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エピローグ


 東ユグレンジ大陸の中心より北側に、エルフ族の国グレイカディアがある。

 広大な森に覆われたその国は、かつてのハイエルフの居城があった地を新たに王都として新生。新しき王『ルース』の元で、エルフとダークエルフの住む国としての道を歩んでいた。


 第二次ラグーンズ・ウォーは終わった。

 あの日、世界だけを焼いた炎を皮切りにして、世界は再び歩み出している。

 グレイカディアはその中でも、殊更に素早く動いた国の一つである。


 まず、森の魔物を狩りながら各地に点在する生き残りを結集。

 王都を森のほぼ中央にあるリスベルクの居城跡へと遷都し、周辺各国と一つ一つ不可侵条約と同盟を結び始めた。

 その陰には、極大な戦力を派遣した外交だったという噂もあるが、恩恵を受ける市井の者たちは復興の加速を思いその流れを歓迎した。


 そうして、ペルネグーレル、ロロマ、ヴェネッティー、バラスカイエン北東の黒狼組、大陸南のジーパングを含めた一大同盟が結束された。

 東ユグレンジ大陸において、最大の同盟である。

 そのため、リスバイフとジャングリアン、クルスもまた同盟への参加を検討してきているという。


 そんな情勢の東ユグレンジ大陸の中で、今一番熱い都市がある。

 グレイカディアの南部に建造された交易都市『アスガルド』だ。


 ジーパング以外で作り上げられた魔法薬『ポーション』を取り扱う上に、ペルネグーレル以外で強力な魔法武具などが売り出されている新造都市。

 魔物は減ったが、それでもその脅威は未だに健在。

 復興途中の各国は、こぞって薬と武具を得るためにその都市へと訪れ始めている。

 そんな都市に向かうべく、護衛に囲まれた一台の馬車がグレイカディアの王都から南下していた。


「まったく、アスガルドはまだか?」


 窓の外を見ながら、頬杖をつく美女が言う。

 彼女はエルフ族の始祖にして神、ハイエルフのリスベルクだ。


「もう少しなのじゃ」


 その向かいに座ったグレイカディア王の妹、クルルカが宥めるように言う。


「国政から離れたくても離れられない程に忙しいとは。どうしてこうなった!?」


「人手が足りないし、アスガルドがその……発達しすぎなのじゃ」


 ポーション作成のための薬草は量産してはいるが、現状ではその数が追いつかない。

 また、魔物も完全に駆逐できたわけでもなく各地で犠牲になる民が居る。

 それだけではなく、新生した国家は人と交易して交流するようにもなった。

 そもそも同盟は安全のためのものだったが、グレイカディアはあの男が所属しているせいで同盟の盟主と見なされている。

 必然、その調整や交流に費やされる時間と労力は復興が進めば進むほどに増えていた。


「アスガルドか。都市長にアクレイの奴を据えたが、据えたがな!! 奴も奴だ。仕事ばかり増やしおって! おまけにあの馬鹿はフラフラして偶にしか顔を見せん! 私も早くあの店で隠居したいというのに!!」


 いつもの如く、いつものようにあの男への愚痴を垂れ流す。

 クルルカはまた始まった、とばかりに聞き流しながら隣に座る近衛剣士に視線を向ける。

 風の団の長を任せられて依頼、近衛と団長を兼任しているその少年は腕組みをしたまま目を閉じている。


「のうラル」


「なんだクルルカ」


「妾もアスガルドに住みたいのじゃ」


「ルース王に許可を取れ。奴の店なら、護衛もいらないから許可ぐらいは出すだろう」


「……ラルは来てくれぬのか?」


「風の団としての仕事があるからな」


「うぬぬ。ラルは相変わらず冷たいのじゃ」


「許せ。それに少し気になることがあってな」


 機密は語らず、しかして少しだけ目じりを緩めてラルクが言う。


「仕事、仕事、仕事。もう少し妾のことを構ってくれても良いのじゃぞ?」


「これもお前のためだ」


「妾の?」


「お前のためにも危険は全て取り除いておかなければならん」


「な、ならばもう少しだけ我慢するのじゃ」


 頷き、ラルクは馬車の窓を開けて前を見る。

 もうそろそろ、辿り着くはずだった。


 交易都市アスガルド。

 エルフ族の外交都市でもあり、今は神魔再正会さえも会合拠点として利用しているその都市は、東ユグレンジ大陸において最強の戦力を誇る。

 だが、同時にその危険性の高さも折り紙付きではあるが。


(何事も無ければいいが、な)


――神滅歴1023年。


 クロナグラは復興の渦中にあった。







「ようこそクルルカさん。そしてリスベルク様。歓迎しますよ? まぁ、今日はすぐに予定がありますので時間を長くは取れませんがね」


 都市長のアクレイは、相変わらずの薄い笑みでグレイカディアからの使者を迎えた。


「まったく、お前にも言ってやりたいことは山ほどあるが仕事が先だ」


 リスベルクは女性の近衛戦士たちに合図し、報告書を持ってこさせる。

 受け取ったアクレイは、それに目を通しながら頷く。


「ふむ……大凡は予想の範囲内ですね。順調そうで何よりです」


「エルフもダークエルフもいがみ合いたいわけではないのじゃ」


「ふふふ。そうですね。これから先の未来に、過去の悪習は捨てなければね。時代は変わり始めている。否、進み続けています。我らはその速度に追いつかなければいけない」


「さながらこの都市のように、か?」


 エルフ族の文化だけではなく、周辺の文化さえ取り込んだその都市はさながら文化の集束点だった。


「アッシュは交友関係が広いですし、今や神魔再生会の永久顧問ですから」


 当然、土着の都市の文化の匂いをそれぞれの念神は求めた。

 その結果、神の家はそれぞれに様式が違う。


「ツクモライズ……か」 


「念神の方たちにとって喉から手が出る程あやかりたいあの術は、逆に言えば彼らをアッシュのひも付きにできてしまいます。ならば、自由な体を対価にこちらのルールを順守させられる枷になる……」


「ふんっ。分かっていてもどうしようもないだろうからな」


「はい。おかげで理解ある念神はここでは大人しいものですよ」


「おかげでこの都市は、ある意味二つの指揮系統が在るがな」


 名目上はエルフ族の都市だ。

 しかし、アッシュという人間型の念神が念神たちを従えている形であるという事実は変わらない。

 そして、その戦力はその気になればアスガルドさえも捨てられる身軽さを持っている。

 エルフ族に彼を完全に拘束できる首輪などなく、全ては彼の心に委ねられているために心配事は尽きない。


「ですからこういう機会にリスベルク様にはがんばって頂かないといけません」


「ふんっ。あいつを危険視しても無意味だがな」


 権力に眼もくれず、世界をどうこうしたいという野心さえない。

 相変わらず力と精神性はアンバランスで、それ故にどう転ぶかは分からない。

 だが、リスベルクもアクレイも信じていた。


「もっとも、イシュタロッテさんを有する彼に我らエルフ族が逆らうというのはナンセンスの極みですがね」


「はぁ。廃エルフ神殿の建造案が白紙になったのが痛いな。せめて首都に置けていれば……」


「今となってはの話ですね。私としては彼の店にエルフ族が訪れる結果の副産物に期待するようにしていますよ」


「それにここは物珍しいから他の者も見聞の広められるのじゃ」


「ええ。そうして、新しい世代が世界を少しでも知れたなら、エルフ族はもっともっと変われることでしょう」


「貴様のように、か?」


「ええ。そしてそれが、エルフ族を救うことになるでしょうね」


 そうでなければ、エルフ族は遠からず滅びる。

 老いの実装によって、高齢化が爆発的に訪れるだろうことは目に見えている。

 ならば、その前に知らなければならない。

 他の種族には大抵老いがあり、それとの付き合い方も自然に営みの中に組み込まれているのだから。


「老害共がアーティファクトで延命しようと躍起になっておるがの」


「ですが、モンスター・ラグーンの魔物が無限ではなくなった今、彼らのような戦いから遠ざかっていた者にはかなり遅い話ですがね」


 去った以上は、無駄なコストをかけることをレーヴァテインはしない。

 最低限のそれだけで、後は完全に放置していた。

 放置してくれていた。

 所有権は未だに彼女が持っているが、彼女が何もしないならクロナグラはこのままで進む。アッシュは少しだけシステムが使えるが、それでもかつてのように潤沢にはあやかれない。


「どちらにせよエルフ族はエルフ族で強くならなければいけません。それは戦力という意味だけではない。経済的にも、国際社会的にも強くなる必要があるのです」


「ふん。そうして強国に至らなければもたんか」


「ええ。そういう意味では、我々は圧倒的に遅れているのですから」


 そのツケが、グレイカディアの政務を圧迫することになろうともしょうがない。

 これは通過儀礼である。

 エルフ族が多種族と、世界と共存する上での。


「それに私としても彼のために用意したいですしね」


――彼が求めた安住の地を。





 そうして、一団はついにアッシュの店に辿りついた。

 ホテル『ラグナロク』。

 全ての部屋に風呂が実装された、アスガルド最大手の巨大ホテルだ。


「いらっしゃいませ!」


 グレイカディア御一行は、入るや否や受付に座るダークエルフの少女と他の職員に招かれる。


「予約していたラルクだが」


「はい。お久さしぶりですねラルク様」


「ダルメシア、アッシュは居るか?」


「いえ、今日はアヴァロニアから招待されたコンサートに」


「そうか」


 頷き、少しだけ残念そうにしながら部屋割りの書かれた用紙と鍵を受け取る。

 部屋割りは二種類。

 風の団のものと、クルルカたちのためのもの。


「では、団はいつも通りだ。視察の時間で合流しろ。それまでは自由にしていい」


「はっ!」


 風の団の部下たちは、そのまま通常の客のと同じホテルの部屋が割り振られている。

 それとは別に、ホテルの横に併設された特別棟の鍵もまた別に手に取ると、ラルクはリスベルクとクルルカをいつものように先導する。その後ろを、荷物を持った近衛戦士数名が付く。

 と、そこに遅れて案内役の女が姿を現した。


 黄色と黒の斑点があるビキニのような姿の鬼娘。緑の髪の間から二本の角がにょっきりと生えており、後ろには浮遊する太鼓がある。

 そしてその手に握るのは薙刀。

 当然彼女はただの鬼ではない。

 そもそも、クロナグラに鬼という種族は伝承の中にしかいない。

 であるならば、彼女の正体は決まっていた。


「長耳共、勝手知ったる場所かもしれんがな。好き勝手に移動するな。案内は我の仕事だ」


「ふんっ。誰かと思えば雷神か」


 リスベルクが眉をしかめる。

 同時に、クルルカがラルクの前に出る。


「ラル! アヴォルとの模擬戦は今回は止めるのじゃぞ!」


「善処はしよう」


 頬を膨らませる彼女を前に、ラルクは軽く会釈する。


「我としても風の担い手は好かんがな。だが、小娘の言など我には関係ない。奴が我に頼むならば受けてやる。いつでも言え風使い」


「ああ。機会があればまた」


「ラァルゥゥ!!」


 憤慨するクルルカだが、ラルクは宥めるように言う。


「すぐにではない。もう少し俺も剣を研鑽したいからな」


「そうしろ。お前は見どころがある」


 そのまま顎をしゃくり、ついて来いとばかりにアヴォルは先導を始めた。

 特別棟は、所謂VIP用である。

 通常のホテルよりも豪華で、そして凶悪な護衛が詰めていた。

 ツクモライズで擬人化された念神であり、更に言うならアッシュに協力的な念神である。

 また、更にその奥にはアッシュの家へと続く通路があって途中で露天風呂へと繋がっていた。


「では確かに案内したぞ」


 予定されていた部屋へと案内した彼女は、それで終わりだとばかりに戻っていく。

 ぶっきら棒で接客態度は最悪だが、彼女を前にして暴れられるような者はいない。


 戦闘能力という意味において、このホテルは異常なまでの質を兼ね備えている。

 ある意味では安全圏。

 そんなホテルだからこそ、その場所はVIPが通される。

 壁に刻まれた防御用の魔術文字もそう。

 建材強化用であり、物理、魔法、などにも一定の防御力さえ持つ。


「ではクルルカ。私は家の方へいくぞ」


「了解なのじゃ」


「お気をつけて」


「うむ」


 リスベルクは二人と別れ、アッシュの家へと向かった。





「ああ忙しい忙しい! 旦那様は仕事ばかり押し付けて知らん顔。まぁ、あの自分は知らねぇって顔を甘やかせて堕落させてやりたいから仕事はするでありんすがね?」


「……相変わらずだな貴様も」


「此方<こなた>は今、旦那様に夢中でやんすからねぇ。という訳で通い妻なんてとっとと帰ればいいでありんすよ。どんどんとこの家から貴女の存在感は薄れているでやんす」


 近況を尋ねに来たリスベルクは、机の上で何やら事務仕事をしている、美少女と美女の中間のような、怪しい色香を纏う狐耳の女の言葉に怒りを露わにする。


「くっ。仕事さえ、仕事さえなければこっちで存在感を発揮できるというのに!」


「始祖神としての縛りでありんすなぁ。一族と彼、どちらを取るかで確実に一族を取るしかないお前は、哀れな程に取り残されるでやんす」


「ぐぬぬぬ!! ええい、何人だ。アレから何人増えた!!」


「さぁ? もう此方は数えるのも諦めたでありんす。その方が都合が良いでやんすし?」


 そう言って堕妻楽母の零落狐――『傾国』は言う。


「ツクモライズがある限り、旦那様の元へ念神は集うでありんす。そしてあわよくばあの力を独り占めしようと躍起になるでやんす。元が女性型の念神なら、当然自分の武器を使うでやんすよ。清純ぶったカマトト神でもなければ、でありんすがねぇ」


 ツクモライズの同時顕現制限はもはやない。

 そして、維持するための無尽蔵の想念が円環の魔神から供給されている。

 故に、擬人化までは彼女たちが彼の敷いたルールさえ守ればできる環境が整っていた。

 だが腹に一物を抱える者たちはさらにアッシュに擦り寄っていた。

 それを管理するのも傾国の仕事で、朝も昼も夜も目を光らせいた。


「貴様は違うようだな」


「此方は前の方に、原初の逸話の方に戻されたでありんすから。まぁ、おかげで辛抱たまらんでやんすがっ!」


 元々は見目麗しい女性の体を乗っ取って、その名と体で権力者に擦り寄って生きる化け物の類だった。

 だが、こいつはイケメンでハイスペックな権力者の男しか狙わなかった。だから、女たちにとっては是が非でも貶めなければならなかったという経歴がある。

 故に、彼女は想念は人類の半分に歪められた。


 下に恐ろしきは嫉妬と欲か。

 自分を上げるのではなく、他人を下げて相対的に価値の上昇を図る陰湿なる戦い。それはやがて当然のように物理的な排除にまで発展して伝承は裏返った。

 それが堕妻楽母の零落狐。

 けれど今は、上書きされたせいで属性が元に戻っている。

 さながら今の彼女は、九つの尻尾と飛翔羽衣を持つ良妻賢母である。性格は零落狐のそれではあったが。


「まったく。傾国の通り名が泣くぞ。お前のことは良く知らんがな。どうしてアッシュを甘やかそうなんて発想になるのだ」


「それが此方の原初であるからでやんす」


 本来、国崩しの女でありながら彼女は良妻賢母であった。

 そういう神として、伝承をドリームメイカーにばらまかれて顕現していた。

 容姿端麗で家事万能。どこからか金銀財宝を集めてきて、男が働かなくても良い状態に環境を整えてしまう。おまけに狙うのは決まって権力を持った王侯貴族。しかも権力とかはどうでもよくて、良い男だけを狙い打って情熱的に愛し抜く完璧な仕事ぶり。


 彼女に世話をされたら最後、死ぬまで健康的で退廃的な生活を約束されてしまうのだ。

 故にその男が仕事しなくなるから結果として国が傾く……のではなく、嫉妬した女共が碌でもない暗躍を繰り返すために国が衰退し疲弊するからこその傾国の通り名。無論、ほとんどが冤罪と難癖で作られた風説と女の天敵としての側面もある女の闇から生まれたワールドワイドな想念神。

 だから『傾国』という名で呼ばれ、元の名前は重視されなくなった。


 それは世界中で発生しうる広域伝承。

 戦闘能力はあまり高くないが、その代わりに女としては絶対に許容できないレベルの女。

 ある種の男の理想像を具現化させうる念神<化け物>であるから、全ての女とは相性が悪い。

 逆に、男ならば誑かせる分相性は良い。


「――とはいえ、旦那様はまったく此方に誑かされませんがねぇ」


「ふん。あいつはそもそも伝承がないからな」


 人間の男の姿をしていても伝承がない。

 男であるが男ではなく、神であって神ではない。


 第三種想念神に集束点はない故に集う想念も、その身を縛る伝承もない。

 つまりはイメージが無い。

 形は整えられているがそれだけで、そもそも外部からの干渉には頗る強いように作られているせいで伝承的な誘惑など意味がないのだ。


「そして大抵はイシュタロッテさんが張り付いている始末。きぃぃ! なぁにが愛人ポジションですかっ! 思いっきり正妻ポジションで余裕の構えなところが憎らしいぃぃ!! しかもいつもいつもイチャイチャチュッチュとあの悪魔は桃色時空を作りやがってからにっ!!」


「――そう、それが問題なのだ! 圧倒的時間を共有できるあいつが居る限り、相対的に私たちの価値が下げられてしまう! どうにかならんのかこれは!?」


「それこそとっとと始祖神の縛りに蹴りをつけるしかないでありんすな」


 傾国としても問題ではあるが、擦り寄って成り代わりたいわけではなく単純に彼女は堕としたいだけなのでリスベルクとは微妙に立場が違う。

 むしろ、堕落させるために積極的に神々をアッシュ側に引き込む戦犯である彼女からすれば、それを許容してむしろ協力的なイシュタロッテは同類である。しかし同族嫌悪は当然するがそれとこれとは話が別であった。


「ぐぬぬぬ! どいつもこいつもなんでそんなに寛大なのだ!」


「ぶっちゃけ、止めても無駄ですし? それに神で貞淑な奴なんてそれこそリストル教圏の連中ばっかりでありんす。で、そのリストル教なんてもう死に体でありんすからねぇ」


「念神が死に絶えたというか、ほとんど居ないからな」


「天使も悪魔も、かつてと比べると恐ろしいぐらいに居ないでやんす。で、悪魔勢はイシュタロッテさんの傘下に下りまくってる始末。この前地獄に行ってきたとか旦那様に笑顔で言われた日にはええ、この傾国。旦那様以上の権力を持ちえる存在はいないと確信したぐらいでやんす。きっと、そのうち天国も間接的に手中に収めるでやんすよ?」


「馬鹿な! 無形想念界にまで足を延ばしただと? 個々の宗教の伝承の壁は!?」


「旦那様、境界壁ごと素通りだそうでありんす」


 遠い目で傾国が笑う。

 笑うしかない。

 宗教の垣根が、伝承の垣根が本当に無効化されているのだから。


「この交易都市アスガルドだって、彼のおかげで宗教感が滅茶苦茶でありんす」


「何を信じてもいいとかいう取り決めのことか」


「もう完全に宗教無視で、想念のパワーバランスも知らねぇって感じでやんす。旦那様のせいでこの都市で想念を集めるのはある意味不可能でありんすな!」


 というか、都市の人々にはアスガルドに住む神とはアッシュの傘下であると勘違いされている節さえある。つまり格付けが想念的に済むのである。

 もはや念神としては笑うしかないこの地は、しかしそれでも訪れる価値があった。

 ツクモライズの恩恵というアメは、それだけ凶悪な手札なのだ。


「例外は他の地だが……ある意味では意味がないな」


「この大陸諸国は言うに及ばずですが、西ユグレンジ大陸は悪神の傘下。他の二大陸にジーパングも獣神と巨神の領域で同じでやんすが……まぁ、時が進めば進むほどに、価値観が広がるにつれて神の時代は消える気がするでありんすよ」


「子らが独り立ちするならその選択肢も有りだがなぁ」


「それは遠い未来のお話でやんす。で、リスベルクさん。暇だったら決算書のまとめを手伝うでやんす。どうせ旦那様は夜までは帰ってこないですしおすし?」


「……時に、奥の体制はどうなっておる?」


「相変わらず早い者勝ちか、旦那様の気分次第でやんす」


「お前たちはそれでいいのか!?」


「混ざればいいだけでありんすからなぁ。げっへっへへ――」


 ただただ邪悪な笑みを浮かべて笑えるその余裕の源泉といえば、やはり奥を管理しているからか。

 現状、有能な手腕を見せている傾国は、アッシュに重宝されている人材でもある。

 彼としてもご機嫌取りはするし、そもそもそんなつもりはなくても傾国は勝手に尽くして喜ぶ。


「あー、堕落させたい! 過去最高難度で、最高の武力を持つ男性神! ふへへ、ふへへ。傾国冥利に尽きるでやんすが……ええ、ええ、仕事も任されていますからね。きっちりとこなして魅せますとも! ビバッ! 国も傾く酒池肉林のためにっ!」


「一生やってろ色ボケ神」


 付き合いきれないと判断し、リスベルクは執務室を後にする。

 だが、それでも腹が立つものは腹が立つ。


「くっ、おのれアッシュめ。完全に開きお直りおってからにぃぃぃ」


 あの男は、相変わらずフリーダムだった。

 寧ろ適当さに余計な磨きをかけたように思う。

 そうして、ワナワナと拳を震わせながらVIP棟の食堂に向かおうとするとき、家の一角から巨大な爆音がした。


「……フランベか。あの人間も懲りん」


 防音魔術でさえ防げない爆音。

 またぞろ火薬か何かの実験だろう。

 今度は煙が出にくい火薬を開発するとかで、喧しくも実験している。

 ちゃっかりとアッシュの嫁になって。


「ぐぬぬ。やはりどう考えても私の立場が低い。低くないか?」


 そう言って食堂に入り、厨房の方に回る。

 まだ夕食には早いが、仕込みは既に始まっている。

 その中には、イリスやイスカ、そしてナターシャの姿あった。


「何か小腹に入れるものはないか?」


「おや? リスベルクじゃないかい。もう着いたのかい」


「生憎とアッシュは居ないようだがな」


「あの唐変木が一か所に長々と居るかっての」


 イスカが不機嫌そうに言う。


「まぁいいじゃないか。アッシュもアレで色々と世界を見て回るのに忙しいんだろうさね」


「……その分夜は激しいらしいな」


「あれは底なしだからねぇ……」


 イリスの茶々に、しみじみ言うナターシャ。

 リスベルクはその様を思い出して目頭を揉む。


「奴め、ああ見えて夜は獣だからな。あのエロ悪魔のせいかは知らんが、無駄にスキルを上げている。これは脅威だぞ?」


「……おや? 皆さん揃って何の話ですか」


 と、そこへルーレルンが部下の竜娘を伴ってやってきた。


「貴様か。……貴様はまだだったな」


「なんのことです?」


「釣った魚にエサをやらん馬鹿の話だ」


 そう言うと、リスベルクは客席の椅子に座ってテーブルに突っ伏した。

 今日も今日とて、世界は平和である。






 一方その頃、噂の男はアヴァロニアのコンサート会場で脱力していた。


「どういうことだこれは?」


「妾は知らぬよ。まぁ、色々と笑えないがの」


 VIP席から見下ろしたステージには、何故か彼女がいた。


「はっはっはー! どっかの馬鹿が引き金を引いた第二次ラグーンズ・ウォーも終わって数年。復興で忙しい皆のために、今日はボクたち『ゴッドブレス』が鬱屈した日常とぶっ飛ばしてやるぜ! ギターは泣く子も黙る死神ソルデス!」


「ヒャッハー! 俺様の音を聞けぇぇぇぇ!」


 甲高くエレキギターがかき鳴らされ、室内の防音結界内部に反響する。

 ギターってなんだ? という人々の雑音もそのアクションで掻き消える程のノリである。


「ベースは知識の探求神アナ!」


「よ、よろしく」


 ソルデスと同じように魔法に身を任せ、興味深そうに身体が勝手に奏出た。

 顔が少し引きつっているのは、何故自分がこんなところに居るか受け入れられていないからだろう。片眼鏡の彼女は、内心の葛藤をよそに作り笑いで立っている。


「キーボードは世界各国で称賛される大傭兵団の元団長であり、アヴァロニアの最強神アリマーンの友人、、ダークエルフのアクレェェェイ!」


「ふふふ。精一杯やらせていただきましょう」


 見事な指使いでキーボードを弾くその男は、ノリノリだった。

 その流麗な音色と際立った容姿に、観客席の女性たちから黄色い悲鳴が飛び交った。


「――待て、あいつ今日仕事じゃなかったか?!」


「抜けてきたのか切り上げたのか。まぁ、あの男に距離は無意味じゃからして」


 アッシュは頭を抱えるしかなかった。


「次、魅惑の容姿とセクシーな衣装で踊るタップダンサー。吸血神ラストカッ!」


「よろしくねっ!」


 特注の敷物の上、踊りに合わせて打ち鳴らされるシューズが軽快なリズムを刻む。

 靴を踏み鳴らす音での演奏など、やった本人さえ驚く魔技だった。聴衆たちはいったいこれからどんな音楽になるか想像もつかないという顔をし始める。


「だがここでサプライズ! なんと、なんと、なぁぁぁんとっ! 彼女のためにジーバングから可愛い可愛い妖精さんたちがバックダンサーとして参戦だぁぁ!」


「お菓子のためにえんやこらぁぁ!!」


 突如として虚空から現れる妖精たち。

 空の上で飛び交うその様は幻想的で、見る者の目を奪う。


「次っ! ドラムはなんとこの国で知らぬ者はいない圧倒的強者! 西ユグレンジ大陸の顔であり覇王が宿った聖人! アスタァァァム!!」


「皆さんどうか楽しんでいって下さいね」


 撥を高速で繰り出し、シンバルで絞めるアスタム。

 本人にドラムの経験などはまったくない。ないが、他の者たちと同じでレーヴァテインの魔法で身体が勝手に動くので、開き直って楽しんでいた。

 それはアリマーンも同じだったのだろう。

 時折、表に出てはフッとばかりに笑っている。


「そしてボーカルはこのボク。誰も知らぬ神。円環の魔神レーヴァテインだぁぁぁ! 演奏中は絶対に楽しませることを約束するぜ! ついて来い覇王の民共っ!!」


 そしてアスタムが打ち鳴らした撥の音を皮切りに、演奏が始まった。

 輝くスポットライト。

 おそらくは円環の魔神の持ちこんだそれが、会場をムーディーな光で染め上げながら音楽と歌声を彩っていく。

 設置されたスピーカーから届くそれらは、見るのも初めてな客たちを驚かせていく。


「もうなんでもありだな」


「まぁ、嬢ちゃんらしいとえばらしいがのう」


 昔、死神と吟遊詩人を交えて前世で路上ライブをしたときのノリと同じである。

 仄かな懐かしさと、音沙汰の無かった彼女の出現にアッシュはもはや考えるのを止めた。


「歌って踊るだけならまぁ、問題はないか」


「だのう」


 それ以外の用があるかは知らない。

 ただ、今はこの馬鹿げた乱痴気騒ぎを楽しむのみ。

 そうして二人は束の間のサプライズに身を委ねた。






「お疲れさん、って言えばいいのか?」


 ライブは盛況の元に終わり、楽屋に呼ばれたアッシュたちはその労をねぎらった。


「ふふふ。初めにアリマーンさんに言われたときはどうしたものかと思いましたが、案外上手くやれましたね」


「アクシュルベルン、貴公も中々やるではないか」


「アリマーンさんこそ、満更ではなかったようですね?」


「フッ、否定はしない。次の時代のためには、こういうものに力を入れる必要があるやももしれぬしな」


 世界征服はとん挫した。

 アッシュがレーヴァテインを味方にしている限りは不可能だと、勝手に思っているアリマーンは王としてその先を見る。


「素直に楽しかったと言えないのかお前は」


「なんだ廃エルフ。よもや貴公も参加したかったのか?」


「楽しそうだったが、今度はお前がボーカルの奴を見てみたいもんだよ」


「はっ。余にアイドルでやれというのか?」


「まぁ、こなせられれば人々は熱狂するかもしれませんがね」


 意外と悪くないのではないか? という口ぶりでアクレイが言う。


「謳って踊れる悪神なら親しみが持てるもんねっ!」


「ヘイアリマーン、次のボーカルはクールビューティーだぜ。順番は守れよベイビー」


 ラストカとソルデスも反対ではないようだったが、アナは辞退を申し出る。


「私はノーサンキューだ。こういうのはこれっきりにして欲しい」


「ストーカー神も結構男どもにキャーキャー言われてたような気がするけどなぁ?」


「誰がストーカー神だ誰がっ!」


 レーヴァテインは笑いながら、過去のことを掘り返す。


「お前だよ。こそこそとテイハの後ろで様子をうかがっていたじゃないか」


「あ、アレは噂の賢人の力を見定めるためにだなぁ!!」


 わいわい、がやがや。

 平和な光景だった。

 アッシュはかつてとは違うそのやりとりに安堵する。


「――さて、久しぶりに遊んだしボクはもういくよ」


「あ、おい」


「ん? なんだいアッシュ」


「いや、お前、今は何をしてるんだ」


「爺の手伝いだよ。まぁ、ポイントになるし、今のところこれといってボクがやらなきゃいけない仕事もないからねぇ。たまに依頼通りに星ごと焼いたりはするけど」


「そ、そう……か」


「うん。ああ、でもせっかくだし忠告しておいてあげるよ」


「忠告?」


「君、このままだとリスベルクとかそこの馬鹿悪魔とかを殺すぞ」


 その瞬間、楽屋から声が消えた。

 他の者たちが耳を澄ませる中で、アッシュは問う。


「どういうことだよ」


「自力で顕現できるほどの想念がないのに神と神の間で子ども作ったら、お腹の中の子供に想念を吸い取られて母子ともに死ぬんだよ。ヒトと神なら半神半人だからまた違うんだけどね」


 それは当然の話だった。

 現状、イシュタロッテもリスベルクも自力で復活できるほどに想念の供給源を持たない。

 なのに、その上で一柱余分に念神を顕現させるというのだ。

 これは当然の結果でしかない。


「な、に?」


「ツクモライズを使おうとも、そういう機能は付与していないしボクは想念をくれてやるつもりはない。そっちは自分でなんとかしなよ。もうどうでもいいしね」


「そう……か。忠告、ありがとうよ」


「礼を言われる程のもんじゃないさ。これは嫌がらせだ。破滅因子たるイシュタロッテへのな!」


「だから嬢ちゃん、なんだって態々妾を下げていくかのう!」


「君がアークを殺した。それは見殺しという意味だけじゃないぞ。というか、糸を引かせたのはお前なんだよ。後で知ったことだけど、お前はボクとアークが出会った記念日の前。ちょうど一年前の同じ日に暇を持て余して魔界に帰ったときに『堕天使』に話しただろう? だからあいつは舞台を整えて待っていたのさ。ボクにリストルを殺させるためにな。あいつは魔法剣がある限り、リストルや天使長には勝てなかったから」


 当時、リストルを殺せるものは彼女しかいなかった。

 だから、殺す理由を作って待ち伏せた。

 アーク・シュヴァイカーはイシュタロッテを持っている。

 そして彼女は悪魔だ。

 リストルは当然、見つければ狙う。


「はっきり言うけど、お前は半分女神ではあると同時に悪魔なんだ。それもアリマーンみたいな人を悪道に引きずり込むタイプじゃない。リストル教の悪魔ってのは、関わったら人を不幸にするっていう側面を持ってる。だからお前は与えられたその逸話というか、広義的なそれに従って半ば無自覚にアッシュを破滅させようとしているとボクは結論付けてる」


「そんな馬鹿な……」


「対策は? 対策はあるんだろう?」


「完璧に悪魔化するか、女神にでも戻ればいいんじゃないかな? 中途半端だから特質が余計に制御できないのさ。まぁ、そっちもボクがどうこうしてやる義理はもうないから自分たちでなんとかしなよ」


 そう言うと、レーヴァテインは二人から背を向けて妖精たちの所へと歩いて行った。


「そーら、約束のお菓子だぞ!」


「きゃー。賢人ちゃんったらふとっぱらぁぁ!!」


「貴女こそ、万夫不当のお菓子神よっ!」


「あ、こら。それは私のお菓子なのだぁ」


 踊りつかれた妖精たちは、ふるまわれるお菓子を前にして飛び上がる。

 その平和な光景とは裏腹に、イシュタロッテが暗い顔で俯く。

 だが、アッシュはそっとその肩を抱いた。


「気にすんな」


「しかし……」


「対策は分かっただろ。なら、お前やあいつの想念をかき集めればいいだけだ」


 長い、長い闘いになるだろう。

 物理的な勝負ではなく、人々と伝承の戦いになる。

 だが、時間だけはたっぷりとある。


「帰ったら忙しくなるぞ」


「……うむ」


「なに、当てはある。今この時代ならなんとかなるさ。だから記録にまとめるぞ。俺たちの、俺たちだけの神話を――」


 あの、神々の黄昏を。


 誰の目に明らかな奇跡は、この星の上ですでに行使されている。

 世界を覆った炎。

 生物を焼かず、世界だけを生まれ変わらせたそれに、今なら理由をつけられる。


 ならばあとは真実を広めるだけ。

 それだけで認知はさせられるはずで、その後は自分たちの努力次第。

 まだリカバリーできる範囲だ。

 自分だけなら想念などいらないが、自分以外に必要なら集めるだけ。


「幸い、そういうのが得意そうな奴がいるしな。そうだろ悪神」


「余に何のメリットがある」


「新しい神話の中の登場人物になれるぞ。世界のピンチを前に戦った神の一柱だってな」


「……ふん。後で原稿を持ってこい。印象操作の一環として考えてやる」


「ああ。知り合いにも頼んでまとめてみるさ」


 だから書き残そうとアッシュは思う。

 廃エルフだった男と、相棒の悪魔と、彼らに関わった者たちの話を。

 転生という言葉から始まった幻想を。


 いつかそれが伝説になろうとも。

 長い年月の中で歪もうとも。

 それでも、この先のハッピーエンドのためにきちんと記録に残しておこうと。


「ところでアッシュよ。神話のタイトルはどうするのだ?」


「そうだなぁ。分かり安くこういうのはどうだ」


 視線を向けてくる皆に振り返ってアッシュは適当に言った。


――『転生系廃エルフさんとツクモライズ』ってのはどうだ、と。


どうも。ツクモライズはこれで完結です。

ここまで読んでくれた方、お疲れ様でした!

いつものように暇つぶし程度に活用してくれれば幸いです。




以下独り言

 実は蟲毒魔王編とか、武具っ娘反逆編とか、本編後に善神とリストル教の連中から召喚テロを起こされて右往左往する話とかスライム暴走編とかも考えかけてました。が、蛇足になりそうなのでここいらで幕引きです。


・テイハさんの転生幻想とは?

 初めは転生したアッシュを探して、あの日々の続きを取り戻す計画でした。灰原 修二と話して計画は転生した自分と転生したアッシュがくっつくかどうかの実験へシフト。本当に転生にまつわる幻想を求めたというわけです。


・レヴァンテインとレーヴァテイン

 レバ剣ってぶっちゃけ世界燃やし尽くしてはないっぽいので、別名でそれぞれ集束点の属性を変更。まぁ、二面性のある魔剣ということで個人的には気に入ってます。


・希望の聖女だしたかった・・・

ガラの悪い子豚をリードでモーニングスター替わりに振り回す金髪だそうと思ったのに、出せる雰囲気じゃなくなってしまった。せっかく、対聖女用の魔神(笑)が完成したというのに……ちくせう


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