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第十話「害なす魔の枝」

「ん!!」


 レヴァンテインがミョルニルを振りかぶる。

 その細腕が、巨大な槌をまるでカタパルトのように投げ放つ。

 膂力で加速された鉄槌は、紫電を纏って敵に飛来するも、手にした鬼の金棒で弾かれた。けれど、大きく体勢を崩させながら仰け反らせる。


――固有スキル『雷神の鉄槌』。


 必中雷撃の投擲スキルであり、本当ならもっと大きなノックバック効果を相手に与えているはずのスキルだ。

 階段を登ってくる敵が、あんな程度で済むようなスキルではない。

 これもまた現実補正か、単純に相手の強さが原因か。


「はっ!」


 そこへ、エクスカリバーが間髪容れずに身を捻り、グングニルを投擲する。


――武器固有スキル『必貫の大神槍』。


 飛翔する槍は、槍先の刃に刻まれたルーン文字を煌かせその能力を解放。

 金棒で防ごうとした敵の防御をすり抜けて分厚い胸元へと突き刺さる。

 グングニルの特殊効果はミョルニルと同じく必中・帰還、そして壁役<タンク>泣かせの防御無視効果だ。


 これは鎧を着ていようが関係がない。

 ゲーム内ならHPが減る程度で済むが、ここは現実。

 HPの減少という計算式での単純な命のやり取りでは済むはずもない。

 だが、逆に言えばリアル補正下においては胸部へ槍を突きこまれるという事実は、大抵は致命傷であるはずである。


――そう、俺が知るリアルのルール下であるならば。


 敵の胸元から、槍が消えエクスカリバーの手元へと帰還。

 その間に、鬼は吐血し、胸からは血を流しながらも吼えた。

 耳を劈くその声は、塔の材料だろう石材に反響して見下ろす俺の耳朶を叩く。

 このままでは終らないとばかりに、鬼の体を包む光が更に出力を上げた。

 途端に、淡く揺らめく光がどういう原理か傷を癒やしていく。


 眼を見張る程の回復速度だ。

 俺のポーションでも、最上級クラスでなければきっとあそこまでの力は発揮しないのではないだろうか?


「発射ー!」


 動きを止めた鬼に向かって、ショートソードが大量の水を放水。

 氾濫した川の水のような勢いで、赤い鬼を一気に階段の下へと押し流す。

 さすがにその圧力には耐え切れないのだろう。が、近づけないという役目は果たしても、それで根本的にどうこうできるわけではない。


「このままでは消耗戦ですね」


 タケミカヅチの呟きはきっと、皆の心を代弁していた。


「アーティファクトの魔法は魔力を使うとは聞いたが……どうなるかな」


 スキルに消費するMPは無限ではない。マジックポーションで回復させるという手があるが、それだと本当に相手の魔力が尽きるまでの根競べになりかねない。

 相手をボスクラスだと判断した俺としては、ボスのMPが尽きるまで続けるというのはかなり下策だと思っていたし、相手は神がどうとかいう状態のファンタジーな存在だ。

 やるなら確実にそれで倒せると確信できなければやりたくない。


 そもそもこちらの回復薬は有限なのだ。

 通常のゲームを逸脱するレベルで転生前に買い込んでいたとはいえ、補充が出来る当てがないのだから、それで勝負を賭けるにはまだ早すぎる。


「レヴァンテイン、螺旋階段の壁を奴が上がってくる前に壊せるか?」


「ん」


 マップを三次元に切り替え、敵の様子を探る。

 敵も、さすがに何度も同じように流されれば考えるらしい。

 下のフロアで、ウロウロと動いては止まっているのがマップで確認できた。

 別の道でも模索しているのかは分からないが、その間に、こちらも戦術を考えさせてもらおう。


 壁を粉砕するレヴァンテイン。

 螺旋形にカーブしていた階段の向こうが崩されて、陽光と共に風が下から吹き込んできた。


「次に上がってきたら塔から無理やりにでも叩き落そう」


「アッシュ様、もしそれでダメならば?」


「アーティファクトを手放させてから潰すか、根本的にどうしようもない程の火力で飽和攻撃するぐらいしか手は無いな」


 アレと近接戦闘など考えたくもないが、もう視野から外せないのかもしれない。

 けれど、それは憚られた。

 ゲームならHPが尽きた武器は壊れて消える。

 それを防ぐための不壊スキル。

 特にレア武器は集めるだけでも苦労することからか、運営としても良心を発揮したようだ。


 不壊スキル持ちの武器は、HPが尽きても擬人化が解けて強制的にインベントリに戻るだけだ。

 その際、死亡時のペナルティとして一日召喚できなくなるが、それがゲーム内でのルール。

 しかし現実補正の効いた今、どうなるかが分からない。

 これは俺の死亡時にも言えることだが、死んでから復活できるかなど試す勇気は俺にはなかった。


 とはいえ、もう退路はすでに断っているのだ。

 背水の陣の如き覚悟で挑まなければならないなら、当然のようにその時が来た場合についても考えないわけにはいかない。

 想像の中で最悪の光景が次々と脳裏に浮かんでは消えて行く中、時を切望する俺よりも先に奴が動き出していた。

 何を考え付いたかは知らないが、皆に警告し構えさせる。


 一瞬の静寂。

 敵は、こちらを焦らすかのようにゆっくりと上がってくる。

 裸足のせいか、妙にペタペタと石材が鳴り響く。

 そうして次に螺旋階段から姿を現した奴は、野太い左腕一杯にガーディアンの残骸らしき物を抱えて持っていた。

 それらは投げやすいような拳大のものが選ばれており、その意図は明白だった。 


「投石かっ!?」


 鬼が亀裂のような笑み浮かべて俺を見上げる。

 右手には、既に弾丸たる金属が装填されている。

 誰を狙う?

 やはり、この場合は一番弱そうな奴だろう。

 豪腕は既に後方に引かれ、しなり始めていた。

 俺に出来たのは、ミスリルシールドを前に突き出すというただそれだけだった。


 皆に警告を発するよりも先に、鬼の手が霞む。

 ホームランバッターさえ打席から逃げ出すだろう金属の塊が、空気を引き裂いて迫ってくる。

 投げられた剛速球は、信じれないほどの抜群なコントロールで俺を狙っていた。

 理解できたのはそこまでだ。

 気づけば、シールドを突き出した腕ごと俺の体が後方に飛んでいた。


(これ、直撃したら終ってたな――)


 骨が砕けたのではないかというほどの衝撃が、左手を突きぬけたかのようだった。

 その後に襲い掛かって来たのは、背後の壁。

 ゲートのある最上階が最後なのだから、当然のように背後に余裕はない。

 背中から壁にぶち当たり、しこたま後頭部を打った俺の意識はそこで落ちた。




 数秒か、それとも数分か。意識が飛んでいたように思う。

 気づけば誰かが呼ぶ声と共に、俺の体がいつの間にかフロアに引きずりこまれていた。


「アッシュさん、アッシュさん! しっかりしてください!」


「う、あ……」


 ロングソードさんの声に、我を取り戻した俺は、よろめきながらポーションを取り出して飲んだ。

 途端に、明瞭になる視界。


「くそったれ。投げつけられただけでこれかっ!」


 ミスリルシールドが当たり前のように凹んで床に投げ出されているのが遠目に見える。

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「そうだ、状況は!?」


「放水して塔の下に落としましたが、まだ生きてます。さすがにダメージは大きすぎたみたいで、回復しようとしてます」


「化け物めっ――」


 こんなときにリアル補正は一体何をしているんだろうか?

 起き上がりながら、俺は皆のステータスを確認する。

 そうして、気づいた。

 俺の隣でタケミカヅチさんが寝ていたことに。

 彼女の全身が、ズタズタに引き裂かれていた。

 当然HPゲージもかなり削られてる。


「タケ――」


「大丈夫……です。死んでは、おりませぬ」


 か細い声で、彼女は言う。

 息をするのも忘れて、俺はすぐにインベントリからポーションを取り出し振りかけた。

 使用エフェクトの光と共に、彼女の傷が消えていく。


「……何をされた」


 その時、自分でも信じられないほどのドスの効いた声が出ていた。


「小さめの破片を纏めて投げつけられました。さすがに、草薙で全ては打ち払えず……」


「まとめて全員攻撃しようとしたってことか」


 他の娘にHPゲージの減少は見られない。

 つまり、最速で気づいた彼女が前に出て皆を庇ったということだろう。


「よくやってくれたな。おかげで、奴は今ごろ塔の下らしいぞ」


「アッシュ様の剣たることが、私の役目ですから」


「そうか。なぁ、タケミカヅチさん――」


「はい」


 ゆっくりと身を起こし、当たり前のように参戦しようとする彼女を、俺は止めた。


「アレは俺が潰すから、安心して休んでいてくれ」


「……はっ。ご武運を」


 少しだけ驚いた顔で、しかし彼女は俺の怒りを酌んでくれた。

 擬人化を解き、二・七メートルの布津御魂<フツノミタマノツルギ>と化した彼女に触れる。やはりまだ、持ち上げることができないようだ。


 だが、そんなことはもう知らない。

 機会があるなら彼女で幕を引こうと、俺はもう決めてしまったのだ。


 インベントリに草薙さん共々戻し、階段へ向かう。

 皆は、塔の上から投擲していた。

 止めを刺そうとしているのだろうが、それでも死なないらしい。

 呆れるほどにタフな奴だ。


「あ、アッシュ君大丈夫だった!?」


「悪い、心配をかけたな」


 大地に寝そべったまま、奴は片手に金棒を持ったまま身を起こそうとしている。

 光に陰りが無いことから、まだまだ魔法が使えるのだろう。

 だが、それでも回復力には限界があるようだった。

 いや、もしかしたら単純に血が足りないだけなのかもしれない。

 傷は塞げても、血は別だろう。その可能性は十分にあるはずだ。


「皆、一旦擬人化を解くぞ」


 断ってから、驚く彼女たちをそのままに全員を武器に戻す。

 MPが戻るのを確認しながらその数値をしっかりと確認。

 それからインベントリへと皆を収納し一つの装備を身に纏う。


 そのアイテムの名は『ウィングスーツ』。

 ムササビのように手足の間に特殊な布を張り、滑空することを楽しむための装備だ。オプションでゴーグルなども用意されている特殊装備でもあった。


 これは運営の一人が実際趣味にしていることから生まれたと専らの噂だ。

 ゲーム内に実装されていた娯楽用具の一種であり、当たり前だが戦闘用ではない。

 本物の廃人はこれで空を飛びながら剣まで振り回し、魔物と空中戦までこなすらしいが、さすがに俺はそこまではできない。

 けれど、これでなければたどり着けない専用ダンジョンまで設けられているほどであり、当然ながら俺も苦心して体得していた。


 俺はムササビになったつもりで助走をつけると、レヴァンテインさんがあけた穴から躊躇無く飛び降りて両手足を広げた。

 まず感じるのは風。

 やがて、広げた手足が揚力を生み出して体を安定させる。

 これは本来、高空や山などの切り立った崖の上から楽しむスカイダイバー用のものなのだが、今はこれで良かった。


 それにここは森ではないから、着地もそれほど難しくはない。

 見下ろせば、真下にはまだ動けない鬼が飛んだ俺を視線を向けて追っている。

 何故、奴は俺たちを塔に登ってまで襲おうとしたのかは分からない。

 だが、とことんやりたいというならやってやるだけだ。


「――そのまま寝てろよ戦狂い<ウォーモンガー>。すぐに相手をしてやるさ」


 脳内のマップを切り替える。

 ダンジョンなどの施設内用ではない場合、マップは基本的に地図のように二次元で表現される。だが、当たり前のようにそのマップにはゲーム時代は表現領域に限界があった。

 AとBという領域が有り、普通は地面で繋がっているとしよう。

 この時、スペック的限界によってAあるいはBの領域しか表現できないということがありえる。そのため、ゲームではAからBは繋がっているものとして隣接する道を通れば移動できるようになっている。

 それはサーバーの処理能力による物理的な制約であり限界であったが、現実には存在し得ない概念だ。けれど、ラグーンはそれに酷似した環境である。だからこそ、使える手が一つあった。


 地面が迫ってくる。

 体が、離陸のために速度を落とすべく更に大きく手足を広げ減速の体勢を取る。

 細かなコツはリアルでも変わらないらしい。

 経験者が絶賛するほどの偏執的な拘りの賜物だ。

 プログラマーだか運営の熱意だかに感謝しつつ、俺は着地に備える。

 仮に少々高かろうと、レベルホルダーのような超人的なステータスが俺を守ってくれるはずだ。下がただの平原なら恐怖などない。

 加えて、あいつが塔に来たせいで塔の周囲の魔物は完全に遠くへと逃げている。


「よし――」


 一分にも満たない滑空を終え、大地に帰還した俺はすぐにショートカットで装備を展開。

 同時に、インベントリからレヴァンテインさんを取り出し、地面に落として柄を両手で握り締める。


「行くぞ――」


 彼女を俺は、この段階で装備できないため振り回すことができない。

 だが、抜け道はゲーム時代にも存在していた。振り回せなくてもスキルは使えるのだ。

 プレイヤーのスキル発動条件は三つ。


 一つ、音声認識であるということ。

 二つ、発動の意思を明確に意識すること。

 三つ、スキルに使うためのMP残量を確保すること。


 今、俺はこの制約を全て満たしている。例外的な制約がスキルによって加わることがあるが、それもまた今の俺は満たしていた。

 だから、そのでたらめなスキルが使えないわけがなかった。


「この楽園ごと焼き尽くせ、『終焉の炎』!」


 瞬間、脳裏のマップを意識していた俺の眼前で、ラグーン全てが炎上した。




「くく、くはははは――」


 レヴァンテインさんから放出された業火が、魔物の楽園を容赦なく炎で染め上げていく。

 同時に、俺の中に莫大な量の経験値とドロップアイテムが流れ込んできた。

 ここに一体どれだけの数の魔物が潜んでいたかは知らない。

 だが、レベルホルダー以外ではきっと、極端な火属性耐性を持つ魔物でなければこの一撃には耐えられまい。


 レヴァンテインさんはスキル付与には存在しない、数少ないマップ全域攻撃スキルを持つレア武器である。

 武器としてモチーフにされた北欧神話のそれにちなんだ性能を与えられており、所持することによって完全な火耐性を得る使用者や、対策者以外を敵味方関係なく害せる特殊武器だ。


 ただし、そんなものが普通に大っぴらに使えて良いわけがない。

 だから、マップ全域攻撃スキルには制約が課せられていた。

 発動には通常の発動条件に加えて、二つあるうちのどちらかの条件を満たさなければ使用できない。


 一つはイベントなどで事前に運営によって解禁されていた場合であり、もう一つがそのマップに居るプレイヤー全員がスキル行使を承諾した場合だ。

 そう、だから――、


「このマップに今プレイヤーは俺しかいない。そりゃ、発動しないわけがないよな」


 もとよりこの世界には俺以外にプレイヤーがいるかどうかさえ分からない。ましてやここはモンスター・ラグーン。誰かが居る方が可笑しい場所だ。

 だから実際には今、制約など無いに等しい。

 ただ、地上で使って本当に世界を焼き尽くされたら困るから使えない。

 故に彼女はここでしか全力を震えない限定武器だ。

 だが、敵しか居ない今ならそんなことは関係が無い。


 脳裏を流れていくログが、笑えるほど凄まじい速度で流れていった。

 当然のように経験値が加算され、レベルアップした俺は強くなっていく。

 パーティーメンバーなど居らず、俺一人しかいないのだから経験値は独り占め。

 更に俺は課金アイテムで取得経験値を倍にするものを持っているので手に入るのはその倍だ。


「さぁ、どんどん出て来い」


 ここはどうやら敵が無限に召喚<ポップ>されるらしいから、この経験値効率はゲームではきっとありえない規模に膨れ上がっていることだろう。


「まずは俺をカンストさせてもらう」


 そしてレベルが上がったのでHPとMPが完全回復し、ステータスが上昇した。

 当然、次に放つ威力が底上げされたわけだ。

 これなら次の次には更に更に威力が上がるだろう。


 もし生きていた強者が居たとしても、繰り返すたびにダメージが蓄積されていくはずだから別に恐ろしくもなんともない。

 仮にいきなり背後に召喚されたとしても、俺にはマップがあるからいきなり隠れて現れるなんてことが無い限りは問題にさえならない。

 笑いが止まらないとは正にこのことだ。


「草木まで燃え尽きてるな。まぁいい、どうせモンスター・ラグーンだ」


 二撃、三撃とばかりに連打。このままだと世界を滅ぼすのに七日もいらないんじゃないかと思うようなレベルで暴虐の限りを尽くす。


 しかし、このラグーンは凄いな。

 焼き尽くした後、火が消えれば空気に溶け出したかのように自然と魔物がポップしている。そのせいか、流れていくログの勢いが止まらない。


 三十回以上も繰り返して弾切れの気配が無いと、逆にそれが恐ろしくなってくる。

 これはゲームではないはずなのだ。

 夢の可能性はあるかもしれないが、痛みを感じることから現実のはずだと考えていた。

 なのに、何故こうも魔物が尽きないのだろうか?

 素朴な疑問が湧くが、それを更に繰り返していく。


「――っと、もうカンス……レベルアップ上限を……超えた?」


 レベル99を越えてまだ上昇していた。

 ゲームなら停止するのに、その気配がまるでない。

 一応、ドワーフ時代の装備にチェンジする。

 倒れることしかできない全身鎧だったが、今ではもうちゃんと立って動けるし、もうレヴァンテインさんを持っても重く感じることはない。


「これは……うん。あれだ。勝ったな」


 と、そうこうしているうちに塔から少しずつこちらに近づいてくる反応があった。

 炎で焼けた大地の上を、地獄の戦鬼とやらがほうほうの体でやってくるのが見える。勿論、俺はスキルを使った。


「終焉の炎!」


 きっと、俺は五十回以上マップ全域攻撃をしたに違いない。

 凶悪な炎に包まれて飲み込まれていく戦鬼。

 数秒後、炎が消えた先に現れた彼は、全身に纏っていたはずの光を完全に失い片膝をついていた。


「GUU――」


 天晴れなことに、それでも奴から闘争本能が消えることはないらしい。

 戦士としてのプライドか、それともただの意地だったのか。

 あるいは、ただ手にしたアーティファクトに操られているだけなのか。

 どれが答えなんて分からないけれど、俺は無言でインベントリから右手にタケミカヅチさんを、左手にはイシュタロッテを握り締める。


「何故そんなにまでして俺を狙うのか分からないけど、もう楽にしてやるよ」


 戦鬼が少しだけよろめきながら、それでも金棒を右手で担ぎ上げる。

 その赤い肌が、焼け爛れたせいかとても凄惨な状況であることを物語っていたが、お構いなしに突っ込んで来た。俺もそれに合わせて前に出る。


「GUOOOONN!」


「神鳴る――」


 振り下ろされるは上段からの剛撃。

 それはきっと戦鬼にとっての渾身の一撃だったに違いない。

 圧倒する体格を武器に金棒を振り下ろされてくるが、やはりダメージは隠しようが無い様子だった。


「――剣神の太刀!」


 固有スキルの発動と共に、俺の体が迅雷となりて切り抜ける。

 次の瞬間、背後で散々に焼かれた大地が激震した音を背中で聞いた。

 地面を削るような勢いで振り返ると、腹を掻っ捌かれた鬼の血が、重力に負けて滴り落ちているのが見える。臓腑ごと抉るような一撃だ。けれど、それでも彼は止まらない。


「……だ――」


「ん?」


 搾り出されるような、怒り交じりの声が人語へと変換された。


「我RAの存在WO、奴が否定しTUくシタハズ。ナノニ何故、ハラカラである貴様のヨウナNe■神が再び現世ニ舞い戻ッタ――」


 なんとなくだが理解した。

 これは鬼ではなく、アーティファクトの意思に切り替わったのだと。


「なんだか知らないけど悪いな。あんたと仲良く話す理由が無いんだ」


「元ヨリ、我ラ神は想念のために殺しアウが必然。しかし――」


 奴は下段で構える。滴る血など気にもならないのだろうか。

 これをただの生物と断じるには、あまりにも異質に見える。このまま切り捨てるべきなのだろうが、俺は耳に聞こえた単語に反応して動きを止めてしまっていた。


「何故オマエはソノ姿のままで存在デキル。道理に合わんぞ、我ラガ敵たる同胞よ」


「敵なのに同胞? 訳が分からないな」


「我らは、元は想念にて生まれた架空存在のハズ」


「想念から生まれた? 俺も、お前たちと同じだっていいたいのか?」


「如何ニモ」


 こいつは、何を言っているんだろう。

 聞き捨てならない言葉ばかりを出してくるせいで、止めが刺せない。命乞い交じりの駆け引き……には見えない。なんだ、こいつは俺の知らない何を知っているんだ?


「だが、オマエはまだ変質を余儀ナクされてイナイ……何故ダ。再びコノ世界に想念が満ちる程再生したトイウことナノか?」


「おい、想念ってなんだ」


「知らぬのか? それともまさか感じ取れないとでも言うのか、ソノ身を満タス儚き幻想の集積ヲ。信仰の生み出す、ソノ奇跡のミナモトを」


 信仰……幻想……奇跡?


「貴様も、ソシテ我モ念神。魔力に焼き付ケられタ想念が魔法効果を生んで実体化させた願イノ集束点にして、想念ノ傀儡。人ガ願い、夢想した神ソノものだ。若キ神、まだ何もシラぬ無知なる神よ。今一度汝に問ウ。何故、オマエは産み落とされた。誰ニヨッて存在を肯定サレて願われた」


「それは――」


 あの、ダークエルフの村の子供たちだろうか。

 ハイエルフとやらに祈ったと子供たちは言っていた。

 望んだのは村の救済で、敵からの防衛。

 でもそれじゃあ、俺は正真正銘の神?


 馬鹿げている。

 なんだってそうなると、一笑に付してしまいたい。


「人間カ? 獣共か? それともドワーフ? フェアリーか、虫か、大地か――」


 けれどその鬼はただただ声にして問うてくる。


「――それともやはり、その姿から察するにあの耳長共か?」


「答えてやる義理はないさ」


「であれば、その想念を喰らい尽くし、我ガ復活の礎とするしかアルマイな――」


「ッ――」


 戦鬼の体が、再び全身に光を纏った。


「我は再び現世ヘト舞い戻ろう。貴様を生ンダ源の信仰を、想念を簒奪シて神へと回帰するそのタメに――」


 その身の傷が、凄まじい速度で修復されていくのを俺は見た。


「させるかっ!」


 踏み込もうとした瞬間、戦鬼が後方に飛んで距離を開ける。

 咄嗟に、俺は左手のイシュタロッテを投げつけた。

 虚空を飛ぶ長剣が、右のふくらはぎに突き刺さり再度の跳躍を一瞬封じる。

 そこへ、再び『神鳴る剣神の太刀』を行使して迅雷となる。


 雷鳴と共に右側の膝を切りつけて抜け、背後へと回りながら、ショートカットで武器を変更。

 左手でレヴァンテインさんを握り締めると逆手のまま両足を大地に落とした鬼の背へ炎の魔剣を突き立てながら叫んだ。


「終焉の炎よ、燃やし尽くせぇぇぇ!!」


 再び、ラグーンが燃え盛る。

 背中に突き立った刃が業火を生み、回復の白い光を越える程の火力で暴れ狂う。


「ぐぬぉォォ!?」


 たまらず、戦鬼が背中に手を伸ばすも、俺はそのままスキルを連打。

 増えた魔力とレベルアップの恩恵で強引に神を自称する何かに操られし鬼を内臓ごと焼却する。

 徐々に、少しずつ焼け爛れていた鬼の肌が炭化し始める。

 再生力をついに火力が追い抜いた証拠だ。

 鬼が我武者羅に暴れて引き剥がそうとするが、俺は更に右手のタケミカヅチさんも突き刺し、無理やりに押し込みながらそれに抵抗した。


 何度も何度もラグーンを染める紅に紛れて、力強い紫電の輝きが確かに咲いた。

 背に回された金棒と左拳が、幾度と無く全身鎧を外から叩く。

 ともすれば振り落とされそうな中で、歯を食いしばって耐える。

 それを支えるのは未だ消えることのないレベルアップ効果だった。

 出鱈目な抵抗力を持つ相手に、リアルにはありえないゲーム補正で対抗を試みる。

 そして、唐突に幕切れはやって来た。


「嗚呼……口惜しや。もう……度……れたかっ……――」


 呟くような鬼の言葉と共に、その巨体とアーティファクトが眼前から忽然と消え失せる

「――っしゃぁぁ!!」


 突き刺さっていたイシュタロッテが音を立てて大地に転がるのを見ながら、俺はただ勝利の叫び声を上げた。

 色々と分かったことは確かにあったが、しばらくはそれらについて考えたくもない。

 俺は俺だ。

 胡散臭い力を持った、ただの珍しいエルフでいい。

 もう、それでいいよ。






「くっ――」


 苦みばしった顔で、ラルクは背後のゲートを見た。

 それを諌めるアーティファクト、『ジン』の声が今はとても煩わしい。


「分かっている!」


 またがったドラゴンホースの腹を蹴って先を促す。

 ある程度の巨体の持ち主でも通れるようにするためか、ゲート・タワーの通路はそれなりに広い。自らが殺した魔物の死骸の上を駆け抜けるように降りていく。


 この時、ラルクには一つの後悔があった。

 直ぐ下の防壁。

 その周囲で管理と後身の育成に従事していたエルフの戦士たち。新人も居ただろうし、それ以外の教官も居たはずだ。

 彼らの失踪は、もしやアッシュによってもたらされたのではないかと危惧したのである。

 殺した相手を、まるで存在ごと消してしまう彼が犯人であれば辻褄は会う。


――だが、本当にそうなのだろうか?


 可能性は可能性として、あのあまりにも短い時間の中で邂逅したあのエルフの戦士には、まったくそんな感じがしなかった。

 ましてや、ハーフエルフに対して援軍まで派遣して撃退し、アーティファクトまで寄越す始末だ。

 そこまでやってこちらに取り入るスパイであったなら、もっと上手いやり方もあっただろうと勘繰らずにはいられない。


 彼は不自然なほどに目立ちすぎていたのだ。

 そう落ち着いて考えてれば、自らに腹立たしさがこみ上げてくる。


「オレは、この千年の間ずっと何をしていたんだ――」


 塔を抜け、防壁の向こうから閂を明けて託されたドラゴンホースを通し、再び門を封印する。

 アッシュが本当に上でゲートを潰したなら、魔物がこちらに来ることはない。

 だが、それでも万一に備えることは忘れず、朝日が昇った森を駆け抜けていく。

 途中、森に解き放たれた魔物が襲い掛かってくるが、鬱陶しい大物だけを切り伏せラルクは先を急いだ。


 道中で考える。

 賜った近衛剣士の称号は確かに自らの矜持を満足させ、負わされた責任に対しての義務を求めた。

 勿論ラルクだとてその期待には応えて来たつもりだ。

 だが、今はこの体たらく。


 クルルカ姫の視察団の者たちを守れず、他称ハイエルフなどという妙な男と、所持したアーティファクトに逃げろと言われて引くことしかできない程度の働きしかできない。

 この上で、クルルカ姫を王の元へと連れ帰られなければとんだ笑い者。

 そうやって自嘲し、味わった苦味をただ脳髄に焼き付ける。


「今一度、オレには修行が必要か」


 千年の時の中で鈍ったのだろうか。

 ラグーンズ・ウォー。

 それから始まった魔物との戦い。

 その中でエルフ族と森を守るために戦い、手に入れた高レベル。

 しかし、それでも一つだけラルクが手に入れられなかったものがある。


「ジン、後どれだけ殺せばオレは神宿りに至れる。百か、千か、それとも万か!?」


 覚醒したアーティファクトは言葉を濁しながら、そう遠くは無いとだけ言って沈黙した。


「ならば所要を済ませ、陛下に暇を貰わねばなっ――」


 エルフ・ラグーンへの道すがら、ラルクはひたすらに敵を切った。

 血の匂いを纏う刃に釣られ、様々な魔物が襲い掛かってくる。

 それらを切り伏せてゲートタワーへと戻った彼は、そこで彼はティラルドラゴンの群れが全滅しているのを発見した。


「……どういうことだ?」


 別の魔物を呼び寄せぬよう、ダークエルフの戦士たちが埋葬していた。


「ラルク殿が帰ってきたぞ!」


「だれか、戦士長を呼んで来い!」


 彼らの一人が檄を飛ばし、アクレイを呼びに走る。

 すると、すぐに彼は降りてきた。


「戻りましたか。おや? アッシュは一緒ではないのですね」 


「それは後で説明するが……これは一体どういうことだ」


「ティラルドラゴンですか? ああ、それなら私が始末しました。こう見えて私は神宿りですので」


「なん……だと……」


「おや、知りませんでしたかラルク。貴方ともかつては一緒に戦ったはずですがね」


「……悪いな。さすがに千年前だ。上に上がった奴のことは余り記憶になくてな」


「ふむ……まぁいいでしょう。それより、話を聞きましょうか。上に行きましょう、クルルカ姫様も待っていますよ」


 頷き、ラルクはラグーンへと登った。





 エルフ・ラグーンの上下を結ぶゲートタワー。

 その防壁にある拠点の食堂でラルクは説明した。


「そう……ですか。神宿りとアッシュが」


「ああ、塔ごと吹き飛ばすとか言っていた」


「ふーむ。だとしても少し妙ですね」


「妙?」


「考えても見てください。アッシュは神なのですよ。アーティファクトと化して力が落ち込んでいたとしても、神そのものとして力を振るえない神宿りとでは力の規模がそもそも違うはずなのですが……」


 まるで腑に落ちないとでも言うような顔で、アクレイが言う。


「奴がオレに嘘をついたとでもいうのか?」


「そこまでは言いません。ただ、そうなると私が思っている以上に彼は弱いのですね」


 少しだけ、いつもの胡散臭い笑みを翳らせて彼は言う。


「ここだけの話ですが、私は彼に色々と期待していました。保守に傾倒し、停滞しているエルフ族を繁栄に導いてくれないか、とね」


「奴にその気はなさそうだがな。それに、上も下も王家が黙ってはいまい」


「それはそうじゃろうな。上と下では、交流が断絶してから時が経ちすぎているし、その、まぁ、色々とあるからのう」


 クルルカが、困った顔で言う。



「ていうか、なんであんたらはアッシュの心配をしないのさ」


「ナターシャさん、私は心配するまでも無く生きていると信じていますので」


「そんなものかね」


「何故か、そのうちひょっこり顔を出すような気がするのですよ。それに彼ならきっと、不可思議な魔法の道具を使ってラグーンから飛び降りるぐらいは平気でするでしょうし」


「……まぁ、色々持ってそうだしねぇ」


 食材に武器。

 一体どれだけ持っているのかさえ分からない不可思議なエルフ。

 それが彼女から見たアッシュという男だった。


「とまぁ、そういう訳ですのでアッシュのことは一先ず置いておきましょう」


 アクレイは、テーブルの上で物を動かすようなボディーランゲージをすると、これから行わなければならないことを言う。

 一つはクルルカ姫の帰還と事の顛末の報告。

 そしてもう一つは、モンスター・ラグーンのことだった。


「報告はラルクに任せるとして、レベル上げができなくなることはどうしますかねぇ」


「同盟国のドワーフ連中に頼むしかあるまいて。素材は滞在費としてくれてやるとすれば一応はなんとかなるじゃろう。これは我の方からも父上に進言しておくぞ」


「妥当ですかね。しばらくはそれで誤魔化すとして、長期的には厳しいですね。特にアヴァロニア関係です。アッシュが関与していないとは思いますが、死体やその痕跡が何一つないというのは不自然です。下の各集落にも徹底しなければ、知らず知らずのうちに誰も居なくなっているいうことさえありえます。そこら辺を上と下でそれぞれ協議する必要がありますよ」


「頭が痛いことばっかりじゃのう」


 考えたくないとばかりに突っ伏すクルルカ。


「問題といえば、捕らえたハーフエルフの件もありますね」


「あのまま放置しておくわけにもいかんか」


「はい。今は大人しいですが、ぶっちゃけ私かラルクでなければ押さえ切れないでしょう。とっとと寝返ってくれればいいのですが……中々に難しい」


「なんでそこで私を見るんだい」


「いえ、そういえば貴方を森の外に送る仕事もあると思い出しましてね。アッシュに押し付けようと思っていたのですが、いやはや。手が足りなくて困ります」


「あんた、どれだけアッシュを扱き使うつもりだったのさ」


「それはもう沢山です」


 涼しげに笑う彼の笑顔を前にして、ナターシャはアッシュの冥福を祈った。


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