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第八十三話「クロスライン」


「ぬぅ? ラグーンの動きが変わった――」


 彼らの力に逆らわず、寧ろ利用する形でラグーンが急上昇していた。

 舌打ちを一つ残し、玉座の覇王が空を睨む。

 ただただ一定の航路を飛ぶはずのそれが、無理矢理な力に反発しているだけだったならまだ良かった。しかし、それは彼の力さえも振り切らんばかりの力で加速し始めている。


「なんだ?」


「動きが変わったで」


 あからさまに感じるようになった加速Gに、周囲から不安の声が上がる。


「ただ事じゃないな。おいアリマーン。今、どんな調子だ」


「どうもこうもない。コレは我等をどこぞに運ぼうとしている」


「どこぞって何処だよ」


「余が知るものかよ」


 ソルデスにつまらなそうに言い捨てて兵士を呼び寄せるとアリマーンは、彼らと傅いていたメイドと騎士をゲート・タワーへと撤退させた。


「さて、死んでも良い奴だけ残れ。これは決死隊となるぞ」


 ラグーンを包む白い光が消える。

 玉座から立ち上がり力の行使を止めたアリマーンは、兵士が張っていた天幕へと歩いていった。その間も勝手にラグーンは空を登っていく。


 尋常な速度でない。

 加速Gは地面に縫い付けるように増大。徐々に力を増していく。

 それでも、ここに居るレベルホルダーの大半は平然と立った。ティレルだけはフランベが横から支えたが、オーラを纏ってからは楽になったようで長柄のハンマーを杖代わりに耐えた。


 状況は不明。

 残された一同は顔を見合わせると、しかたなくアリマーンの後に続く。

 悪神はといえば、うろたえずに運び込まれた物資を確認していた。


「これだけあれば十分か。天幕が張れるなら自分の寝床ぐらいは整えておけ」


「ふふふ。さすがですね。動じてもいないとは」


「この状況で笑える貴公程ではないな」


 微笑を貼り付けていたアクレイは、肩を竦めてそのまま天幕の設営へと取り掛かる。


「かぁー! これだからゴウイングでマイウェイな奴らは!」


 ギターをかき鳴らし、適当な木の椅子に座るソルデスと踊るラストカにフランベが大きくため息を吐く。


「マイペースさなら君たちが一番だとワタシは思うのだが?」


「そう言いながら、フランベさんも観測道具準備しとるやないか」


「そーだそーだぁ。皆私の繊細さをちょっとは見習うべきなのだぁ」


 携帯食糧の中から目聡くクッキーを見つけた妖精神は、言い捨てて物資を漁り始める。最悪転移で帰ればいいとでも考えているのは明白である。事実状況が分からない以上、彼らに出来ることはない。緊張して硬くなるよりはと、皆が開き直っていた。


「なんだかんだ言って皆さん余裕がありそうですね。ふふふ。頼もしい限りですよ」


「それより気づいているか?」


「私ではなく剣神が、ですがね」


 元より協調性など求めては居ないが、それでも話しが分かる相手として選んだ男に悪神は続ける。


「あからさまに過ぎる。余が弱体化してなお分かるほど、こうもはっきりと力を使うとは。完全にこちらを舐めているな」


「噂の教皇……ですか」


「見たことはあるか?」


「一応は。剣神も勝てないと匙を投げました。正直、やりあえば打つ手はありませんね」


「だろうな。こうなれば探究神と宿主のドクトル次第だな」


 ラグーンが勝手に動いている。

 それが誰の思惑なのかも分からない今、これ以上の厄介ごとは困る。

 イニシアチブを取るにしても、遺産の在り処が分からなければ意味がなかった。現状は極めて後手に回っているのだ。


 そもそもが遺産の情報さえ向こう側からもたらされたものである。

 神魔再生会もそれ以外もそれ以外に打つ手などない。であれば、泳がされていたとしても不思議ではないのだ。


「……擬似的に復活した天使共なら、数体程度であれば余たちは問題ない。だが、奴自身はアスタムでも無理だ。彼我の戦力差は絶望的……いや、絶望さえ生温い程だ」


「そこまで、なのですか」


 アクレイには分からない。


 魔力は感知できても、想念の量を自ら推し量るような能力が無いからだ。


「はっきり言うぞアクシュルベルン。誰も勝負にならんよ」


 現在、教皇はクルスの外では動いていない。

 だがそれは、この一年で着々と地盤固めをしていたということに他ならない。


 確かに首都は四柱の念神と廃エルフの矢で甚大な被害を負った。第二次ラグーンズ・ウォーの勃発で人口も激減しただろう。

 しかし王家の代わりに台頭した教皇は、アーティファクト化していた天使を擬似的に復活させて使役した。最悪なことに、天使一柱が宿主の制約から解放された形で、だ。つまりこれは神宿りのどうしようもない弱点である、宿主の限界を無視して戦力化しているということに他ならなかった。


「少々解せぬがな」


「何か疑問が?」


「廃エルフもそうだったらしいが、どうしてそれが可能なのかが分からん」


「力が、ですか」


「方法も含めてだ」


 魔法で強化するというのとは訳が違うのだ。

 想念を奪い取るだけならまだ分かるが、分け与えるともなればリスクがある。そもそもがそこも含めての廃エルフへの興味だった。金貨も含めてやはり訳が分からない。


「確か廃エルフは悪魔の力を己に掛け合わせ、昇華した力を振るっていたな?」


「ええ。イシュタロッテさんの権能のようですね」


「アレも基本的には例外だ。幻想の垣根を越えている。精霊とハイエルフが例外だったとしても早々に同じことはできんよ。そも奴自身を生かしていたのが賢人であるなら奴が捕まるとも思えん。だが、何故か今、その訳の分からぬことが現実になっている」


「貴方はアッシュが教皇に捕まっていると?」


「可能性の話だ。クルスに放った密偵が『ツクモライズ』という単語を拾って来た。であれば、奴がアーティファクト化でもして使われていると考えても不思議ではあるまい。奴の技法なのだろう? あのツクモライズという技は」


「しかし彼は甘いですが、早々簡単に靡くような男ではありませんよ」


「それは知らんよ。アレは所持していた能力に反して無知に過ぎるからな」


 無軌道というよりは、いきなり力だけ与えられたような印象があった。

 それでいて力の制御さえままならない神。それが廃エルフという特異な念神の姿だった。

 今だからこそアリマーンは思う。その特異性が賢人由来であったのだとしたら、賢人という女は心底意地の悪い女だと。


(寧ろそれが狙いだったとでも考えた方がしっくりくるがな) 


 念神は想念を求めていた。

 そこに右も左も、己の力さえもよく分かっていない餌が投下されるのだ。

 飢えていれば狙い、そうでなくても何も分かっていないのだから好き勝手に動いて火種を作る。その果てにあるのは喰らい合いだ。少なくともアリマーンが復活してさえいなければ、彼は延々と敵もなく大陸で喰らい続け成長を続けていただろう。


 とはいえ、そこまで考えてアリマーンの思考は脱出不可能な迷宮へと囚われる。

 まったく意味が分からないからだ。

 賢人なら初めから力を授けられたはずで、だとしたら彼の状態はやはり意味不明になる。


「分からん。本当に分からん。奴はいったいなんなのだ? 貴公は知っていたのか?」


 自分の天幕を設営し始めたダークエルフに問うが、彼もまた分からないと首を横に振るうだけ。けれどその男はしたり顔で言うのである。


「きっと考えるだけ無駄だと思いますよ」


「……呆れたぞ。それでよく奴を手駒にしていたものだ」


「いえいえ、手駒になどしていませんよ」


 出会ってから消えるまで、アクレイは一度も手駒にした覚えなどない。

 彼はただ、頼っていただけなのだから。


「アッシュは基本、頼めば話を聞いてくれましたからねぇ」


「――ハッ。頼んだだけで余の前に立ちはだかったとでも言うのか?」


 それは、あまりにも笑えない冗談である。

 不機嫌そうな物言いに、しかしアクレイはすまし顔で言葉を返す。


「知らなかったから、というのが大きいと思いますよ。まぁ、知っていたとしたら別の方法で立ちふさがったと思いますが」


「ほう?」


 心外だとばかりに作業の手を止める悪神に、アクレイは笑って言った。


「どう考えても貴方と彼では相性が悪いでしょう?」





「……喰えるんかそれ」


「勿論ですよ」


 装備を外し、元の服装に戻ったアスタムが頷いた。

 エプロンと三角巾を頭に被った彼は、今しがた目の前で用意した大量のパンを配り始める。


「石が何をどうやったらパンになるというんだ!」


 錬金術も裸足で逃げ出す奇跡だった。

 フランベは差し出されたパンを震える手で掴み、当たり前のように目を凝らす。だが、如何に所持する探究神といえどそのカラクリは暴けない。

 ほとんどの者が食べられるのか不安になる中、そこかしこで勇者を待ち望む視線が飛び交っていく。


「おお、これは懐かしい」


 だが、そんな臆病者たちなど何処吹く風の猛者がそこに居た。

 ダークエルフのアクレイである。


「パン職人さえ裸足で逃げ出すこの柔らかさ。職人が泣いているんじゃありませんか?」


 ちぎって口に入れた男は抵抗なくかぶりつく。

 元が石だったことなど一同が忘れそうな食いっぷりに、アスタムも満更ではない顔を見せる。具沢山のシチューをかき回す少年は、ただただ表情を綻ばせた。


「どうでしょうね。張り合ったことはないので……」


「くっ、やりにくい奴や!」


 尊大な調子のアリマーンと、聖人君子然とした少年の有り様は少なくない混乱をティレルたちに与えていた。

 フランベもそうだが、アスタムはアヴァロニアでは滅多に表に出てこない。そのギャップは言うに及ばず、慣れるまで一同が違和感に苛まれるのは当然と言えた。それこそ付き合いがあって耐性のあるアクレイだけが一同の中で平然としている有様である。


「アクレイさん、もしかしなくてもやっぱり大物やないん?」


「いえいえ、私などどこにでも居る小物に過ぎませんよ」


 しかし謙遜するその小物は、真っ先にアスタムからシチューを受け取ってホクホク顔だ。


「やはり食事は良いですねぇ。頭の痛いことばかりでも、それを一時的に忘れさせてくれるのですから大したものです」


 拠点の外から魔物の雄たけびが聞えようとも、その男は素知らぬ顔である。

 まともな感性のヒトなどもはやそこにはいなかった。

 一人、また一人と食事に手をつけていく中、ティレルとフランベだけが最後まで常識とは何かを考えた。が、結局は空腹に負けて渋々と手をつける。


「何でや? 普通に美味しいのがなんでこんなに悔しいんや?」


「言うなティレル君。言ったら余計に空しくなる」


 女子力とは何かを、何故空の上で考えなければならないのか小一時間考えたくなったフランベであった。




「では、僕はしばらく休みますので」


 そうして、アスタムは片付けをして天幕へと向かった。

 持参したというMy枕で時間を潰すとのことである。ラグーンを持ち上げたことの疲労であるのは明白であり、誰も注意はしない。


「どうだい学者先生」


「下で居るよりはマシな気がするね」


 雲の上、青空の先へと登り始めたラグーンは彼らが到達したことの無い場所へと誘っていく。

 少しずつ近づいてくる星空。

 空の青はやがて消えていき、暗黒の宙の向こうに宝石のような星々が広がっていく。その光景は、淡白なフランベでさえ感動を禁じえない程美しいものだった。


(それにしても、恐ろしい程に技術に差が有り過ぎる)


 賢人とは何なのか?

 何度となく夢想したその正体が、これでは役々分からなくなる。

 今は亡き古代文明の末裔か、それとも知識の神そのものか。

 知らない者にとっては謎であり、このラグーン一つとっても何故浮いているのかが常人には分からない。だが逆に言えば、賢人という存在はヒトがたどり着ける可能性だった。

 驚愕と同時にやってくる歓喜の念は、研究者としてのフランベの興味に火をつける。


「そうか、空気が無い方が星がよく見えるのか」


 また一つ、知りもしなかったことを彼女は学んだ。

 同時にそれは、空気が希薄化したことの証明。

 メガネ型の姿を取っているアナを経由して、少しずつ蓄えていく知識。無性に今、ラグーンの端に向かって眼下にあるだろう大地を見下ろしたい。

 その欲求は肥大化していくが、彼女はその欲望を押さえ込んで望遠鏡へと目をやる。

 レンズ越しの空。拡大された視界に目を凝らす。

 と、星の配列から、資料通りのそれを探す中ふと奇妙な物を彼女は見つけた。


「――ん?」


 最初は見間違いかとも思った。けれどよく見れば、星の輪を作るデブリとも違っていた。

 明らかに不自然だった。

 ただの岩にも見えかねないそれを前にアナが視界をズーム。さらに映像を補正して見せる。フランベは己が見たものに確信を得るべく、足元においてあった資料を手繰り寄せる。


「これですか?」 


「ああすまないね」


 自らも望遠鏡の扱いを尋ね、自分で興味本位に探していたアクレイがそっとそれを手渡す。その間、右目をレンズに近づけたままもう片方の視界で急いで資料を漁る。

 逸る気持ちは、乱雑に彼女の左手にページをめくらせた。

 ラグーンが上昇しているため、少しずつ望遠鏡で補正しなければ見失いかねないのだ。


 せっかく見つけたそれを逃すことはできない。

 慎重に探すフランベの喉がゴクリとなった。

 脳裏を過ぎるのは資料の一文。


――岩の切れ目から、金属の板が継ぎ接ぎされているように見える天体。


 天文学者が見つけた不審な物体の一つを示すそれが、今確かに彼女の右目の視界の中に納まっていた。


「アナ、付近に見える砂のようなものはなんだ」


『……分からない。だが、アレが観測不可能にしている仕掛けだろう』


 レンズ越しの映像を切り替えると、そこには星の輝く空が移るのみ。

 それが、光学迷彩という技術を成り立たせていた仕掛けであることなど知らない二人は、しばし無言でそれを眺める。だがそれも、様子を伺っていたアクレイが問うたことで我に返った。


「見つけましたか?」


「あ……ああ。どうやら普通には見えないというのは本当らしいね」


「マジかっ!? 悪神共を呼んでくらぁ!」


 ソルデスがギターを一度鳴らすや、アスタムを起こしに走り去っていく。

 魔術的な迷彩であれば、まだ他の神々にも見抜けただろう。しかしそんな気配はそれに一切ない。真実を見抜く眼があって、初めて観測ができる何か。それの発見の興奮は、それを上回る超技術への憧憬と焦りに飲み込まれていく。


『フランベ、こちらでパターンを記録する。以後、同じ技術で隠蔽されたものならばワタシで容易く見破れるが……不味いな。目印になるようなものが何も無いし、速度もかなりのものだ』


 見失えば、再び見つけるのは至難。

 余りにもデータが足り無いため、とにかく今は眼を離さないで居ることしかできない。

 その間に、周囲に神宿りたちが集まってくる気配を感じながらフランベは観測を続けるが、それの動きは予想以上に速い。幸いなことにまだ捉え続けられたが、見失うのも時間の問題だった。


『このままでは見失うぞフランベ』


「手も足も出ないとはこのことかな」


 問題なのはラグーンが勝手に動いていて近づけないこと尽きる。なら、それを打開する案は一つしかない。

 と、そこへようやくアスタムを連れてソルデスが戻って来る。


「見つかりましたか!」


「見失うのも時間の問題だがね。単刀直入に言うが、君が単独でそこに転移するか、ラグーンをそこまで転移させるかしかないと思うよ」


「では後者で行きましょう」


 迷わず言い切ったアスタムは、既に六魔将を纏った鎧姿だった。


「君でも普通には見えないはずだ。だから一時的にアナを貸す」


「了解です」


 兜を脱ぎ、すぐに望遠鏡をのぞきこめるように構える。

 その間にも、ジリジリと動かすフランベはすぐにどけるように身構えていく。


 そして、すぐさま作戦は決行された。

 メガネを外したフランベは、アスタムにアナを渡すと転がるようにして居場所を変わる。

 アスタムはメガネを掛けるや、望遠鏡を齧りつくようにして覗き込む。


 一瞬の静寂。

 息を呑んで見守られるその中で、アスタムは拳を左手の拳を突き上げる。

 その動作が示す意図は明白だった。


「やれそうです。それじゃ、行きますよ!」


 白光が周囲に広がる。

 それはやがてラグーンさえも飲み込み、完全にその場から消失させる。


――浮遊感。


 数秒にも満たないそれが終った次の瞬間、一同の体に巨大な振動が襲い掛かった。

 同時に響く轟音は、低軌道を周回中だったそれとの衝突音に他ならない。


「不味い!?」


 思わず叫んだフランベは、ゲート・タワーの彼方に巨大な岩が接触しているのを見てとった。外縁部が砕けたのか、岩肌の一部がやけに近い。

 フランベの顔がサッと青くなる。

 ラグーンの上部を覆っている結界は相当な強度を誇っているが、衝突で貫通されでもしたら中の空気が外に出ていたかもしれない。

 薄っすらと外に白い光が見えることから、衝撃をかなり軽減したようだがそれでも滅茶苦茶に過ぎた。

 自然とそれを成した犯人を睨みつけ、一発ぶん殴りたい衝動に駆られる。


「ふぅ、なんとか成功……かな? 上手くいって良かった」


「びっくりしたねぇソルデス」


「驚いたどころの騒ぎじゃねーよ。ラグーンがぶっ壊れたかと思って転移しかけたぜい」


 草臥れた帽子を被りなおすソルデスは、当然のようにフランベの前に立って様子を伺っている。


「む、無茶苦茶や」


「ですが、無茶を通せば道理も引っ込みますよ」


 身構えていたティレルとアクレイも構えを解く。


「もーう! 死ぬかと思ったよぉ聖人ちゃん!」


「や、すいません」


 妖精神は目聡く一番安全だろうアスタムの肩にへばりついて様子を伺っている。

 だがどうにも、誰もどれだけ危険だったかを認識してはいない。

 その危機感の無さに頭痛を感じたフランベに、アスタムがアナを差し出す。


「どうも。これは返しますね」


 結果的に成功し、衝撃のせいか見えなくなる仕掛けは解けている。

 だがどうにも素直に褒めることが、彼女にはできそうにない。


「アリマーン、君のでたらめな宿主を一度アカデミーに放り込んでくれ。ついでに帝王学も叩き込んでくればいい。王をやらせる前に常識を叩き込んだほうが良い」


「馬鹿を言うな。アスタムに凡人の価値観を与える必要がどこにある」


「――」


 いきなりの悪神からの返答に、フランベは無言で拳を握り締めた。やはりこいつとは感性が合わないと、しっかりと確信をして。

 けれどそれだけでは終らない。


「まったく困ったも――」


 言い終える暇などなかった。


「ちょ、ちょっと悪神ちゃん! 前、前にぃぃぃ!?」


 妖精神が悲鳴を上げた。

 当然だと、フランベも思う。それが衝突した箇所を後ろと定義するなら、前にいきなりラグーンが一つ転移してきたのだから。


「――ッ。衝撃に備えろ!!」


 誰かが叫んだ。

 それが誰の言葉か理解するよりも先に、彼らの乗ったモンスター・ラグーンを二度目の衝撃が襲い掛かった。





『だ、段取りが滅茶苦茶ですぅぅ!!』


 管理AIたるユグドラシルにとって、その行動は完全に埒外であった。

 ぶつかったのは、廃棄予定だった老朽化した人工衛星である。廃棄といっても大気圏突入で燃えつきるような物ではなく、レーヴァテインでの破壊処理が決まっていた巨大建造物。元は資源衛星を利用して作られたその衛星の大きさは、ラグーンより少し小さい程度である。


 元々は静止衛星軌道に配置され、支配者のための最初期の駐屯施設の一つとして機能していた。宇宙に上がるのが面倒臭がったレーヴァテインが、少しずつ高度を落としていたところで通信設備がイカレたという過去を持つ。以後、軌道計算で算出した時期にでも処理しようとタイマーがセットされていた。

 既に代わりの衛星は静止軌道にセットされているため、別にいつ処分しても良い様な代物ではある。そんなものを失っても普通は痛くも痒くもない。だが、彼らの移動にあわせてもう一つのラグーンが合流してしまった。

 レーヴァテインを奪取した者が居るラグーンが、だ。


『うがぁぁ! どうせ燃やすからって機密情報はそのままだった気がががが。こちらからのアクセスは……やっぱダメですか。通信設備がぶっ壊れてるから介入できない癖に電源もつけっぱ……いや、非常電源はまだ生きてますかね……』


 かといって、108式砲で撃ち落とすなら、今度は射線から衛星砲の軌道高度が割り出される可能性が持ち上がる。

 レーヴァテインの火力なら、全方位にぶちこんであぶりだすことも不可能ではない。

 最小限の被害でと考えるなら今すぐにアレを自爆させるべきだが、それも通信設備が壊れているからできない。


 ついでに言えば、二つのラグーンとの接触によって大幅に減速した。

 その結果、島程度の質量を持つ物体が三つクロナグラに落着する時間が早まった可能性がある。というか、観測データから察すれば予定を大幅に短縮していた。

 中心部にある聖人が乗ったラグーンは今、白い光に守られて緩衝材の役目を果たしているが、これもまた余計な仕事だ。おかげで砕けるはずのそれがそのままで生き残ってしまっている。


『どんなウルトラCですかっってんですよぉぉぉ。衝突して砕けろですぅぅぅ!』


 もはやAIさえ脱帽のミラクル劇。このまま何も無ければ、ほぼ間違いなくジーパングの西の海へと落着する。沿岸部では当然のように発生した津波で大惨事間違いなし。

 が、何れは分離する可能性が高い。その際の分離タイミングも中に居る連中が余計なことをすればコロコロと変わるだろう。地表に落ちれば周辺への大地震は堅く、海に落ちても津波で良いことなど一つもない。しかも今現在は第二次ラグーンズ・ウォーが発動中だ。


『三重苦ですねこれ。サンプルオワタですぅぅ』


 ユグドラシルはそこまで考えて計算を打ち切った。

 そこまでいけば被害など考えるのも馬鹿らしい。

 レーヴァテインの使い手が廃棄衛星から衛星群のデータを引っ張ってきたとしても、自爆すればそれで事足りる。結局、彼女はそれでも別に良い訳で、無駄に最高の結果を望むのを止めた。止めたが、しかし状況は二転三転している。


 気に喰わないことはいくつもある。

 だがもっとも気に喰わないのはやはり。


『このままだと詰むですかねぇ』


 世界を支える大樹は想う。


――結局は未だに両方ともが失敗作か、と。


『――まっ、お手並み拝見と行きますか。こちとら通常業務が仕事ですぅ』


 決して、一年前に無視されたことを根に持っているわけではない。

 たただた管理プログラムのとおりに彼女は世界を運営するのみ。

 彼女はそれだけの存在なのだ。

 だからその二人に哀れみを覚えたのもきっと何かの間違いで、彼女との付き合いの長さが生んだただの感傷だった。


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