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第十一話「ラグーンスコッパーの休日」

「――修理用の情報なんかはない……か」


 ポップして近づいてくる魔物の相手をするのが面倒になった俺は、ラグーンを焼きながら塔へと戻っていた。

 とりあえず一階に陣取り、タケミカヅチさんとレヴァンテインさんを擬人化。

いつもの装備を持たせて警備してもらい、その間にゲートのマニュアルらしき石碑を読んでいたのだが、求めた情報は皆無だった。


 バッテリーコアを勢いに任せて壊さなければ良かった、などと後悔がやってくるがもう後の祭りだ。

後ろではなく、前を向くために考えよう。

 このまま一生モンスター・ラグーンを焼きながら余生を過ごすなんて俺は御免なのである。うんうんと唸りながら、何か手は無いかと模索する。


「やはり外周から飛び降りるしかないのでは?」


「んー、それは考えたんだけど結界ってのがあるらしいんだ」


 ラグーンを覆うそれは、内部を楽園へと変える大事な要素らしい。

 それには生物の内外の出入りを遮断する機能と、中の温度や光を調整するようにもされているとも聞いた。だから、世界の空を浮遊して彷徨うラグーンは温度変化による環境の激変で滅びることはないそうだ。


「壊れるまで焼く?」


「無理だと思うぞ。レヴァンテインさんをもう俺は五十回以上ここで使ったんだ」


 このラグーンのどこかに結界を展開している装置があるとは思うが、それがどこにあるかなどはマップにも表示されない。

 ラグーンはそれなりに広大だ。

 それに地表ではなく地中に埋め込まれていたり、ラグーンの大地の下側などに仕掛けられていたら破壊のしようが無い。


「では、もう穴を掘るしかないのでは?」


 タケミカヅチさんは掘り抜けろと言いたいようだ。


「やっぱり、それしかないか」


「まずは外周まで移動するべきでしょう。真下に掘るよりは早く済むはずです」


 そうして、俺たちは焼け野原にハイキングに出た。




 外周部までたどり着くには、数日程掛けさせられた。

 その原因はやはり、ラグーンの広さと永遠と無尽蔵にポップしてくる魔物のせいである。

 鬱陶しくなればレヴァンテインさんで焼くのだが、奴らは生憎と無尽蔵。

 レベル上げには最高の環境だが、生きるという意味においてはモンスター・ラグーンは過酷に過ぎる。


 そもそも、不可抗力とはいえ森や草花まで焼き払ったので隠れる場所など無きに等しい。

 利口な奴らは力を感じ取るのか仕掛けてこないが、頭が悪そうな雑魚に限って攻撃を仕掛けてくる。もし俺たちが疲弊しない体でなければ、消耗させられて終っていた気がしてならない。


「アッシュくーん、そろそろお願いー!」


 ショートソードさんがバルムンクを豪快に振り回しながら泣き言を言う。

 大剣が振り回されるその度に、醜悪な顔をしたゴブリンたちが吹き飛んでは消えていくのでまだまだ余裕はありそうに見えるが、周囲は完全に魔物に囲まれていた。


「我が主、ハイオークも様子を見ているようですよ」


 ハイエナよろしく消耗させてから、などと考えているのだろう。

 スコップで土を掘り返していた俺は、中々進まない穴掘りに辟易しながらも頷き、皆を近くに寄せて擬人化を解除。

 レヴァンテインさんで一掃し、すぐにまた皆を擬人化してスコップ作業に精を出す。


「ああもう、地味に面倒だぞこれは」


 しかも、少しばかり掘る程度ではダメらしい。

 無色透明な結界様は、直ぐ下の地面を掘っても掘った穴を塞ぐのだ。

 だから、結界と接地していない箇所に穴を開けるためにも、斜め下に掘りぬけるしかなかった。


 つるはしで硬い地面を砕き、スコップで土砂をかき出して掘っていく。

 かき出した土砂を、レヴァンテインさんが流れ作業で外へと運ぶ。

 残りは護衛だ。


 数時間後、なんとか掘りぬけた俺の眼前には海が見えていた。

 きっと、ただ見下ろして絶景を楽しむだけならもっと違った感想を抱いたのだろうが、俺は当たり前のようにがっかりした。


「出る準備はできても、周りに海しかないってなんなんだよ」


 薄々、気づいてはいたのだ。

 そもそも外周部にたどり着いた時点で海しか見えていなかったのだから、穴を空けた程度でいきなり景色が変わるわけがない。


「やっぱり、陸地が見えるまではここで延々と魔物の相手をしないといけないわけだ」


 項垂れながら穴から出た俺は、当然のように奴らをイシュタロッテ覚醒のための供物にした。




「アッシュさん大変です。起きてください!」 


 一週間後。

 ロングソードさんの声で仮眠を終えた俺は、連日の戦闘のせいもあって飛び起きた。


「敵か!? 終焉の――」


 寝ぼけて、手元のイシュタロッテで使えないスキルを行使しかける。

 そんな俺の視界の向こう、ミョルニルを振り回していたレヴァンテインさんが、夜襲を掛けてきたらしいハイオークを吹き飛ばして近づいてくる。


「出番?」


「ああいや、どうも寝ぼけてたらしい」


「ん」


 こっくりと頷き、戦闘に戻るレヴァンテインさん。

 その背中は少し残念そうだ。

 しかし、見渡しても周囲では苦戦しているような様子はない。


「アッシュさんほら、そっちじゃなくてあそこですあそこ!」


 ロングソードさんが指差す方を見る。

 すると、俺の意識は完全に覚醒した。


「陸地か!?」


 ポツポツと、闇夜の向こうに光が見える。

 どれだけの距離があるのかがいまいち分からないが、それでもアレはきっと火の明りに違いない。

 こみ上げてくる衝動のまま、自然と両の拳を握り締めた俺は、偶々近くに居たロングソードさんを抱き上げてその場で思わず振り回してしまった。


「よく見つけてくれた!」


「あ、あのー、見つけたのはエクスカリバーさんですけど……」


「そうか、よし!」


「わ、我が主? いきなり何事ですか!?」


 頷いて彼女を鎧ごと抱え上げ、やはりクルクルと回って喜びを表現する。

 それを隙と見たのか、ハイオークが剣を掲げて突っ込んでくる。

 と、そこへタケミカヅチさんがなんとも言えない表情で割って入ってくれた。


「アッシュ様、利敵行為ですよ」


 俺は敵を蹴り上げようとした足を下ろし、笑顔で振り返った彼女に無言で頷くとエクスカリバーさんを解放して咳払い。


「あー、おほん。喜びの余り取り乱してしまった。その、すまないな」


「いえ、それは良いのです。ただ、二人だけでは終わりませんよ」


 見れば、ショートソードさんとレヴァンテインさんが敵をあしらいながら寄ってきていた。二人が何かを期待するようにこちらを見ている。


「お、おう?」


 俺は、その視線に耐え切れずに順番に抱え上げてハイオークの前でクルクルと回った。

 勿論、観戦していた魔物は全員燃やした。 




 陸地を発見したとはいえ、夜間飛行はさすがに危険だ。

 しかもウィングスーツは滑空しかできないので飛行距離には限界がある。

 そのため、俺は逸る気持ちを抑えながら夜明けを待った。


 そのおかげか、陸地までの間はやはり海であることに改めて気づいた。

 喜び勇んで飛んでいたら、陸地にたどり着けず海に着水していた可能性があっただろう。

 けれど今は朝日のおかげで視界も良好。

 着地点の目処もつけた。


 マップが示す通りなら丁度北に陸地が見えているのだが、都合よく開けた浜辺があったのだ。

 そのすぐ北にはこんな朝早くから馬車が通っている街道らしき道が見える。

 浜辺ならまだ安全に着地できるだろう。


「これがきっと、レヴァンテインさんのスキルを使える最後の機会になるな」


「ん」


 これれだけ景気良く使えたのは久しぶりだが、最後にもう一度だけレヴァンテインさんでラグーンの魔物を焼き払う。

 そうして、ウイングスーツを身に纏った俺はしっかりとゴーグルをつけて穴から飛び出した。


 やはり、ラグーンが高高度を飛んでいるのは間違いない。

 飛び出してから改めて感じたが、かなり高度がある。


「さすがに風が強いな……ん?」


 北に向かって飛んだ俺だったが、そこで思わぬ事態に巻き込まれた。


「ちょ、ちょっと待てぇぇ――」


 東から、猛烈な風が吹いてきたのだ。

 北に飛んだはずの俺の体が無理やりに西へと運ばれていく。

 気流だかなんだか知らないが、広げた手足の間にある膜が凄まじく煽られてしまう。

 咄嗟に高空だと流されると判断し、手足を閉じ低空へ。

 しかし、この判断が裏目に出た。


「――不味い。今度は飛距離が足りなくなった」


 目標としていた場所まではまだ数キロメートルはありそうだった。

 止む無く俺は、その手前にあった小島へと進路を変える。

 ただ、このままだと浜辺を越えてしまう。

 中途半端に遠泳などしたくはない。

 勢いを上手く殺せばなんとか距離を減らせるはずだと信じて空を泳ぐ。


 悪戦苦闘がしばらく続き、それでもなんとか予定通りの位置に着くことが出来た。

 高度が低下するなか島の木々を飛び越えて浜辺へ。

 みるみる内に水面が迫る。


 幸いなことに、岩が多いような地形ではなかった。

 大きく減速しつつ足から水面に着水。

 けれど、やはり勢いがある。

 おかげで数回程海面を転がるようにしての落着だ。海の中に沈みながら、俺は泳ぐのに邪魔な装備をインベントリへ収納して海面に顔を出す。


「ぷはっ……」


 どうやら、なんとかなったようだ。

 北に陸地が見える。

 ここがどこで、いったいどの国に当たるのかさえ知らない。

 けれど、俺はこうして地上へと帰還することができたのだ。

 そう思うと、不思議な程に笑いがこみ上げてきた。


「ははっ。くくく、あははは!」


 今思えば、着水の瞬間に相当にビビっていたように思う。

 HPゲージを意識するも、ダメージらしいモノは負っていない。

 普通の人間だったらどうなっていたかなど分からないが、しかし、無事なのだから良しとしよう。


 振り返り、とにかく島に上陸するべく泳ぎ始める。

 泳法は高校の授業以来の平泳ぎだ。

 焦ることなくのんびりと浜辺へと向かい、遂に上陸。

 白い砂浜へと下着一枚の姿で倒れこむ。


「くぅぅ。生きてるって素晴らしいなぁ」


 ここ最近ずっと魔物に狙われるような生活をしていたせいか、この開放感がたまらない。

 確か、エルフの森当たりは初夏に入る前あたりだったはずだ。

 脳裏を過ぎるマップには当たり前のように反応が無い。

 一応念のため索敵してみるが、周囲に敵の反応は無かった。


「そうだ、今日はもうここでのんびりするか」


 戦い尽くめだった皆を鍛冶スキルで手入れをし、それから擬人化。


「今日はここでのんびりしようかと思う。皆も好きに休んでくれ」


 宣言し、顔を見合わせる彼女たちを尻目に俺はさっそく行動を開始した。


 やはり、まずは拠点作りだろう。

 そのためにそれなりの大きさの石を集め、浜辺にちょっと丸いコの字型に配置。

 さらにその中心に軽くスコップで軽く穴を掘る。

 これはかまどだ。

 その上にネタ装備の鍋とその蓋を取り出しておくと、次は適当に流木を集めて剣を鉈代わりに使って小さく斬り、穴に入れておく。


 よくよく考えれば朝食を食べてなかったのだ。

 インベントリと相談しながら、メニューを考える。

 俺には凝った料理など作れないし、今できるのは焼くか煮るかだけだ。

 少しばかり考え込んでいると、皆が俺の周囲に集まってきた。


「その、我が主、我らは何をしたら良いでしょうか」


「なにをって……そうか。皆は武器だもんな」


 遊びや休むといった概念が根本的に彼女たちには欠如しているのだろう。


「んー、泳ぐとかってさすがに無理か」


 元が金属だから普通にカナヅチかもしれない。

 教えたら泳げそうな気もするが、料理をする必要があるので付きっ切りでの相手はできない。


「そうだな。例えば……」


 インベントリから布を取り出し、浜辺に敷き詰め石で押さえる。


「この上でごろごろするとか、したいことをしてくれていたらいいんだが……」


「分かりました。では私はアッシュ様の護衛を」


 タケミカヅチさんが、いの一番に百八十度俺の希望とは逆の行動に出た。

 そのあまりにも拙速すぎる決断が、他の娘たちにも伝播していく。


「なるほど、では我は周囲の地形を把握してきます」


 エクスカリバーさんは、そういうと兜を被って動き出す。何か武器をというので、グングニルさんを渡すと頷いて斥候に出てしまった。


「なんだろう。何かがこう、致命的に違うよな」


 注意するべきか、そのまま好きにさせるべきか悩むところだ。

 薄々気づいてはいたが、武器娘さんたちは基本が戦闘思考なのだ。

 それが普通だと言われたりしたいことだと言われたら、それはそれで納得が先に来てしまうわけで、価値観の差を感じずにはいられない。


「じゃ、私はここでごろごろするねアッシュ君」


「では私も」


 ショートソードさんとロングソードさんは、布の上でまったりだ。

 なんだか、それを見て酷く安堵を覚えた俺は、もう深く言うまいと考えてかまどに向かった。

 その後ろを、カルガモの子供のようにレヴァンテインさんとタケミカヅチさんが追ってくる。


「そういえば、レヴァンテインさんは何をするんだ?」


「アッシュの手伝い」


「た、助かるよ」


「ん!」


 これ、結局いつもと変わらないんじゃないか?




 レヴァンテインさんの炎によって、かまどに火が点けられた。

 普通は燃えやすいモノを火種にすると、昔テレビか何かで見た記憶があったがそんなものは関係ない。

 高火力過ぎる彼女が無理やりに火をつけてしまうからだ。

 溶かされないように避けていた鍋を仕掛け、温め始める。


 中身は瓶詰めしてあった水と適当な具材だ。

 ゲーム時代の食材を適当にナイフで切り、肉を投入。

 後は調味料として、数に限りがあるカレールウを煮立ってから投下した。


「カレーぐらいならどうにかなるもんだ。……ってやばいじゃん!」


――かき混ぜるためのお玉と、盛り付けるための器が手元にない。


「アッシュ様、どうかしましたか?」


「ん?」


「あー、いやちょっと問題がな」


 ええい、こんなときこそインベントリだ。


「食器類は確かドロップアイテムであったはずだよな。だから必要なのはお玉か」


 急いで木材を取り出し、そこで悩む。


「削るの、間に合うか?」


 かき混ぜないと焦げる。エルフ・ラグーンで良く使っていた大工道具――返すのを忘れていた――をとりだし、ひたすらに試行錯誤。

 なんとかでかいスプーンのようなお玉もどきを作成。

 水で洗ってからかき混ぜる。

 幸い、やばいと思ってから鍋をかまどから外していたせいで焦げることなく調理できた。


「もう、昼ぐらいか? 腹が減るわけだ」


 それでも、なんとかカレーを作りあげるクエストを終えた。

 その頃になると、エクスカリバーさんも戻ってきていた。

 匂いに釣られたのか、ショートソードさんたちも自然と俺たちの周りに集まってくる。

 そこで俺は皆の分も皿を用意してカレーをよそい、更にパンを取り出して振舞う。


「食べられないわけじゃないんだよな。どうせなら皆で食べよう」


「良いのですか?」


「勿論だ」


「せっかくの主の好意です。黙って頂きましょう」


「ですね」


「さんせーい」


「ん」


 浜辺でカレー。

 なんだかワクワクするシチュエーションだ。

 完全にキャンプ気分だが構うまい。

 皆が恐る恐る口にするのが印象的ではあったが、ちゃんと食べてくれた。

 これからも、余裕があれば色々と一緒に食べるのも良いかもしれない。

 必要ないといえば必要はないのだろうが、一人で食べるよりは彼女たちをより身近に感じることができたような気がする。

 どこか街に入れば、皆で店に入るのも良いだろう。


 それから、食後は少しだけ昼寝をしながらぼんやりと北に広がる大地を眺めた。

 皆と一緒に、まったりとする。

 さすがに、直立不動で護衛しようとしていた連中もこればかりは巻き込んだ。


「明日、向こうに渡ろうと思っている。ただ、さすがに泳いで渡るにしてもちょっと距離があるよな」


「アッシュ様、海の中に魔物はいないのでしょうか」


 タケミカヅチさんが鋭く突っ込んでくる。

 それに近いことは俺も考えていた。

 ナターシャに陸に魔物が出ることは聞いているが、さすがに海までは聞いていなかった。


 人間は普通、海の中では戦えない。

 剣で水中戦はさすがに論外だろうし、スキルも発声できないので使えないはずだ。

 最悪泳いでいくとしても、銛代わりに槍でも持って突くべきか。

 ただ、なんとなくサメが居たらどうしようかと漠然と考えていた。

 戦闘を脳内でシミュレーションして見るが、どうにも現実味がなさ過ぎる。


「さすがに船は無理だが、いかだぐらいならなんとか作れるかもな」


 材料の木はそれこそ島にある。

 それを適当に縄で括ればいい……はずだ。

 後はオールを用意して、皆で漕げばいい。

 泳ぐよりは現実的だろうし、この面子ならでかい木も一人で楽々運べるはずだ。

 ただ、作るのに何日かかるかは分からないが。


「……皆で作るか?」


 その俺の問いに、皆が特に反対もせずに頷いたので急遽いかだ作りが始まった。

 一応、装備を整えてから材料にするための木材を調達しにいく。

 せっかくなので、インベントリの中にある木材を使うのはやめた。


「主よ、この当たりで良いでしょうか」


「いいんじゃないか。じゃ、手分けして運ぶか」


 斥候に出ていたエクスカリバーさんの情報により、速やかなる行軍は完了した。

 何の木かは分からないが、鑑定する必要性を感じなかった俺はとにかく真っ直ぐに生えている木に狙いを絞り、声を掛け合って安全を確かめてから武器で根元から叩き斬ることにした。

 せっかくのアーティファクトも、さすがに木を伐採するための斧代わりに使われるなどとは思っていないに違いない。


「それにしても凄い切れ味だ。いや、この場合俺たちの腕力か?」


「私たちでもそれぐらいできますよー」


「ねー」


 できないとは思わないが、きっと普通のロングソードやショートソードだと無理じゃあないだろうか?

 微笑ましくも張り合おうという鋼色コンビに、他の面子も張り合い始める。


「私たちなら余裕ですよアッシュ様。なんなら試してみてください」


「我ら程にもなれば造作もないことだ」


「ん」


「ははっ、そうだな。皆なら試すまでもないよ」


 苦笑しながら伐採。

 一人二本ずつを目安に木を切り倒し、邪魔な枝を更に切り落としてから海岸へと運んでいく。

 そうして、今度は半分に別れて一本一本浜辺に並べながら縄でしっかりと両端と真ん中に括りつけていく班と漕ぎ出すためのオールを作成する班に分かれる。


 夕方までにイカダは完成したが、少し心配であったので何かできないかと模索。

 しかしさすがはド素人。

 何が足りないかさえ分からない。とりあえず、出航は明日だが転覆したり途中で分解したりしないことを祈るばかりである。

 最悪の場合は腹を括って泳ぐしかないと割り切り、夕食を準備することにする。


「どうするかなぁ」


 モンスター・ラグーンでの戦いのせいで、肉が大量に余っていた。

 ゲームにはないドロップアイテムが沢山有り、正直キッチリと見ていないがオークの肉がまんま豚肉味であることだけは確定している。

 なので、昼間のカレーの残りを鍋からとりだして皿に確保。使った鍋を水洗いしてから新たに切った野菜を炒め、オークの肉を投下して塩とコショウで味付け。そこへカレーの残りをぶち込んだ。


 正直、作るのが面倒だったので増量したかっただけである。

 なので水とルウをまた加えて終った。

 だがこれでは変化がなさ過ぎる。なので、ライスというアイテムをインベントリから取り出してみる。

 そのアイテムは俺の予想通り、米ではなくパックされたご飯だった。

 しかもレンジで暖めればすぐ食べられる奴だ。


「やはりパック済みか。調理済みならもっと早く試すべきだった……」


 パックされた豚肉味のオーク肉といいこのライスといい、なんでこんな現代風にインベントリの中身がカスタムされているのかが謎だ。

 が、この際食えるならそれでいい。

 暖めるのが面倒だったのでもうそのまま食えるかと考えていると、何故か皆の視線が新たに取り出した食材に向いているのに俺は気づいた。


 その瞳が、何故かキラキラでワクワクしていた。

 俺は、その視線の圧力に負けてしまった。

 だが、レンジでチンするタイプのそれを暖める手段が思いつかない。

 だからカレー雑炊に摩り替えるべく鍋に投下。ひたすらにかき混ぜつつ無理やりにでっち上げた。

 軽く味見してみると、さすがはカレー粉という感想を抱かざるを得ない。

 とりあえずカレーの味になるので、ごまかしが効いている。ライスもまぁ、食べられない代物ではなくなっているから及第点かもしれない。


「おお、これもイケますね」


「さすがは我が主です」


 持ち上げるような感想は、全てカレー粉様の恩恵である。

 居たたまれない気持ちになった俺は、皆にお代わりが居るか尋ねた。

 その結果、鍋は完全に空になった。

 夜、俺は少しだけ料理を覚えようかと真剣に悩んだ。




 翌朝早く、装備のコートを毛布代わりに寝ていた俺は、ぽつりと頭に落ちてきた液体によって無理やりに起こされてしまった。

「……雨?」

 見渡せば、不寝番以外の皆もすぐに起き上がっていた。

 しばらくどうしようかと考えていた俺は、ハッと気づいてインベントリから縄を取り出していかだに走った。


「今日の出航は中止だ! いかだを流されないようにしたいから手を貸してくれ!」


 せっかく作ったのに流されてはたまらない。

 皆で抱え上げ移動させ、近くの大木に縄で牽引しておく。


「我が主、洞穴のようなものを発見していますが……移動しますか?」


「頼む」


 まだ本格的ではないが、空に浮かぶ雲を見ていると本格的に振りそうに見える。

 鍋や敷いていた布やらを回収し、エクスカリバーさんの案内で洞穴とやらに退避する。

 時期的に考えれば雨季なんて可能性もあるのかもしれない。

 正直止めて欲しいが、自然に文句を言っても始まらない。


「あれです」


「おお!」


 雨さえ凌げればもうなんでも良い。

 結構深そうだったが、探検したいとも思わないのでそのまま入り口付近で過ごすことに決める。

 本格的に振ってくる前に薪になりそうな木を集め、焚き火で暖を取った。


「これじゃ、今日は出られないね」


「嵐じゃなければいいですけど……」


 鋼色コンビの呟きに、他の武器娘さんたちも残念そうな顔で雨空を見上げた。そんな俺たちの心配を他所に、雨は次第に強くなっていった。




「ようやくか」


 二日足止めされた俺たちは、洞穴の中での生活を余儀なくされた。

 その間は当たり前のように退屈だったが、その間に皆と一緒に色々な話をした。

 これからのことや、彼女たちのこと。

 そして、彼女たちから俺に聞きたいことなど取りとめのない会話だったが、有意義であったように思う。


 浜辺に出るといかだは無事だったが、生い茂った草の上まで運ばれてしまっていた。

 それだけなら別に何も問題はなかったが、波打ち際にエルフのような子供が倒れているのを発見した。

 今にも波に攫われそうだ。


「行きます」


 いち早くタケミカヅチさんが駆け寄り、浜辺に引き上げる。

 遅れてその少年の元へと駆け寄り、高校卒業前にとった自動車免許の講習を必死に脳裏から思い出す。

 人工呼吸やらの応急処置を軽く流していたのだ。

 更に、今までの学生生活でも定期的に存在した全ての記憶を奮い起こし、最悪は人工呼吸の実行まで考える。


「アッシュ様、息がありません」


「俺が処置するしかない……か」


 まずは意識を確認、その後に脈……その次は確か呼吸確認だったはずだ。

 十にも届いていないぐらいだろうか。

 肩を叩きながら声を掛けてもその少年は反応しない。

 続いて脈を確認するが……無い。


「しゃ、洒落にならんぞ!!」


 せめて、呼吸と脈拍があってくれさえすればまだ気が楽だった。

 しかし今、俺の行動如何によってはこの少年の命が呆気なく消えるのだ。


「呼吸も……確かに無い……」


 いよいよ、不味い。


「ちくしょう、もっと真面目に聞いとけば――」


 確か、蘇生処置は早くないと不味いような記憶があった。

 早ければ早いほど良かったはずだ。


「まずは、そうだ。気道確保!」


 無理やりに口をこじ開けて異物がないかを確認した後、俺は少年の顎を押すようにして頭の位置を変える。その後、すぐに胸部へと周り右手の上に左手を乗せ、骨を折らないように慎重に押し込む。

 レベルホルダーとしての身体能力の高さが仇になった。

 時間が無いというのに、違う意味で俺が止めを刺さないかという恐怖に襲われてしまう。


「胸部圧迫は……十回、いや、三十回か? ええい、間を取って二十だ」


 講習は、常に最新のものに刷新されていく。

 そのせいで、小学校時代やら中学、高校、専門学校時代で回数が微妙に違っていてどれが正解だか分からない。


 だが、結局は処置をすることに変わりは無かったはずだ。

 なので二十回ほど押し込む。

 それが終ればすぐに頭の方に回ると右手で顎を上げるようにして気道確保しつつ、左手で鼻を掴んでマウス・トゥ・マウスで息を吹き込む。

 その際、少年の胸部が少し持ち上がったのを俺は見た。


「これでいい……のか? いや、確か二回吹き込んで後は繰り返しだったはず――」


 あやふやな記憶を辿り、何もしないよりはマシだと行動する。

 二十回胸部を押し、二回息を吹き込む。

 この処置をただひたすらに繰り返す。


 二分だったか、一分だったか。

 もはやそれさえも俺には分からない。

 こみ上げてくる焦りの中で、ふと、少年が口から水を吐いた。

 同時に、呼吸が再開されたかのように上下し始めたのを確認した。


「――っし!!」


 急いで頭を横にし、水を吐き出させる。

 そのさい、インベントリから布を取り出し口に突っ込んで溺れないように水をかき出す。

 そうして、一旦状態を確認。

 脈、復活。呼吸……再開。

 数秒後、彼が目を覚ました。


「うう……っ……」


 開かれた瞼の向こう、まだ朦朧としているのかもしれないがその目が俺を確かに見た。

 気づけば冷や汗を全身に感じた。

 額のそれを拭いながら、俺は大きく安堵のため息を零す。


「ふぅぅぅ、これでなんとか……」


 これ以上先の処置の仕方など、俺は知らない。これで何とかなってくれることを祈りつつ、少年の体をかまどへと運ぶ。

 そうして浜辺に布を敷き、とりあえず服を脱がせて別の布で水を拭うと適当に暖かそうな装備で包み暖を取らせる。


「火を頼む」


「ん!」


「私たちは薪を持ってきます!」


 彼女たちも大慌てだ。

 その間、体力の問題なども考えて取り出したポーションと万能薬を振り掛けておく。

 これでなんとかなるはず。

 しばらくすると、少年も意識がはっきりしたのか首を動かして俺たちを見た。


「喋れるか?」


「は、はい……ここは……」


 弱弱しい声ではあったが、それでも彼はしっかりと返答した。


「今は何も考えず、とにかく休むんだ」


 コクリと頷いた彼は、安堵したのか目を閉じて寝始めた。

 一瞬、死んだのではないかと思い脈と呼吸を確認してしまった。


「やはり、この前の嵐でしょうか」


「だろうな」


 エクスカリバーさんが少年の服を火で乾かしながら呟く。

 事情は後でまた聞くことにして、俺は浜辺にどっかりと座り込む。

 無慈悲にものし掛かっていた命の重みが無くなったせいか、やけに肩が軽い。


「しっかし、何がどう幸いするか分からないな」


 蘇生したということは、曖昧なはずの知識がそれなりに役立ったということだ。

 なら、あの退屈な応急処置の授業も、意味があったのだろう。


「さて……飯、どうしようかな」


 すやすやと寝ている少年のおかげで、妙に腹が減ってきた。

 せっかく助けたのだから、少年も食べられるようなものを用意せねばなるまい。

 おかげで俺はまた、違う意味で悩まされてしまった。


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