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魔法使いの勇者様  作者: 枕と御布団
魔法学園編
9/33

第七章[それはどちらが正しいのか]

 一口に怪獣招致(モンスターコール)で呼ばれたモンスターといっても、観察してみれば個体個体でいろいろな差があることがわかってきた。


 たとえば、ゴブリンらしき緑色の小人。やつらはそれぞれ最低でも三体ほどの小さな集団で行動していて、単体で行動しているゴブリンはひどく少なかった。

 また、ほとんどが何かしらの武器を持っている。木の棒、石ころ、その程度ならまだしも、石を割って作ったらしい石器の刃物や、中には金属製の武器を持っている個体もいたし、数十匹ほどの大集団のリーダーらしき個体は金属の板をまげてつないだ鎧を身に着けていた。


「もしかしたら冶金技術を持っているのかもしれないな……」


 みたところゴブリンサイズに見合ったものは青銅が多く、逆に鉄製の品はサイズが合っていない。推測するに、冶金技術といっても原始的なもので、おそらくは製鉄にまでは至っていないのだろう。


 それでも脅威だ。

 鉄ほど切れ味はよくなくても武器を用意できる知性を持っているということは、思考して襲いかかってくる可能性があり、そして負けるとわかって襲ってくるわけもなし、襲われた時にはもう勝つことはできないのだから。

 ただ野犬の群れに出くわしても危険だが、こういった知性ある相手は危険かどうかをしっかりと判断してくる。せっかくのエレクトロン焼夷弾もこいつらにかかれば「迂回すればそれですむ」程度の脅威に格下げされかねないのである。


 それに武器を使うのはゴブリンだけではない。

 さすがにゲル状のアメーバの親戚のようなスライム型モンスターがゲームの中の玉ねぎシルエットなスライムのように王冠をかぶって丸っこい鎧から顔を出している、なんてことはないけれど、ゴブリンと同じく人間のような体を持っている豚面巨人や鬼そのものの姿かたちをしている角付き鬼はやはりこん棒や剣のような体躯に似合った武器を持っていた。

 ただでさえ肉体的な能力値で負けているというのに、あんな体重のありそうなデブやマッチョが武器で殴ってきたら人間なんて一巻の終わりだ。柔らかい肉をぶち抜いて、もろい骨を木端微塵にへし砕かれる。当然そうなったら内臓なんて守れるはずはなく、第一骨を砕かれたらそれで戦えなくなって続く一撃で仏様になる。


「いや、その前に頭蓋を叩き壊されて一発でザクロかトマトかもしれないな……」


「や、やめてくださいますこと!? ただでさえ吐きそうですのに!」


「静かにしろよ見つかったらおいてくからな……。どっちにしろ生首でサッカーボールされるよりましじゃないか」


 ほら、と指した先では数匹ほどのゴブリンがちぎれ飛んできたらしい人間の生首でラグビーを楽しんでいた。厳密にはラグビーではなくゴブリンルールの何かなんだろうが。


「うっ…………!」


 金紅石(るちる)が顔をそむけてうつむき、胃液のにおいがした。


「吐くなよ!」


「う、うるさいですわ! あんなもの見せて!」


 文句はゴブリンに言ってほしい。

 錬金術の迷彩では匂いまではごまかせないので吐瀉物に土をかぶせて地面の下に素早く埋め、匂いの変化に感づかれる前に見つからないよう注意しながら素早く場所を移す。


 襟人のほうが吐きたいというのだ。気を使って金紅石には言わなかったが、ゴブリンが生首ラグビーをやっていた反対側には服や皮がとかされたせいで、塩酸で皮を溶かされた缶詰ミカンのように()()を見せている首の折れた男を中に入れたまま動き回っているアメーバ(スライム)がちょろちょろしていたのだから。


 襟人だって逢坂恋愛から魔法大戦時の悪趣味とグロテスクを教わっていなかったらとっくにパニック症状を引き起こしてあそこで豪華そうな杖を持っている偉そうな豚面巨人や、少し離れてモツをつかみ取りにしてモグモグしているゴブリントリオや、あるいはかなり向こうで散弾を撃ち出す長銃を魔力で編み上げて攻撃した金髪巨乳の女の子を、ぬいぐるみの口からにゅるりと飛び出して、今まさに頭から丸かじりにしたミミックあたりに食い殺されたはずだ。


 金紅石と違って比較的落ち着いているのは、そういった下積みがあって、かつ一度パニックを起こした後、ゴブリンを思うままぶん殴ることができたからだろう。

 ミミックがぬいぐるみの中に戻っていくのを見届けて、その愛らしい見た目には絶対に騙されるまいと誓いつつ先に進む。


 気分はゾンビモノや戦争モノでもバランスがタイトすぎて隠れながらじゃないと進めないコソコソ系のゲームをやっているプレイヤーだ。ロクに木も植えずに一面芝を敷き詰めてあったこのあたりの庭園は見晴らしがよく、点在する噴水がそれは綺麗だったのだが、それだけに少しでも派手な動きをすれば遠くからでもとんでもなく目立つ難易度が鬼のようなステージだ。


 ドラゴンやモンスターたちによって見る影もなく荒れ果てていても飛んできた岩っころや樹木だけでは隠れ潜むには心もとないし、位置もバラバラでその間にモンスターがいるので移動経路としては使えない。おまけに何だかその陰には粘性の動きをしたスライムやうぞうぞと這って動く芋虫のでかいのが潜んでいるときている。


 こうしてしゃがんで第一匍匐前進のまねごとをしていると正直背中や足の関節が縮こまってきて痛むのだが、こうでもしていなければあちこちにいるモンスターたちのどれかにソッコで見つかって、そしてそいつから逃げるために走ることになって目立ちまくり、さらに注目を集めるという悪循環を生み出すので仕方がない。

 もしも見つかったらあっという間に取り囲まれて、さしあたっては襟人と第七校舎との間に見事に座り込んでいらっしゃる豚面巨人の一団のおやつ代わりにされてしまう。


「ちっ、進路上に……!」


 第七校舎まではあとたったの三百から四百メートルくらいだというのに、ひらけた場所で豚面巨人が目を光らせているのでたどり着くことができない。いくら錬金術を使って色彩を荒れた芝庭園に似せていてもさすがにすぐ近くを通ってしまうとバレる可能性が高いのではないだろうか。

 たとえ実際には見つからなかったとしても、現状そんなことはわからないので、命を賭けた博打に手を出すつもりのない襟人は強行突破などするつもりにはなれない。


「大きな剣や棍棒を持っている者ばかりではないのですね……あんな細い杖で殴っておれないのでしょうか……?」


 金紅石の言うとおり、ほとんどの豚面巨人は大剣と表現するべき大きさを持った剣や質量で殴殺するために作られたのだろう木を削っただけの粗末な太い棍棒を持っているというのに、前で行く手を遮っている豚面巨人の中の一体は、その巨躯からすればまるで子供のおもちゃのように見える小さい金属の棒を持っていた。


 なんだかシュールにも見えますわね、という金紅石の言葉にはうなずけるものがある。

 人間が持てばショートスタッフとして打擲にも使えそうな金属製の杖も、豚面巨人のあの巨体が持てばまるで大の大人がアニメのキャラクターグッズでチャンバラをしようとしているかのような滑稽さがある。しかも先端に宝石までついているマジカルなファンシーグッズを持っているのがあの豚面巨人だというのだからシュールを通り越していっそコミカルでさえある。


 襟人が見たところ、豚面巨人の長所とはその大きい体躯だ。

 ボクシングのルールでフライ級、ライト級、ウェルター級、ミドル級、ヘビー級とランクが分かれて設定されていて、多くのボクシング選手がこぞって減量してより軽い階級で戦いたがることが証明している事。重たくて大きい方が生き物として単純に強い。

 大きさ、重さとはイコールで強さなのだ。


 だからこそ武器を持っている豚面巨人たちは人間からすれば大剣として扱うべき剣や、とても振り回せないような重たい棍棒を持っている。リーチと威力を振り回せるだけの力がすでにあるからだ。

 だというのにあのキャラクターグッズのステッキのような短い棒きれはどういうことなのか。単に好みの問題だと言われたらそれまでなのだが、理詰めで考えてみればまったく理にかなっていない。あれなら何も持たずに殴りかかって払ったり掴んだりしたほうが強そうなものだが。

 ひょっとしてソードブロッカーとして使ったりするのだろうか? しかしそれなら大剣でいいだろう。二メートルの大剣もどうせ奴らからしてみればショートソードのようなものだ。重さの不利もないだろう。


「いったいどういうことでしょう……?」


「さあな。もしかしたらブタ野郎の文化かもしれないな。見たとこ宝石がついているし、ひょっとすると立場的に偉いのかも」


「それにしてはあそこの剣を持って鎧をつけているモンスターのほうが偉そうにしていますわよ? あ、ほら、ステッキ持ってるのじゃありませんけど、ほかの仲間に命令らしきことをしてますわ」


「じゃあ奴の趣味なんだろ……。とりあえず武器を持ちたかったとか……あるいは僕たちにとっての魔法みたいに、連中のなかでは武器を持っていることが一種のステイタスになるとかな」


 それよりも大事な問題は、第七校舎との間を豚面巨人の一団に陣取られていることだ。このまままっすぐに突っ込めばあの豚面巨人たちに見つかるのは絶対なので論外として、エレクトロン焼夷弾を使って気をそらそうというのもいまいち確実性に欠ける。貴重な焼夷手榴弾なのだからできるだけ温存しておきたいという気持ちも強い。

 それに、


「見えるか金紅石? 第七校舎の中もモンスターが入り込んでる」


 できることならそいつらを刺激してうろちょろさせたくない。こっそりと、内密に、隠密に、中にある魔法使いの工芸品(ウィッチクラフト)や武器転用可能なものをパクって、それを使って逢坂恋愛の研究室までたどり着いて、そこに眠っているはずの強力な魔法兵器を持ち出し、魔法学園周囲の山に溢れているモンスターをその山ごとぶち抜いてトンズラするのが理想的だ。


 確か『夜の帳』とかいう、ステルス系の魔法使いの工芸品(ウィッチクラフト)もあるという話を聞いたことがあるので、それを使って夜の闇に乗じて一気に山を越えてしまうのもいい。


「しかたない。いったん離れてリトライしよう」


 別に第七校舎自体は用もないのでスルーしてしまっても問題はないのだが、このあたりで一度校舎内の準備室にある授業に使う魔法薬なりで装備を強化しておかないと最後までエレクトロン焼夷弾だけでたたかわされる。


「ええっ? 倒してしまえばすぐそこですわよ?」


 何を言っているんだろいうコイツ、みたいな意思の伝わる目で見られたけれど、それは襟人のセリフだ。


「せっかく武器を持っていて魔法も使えるのに、ここまで節約していたのはいざという時に使うためではありませんの? 詠唱する時間が足りないならレイピア(これ)で持ちこたえますわよ?」


「馬鹿言うな。剣しかないのにその細腕でどうやってあんな重そうな武器の攻撃を受け止めるっていうんだ。兄貴じゃないんだ。なんでも魔法で片付くなら苦労なんてしないっていうんだよ」


「わたくしが魔法を使えないからと言って気を使わないでくださいな。そんなことを言って隠されると余計に嫌味に感じますわよ?」


「だから僕は魔法が使えないんだといっているのに……」


「そんなこと言っても無駄ですわ。空から降下して一撃で倒してしまったではありませんの」


 あれは事故だ。しかも今から考えれば襟人の信用度が人身くらった感じの。

 うっかり殺してしまった命に事故ですサーセンというのもないのだろうが、人間という種族的に敵であったり食料である命など数えきれないのだし、何よりもあの豚面巨人の下敷きがなければ襟人の首がゴキリと音を立てていたか、でなければ叩きつけられて頭でも打って死んでいたかもしれないのだから「生き残りたい」襟人としては必要な犠牲だったとして済ませてしまうのが落としどころだ。


「…………、仕方ありませんわね」


 結構な長い間があったが、説得に応じずにそそくさと後退し始めた襟人を見て諦めたようにため息をこぼした金紅石もここで置いて行かれるのは嫌らしく、渋々という風についてくる。

 置いていきたい気分にもとらわれるが、しかしこのペースでは一日以内に逢坂恋愛の研究室まではたどり着けない。必然的に眠ることになるだろうし、その時に周囲を警戒する人員が必要だ。


 後退するとはいっても軍隊のように後詰の部隊が退路を確保してくれているわけでもない。モンスターをすべてなぎ倒してきたわけでもないので危険性は進むときと全く変わらず、周囲をうかがって一歩進むのにもチャレンジャー精神を要求される相変わらずのステルスゲーム状態である。


 まったく、どこのパニック映画なのか。

 ゾンビ物のマニアやモンスターパニック大好きな生物災害バンザイのオタクならここぞとばかりに人生の一発逆転狙って無駄に蓄えてきた専門知識を有効活用して美少女を守りながらヒーローのようにかっこよく活躍するのだろうが、生憎と襟人は家族に追いつくために魔法の練習や身体の鍛錬ばかりしていたのでそんな前知識などあろうはずもなく。


 そのまま三十メートルほど離れたところで、二つ尾のオオカミのような野犬に警戒しながら方向を転じて逆時計回りに大きく回り込むためにしゃがみ姿勢で円軌道の移動をしていたのだが、不意にくだんの、豚面巨人の中でも珍しく小さい金属の棒を持っていた豚面巨人がこちらを向いて大きく一声吼えた。


「み、見つかりましたの!?」


「しっ! まだわからないんだから腰を上げるな!」


 連中は見た目に反して結構足も速いのだから。襟人の足なら振り切れるだろうが、金紅石の女の子の足では魔法強化無しには無理だ。


 様子がおかしい。豚面巨人たちは一声した豚面巨人の視線を追ってこちらを向いているが、しかし襟人たちを見つけたのであれば襲い掛かってくるはずだ。肉体の強さでは豚面巨人のほうが勝っているのだし、数の上でも倍する数がいるのだからためらう理由はない。

 それが身構えているだけというのはいったいどういうことなのか。


「じっとしてろよ……」


「え、襟人……」


「なんだよ……?」


 豚面巨人の動きに集中して息も殺しているところに声をかけられていらいらと返事をする。


「い、いつまでこうしていればいいんですの……?」


「あいつらに見つからない保証ができるまでだよ……!」


 それまでにちょっとでも動いてみろ、囮代わりに置いて行ってやる、と思いながら襟人も不自然な体勢で固まっているのだ。うっかりバランスを崩したりすれば即座に見つかってしまう。


 早く、早くどこか別なほうを向いてくれ……!

 でないと金紅石が限界だ。

 祈りが通じたのか、すぐに状況は動いた。


「うおりゃぁぁああああああ!!」


 襟人たちから斜め前にある、地面に突き立ったT字に板をくっつけた形状の建材の瓦礫の陰から雄たけびをあげて人影が飛び出したのだ。

 やたらツンツンした頭の、高等部ぐらいと思われる年齢の男だ。

 そいつは背中に白抜きの十字架と赤い魔法陣をプリントされた、痛々しいデザインの、足首まで丈のある真っ黒なコートをたなびかせて、男子生徒が手のひらから電気を吹きだしながら特攻した。


「大和!!」


 続いてすっとした感じで背の高い高等部の男子が、先んじて飛び出した奴の名前らしきものを叫んで飛び出した。

 飛び出したほう、ツンツン頭が前に出た豚面巨人に向けて手のひらを向けた。


「りゃあああああああ!! 必殺エンシェントブラックサンダー!!」


 帯電していた手のひらから別に黒くもなく、特に古代でもなく、そして雷というほどでもない電流が塊で発射され、豚面巨人に命中した。


「グォォオオオオオオオオオオッッ!!!」


「なにぃ! 俺の秘技を受けて平気だと!!」


 さらに必殺でもなかったらしい。

 電流を受けた豚面巨人はちょっとの間動かなくなっていたが、すぐさま怒りの雄たけびをあげてデカい剣を振り上げた。


「ぅいい!?」


 あわてた様子でツンツン頭が足をばたつかせて止まる。

 ぐちゃぐちゃあーーーーー!!

 思わず心の中で叫んでしまったが、襟人が想像したような事態にはならなかった。豚面巨人のばかデカい剣がツンツン頭のツンツンした頭を砂浜のスイカみたいに叩き割る寸前、一本の刀がその豚面巨人の腹に突き刺さったからだ。


富嶽三十六剣ふがくさんじゅうろくけん……甲州三坂水面こうしゅうみさかすいめん!」


 刀を手元に召喚してハンサム顔のそいつが割り込んで切りかかった。豚面巨人が大剣でその一刀を受け止めた瞬間に、腹に突き立っている刀を掴んで体を回転させて掻っ捌く。


「gガァアアアアアアアアaaaaaaaa……!!!!」


 痛みで完全におつむに来たらしい豚面巨人が剣を押し切る。

 わかっていたかのようにハンサム顔は豚面巨人から離れ、目線の高さで刀を寝かせて水平に構えた。


「割り分かて!!」


 ずる、と遅れて体が落ちるほどすさまじい鋭さで豚面巨人が両断された。


「ああああああああああ!」


 ツンツン頭がハンサム顔を指さして絶叫した。


「てめっ! 統四郎(とうしろう)ぉおおお! テメェッ! 俺の獲物をおおお!!」


「そ、そんな場合じゃないよ!」


「そんな場合なんだっつーのぉ!! お前は隠れてろっつっただろーが!! 俺がブッ倒してやるぜオークども!!」


 再びツンツン頭が飛び出していく。


「あ、ちょっと!?」


 ハンサム顔が手を伸ばすが間に合わない。ツンツン頭は勢いよく飛び出して、また腕に電気をまとわせて豚面巨人たちに突っ込んでいく。


「ああもう!」


 遅れてハンサム顔も走り出した。


「おらああああああ! エターナルディスティニーサンダー……!!」


 さっきと全く変わらない電気の塊が豚面巨人を直撃して動きを止める。さらに勢いよくツンツン頭が豚面巨人の懐に飛び込んだ。


「そしてえええええ! 必殺っ、グレートジェノサイドクリムゾンバスター……ッ!」


 まったく赤くない電気を帯電した腕で殴りつけたが、やはり倒すことはできないらしい。


「こいつ、さては竜の血を引くオークだなッ……!?」


「だったらとっくに殺されてるよ! 相州七里濵そうしゅうしちりがはま!!」


 ツンツン頭の背後から迫った豚面巨人の棍棒をハンサム顔が最初に投げたほうの刀で両断する。

 豚面巨人たちは複数なのだ。ツンツン頭が飛び出したせいであの二人は完全に取り囲まれた。ハンサム顔は強い。振り回される棍棒を、大剣を、すべて的確に弾き、いなして散らしていく。あんなの簡単にはできない。


 反対にハンサム顔の足を引っ張っているのがツンツン頭のほうだ。ツンツン頭はハンサム顔が剣のタイミングを合わせようとしている豚面巨人に電気を放って動きを鈍らせたり、火を纏った腕で殴って怒った豚面巨人に切りかかられたり、援護しているつもりか知らないが、とにかく邪魔しかしていない。


「あ、あれは……っ!」


 襟人と金紅石はそれを見た。

 例の短い棒を持っていた豚面巨人だ。やつは取り囲む輪には入っていなかった。何をしているのかと思えば、杖を差し向けて何事がうなっていたのだ。


「ウィガフウェラ……グァヴァジヴィムン……」


「あれって……!」


 襟人の予想は正しかった。いや、あれを見れば誰もが同じ想像をしただろう。


「魔法を使えるのか……!!?」


 豪、と。ショートスタッフの先から火の玉がハンサム顔に飛んで行った。


「くっ……」


「あっつ!? てめぇ統四郎! 避けんじゃねえよ俺に当たるだろうが!」


「無茶言わないでよ……!」


 取り囲む豚面巨人たちの攻撃だけならあのハンサム顔はどうにかできる。ツンツン頭がいなければ飛び出して先に魔法で援護射撃をする豚面巨人を切り捨てることもできるはずだ。

 だが、このままでは彼らは死ぬ。さっきからおこぼれを狙って戦いの騒ぎを聞きつけたモンスターたちが集まってきているし、このままでは連戦は間違いない。

 さすがにあのツンツン頭を抱えたままではハンサム顔も切り抜けられないだろう。


 だけどチャンスだ、と襟人は思った。

 人間が目の前で死にかけている状態で、襟人はこのまま彼らが注意を引いておいてくれたら自分たちは比較的安全に第七校舎に潜入できる、そう思ったのだ。


 金紅石は何やら倒してしまおうなんて短絡的なことを考えていたようだが、襟人は何とも戦わないのが一番だと思っている。周囲にモンスターは多いし、まして戦うということはどうあれ最初から生死の危険がついて回る。たとえば百回に一回しか死ななかったとしても、百回戦えば一度でも死ぬ確率は三割を超える。

 超える……よな? 四捨五入で四割。とにかく、いちいち戦っていたら命がいくつあっても足りない。


 だから、たとえ目の前に豚面巨人に殺されようとしている人間がいても。

 襟人は見捨てるつもりだったのだ。


「そこまでですわ! 襟人、助けに行きますわよ!」


 金紅石が立ち上がって声を上げるまでは。


計算あってますか?うろ覚えのまま計算したので何とも不安……。


パニックモノ、ゾンビもので一番厄介なのは感情的な人間。理屈で動くのなら予想もできるのに感情で動いていると予想つかなくて余計な危険まで……

しかし、それはどちらが正しいのでしょうか。金紅石のように人間として倫理的に行動ができるほうがいいのか。人間も生物なのだからまず生き残るべきなのか。欲望むき出しにしたやつほどゾンビに襲われたりしますけど、人間としての素の姿なら、その行動は生き残ろうとする行為とどれだけの違いがあるのか。


そんな難しいこと考えずに適当に読み流してくださっても結構です。暇つぶしにしてくださればそれで。


定型文的に一応。

この作品は不定期更新です。作者も忘れてしまうかもですし、本当に適当に暇つぶしにどうぞ。


用語解説おまけ



・玉ねぎシルエット

 某ゲームでマスコットキャラクター並みの扱いを受けているスライムモンスター。襟人たちの学園に現れたモンスターと違って装備品を身に着けていることも多い。


・スライム

 巨大なアメーバのようなモンスター。流動質の体を持ち、中に生き物を取り込んで絶息させ、溶解して養分にする。消化途中のを見てしまうと……表現婉曲にして言うと人体標本模型。ただし内臓だけ溶けるとかそんな中途半端かつ思いやりな溶け方はしない。


・夜の帳

 夜間に限り、完全に姿を見えなくする魔法の布。昼間でも影になっている場所でなら多少のステルス性を得られる。千切っても被せておけば効果がある。

 名前は夜の帳が降りるという慣用句から。


・大和

 白抜きの十字架と赤い魔法陣をプリントされた、足首まで丈のある痛々しいデザインの真っ黒なコートを着ているツンツン頭の男子生徒。自分の魔法に痛い名前を付けていたりしてすさまじい中二臭がする。

 必殺ではない必殺技を叫び、黒くもなく雷というほどでもない電流を腕から噴き出して攻撃に使っていた。


甲州三坂水面こうしゅうみさかのすいめん

 富嶽三十六剣の一本。寸分の狂いもなく正確に水平に構えて魔法の儀式とし、それを水面にして視界に映る世界を甲州三坂水面の切れ味で二つに割り分かつ。狙った相手だけを割っていたが、実は遠くで別なものにも切断力が働いてしまっている。

 元ネタは葛飾北斎の富嶽三十六景で御坂峠から見た逆さ富士の絵。実際の富士として描かれているのは夏の風景だが、水面に映る富士山は雪が積もっていて、かつ少しずれている。


・統四郎

 ハンサムな顔をした高等部の生徒。日本刀の扱いがうまく、刀を投擲し、次の刀で敵の武器を払い、突き刺さっている投擲した武器をつかんで攻撃するという早業を披露した。しかも刀を召喚するという高度な魔法を苦も無く使っている。


相州七里濵そうしゅうしちりがはま

 富嶽三十六剣の一本。純粋に切断力の高い日本刀で、直径二十センチほどの豚面巨人の持っていた棍棒くらいなら真っ二つ。

 甲州三坂水面と同じく元ネタは葛飾北斎の富嶽三十六景で、純風景を描いてあるもの。相模湾の江の島の向こうの富士をとらえてある。葛飾北斎にしては珍しく、水面が鏡のように描写されている。


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