ずっと先に残しておこうと思う手紙
この手紙をいつまでも心の奥にしまっておいてくれる方は、きっと私のことを世界じゅうの誰よりもたくさんたくさん考えてくれていることでしょう。そして、私と本当はいつまでも言葉を交わし、面白い話や感動的な話をし、現在進行中の身の回りの出来事を共有したいと思ってくれているのでしょう。それはとても嬉しいことであり、それ以上嬉しいことはなく、私もそう思ってくれる人に対して同じように思っているし、未来の私も間違いなく思っていることでしょう。
しかし、この手紙を読んでくれている人も実感しているかもしれませんが、現実は非常に厳しい。私の周辺の人はみんな、苦労しています。しかも、その苦労は生活するのに程よいというにはあまりにも理不尽すぎます。もしかしたら、私は将来、彼らが受けているのと同じような世間の風に吹かれて今保持することのできる幸福を泣く泣く手離して生きる道を選ばざるをえないことになるかもしれないと思っています。それが不幸といってしまうのは少々短絡的すぎていて、心の中の思い出に戯れ、同じ日本という国で同じような感じ方で眺めながら呼吸し、いつも心のどこかで思い合ってるということは必ずしも不幸なことではありません。それに、人生を渡り歩く中で私と手を繋いでくれる人がいます。しかしそれは社会の歯車の一部であるということに過ぎません。人と人が会えないことを寂しく思うように、声が聴けない、今現在心の中でなにを思っているのかを確かに知ることができないのはすごく寂しい、会えないことより寂しいだろうと思います。もし神様がいるなら、神様はそんな私たちを哀れんで寂しさから救ってはくれないだろうかと本当に祈るばかり。もし、神様がいて、少し冷静になって、「大切な人と交信できないのは、今の自分は昔からなにも変わりゃしない、平凡でなんの進歩も得られない毎日を淡々と過ごしているだけだから」と思うと、少し楽になるのかもしれません。私はこの手紙で、もし将来そんなことになったとしたら、私はそういう生活をしているとだけ神様が伝えようとしていると思っていてほしいと思います。だからこそ、今のうちにたくさん言いたいことを言って、伝えたいことを伝えて、この手紙を読んでくれる人も同じように言いたいことを言って、伝えたいことを伝えてほしいと思います。それが今私にできる唯一のことだから。そして、いつもこれからもずっと、私は声を聴かんとタイミングを伺っていることでしょう。




