なくしたくないもの
朝食が喉を通らない。
「比奈子・・・やっぱり今日・・・。」
「うん?なぁに?」
「いや・・・いい・・何でもない・・・。」
「どうしたの?パパやっぱり今日変だよ?パパの方こそ顔色よくないよ。大丈夫?」
仕事に出掛けなくてはならない時間が刻一刻と近づくにつれ恭一の覚悟は揺らぎ始めていた。
最愛の人を、それも同じ人を二度も失う事など経験する事など誰も出来ない。更には亡くなるとわかっていながら何も出来ない事の絶望感が恭一の精神を蝕み始めていた。
容赦無く時は流れる。
本当にあの男は比奈子を生き返らせてくれるのか?1%でも助かる見込みはあるんじゃないのか?
恭一の頭のなかはそんな不安でいっぱいだった。
「ほら、そろそろ行かないと。ね。ちゃんと横になるからさ。」
「ああ・・・・。」
比奈子は毎日恭一を玄関まで来て見送ってくれる。恭一にとっては懐かしい光景だった。
「いって・・・きま・・す・・。」
「いってらっしゃいパパ。頑張ってね。」
いつもよりも玄関のドアは何倍にも硬く、重く感じた。
5分ほど歩いただろうか。後ろ髪を引かれながら歩いていた恭一はその足を止めた。そしてしばらくその場で立ちすくんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
恭一は叫んだ。何かを吹っ切る様に。叫ばずには居られなかった。更にしゃがみ込み地面を殴り始めた。何回も何十回も。血塗れになりながら地面を殴った。
「ごめんなぁ・・比奈子・・ダメな旦那でごめんなぁ・・・俺はまたまたお前を見殺しにするんだよなぁ・・ごめんなぁ・・・くそ・・・
何がゲームだ・・・・・。」
次の瞬間、恭一は急に立ち上がり自分の家に向かって全速力で走り出した。
「比奈子、まってろ‼俺が必ず助けてやるから・・・・絶対助かるから‼‼」
恭一は賭けた。このままゲームに勝ったとしても人として、夫として、そして親として心の中の大切な何かを失ってしまう様な気がしていた。
子供達が誇れる父親になるために、そして最愛の妻を幸せにするために涙を流しながら必死で走った。
家に着いた恭一は勢いよく玄関のドアを開け、靴も脱がずキッチンへ向かった。そこにはテーブルで朝食を食べる奈緒子の姿はあったが比奈子の姿が見当たらなかった。
「どうしたのパパ⁉えっ⁉すごい血が付いてるよ⁉どうしたの⁉」
「ハァハァ。奈緒子・・・ママは・・・比奈子はどこだ?」
「えっ⁉あ、二階で少し横になるって・・・。でパパはどうしたの⁉なんで⁉すごい血だよ⁉大丈夫なの⁉」
少しパニックになっていた奈緒子の問いかけにも答えず恭一はそのまま二階の寝室へと階段を駆け上がる。
心臓がバクバクと激しく鼓動する。恭一はさっきまでの勢いとは違い恐る恐る寝室のドアを開けた。
比奈子はベッドに横になっていた。
「比奈子・・・?」
恭一が比奈子をそっと起こす。
「比奈子・・比奈子・・おい、起きてくれないか?おい・・・比奈子?」
比奈子の反応が無い。そこへバタバタと奈緒子も二階へ上がってきた。
「パパ‼一体どうしたのよ‼‼」
「比奈子・・比奈子!比奈子‼」
恭一が比奈子の肩を軽く叩くが全く反応がなかった。かろうじて息はしている様子だが意識がすでに無い。
恭一は急いで救急車を手配した。