18才の後悔
恭一はグラウンドに立っていた。真夏のグラウンドはまるでサウナのように暑い。
9回の裏ツーアウト満塁。相手の攻撃。スコアは2対1で勝っている。恭一の足がガタガタと震え出した。すると男の声が聞こえてきた。
「恭一さん、覚えてますよね?次のバッターが打った打球がショートの貴方の所に飛んできます。素人の私にでも捕れるボールですよ。ククク。それを貴方はプレッシャーにのまれ後ろに逸らしてしまいます。ランナーが2人帰ってゲームセットです。ククク。さあどうなさいますか?」
恭一は姿の見えない男の声に苛立ちながら当時を思い出していた。チームメイトの涙。スタンドから聞こえた落胆の声。あんなに大きなため息を聞いた事はない。何日も何ヶ月も陰口を叩かれ続け人間不信になったあの頃。もう一度あんな思いをしなければいけないと思うと足の震えが止まらない。
その時が刻一刻と近づいてくる。恭一は頭の中を整理できずにいた。
「キィィン‼」
打球音が恭一を我に帰す。ボールが恭一に向かって転がってきた。
(捕れる‼これを獲ったら勝てる‼もう一度やり直せる‼‼)
恭一は以外に冷静だった。
「ワーーーーッ‼」
メガホンを叩く凄まじい音と共に大きな歓声とため息が入り混じった。
恭一はあの時と同じようにボールを後ろに逸らした後無意識にグラウンドにしゃがみ込んでいた。
あの時と同じ失望感とあの時とは違う罪悪感を感じながら。
「ククク。」
スタジアムには未だ大きな歓声が鳴り響く中男の笑い声が聞こえてきた。
するとまたあの光が恭一を包み、辺りはあの居酒屋に戻っていた。時計の針は5分しか進んでいなかった。
恭一の目の前では男が嬉しそうに日本酒を一口口に含む。
「恭一さん、お疲れ様でした。中々見事なエラーでしたよ。ククク。」
「・・・。」
恭一はよほど精神的に参ったのか男の嫌味に反論する元気もなくしていた。
「しかしよく思い留まりましたね。私はてっきり獲っしまうのかと思いましたよ。ね、キツイでしょ⁉辛いんですよ。同じ後悔をもう一度するという事は。人はわかってる痛みからは逃げたくなるんですよねぇ。私は人が苦しんでいるのを見るのが大好きなんですよ。あ、だからと言って誰でも苦しませる事はしませんよ。純粋な心を持っている方だけです。心が汚れてる人は後悔なんかしませんからねぇ。心配なさらなくても楽しませてくれたお礼は必ずしますから。ククク。」
「お前・・・、鬼か・・。一体何者なんだ⁉」
「私ですか?うーん。そうですねぇ。例えるならそう、鬼でしょうかね。勿論人間ではありません。歳もとりませんしね。貴方方人間が想像する鬼のような存在だと思って下さい。あ、ツノはないですけど。ククク。」
恭一にはもう男が何者であるかなどどうでも良かった。
グラウンドで感じた熱気。スパイクで土を踏む感触。全てがリアルに現実としか思えない。何より5分しか時間がたってないにも関わらず酔いが完全に覚めていたのだ。
精神的に不安定な恭一が男を信用するには充分だった。
「恭一さん。どうです?次の後悔をする準備はよろしいですか」
「あ、あぁ・・・。次はどの後悔だ?」
「それは行ってからのお楽しみです。ククク。恭一さんが一番おわかりでしょう。」
「ちっ。心の準備もさせてくれねーのかよ。」
「まだゲームは始まったばかりですよ。もっと楽しませて下さいね。ククク。」
男はそういうと眩い光が再び恭一を包んだ。