人でなしとの境界線
恭一は運転席に座った。当時の恭一の車。恭一はあの事故以来この車を手放していた。
今でも街で同じ車が走っているのを見かける度に目を逸らせてしまう。
この後悔をもう一度経験するという事は恭一にとって今までとは比べものにならない程の苦痛になる事は明らかだ。
「さぁ恭一さん。出発しましょう。」
そう言うと男はいつの間にか助手席に座っていた。
恭一は恐怖と不安に押しつぶされそうになりながらもとりあえずエンジンをかけた。それもその筈。男が言うように人をワザと車で跳ねるという事は人を殺そうとする行為に他ならない。それに怪我をさせてしまった相手にとっても後遺症に悩まず幸せな人生を送れるチャンスなのだ。
恭一は自分が自分で無くなってしまう気がしてならなかった。
自分は人として超えてはならない一線を超えようとしている事だけははっきりと理解出来ていた。
しばらく車を走らせた所で恭一が急に車を停めた。
「なぁ・・・や、やっぱりやらないと駄目か・・・?」
すでに恭一は泣いていた。ガタガタと震えながら泣いていた。
「俺は・・・俺は・・・・・この一線を超えたら・・・今までの俺でいれる自信が・・・ない・・・。」
「知りませんよそんな事。これはゲームなんですから。貴方が出来なければそれでも結構。貴方の負けになるだけですから。ククク。」
「うぅ・・・。」
「貴方の比奈子さん達に対する想いはその程度だったんですねぇ。ククククク。それもまた面白い‼人間とはやはり自己中心的な生き物だという事がよくわかりましたよ恭一さん‼もろい物ですねぇ〜。いいでしょう。どうぞお好きに。後悔から逃げる手段はお任せしますよ。クックックックックッ。」
「フゥーーー。フゥーーー。」
恭一はゆっくりとうつむいたまま深呼吸を始めた。
そして震える手で静かにギアをドライブに入れた。
「クックックッ。」
腹をくくったのか、それとも気でもふれたのか。
運転席の恭一の目は充血し、常軌を逸した表情をしていた。
「すまない・・・すまない・・・すまない・・・・すまない・・・・。」
恭一はブツブツと独り言を言っていた。
「おっ?もうそろそろあの場所ですねぇ。いいんですか恭一さん?いいんですか⁉クックックッ。」
恭一には忘れたくても忘れられないあの場所がもうすぐそこまで迫っていた。
「ハァハァ。ハァハァ。」
恭一の呼吸が荒くなる。
目の前のあの脇道。見覚えのある脇道。恭一は自分という人間を諦めた。
「クックックッ。クックックックックックッ‼‼‼」
丁度脇道に差し掛かろうとした時一瞬人影が見えた。
「あ・・あ・・・あ・・・うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
目をつぶり、慌てて急ブレーキを踏む恭一。
その瞬間、またあの眩い光が辺りを包んだ。