幕間[グローリーゲート]
同刻、聖堂の礼拝堂の中で人影がうごめいていた。
ある者は複数の金属を溶解して合金を作り出し、ある者は何事か唱えながら出来上がった顔料に手をかざし、ある者は計測量図をもとにして床にそれらの材料で文字や円陣を描いている。
あちこちでそれぞれの作業を分担しながら精密に行っている彼らの表情は一様にして真剣の一言だ。
それだけこの作業が彼らにとっては重要なのか。たった一つのミスも許されないとばかりに見ているだけで肌が泡立ちそうなほどの気迫で彼らは床に模様を描く作業を行っている。何度も何度も、間違っている場所はないかと厳重に確認をしながら。
「『グローリーゲート』は出来上がったか」
礼拝堂の中にしわがれた男の声が響く。作業の中で雑音に満ちている中でさえ、威厳を伴った老人の声はよく通った。
「つつがなく」
答えたのはそばに控える背の低い少女だ。
「聖宝具と聖堂のリンクを行うための経路もすでに完成しています。あとはここの召喚陣さえ出来上がればわたしたちが勇者様をお呼びすることができます」
そこに豪奢な装飾に身を包んだ若い男が口をはさむ。
「だがこんな召喚法は前代未聞だ。そうだろう? 一度にすべての聖女が一堂に会したこと自体がもはや奇跡なんだからな。そうだったらそうだって言えよ」
「おっしゃる通りです、皇帝陛下」
「だったら失敗ってこともあるんじゃねえのかと俺様は思ってるんだけどよ。ありえるだろう? 失敗ならまだしも下手すりゃ一人しか呼べねえっつう可能性だってあるんじゃねえのか? あり得るんだったらあり得るって言えよ」
「わたしの理論に穴がある、と?」
ぴくりと眉を動かして少女が不愉快を感じていることを表に出す。
だが金ピカの装飾を体中にジャラジャラとつけている男は気にした風もない。
「俺様にわかるなら宮廷魔導師が止めてるさ。わかってるだろう? 豪華才能依存天才派の俺様にコツコツ努力家な魔法姫の理論の穴なんかわかるはずがないんだって。わかってるならわかってるって言えよ」
「だったら口をつぐんでいていただきましょうか。国家元首が無知をひけらかすのもいかがなものかと思いますが」
「俺様にもわかるように説明してくれって話なんだがよ。わからねえか? お前さんは人様に説明できない程度の知識で無茶をしようって言ってるんだぜ。わからねえならわからねえって言えよ」
「まさかとは思いますが皇帝陛下はこのわたしに喧嘩を売っておいでで?」
ピリピリと空気が緊張していく。
「あ? なんだ俺様とやる気か? 相手になってやるぜ。やる気だったらやる気だって言えよ」
「受けて立とうではありませんか。灰になっても後悔はありませんね?」
「やめぬか」
個人戦力で一国を陥落せしめる事ができる魔法使い同士の激突を老人が仲裁する。
そばで青い顔をしていた作業者が大きく息を吐いて呼吸を整えていた。
全身金ピカの皇帝はそれでも臆するところはなく、
「そもそも俺様は勇者召喚自体に反対なんだがよ。みっともねえと思わねえか? 自分らの不始末を片すのに他人様を拐かして剣握らすっつうのはどうなんだ? みっともねえと思うのならみっともねえと思うって言えよ」
「では皇帝陛下は勇者様の代わりに魔王を討ち果たせると? 他人の解決策をこき下ろすなら代案を出していただきますよ」
「お前さんがレニングヴェシェンにいなけりゃ早晩にでも試してやるところなんだがな。まったく面倒くせえ。天下に勇名轟く魔法姫がうちに攻撃してきやがったら俺様しかまともに応戦できねえってんでカビの生えた大臣どもが半狂乱だ。面倒くせえなら面倒くせえって言えよ」
「さて、同じことはわたしにも言えるわけですが」
「だったら俺様と一緒に心中でもするかまな板小娘? くだらねえよなあ。俺様には無駄に小せえペタンコをめでる趣味はねえんだよなあ。くだらねえと思うのならくだらねえって言えよ」
「やはりわたしにケンカを売っておいでのようで。寄せて上げればそれなりになるのですよ。侮辱の返礼に最上級魔法を全属性一直線に無詠唱フルコンボ決めて灰も残さず消し飛ばして差し上げましょうか?」
「は、こっちも深海なり星海なりに空間つないでもいいんだけどよ。それで? 寄せたってのは空気かよ? たかが魔法の火で太陽面の爆発と張り合おうってのか? 空気だったら空気だって言えよエアオッパイ」
「女性の魅力とは胸だけではありませんよ……オズワルド童貞陛下」
ビキブチィッッ!!と互いの血管が額で千切れ、冗談みたいな魔力と魔力が乱気流のように吹き荒れる。少女の指先には夜の闇ですら昼間のように照らす光の球が灯っており、黄金の男は仁王立ちのまま周囲の空間を波打たせて魔法剣や魔法杖といった魔法のかかった武装の類をのぞかせている。
聖堂の中で作業をしていた人間が悲鳴を上げて逃げ惑う。だが誰も彼らを責めることはできない。二年前のラルタル平野の戦いにおいて互いに戦域全てを射程圏に収めながら一人の兵も損なうことなく一帯を焦土にし、断崖を作り上げた二人が激突寸前というこの状況で発狂しない方がよほどおかしな精神をしている。
「やめぬかと言っておるのだ。おぬしらがここで戦えばせっかくの作業がすべて吹き飛んでしまうわい。レティシアよ、本来ならバラバラに世界に穴をあける召喚儀式を一度にまとめることで聖宝具からの魔力消費を抑える提案をしたのはおぬしであろう」
「勇者様にお会いするためにはここは我慢、ということですね。仕方がありません。国王陛下のお心のままに」
疲れ切ったようにため息をつきながら老人がたしなめると少女は不服そうな顔をしていても頭を垂れて恭順したが、ジャラジャラと金銀財宝の装飾で身を固めた若い男はさほども気にした風もなく薄ら笑いを漏らす。
「どうやら作業も終わったみたいだな。準備はいいか聖女ども? いよいよ世界を救わせる戦闘奴隷とご対面ってわけだ。準備はいいなら準備はいいって言えよ」
問題ありません、と若き皇帝の背後に控えていた女性二人が答える。彼女たちが祭壇につけばさらに九人の女性が祭壇の前で姿勢を取り、祈りをささげるように両手を合わせて膝をつく。
下は子供から上は成人した者まで。世界中から集められた彼女たちは勇者を呼び出すための鍵である聖女たちだ。どこからか男が息をつく音がしたのは彼女たちの美しい見目ゆえか。
「各聖堂より経路確認。聖痕の共鳴確認。剣、槍、斧、槌、棍、鞭、弓、杖、鏡、旗、糸、鍵、全聖宝具リンク。術式展開。聖剣聖堂とのパスを開きます――完了しました。魔力流経路抵抗誤差2.19パーセント。不要魔力混在率3.11パーセント。想定範囲です」
「呼べるのか?」
「問題なく」
うすぼんやりと照らされている祭壇に最後の一人である魔法姫と呼ばれた少女が跪き、いよいよ聖堂の床に描かれた救世の勇者を呼び出すための召喚陣『グローリーゲート』が流れる魔力で発光し始めた。
「では、始めます」