何が大切か?
いつぶりだろうか。恭一がこんな大勢で食卓を囲む輪の中にいるのは。
夕飯が終わる頃になって恭花が何か言い辛そうに話かけてきた。
「パパ・・・あのね・・。」
「ん?どうしたんだ?」
「え~とね・・・。」
「恭花がお泊まりしたいんだって!私も明日から冬休みだし、泊まりたいなぁ。」
奈緒子が代弁する。
「そうかぁ。お泊まりねぇ。う〜ん明日仕事だしなぁ。」
恭一は自分の発した言葉に何か嫌な感覚を覚えた。 今なぜ恭花が言いづらそうにしていたのか?そう自分で自分を問いただした。
「よし。休暇もあるしな。明日も休むか‼いいよ恭花。泊まらせてもらおうか。」
そこには比奈子を失う前の恭一の姿はなかった。 決断した自分に微塵の後悔もしていない恭一がいた。
奈緒子も恭花も泊まれる事よりも恭一の笑顔を見て喜んでいるようだった。
「恭一君、明日も休みになった事だし久しぶりに付き合ってくれないか?」
比奈子の父はそう言うと一升瓶をテーブルの上に置いた。
「そうですね。じゃあ一杯いただきます。でも本当久しぶりですね。お父さんと二人で飲むのは。」
「恭一君は忙しい人だからねぇ。」
少し嫌味っぽく言われたが比奈子の父と少し距離が近くなった気がして悪くなかった。
「奈緒子ちゃん、恭花ちゃんと先にお風呂に入って来たら?恭花ちゃん寝ちゃうよ?」
「そうだね。恭花、お風呂いこっか。」
「わーい‼おっきいお風呂だぁ‼おばあちゃん家のお風呂大好き‼」
比奈子の実家のお風呂は旅館みたいに広い。比奈子の父のこだわりだ。子供達はここのお風呂が大好きだった。
「今日はありがとう。」
子供達がお風呂に行ったのを見計らい、比奈子の父が口を開いた。
「何がです?お父さん。」
「奈緒子がなぁ。そっくりなんだよ。今日神社でお供えしているのを見てね。比奈子にそっくりなんだ。比奈子は子供の頃から週に一回は必ず神社の周りの草引きをしてからお供えをしてたんだよ。」
「え⁉」
謎が解けた。男が比奈子を好きという理由はこれだ、と恭一は確信した。
「恭一君と結婚してからもこっちに来た時は必ずお供えをしてたよ。知らなかったのかい?」
「ええ・・・まぁ・・。」
「恭一君は忙しいからね。でも比奈子はここへ来てもずっと恭一君の話ばかりしていたよ。仕事が忙しいから体を壊さないか心配だと言ったりねぇ、誕生日の夕飯のメニューを母さんに相談したりもしてた事もあるよ。よほど恭一君が好きだったんだなぁ。」
恭一の目から溢れる涙。比奈子の姿が脳裏に蘇る。
我慢はしなかった。子供達に聞こえてはまずいと声は押し殺したが、顔をあげる事も出来ないほど泣いた。
比奈子の父も泣いていた。
恭一の涙の量で比奈子への愛情の大きさが見てとれたようで嬉しそうに涙を浮かべていた。
「恭一君、比奈子と結婚してくれてありがとう。かわいい孫を見せてくれて本当にありがとうな。」
「お父さん・・・えっ⁉」
恭一が顔を上げるとそこに比奈子の父の姿はなかった。母の姿も。
さっきまで聞こえていた風呂場からの子供達の声も聞こえない。
「ククククク。」
聞こえて来たのはあの薄気味悪い聞き覚えのある笑い声だった。