隣の天使
構想期間:3秒 執筆時間:15分
今日も、いつも通りの一日が流れるはずだった。
少女は小学校で遊び、母親は家で家事をし、父親は会社で仕事をする。当たり前で、平坦で、そして幸せな日常が過ぎるはずだった。
少女は、それ以上を望んでいなかった。望むことすら、しなかった。少女は、十分幸せだったのだ。
母親に学校であった楽しい出来事を話し、帰ってきた父親に今日の晩御飯を教える。
それだけで、彼女は満たされていたのだ。
今日までは。
六月の日曜日。学校の休みの日でもあり唯一、一日中家族と一緒にいられる少女にとって最高の日。本当は外出する予定だったのに、雨が降ってパーになってしまい落ち込んでいる少女に父親が笑いかける。それでもべそをかいたままの少女に、次の日曜日は一緒にお出かけしようね、なんて言いながら頭を撫でてくれる母親。
少女は少し沈黙した後、にかっと笑って、うん! と元気に返事をする。
「次の日曜日、約束だよ!」
結局そのまま夜まで家族三人で遊び続け、結局疲れて眠ってしまった少女を見て、父親と母親は静かに微笑む。何かを名残惜しむように少女の寝顔を見続けてから、二人は手をつないで階段を上る。
そのまま2階のベランダまで歩き、そこで一度立ち止まる。
後悔するように顔を伏せてから、最後に「ごめんね」とだけ呟いて二人はベランダから一瞬で姿を消した。
少女は、もう誰も居なくなった空間に一人話しかける。
「お母さん、あのね。今日はお友達と一緒にドッチボールをしたんだよ。私、一回も当てられなかったんだ。凄いでしょ」
まるで、そこにお母さんが居るかのように少女は楽しそうに笑う。そして、ふと気づいたように玄関まで駆けていき、また柔らかい笑みを浮かべる。
「お父さんお帰りっ! 今日もお仕事お疲れさまぁ」
ごく自然な動作で、玄関に散らばっていた靴を整えてまたリビングに戻る。
「お母さん、今日はから揚げ作ってくれるんだって。お父さんの大好物だよ!」
少女は、笑う。隣の何もない空間に向かって、笑う。
壊れてしまった少女には、もうそんなことしか出来なかった。
いや、違う。壊れてしまった少女は、そんなことが出来る様になったのだ。
彼女には、見えているのだ。
もうこの世にはいない、お母さんが。
遠いところに行ってしまった、お父さんが。
いつも隣で、笑いかけてくれるのだ。
「私は、ここにいるよ」
と。
◇ ◇
昨日、午後9時30分ごろ。子供を残して両親が飛び降り自殺をするという事件が起こりました。どちらも頭から大量の血を流しており、頭から落ちたのではないかと思われております。この二人は巨額の借金を抱えており、そして自らに大きな保険金をかけていました。借金を返す為に自殺に及んだと考え、警察は捜査を進めています。