらなければな。


「えと、はい。その、色々すいません……」


「はぁ……」


 気を使った俺に、またも聖剣少女がため息を吐く。

 どうやら減点らしい。


「その、エクスカリバーさん。言いたいことがあったらどんどん言ってくれればいいぞ」


「いえ、それには及びません。きっと我が主は自分で理解してくれるはずだと信じていますので」


 どうやら、弱さを克服するための修行は始まっているらしい。

 何かが違うような気がしたが、俺は頷いて料理に励んだ。


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