覚悟
男との奇妙なゲームから三日。男はまだ現れない。恭一は毎日比奈子との生活を思い返していた。
ここ何年間は仕事に明け暮れ家庭のことは全て比奈子に任せきりだった。それでも比奈子は愚痴一つこぼさずいつも笑顔で接してくれていた。
そういえば男が言っていた。大切なものは無くしてからその大切さに気付く。まさにその通りである。
比奈子が倒れた日、恭一は比奈子の異変に気付いていた。いつもと変わらず朝食を用意してくれている比奈子の顔色がすぐれない事を。
「比奈子、お前少し顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。ちょっと貧血ぎみかなぁ。」
「無理するなよ。病院連れて行こうか?」
恭一は比奈子が自分に甘えて病院に連れて行って欲しいなど決して言わない事がわかっていた。
「平気だよ。恭一は今日は大事な会議があるんでしょ?大丈夫だから。行ってらっしゃい。遅れるよ?」
「あ、あぁ。」
明らかに比奈子の体調がすぐれないことを知りながら恭一は家を出た。そしてそれが2人の最後の会話になった。
「比奈子・・・。」
恭一の目から溢れ出す涙。
比奈子の優しさに甘え続けてきた自分を責めた。
自分の苦しみよりも比奈子のほうがきっと苦しかったんだと悟った。比奈子の優しさが痛いほどわかり胸が苦しかった。
過去の後悔を味わう苦しみを甘んじてうけよう、恭一はそう心に誓った。
しかし男はいつ現れるのか?恭一の覚悟は出来ている。いつしか恭一は男に早く会いたいと思うようになっていった。
だがわからない事がある。恭一は男の言葉がずっと引っかかっていた。それは「比奈子さんが好き」と言った事だ。なぜ比奈子なのか?なぜ比奈子が男に酒をつぐのか?恭一には全く検討もつかなかったが男はまた必ず現れる、そう信じて疑わなかった。
次の日、恭一は休みを取って比奈子の実家に行く事にした。
比奈子の実家はそう遠くない。何故か比奈子の生まれ育った街を無性に見たくなった。それは 誰かに呼ばれてる感覚にすら思えた。