第三章[開かれた栄光の門]
「『該当世界との接続――完了。全聖宝具適合者存在、鍵、鏡、棍、斧、杖、槌、糸、鞭、旗、剣、弓、――――槍、確認。第百三十三から第百八十一番術式展開申請――承諾確認。他聖女、聖痕との同調を開始します』」
まさに体を一気に前傾に倒して走り出そうとしたその瞬間のことだった。鈴の音色のように透き通った、しかし膨大な魔力を含んだ呪文が空間を震わせ、目の前を光の線が通過していった。
「『転移術式範囲設定開始。転移方式を空間湾曲で設定。転移元中心座標確認――代入しました。捕捉術式追加。第七条六十項から第八条十二項までを手順互換。術式同期。第四、第六、および第十三から第十七、第四十四魔力流路閉鎖。第一から第二、第七から第十一、第二十三、第二十五から第二十七魔力流路開放。転移先座標設定――ヨハンナ・セシル、わずかに遅れています。集中してください。――完了』」
大気が魔力に満ちて鉛のように重さを持つ。軽やかな風と共に暴風雨のように魔力の渦が横殴りに逆巻いた。
まさか、と欄干から身を乗り出して見えたのは学園をぐるっと一周する魔力発光。内部に精緻な模様を浮かべていくそれが巨大な魔法陣だと気付いて恐怖を覚えた。
「『魔導具『ニームニッグの槍』にて第三流路貯蓄魔力加圧。補足術式第六条一項から同条七十七項までを破棄。手順第六百六十六条に移行します――中断。魔導具『歪曲剣ミラージュ』、『アスベルの奉帯』『救世導書ノーデンス』が損壊しました。各自術式を保持してください。手順を代行します。ヨハンナ・セシル、術式展開が遅れています。一度の注意喚起で修正してください。聖痕共鳴確認。代行完了。中断解除――続行します。転移術式範囲設定完了。触媒『賢者たちの紅き血』を溶解、魔法陣へ流入。魔力励起。星辰の配置を術式に代入します。大蟹座、大犬座、白竜座、射手座、砂貝座――代入成功。元素照応確認』」
声のたびに加速的に記述が増えている魔法陣の直径は地平線の向こう側まで続いていた。間違いなくこの規模の魔法陣となれば戦略級魔法以上の効果は確定している。
大地震、大洪水、大津波、氷河時代、空の大渦、大噴火、大陸沈没、隕石落下、怪獣招致――――、
教科書で読んだ、今や誰も学ぼうともしないかつての戦略級魔法の名前が脳裏にちらつく。ここが空に浮いていることなんてこれら戦略級の魔法にとってみれば些細なことでしかない。何しろ逢坂恋愛に聞いた話では力任せに現象そのものを召喚する馬鹿げた魔法だってあったのだから。
「『魔法陣同調。順次詠唱をお願いします』」
いったいどこの誰が何のつもりでこの魔法学園に魔法テロを仕掛けてきているのかはわからないけれど、その効果圏に学園の敷地をすべて収めているはずだ。
まるであぶり出しのようににじんでいた魔力発光がはっきりとしたものになった時には学園中を高濃度の魔力が満たしていた。
「『――奏上。在りし日の栄光をここに』」
「『――再誕。黄昏の空より呼び寄せん』」
「『――光華。希望の記憶を巻き返さん』」
「『――神聖。荘厳なる試練をかの者に』」
「『――鉄鎖。清冽なれ朽ち果てぬ罪科』」
「『――胎動。穢れなく優しき煌めきよ』」
「『――流星。汝祈りを聞き届けたまえ』」
「『――共鳴。高く透き通る空を天幕に』」
「『――葬列。無窮の大地に足跡を刻み』」
「『――波濤。暗雲を退ける光となりて』」
「『――静謐。神々の聖なる刻印を焼き』」
「『――比翼。ともに星の裁きを退けん』」
言葉が紡がれるたびに魔力が強く吹き荒れる。数えで十二種類の声音は術者のものか。
止まらない。ブレーキが壊れたままアクセルを踏みぬいた車のように魔力の持つエネルギーが加速度的に上がっていくのを肌で感じ取る。常人にはわからないこの感覚をわかるように伝えるのならば触れそうなほど近くに発生した竜巻の暴威をたとえに出せばいいだろうか。
一拍。呼吸を置いて十二人分の声が重ねられる。
「『いざ――開け、栄光の門!!』」
ひときわ強く紡ぎ、結ばれた詠唱。声自体に魔力が乗って世界を満たした時、世界が揺れて視界が大魔法陣の魔力発光にフラッシュアウトした。
大地全体が激震し、空が切断されて崩壊していく。外部からの圧迫に卵の中身を守る世界の外壁が圧潰していく。
「『転移空間、境界線上にて魔力圧潰を受けています。皇帝陛下。保護をお願いします。転移中空間情報は――』」
「『こっちで捉えたぜ。ずいぶん広いぞ。容量超えてんじゃねえかくそったれ! 広いなら広いっていえよ!』」
ぎゃあぎゃあと鳥獣の悲鳴としなる木々の断末魔。まるで世界全体が壊れているのではないのかと恐怖する。それでも学園を包み込んだ空間遮断の境界膜は罅を受け圧潰しながら拮抗するように新たに空間遮断の保護膜を内側に形成して形を保っていた。
「――――っ!!!」
ひときわ大きい縦揺れを最後に事態が緩やかに収束していく。みしみしという軋みがなくなって学園全体を丸く包んでいた魔法の膜がぱちんと弾けると同時、一陣の風が嗅ぎなれない空気を運んできた。
轟!と空を何か大きなものが通って風が地上をなめとっていく。航空艦が運航するはずの航路を我が物顔で飛んでいく謎の巨大生物。やけに空気が濃くて空が遠い。
「……ウソだろ……?」
魔法の正体は怪獣招致だったか、と身構えるのも一寸。欄干に手をついて風景を何度も確認する。してしまう。
「ウソだろ……なんで……なんで空中都市が一つもないんだよ」
常に莫大な魔力エネルギーを第一永久機関から取り出して使いながらはるか遠くにいくつも浮かんでいるはずの空中都市が影も形もなくなっていで、その代わりに大きすぎるほど巨大な鳥影が空を悠々と飛んでいた。
そこには。もう僕たちのよく知る世界は無かった。