ゲームの始まり
「恭一さん、貴方は大変波乱万丈の人生を送ってこられましたねぇ。私にはわかるんです。あっ、占いの類いではありませんよもちろん。私は貴方をずっと昔から見て来たのですから。」
「はぁ?なに言ってんだお前?だから比奈子とどういう関係なんだよ‼」
酒も手伝ってか恭一の苛立ちもピークに達しようとしていたが男は更に淡々と話を続ける。
「私とひとつゲームをしましせんか?貴方が信じるか信じないかは自由です。夢だと思って頂いて結構。しかしこれだけは約束します。貴方が私とのゲームに勝った場合、私が比奈子さんを生き返らせて差し上げます。」
「てめぇ‼ふざけんな‼‼」
怒りを抑え来れなくなった恭一が男の胸ぐらを掴んだその時、急に眩い光が辺りを包み周りの景色が一瞬にして変わった。
「なんだ⁉どこだここは⁉」
ギラギラと照りつける日差し。しかもどう考えても真夏の昼間だ。蝉の鳴き声が聞き慣れない冬を過ごしていた筈の恭一には耳触りで仕方なかった。
「ふざけてなんかいませんよ。ククク。」
笑みを堪えきれない感じで男が言った。
「覚えてますよね。ここは貴方が生まれて初めて心から後悔をした所です。わかりますか?」
「ここは・・・あっ‼」
どこか見覚えのある場所。そこは恭一が高校野球生活で最後の試合をした懐かしいスタジアムの側だった。
「そうです。恭一さん、貴方は高校生の頃本気で甲子園を目指して毎日努力を重ねていらっしゃいました。その努力のかいがあって貴方は地元では知らない人がいないくらいの有名な選手でしたね。しかし貴方は20年前の今日、一生忘れられない後悔をします。
ククク。」
恭一は高校生の最後の試合で自分のミスのせいで負けた事がトラウマになっていた。
本来なら輝かしい野球人生を歩むはずであった恭一がプロ野球選手になる夢を諦めたのもこの試合で生まれたトラウマが彼の実力を出せない様ににしてしまったのである。
「なんだこれは⁉おい!これは夢なのか?」
「夢ですか。まぁ夢でもいいじゃないですか。さあゲームの説明の続きをお話しましょう。恭一さん、貴方にはこれから今までの自分の人生の中で心から後悔している事をもう一度経験して頂きます。それぞれの時代に戻ってね。辛いですよ〜。クククク。しかし言い換えれば人生をやり直せるチャンスでもあります。わかってて同じ後悔をする勇気、貴方にはありますか?もし貴方が全ての後悔に耐える事ができたならゲームは私の負けです。比奈子さんを生き返らせて差し上げましょう。ただし、貴方が人生をやり直す事を選んだ場合、貴方はもう元の人生に戻る事はできません。一生違う人生を送って下さい。まぁそちらの方が幸せかもしれませんけど。ククク。」
「ふざけた事ばかりいってんじゃねぇ‼こんな胸くそ悪い夢早く覚めてくれぇ‼‼比奈子が生き返る⁉馬鹿にするのもいい加減にしろ‼」
恭一は頭が混乱していたがすぐにリアルな感覚が恭一の頭を冷やした。
「ん⁉えっ⁉」
自分の体を見た恭一は一瞬で異様な興奮を覚えた。
懐かしいユニフォームの袖から見える真っ黒に焼けた自分の腕。マメだらけの手のひら。忘れもしないスパイクを履いた時の地面を踏む感触。全てが懐かしかった。そしてもう一度自分がミスをしたあの場面をやり直せる嬉しさに武者震いが起こった。
「本当にやり直せるんだな⁉」
恭一は少し冷静な口調で男にそう問いかけた。
「もちろんです。やり直したいのであればどうぞ。あの時のトラウマから解放されるまたとないチャンスですからね。ですがこれは貴方と私のゲームです。貴方が人生をやり直したその瞬間ゲームは貴方の負けです。貴方は一生元の人生に戻る事はできません。」
「わかった。それでいい。」
「ククク。」
男は不敵な笑みを浮かべている。
「恭一さん、ひとつ念を押しておきます。貴方は自分のトラウマから解放されて更には比奈子さんと出会えば一件落着だと思っていませんか?ククク。人生そんな甘いものじゃありませんよ。そんな簡単に人生やり直せるなら私はこんなゲームを持ちかけたりしませんよ。いいですか?人と人との出会いに必然などあり得ません。全ての出会いは偶然なのです。やり直した人生で比奈子さんに出会えたとしましょう。果たしてその女性は貴方の大切な比奈子さんでしょうか。貴方だって今までの貴方ではなくなるのですから。道が違えば同じ人生を歩むのは不可能だという事です。ククク。」
恭一はゾッとした。比奈子がいない人生を想像した。
比奈子と子供達ともう一度元の幸せを取り戻したい。今起こってる出来事が夢ではないという事を少しずつ理解してきている証拠だった。
「わかった。一度経験してる事だ。二度も三度も一緒だ。その代わり約束しろ。俺がゲームに勝ったら必ず比奈子を生き変えせろ‼わかったな‼」
「わかりました。それではそろそろ行きましょうか。」
男がそういうと辺りは一瞬で眩い光に包まれた。