つかの間の休息
男と恭一はもと居た居酒屋で何事も無かった様に座っていた。時計の針はあれから3分しか進んでいなかった。
「恭一さん、休憩がてら少し私の事をお話しましょうか。」
男がそう切り出したが恭一はただ下を向き頷くだけだった。
「言霊ってご存知ですか?恭一さん。」
「お前は・・・お前の目的は何なんだ・・?なんでこんなゲームを・・・。目的は何なんだ?」
男の問いが耳に入ってないかのように恭一は下を向いたままそう言った。
「言霊ですよ。言霊。言葉は時に大きな力を持ちます。人の想いによってね。恭一さんも聞いた事があるでしょう。私はね、言霊の様な存在なんです。人の想いによって存在しています。言い換えれば人が私の事を忘れると私は存在しない訳です。今私がここに居ると言う事は誰かの心の中に私が存在し、必要としてくれていると言う事です。」
「ふざけるな・・・。誰がお前みたいな鬼を必要とするんだよ・・。」
「今まさに恭一さん。貴方ですよ。貴方は半信半疑ながら私を信用し、ゲームをする事に承諾しました。これは貴方が私に比奈子さんを生き返らせて欲しいと思ってるからなんです。まぁ貴方に必要とされる前はもう消えそうでしたが。ククク。ありがたいですよ」
「もう・・・少し静かにしてくれ。胸が・・胸が張り裂けそうなんだ・・・。」
「苦しいでしょうねぇ。ククク。いい表情してますよ恭一さん。クククククク。」
恭一はもう男に苛立つことにも疲れて黙っていた。
「恭一さん貴方の質問に答えてあげましょう。私の目的はね、実は・・・何だと思います?」
男は楽しいそうに聞いた。
「人の苦しんでいる所を見て楽しんでるんだろ⁉なんて悪趣味な奴だ・・・。」
「それもありますが・・・それはただの私の個人的な趣味でしかありません。私にもね、使命があるんですよ。こうやって貴方の前にいる理由が。」
「何だよ・・・早く言えよ。」
「私はね恭一さん。貴方が嫌いなんです。いや正確にいえば貴方と同じように比奈子さんが好きなんです。」
「は?比奈子の事が好き⁉お前鬼なんだろ?なんで比奈子と関係あんだ⁉」
「比奈子さんは私にいつも美味しい日本酒をついでくれます。私は比奈子さんの入れてくれるお酒が大好きでした。でも比奈子さんはもう居ません。私は貴方を恨んでるんですよ。ククク。」
「意味わかんねーよ。比奈子がお前に酒⁉わかる様に説明しろ‼ってか本当に生き返らせる気あんのか⁉」
「今はゲームの最中です。言えるのはここまでです。あ、一つだけ言える事があります。私は神様ではありません。万人の命を自由に出来る訳じゃありません。ですが恭一さん。私が負けた場合ですが・・約束は必ず守りますよ。」
「えっ⁉じゃあどうやって生き返らせてくれんだよ‼そんな約束信用できねぇじゃねーか‼お前にはそんな力がないんだろ⁉じゃあ俺はなんの為にこんな苦しんでんだ⁉」
「ククク。恭一さん。もう後戻りは出来ません。貴方にはまだまだ付き合ってもらいますよ。苦しい思いをしたくないならどうぞ人生やり直してください。貴方にはそのチャンスがありますからねククク。」
「何だよ畜生‼もう訳わかんねーよ・・・。」
恭一はうなだれるようにテーブルに顔をうずめた。
「だいぶ精神的にもお疲れのようなので今日の所はここまでにしておきましょう。貴方にはもう一度覚悟を決める為の時間を差し上げます。比奈子さんと過ごした時間をもう一度思い返して見てはいかがですか?ではそのうちまた貴方の前に現れるとしましょう。それでは恭一さん。今日は本当に本当にご苦労様でした。ククク。」
「おい‼恭一‼起きねーか‼」
居酒屋の大将が恭一を揺さぶる。
「あ・・・あぁ・・。」
「こんな所で寝てねーで早く帰ってやれ‼子供達が心配してんぞ‼」
「寝てたのか・・・やっぱり夢だったのか・・・じゃあ比奈子はやっぱり・・・。」
恭一はそう言いながら男が座っていた筈の席に目をやった。
「あっ・・」
恭一は目を疑った。夢ならそこには誰もいなかった筈である。
だがそのテーブルの上には飲みかけの日本酒が入ったグラスが置かれていた。
「比奈子・・・。」
恭一の目には涙が溢れていた。