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第八十二話「天侵の一矢」


 寒空の下、フランベがレンズの向こうを覗き込む。

 砂浜では巨大な水竜が寝そべり、更にはドワーフの戦士たちが彼女と機材の周囲で守りを固めている。


 魔物は居る。

 けれど、神宿りと竜の存在が彼らの側へと近づくことを許さない。


「ふぅ、今日も冷えるな」


 白衣の上に羽織った外套を押さえつつ、連日の慣れない天体観測をフランベはしっかりとこなしていく。

 確認するのは星ではなく人工物。

 惑星クロナグラを回遊するという賢人の遺産であり、探求神さえ視たことが無い正体不明の物体だ。


 そもそもの話しだが、それが一体どんな形をしているのかさえ彼らは知らない。

 当然といえば当然だ。

 クロナグラの人類種が、これまでに惑星の外へと出たことはなかった。

 元より、そこまで文明が進化することなど許されたことが無い。


 空の征服さえままならぬ時代に、その上の宇宙など意識の外だ。

 精々が学者の天体観測程度であり、それ以上など想像したものさえ少なかった。


「言われた通りアヴァロニアの資料をかき集めてきたけど、役に立ちそうかい?」


 白い吐息を吐き出しながら、商神ダラスが尋ねる。


「まぁ、すぐには無理だね。天文学に詳しい知り合いから噂には聞いていたけど、生憎とワタシの興味を引くジャンルではなかったしね」


 苦い古巣の資料だが、それを思い出したのは幸運ではあった。


――この前、星以外の人工物らしきものが見えたのよね。


 流れ星や星ではなく、しかし確かに存在する謎の建造物。

 鳥のようでもあったというし、立方体と筒と鏡がくっついたような、意図不明な形の物まで報告例がいくつか有るという。

 そのどれかが件の遺産ではないかと考えたフランベだったが、それの詳細な記録はあまりにも少なかった。そもそも天体望遠鏡そのものがアヴァロニアでは希少で、天文学ともなれば研究者がかなり少ない。


 実績を出しやすい研究ではなく、それが技術に直接還元できるような代物でもないから他の部署と比べれば予算が少なかったのだ。

 確かに新しい星の発見は歴史に名を刻めるだろう。


 しかし、だからといってそれがすぐに金や技術的発展にフィードバックできるかといえばそうでもない。

 実力主義のアヴァロニアでは、実力そのものがあやふやなせいで酔狂の部類だ。

 それでも上が予算を配分するのは、知識の蒐集という意味合いがあっただろうか。


「でも、正直その教皇とやらには驚かされたよ」


「あー、やっぱりドクトルもそう思うかい?」


 リストル教の教義で言えば、知り過ぎてはいけない。

 神の全能性と神秘性を守るためには、世の理が解き明かされるのはよろしくないのだ。


 科学の光は鋭利なメスだ。

 神域を切り取り、幻想の正体を赤裸々に暴き出す。


――幽霊の正体見たり枯れ尾花。


 積み重なってきた信仰の歴史に、綻びを生みかねない諸刃の剣は彼らには必要ない。

 星の運行などはその一端だ。

 全ては神の思し召しでなければならない。


 けれど、それを教皇自ら暴きかねない道具を持ち込んで来た。

 アヴァロニアのそれと遜色しない性能のそれを用意して、だ。


「存在そのものが異端になりかねないというのに、何故こんなことができる」


「そこらへんはこっちでも分からないんだ。分かっているのは、魔法銃と蒸気機関を主導していたのは今の教皇だってことぐらい。最近の動きで、ようやく分かってきたよ。クルスの変革の中心には彼が居たみたいなんだ」


 商神ダラスとしても謎である。その答えは、或いはクルスの急激な変化に直結するかもしれないと考えるも、それ以上がどうしても分からない。


「なんや厄介そうやな、その教皇はん」


「兄ちゃん、その割には余裕そうやけど?」


 ちゃっかりとエールを飲んでいるダイガンである。さすがのティレルも危機感が足りないのではないかと呆れるほどだ。が、陽気さこそが彼の持ち味だ。おどけるように肩を竦めていうのであった。


「結局、なるようにしかならへんからなぁ」


「前向きというかなんというか、王子らしい言葉だね」


 フランベがレンズを覗きながら苦笑する。

 そもそもペルネグーレルの立場からすれば、賢人の遺産は厄介だがどうすることもできない代物である。空を飛ぶぐらいなら竜に頼めばいいが、空気が無いなどという場所には手が届かない。軽く説明を受けたフランベからしても、そんな場所にある物をどうすればいいのかが思い付かない程だ。


 前人未到のその領域は、正に誰の手も届かぬ神の聖域。

 賢人しか届かない箱庭の外だった。


「ぶっちゃけ、ワイらには普通に手が届かんのや」


「竜神と妖精神が資料をごった返してるけど、やっぱり無理があるっぽいしねぇ」


「今の神魔再生会だと可能性があるのは、念神としての俺様ぐらいじゃないか」


 神魔再生会十三幹部二番、死神ソルデスが言う。

 その伝承にある姿はボロの外套を纏った、巨大な鎌を持つしゃれこうべ。

 つまりは最初から空気など吸っていないので、空気が無くてもなんともない。そして彼は空も飛べる。条件のほとんどはクリアしている。


 けれど、彼は念神として復活を果たしていない。

 本体が完全であれば可能性はあったが、やはりそれだけでは手が届かない現状は変わらない。結局、見つけたとしても根本的に彼らには打つ手がないのが現状だ。

 その現実こそ、絶対に彼らがクリアしなければならない最大の壁。


「思えば、教皇はそれも見越して情報を与えたのかもしれねぇな」


「他に可能性がありそうなのは……やっぱりリストル教系列の天使か悪魔ぐらいかなー」


 クルクルと浜辺で踊っているラストカが、無邪気に最悪なことを言う。


 伝承曰く、天使は火から作られた。

 堕落したことで堕天使やら悪魔と呼ばれる者も生まれたが、星を、世界を創造した神に仕えていたのだから、この二つの念神は星の外で活動できる能力が無ければならない。

 でなければ神の手伝いや奉仕ができないからである。 


――であれば見つけたところで無意味ではないか?


 薄々感づいていたダラスは、無言でソルデスに視線を送る。

 だが、それに対する回答もまた彼らは準備していた。


「例外がもう一つあるぜ。アリマーンの宿主だ。聖人の魔法のような奇跡ならなんとかなるだろ。確か、リストル教のなかでは聖人ってのは死後に天使になったとかいうのも居ただろう? 聖人のイメージを定着させたのが連中なら、引きずられて対応できるはずだぜい。まっ、リスクは承知の上でだが」


「それでいいのかい?」


 アヴァロニアに組しているダラスとしてはそれでも構わない。

 けれど他の面子からすれば面白い話ではないことぐらい分かっていた。


 特に探究神はアリマーンと反りが悪い。

 探索のキーマンである彼女の機嫌を考慮するなら、その結論は回避して妥協できる相手が欲しかった。

 が、ソルデスは憮然とした顔で言ってのける。


「リストル教よりあいつのが千倍マシだろ。クールビューティーだってガキじゃねーんだ。そこら辺は飲むさ。だいたい、それを問題視するのは間違いってもんだ。問題にするなら悪神の腹の内だろ」


「だ、そうだよアナ」


 メガネのアーティファクトは答えない。

 フランベとしても思うところはあるが、他に手段がないならばもはや是非も無かった。

 そしてそれはアナも同じである。

 ため息交じりにフランベの体を借りて発言した。


「今からリストル教の悪魔共に持ちかけても、信用問題は付き纏う。選択肢など最初から無い。業腹だが人類最強に委ねるしかない。神が人に頼るなど本末転倒だが、ね」


 ツンとした言葉を吐き出し、アナはすぐさま宿主に体を返す。

 少なくとも神魔再生会でそれなりに面通しをしていて信頼できる悪魔など、数は少ない。それに遺産が絡むともなれば、最低限の信用は必要である。苦労して手に入れたとしても、それを悪用されては元も子もない。


「――妥協でもその大役、ありがたくこなさせてもらいますよ」


 声がした。咄嗟にフランベを庇うように戦士たちが動くが、突如として白い光と共にその場に現れた少年は、降りかかる殺意の視線に笑みを返す。


「アリマー……いや、お前は……まさか宿主の方か!?」


 ソルデスがポロロンとギターで感嘆を示す中、聖人少年は一礼して名乗りを上げた。


「始めまして皆さん。一応、アヴァロニアの王ってことになっているアスタムです」






「フランベさん……でしたか。それとも今は探究神アナですか?」


 黒髪の少年は邪気の無い微笑みで尋ねる。


 敵意はない。

 殺意もない。

 それどころか彼には敵意さえない。


――だが、対峙したフランベは、その少年が内包する気の総量に久方ぶりに目を剥いた。


「……強くなっている、だと?」


「ああ、やっぱり分かりますか。どうやら人間以外からも相当に流れてきているようでして」


 彼こそは超人幻想<ツゥラトゥストラ>の体現者。

 聖人を含む、人間の規格を超えた力を持つ想念の集束点をその身に宿す者。


 端的に言えば救世主。


「ですが、これはきっと長くは続きません。危機感により向上した力にも限界はある。人口の減少がこれ以上進めば、後はきっと磨り減っていくだけです」 


 救いを求める人々の想念で強化された覚醒者は、念神に匹敵する力さえも振るうことが許される。

 今、クロナグラで唯一その力を行使することが許されているのが、この場に現れた少年である。この未曾有の災厄の中であればこそ、想念が種族の垣根を越えて収束されるのは当然とも言えた。が、周囲で佇む神宿りの大半は別のことで驚いていた。


「……おいおい、待てって。なんでアリマーンが出てこねぇ」


「あー、彼はその、ちょっとナーバスになってまして」


「どういうことや?」


 ダイガンにはトンと分からない。

 ダラスは知っているようだが、口にはしない。

 それはホビットを受け入れたアリマーンの名誉のためとでも言うべきものだが、アスタムはあっさりと暴露した。


「廃エルフさんの武器……でしたっけね。ラグーンズ・ウォーが始まる前の、あのクルスでの戦いで僕たちは痛い目に合わされまして。彼、そのせいで色々と自信を無くして引きこもっちゃってます。あ、心配は要りませんよ。彼にとってはいつものことらしいですから本番までにはメンタルを調整してくれますんで」


「「「……」」」


 困りましたよね、などと呟くアスタムは、呆気に取られているフランベたちを他所に望遠鏡へと近づいて勝手に覗き込む。


「んー、やっぱりアカデミーと同じですかぁ。星しか見えないなぁ」


 ダラス経由で情報を押さえている以上は、自国でも当然のように視察はしている。

 特に首都のあるヒューマン・ラグーンの上からの観測班は、日の目を見たとばかりに張り切っていた。

 が、それでもやはり見つかる兆しはない。


「こうなると、手段はもう一つしかありませんね。どうでしょう。ここは一つ、手を取り合うというのは」


「あんさん、そらちょっと虫が良くないか」


 武器を構えず、しかし言葉で攻めるダイガンは苦々しい顔をする。それはティレルや側にいたドワーフの戦士たちも同じだ。


「忘れろとは言いません。一端脇において共闘しようと提案しているだけです。勿論、賢人の遺産も共同管理で構いません。必要なら同盟も条約も結ぶ用意が僕たちにはあります。ことはこの星に住まう者たち全てに関わる問題ですからね」


「それで今度は何を企んどるんや。何が望みや侵略国の王様はっ!」


 ティレル王女がハンマーを突きつけて問う。

 信用などできない。

 したくもないと、その小顔には激情が張り付いている。

 詰問するようなそれにアスタムは困った顔をしたが、それでも何の照らいもなくはっきりと答えた。


「望みと言われても、ね。僕たちには世界平和しかありませんが……」


「な――んやて?」


「確かに方法は乱暴でしたが、アリマーンと僕の最終目的はそれだった。というよりは在り得ない。僕は善に背けないし、背く気も無い。彼は悪をもって悪を征する方ですから色々とひねくれてますけど。まぁ、誤解されやすい神ですよね彼は」


「誤解やって? ハッ。一片誤解っちゅー言葉を調べなおしてから来いや!」


「では言い直しましょう。全ては必要な犠牲だった、と」


「ッ……!」


「あかん、ティレル!」


 咄嗟にダイガンが手を伸ばすも、燐光を纏った少女は砂浜を蹴っていた。


「――」


 彼女の指揮で何人も戦士が死んだ。

 自身も死にかけ、そして生き延びて今がある。

 だが、ただの一度もそれが必要だったなどと思ったことはない。

 こみ上げてくる衝動のままに、渾身の力でアーティファクトを振り下ろす。


 瞬間、確かに砲弾が着弾するような轟音が轟いた。

 ゴーレムさえも粉砕する剛の一撃。

 一瞬空気を震撼させたそれは、しかし当たり前のように届かない。


「なんでや……」


 彼女と少年を分かつ光の壁は、彼女の嘆きを通さない。


「なんで届かんのや! ウチは強くなってるはずや。内気魔法だって使えるようになったのになんで!! なんでなんやっ!!」


「あー、これも言いたくはないのですが」


 彼女を哀れむように、悲しみを堪えた顔でアスタムは言った。


「多分、僕が貴方より単純に強いからかと」


「ッ――」


 ただ、それだけの話しだった。


「後は……まぁ、今僕に死なれては皆さん困るからでしょうかね?」


 集束点であるということは、少なくともそれに対しての肯定が要る。

 彼に救世主としての振る舞いを求める人々にとっては、アスタムは必要なのだ。だから生かし、力を注いで、希望を託す。


 元々アスタムの願いそれ自身は純粋で、人々が忌避するような悪道ではない。

 そして『彼ら』にとっては究極、手段の是非などは関係がないのだ。


 切り捨てられる側に立つ者よりも、切り捨てることで益を得る大多数が要る限り彼の行いは善として人類に受け止められるから。

 元々の彼は人間の救世主。

 人間は繁栄のためなら彼を肯定する。


 それは肯定せざるを得ないほどの功績を、アリマーンと共に彼が築き上げてきたからだ。

 そして今や、分断された西ユグレンジ大陸を掌握した覇王でもある。この未曾有の災厄の中、彼の国の中心である彼の求心力は更に増していた。


「僕の強さは人々の無意識的な願いがあればこそ。だから、そういうことなんです」


 二撃、三撃と振るわれる槌から目を逸らし、居並ぶ者たちに是非を問う。

 もはやティレルは、歯牙にもかけられていなかった。


「もう止せ、止すんや!」


「うがぁぁ!! 離せ、離せ兄ちゃん! こいつだけは、こいつだけは許せへん!!」


 ティレルに後ろから押さえ込んだダイガンは、なおも暴れようとする妹に胸に抱く。そこへ、見かねたラストカがフォローに入る。

 神気を解放した彼女は、ダイガンを振り払った彼女の前に躍り出た。


「はいはーい。ちょっと静かにしましょうね」


「邪魔すんなやっ!!」


 唸る鉄槌。

 規格外のアスタムやアッシュのような念神ならともかく、それ以外なら危険なその攻撃。それを、ラストカが片腕で受けとめる。

 地面にめり込んだ両足がその威力を物語るも、周囲のドワーフ戦士たちが口をあんぐりと開けて沈黙した。


「んなアホな! あんな細腕でどうやってティレルのアレを!?」


「あー、つっても妹さんは神宿りレベルだろ。魔術やアーティファクトの補助なしでアレはスゲェがよ。ラストカの素体は特別なんだわ」


「この体は直接私が血を吸い、延々と育ててきた特別な娘だからね。んーと、ごめんね? ちょっと邪魔だから普通の人は黙ってて」


「ふつッ――」


 アーティファクトを引っ張り、右手で抱き寄せるとラストカはティレルをホールドしてしまう。


 夜闇に落ちる静寂。

 荒い息を吐き出し、今にも獲物に飛び掛らんとする猛獣はしかし、ラストカのせいで身動きがとれずにただただアスタムを睨みつけることしか許されない。

 痛ましい姿だった。けれどやはり、少年はそれを見ても謝ることさえしなかった。


 正確にはできなかった、とでもいうべきか。

 必要な犠牲でなければ摘み取ってきた命が無為になる。

 アリマーンに託していたアスタムではあるが、彼自身にも責任はあることは自覚している。だから、自身の善性にかけてそんな悪辣なことはできなかった。


 だから謝りもしない。

 決して誇りもしないが、そういうものだと割り切って動いている。


 だから歯牙に掛けず、同情しかしない。

 それはもうタダ人の思考ではないのだろう。しかし彼はもう超人であった。


 上位にシフトした視界は、戻ることは決して無い。

 純粋に、無垢に、清らか過ぎるままに孤独の道を歩くだけ。

 いつか、彼が必要なくなって、想念を捧げ来た愚者たちに殺されてしまうその日まで。


 彼もまた、念神と同じ舞台装置だった。

 人の願いを得た極限の一にして、都合の良い夢の具現。

 希望という概念を大多数に押し付けられた、想念により無自覚に人生を狂わされた者。


「では具体的な話をしましょうか。どうでしょう。どうせならここに居る全員で空に上がりませんか? 僕がそこまでの手段を用意します。今ならまだ、僕の力で微かな希望に手が届くかもしれませんよ」


「何か策が?」


「僕とアリマーン。そして六魔将たちの力でラグーンを一つ、宇宙とやらまで力ずくで持ち上げます。その方がより探しやすいでしょう?」


「馬鹿な!? そんなことが可能だというのかっ!?」


 誰もがフランベの言葉に内心で頷いた。

 けれど当の本人は笑むだけで否定しない。それどころか付け加えてみせるのだ。


「ギリギリで可能です。実は数日前に一つ、モンスター・ラグーンを使って色々と実験してみたんです。勿論、中で暮らせることを既に確認しています。海に沈めてみたら表面を覆っている結界は空気を逃がしませんでしたし、海水の流入ささえ防ぎきりました。しかもアレは、転移魔術を防がない」


 付け加えるなら、ゲート・タワーと繋がっているために物資の補給さえ可能である。


(……後の問題はどうやって遺産を回収するかだが、なるほど。だから転移か。見つけたら、後は彼が奇跡の力で地上に転移させればいい)


 浮上させるほどの莫大な力を利用すれば、それぐらいは可能かもしれない。恐ろしい程の力技ではあったが、生身で外に出るなどという選択をするよりは合理的に思える。フランベとしては、そこまで折込積みなのであれば賭けてみたいという気にはなる。


「おいおい正気か聖人!! テメェ、大人しそうな顔してなんてことを考えやがる!」


「力ずくにも程があると思うんだぁ」


「参ったな。僕のところの王様、嘘を言ってない……」


 ダラスが嘘かを判定し、その結果に一同が息を呑む。

 汗腺からブワリッと汗が出るほどに、彼らは興奮を抑えきれない。

 寒空の中に静かに沸く熱気の中で、救世主はただ請うた。 


「というわけで、僕たちには遺産を見つける手段がないことだけが問題でした。ですから受け入れてはもらえませんか? 多分、お互いに損はしないはずですよ」


 ニコリと笑う少年の案を、断れる者などもはや誰もいない。

 心情はどうあれ、こうして希望の一矢が番えられたのは事実。

 そして彼らには、それ以上の策はない。

 結局はそれが決め手だった。





 作戦のために費やされる時間は少ない。

 先にアヴァロニアは、使い捨てにするモンスター・ラグーンを一つ選定して準備を進めていたからである。これに対して、アスタムが帰還してからのペルネグーレル側はといえば大忙しだった。特に転移ができる探究神を所持するフランベは、その能力故に連絡要員として借り出される始末。


 そこで巻き込めるとすればやはり外界への興味が希薄なエルフ族だった。

 これに、神魔再生会経由でジーパングが便乗する形で情報が共有され、一週間後に代表者がそのラグーンへと集められた。

 ペルネグーレルからはティレルとフランベが、エルフ族からはアクレイが、そしてジーパングからは妖精神ドテイがそれぞれ招かれる。

 例外といえばやはり、吸血神と死神だ。彼らはフランベの護衛としてのスタンスを崩さずに居た。


「さすがに準備が早いな」


 フランベが呟き、一同が無言で同意した。

 拠点となるゲート・タワーには、物資を運び込むアヴァロニアの兵士たちがひっきりなしにゲートを移動している。観測機器の運搬はもとより、物資の調達も問題はなさそうだ。

 中でもティレルが注目したのは兵たちの錬度だ。


「なんやあいつら。全員只者や無いで」


「――当然だ。皆鍛えぬかれた精鋭たちであるからな」


 階段より現れた少年が、にべも無く言い放つ。

 射殺さんとばかりに睨むティレルだったが、その前にスルリとアクレイが進み出た。


「お久しぶりですねアリマーンさん」


「やはり貴公が来たかアクシュルベルン」


「ふふふ。エルフ族側から出すのに都合が良かったのが私というだけのことですよ」


「フッ。一先ずはそういうことにしておこうか」


 一人一人値踏みするように見据え、アリマーンは頷く。


「ではついてくるが良い。始めるとしよう」


 マントを翻し、階段を覇王が下りていく。

 堂々としたその姿は、ティレルが出会ったアスタムとは完全に別物で、彼女をして違和感を拭えない。


 アスタムは王ではあっても覇気はない。

 元々は王族ではあっても庶子である。育った年月は王宮よりも外の方が長く、王としての立ち振る舞いは未熟である。逆にアリマーンは悪の総大将。対照的なほどに有り方は違っていて、彼に任せている以上はそこらの穏やかな少年とは年季が違う。


「この前と別人みたいやけど……」


「アスタムとアリマーンは違うからね」


 フランベとしても、両者のギャップには驚きを禁じえない。

 唯一の共通点といえば力だけだ。

 どちらもが格でいえば最上級。


――人類最強の体と元回帰神最強。


 味方であれば頼もしく、敵にすれば最悪の組み合わせ。

 その二人が揃ってこそのアヴァロニアの王である。

 その二人とこれから共闘することになるのは、いったいどんな皮肉だろうか。


 フランベも、そしてティレルも内心では複雑だ。そのアリマーンといえば、自然と横に立ったアクレイと談笑しながら降りていく。

 そして一行は見た。

 ゲート・タワーの外がすっぽりと石の壁で覆われているのを。


「アリマーンさん、これは?」


「アスタムが半日も経たずに作った。魔物が邪魔だからと言ってな」


「……はは、それはそれは」


 一瞬絶句したアクレイの珍しい顔を見て機嫌を良くしたのか、アリマーンは笑いながら更に一行をその場所へと誘う。


「これはまた、分かり安いものを作りましたね」


「王に玉座は必要だろう?」


 それは石の土台の上に置かれていた。塔を背にする形で設置された、背もたれのない玉座の前には六つの影が並んでいる。

 端的に言えば、それはアーティファクトだった。

 アヴァロニア六魔将のその化身が、今か今かと待ち構えていたのだ。


「どこぞの馬鹿の真似をするのは業腹だが」


 六本の剣をそれぞれ引き抜く。一部は形状を変えて仕える。やがて、その全てを装備した姿はまさしく善神のそれに酷似していた。


 いっそ清々しいまでの対照。

 漆黒の鎧兜に短剣・長剣・そして大剣。所持した本人が忌々しいと思うほどに、その姿は善神アフラーのそれと似ていた。

 その彼が玉座に座り、自然と寄り添うように一人のメイドが傅いた。

 更にその向こうでは、恰幅の良い男が棍棒のようなモノの上に手を置いて護衛とばかりに鎮座する。


「では始めるとしよう」 


 悪神たちの神気と、救世主の聖浄気が同時に覇王の体を淡く照らす。

 用意した天幕へと物資を運ぶ作業をしていた兵士たちが、一斉にそれを見て自然と頭を垂れる。


「――」


 その暴力的なまでの存在感は、居並ぶ一同を自然と一歩後退させる程だ。


 それほどの圧力、それほどのパワー。

 悪神たちの放つ忌避感は人々の精神を折りにかかり、救世主の気は折れる心を支える慈愛の力となって周囲を照らし出す。

 その矛盾、気持ち悪いほどの合一は、もはや既存の善悪という価値観を踏破していた。

 そして、それに意識を割いた全ての者が否が応にも感じ取る。

 ガクンと、何か大きな振動が生まれた。その意味は明白であろう。


「ふむ。じゃじゃ馬だが飼いならせぬほどではないな」


 呟いたアリマーンの言葉から誘発される現実はタダ一つ。

 ラグーンが上昇を始めたのだ。


「確かに、確かに高度が変化している……」


 体感できるほどはっきりとではない。けれど少しずつ少しずつ、無理矢理に浮島が頂上の力で持ち上げられている。探究神の観測したデータを下にすれば、島一つほどの大きさの物体が彼の支配下に置かれたということである。


(これが奇跡……か)


 魔法の行き着く先にして、科学の埒外の力。

 人の願いのその極限は、確かに彼女たちの目の前に慄然と顕現していた。


「恐ろしいものだね。これが、ヒトの想いの力か――」


 自然と抱いた畏怖の情。

 知らず手からこぼれた荷物をそのままに、確かにフランベは両の腕で体を抱いた。



 浮き島が浮上する。

 初めは僅かに。

 しかし少しずつ加速して。


 明確に支配者の意図を外れて天へと向かう。

 狙うは賢人の遺産。

 ラグーンズ・ウォーを発生さしめている何か。

 サンプルたちの希望を載せて、彼女のために生まれたはずのラグーンが往く。

 高く、高く、前人未到の大空へ。







『あー、またですかぁぁ』


――エマージェンシー。

――重要サンプルによりラグーンの航路が変更されています。


『ほっときゃいいです。どうせ見つけられはしな――』


――エマージェンシー。

――サンプルによりラグーンが一機奪取……制御システムが破壊されました。


『――あ?』


 ふと、管理AIは悪態を吐くのを止め、補助AIから回って来た情報を精査した。


『――腐っても終焉の魔神だってことですかねぇ』



 それはもう、ラグーンとしての機能が死んでいた。

 飛翔能力はおろか、浮遊能力さえなかっただろうし、結界さえも無くなったはずだ。

 けれど、ユグドラシルは観測データから理解した。


『レーヴァテインの出力で無理矢理代行しやがるとは。初期状態からよくそこまで機能を拡張したものですねぇ。ええ、ええ、ええ。これだから人間って奴は――』


 無ければ作る。

 作ってでも前に進む。

 愚かしい夢でさえ高々と掲げ、ひたすらに前進する。

 それが人間の愚直な姿であるのなら、管理者<ユグドラシル>はただ職務を果たすだけ。


『目には目をですぅ』


 乗っ取られた二つのラグーンの予測航路を計算し、動かせる方を全力稼働。

 望み通りに上に上げつつ、航路を重ねるべく動力部の出力を跳ね上げる。

 更に――


――防衛ライン設定。

――108式砲及び各種迎撃システムスタンバイ。

――自爆シークエンス全リンク……手続き開始。


『来るなら来やがれってんですよ!!』


 そうして管理衛星網は完全に戦闘態勢に移行した。

 これより始まるのは、創造されてより初めてのサンプルとの戦い。

 管理AI<ユグドラシル>に敗北は許されない。

 サンプルに勝利の可能性など与えない。万に一つ、億に一つも許さない。それだけの権能と、それだけの権限を有している以上は相手に譲るものなど何も無いのだ。


 方や救世主の繰る箱舟。

 方や反逆者の駆る強奪船。


 どちらもユグドラシルの手を煩わせるためだけに空へと上がってくる。

 それが彼女にはたまらなく不愉快だった。


 0と1。

 与えられているロジカルな思考からすれば、どちらもここまで上がってくる権利などない。その権利を持つのは支配剣の正統保持者か管理者のみ。惑星管理プログラムなど知らぬとばかりのその姿は、蝋で作った翼で太陽を目指すような愚かな行為に他ならない。

 そんなものに煩わされる彼女からすれば、不愉快意外の感慨が湧き出さない。

 

――エマージェンシー。


『は? これ以上サンプルに余力はないはずですが……』


 あるはずもない。

 だというのに、その報告は予想外の方向から突如としてやってきた。


――月方向より超高エネルギー反応を検出。


――想念反応増大。


――パターン照合開始……データベースに該当無し。


――……実験用データベースに類似反応あり。


――目標は現在、徐々に速度を上げて不規則な軌道で惑星クロナグラ方面へと接近中。


――……反応消失。


――同時に登録パターンを二柱捕捉。


『――』


 望遠映像を確認したユグドラシルは、しばし沈黙した。

 月面方向より、真っ赤に燃える剣を手にした飛翔体がある。

 望遠映像の画像を拡大すれば、人型サイズの物体がでたらめな軌跡で加速しているのがよく見えた。


 徐々に、徐々に少しずつ。

 暗黒の宇宙を踏破してくる。

 色々と性能を確かめているのか、その航路はでたらめだ。加速、減速、曲がりくねり、時折手にした剣を振るって明後日の方向に戯れの一撃を放っている。

 だがやはり、迷うこと無くクロナグラに近づいてくることだけは止めない。


 だからきっと、向こうからは視えていた。

 何もかもが作り物の、命溢れるその惑星が。


 だったら、それは遠からず戻ってくるだろう。


――実験惑星チトテス8、このクロナグラへ。


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