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――だからお前はダメなんだ。死ね――
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「あなたの命はもってあと三ヶ月です」
腰が痛んだので整形外科に行ったらそう言われた。
ビックリだ。
四角いメガネの下で真剣な目をした初老の整形外科医が、レントゲンを示して説明した。
「この背骨の脇に見える白い影が腫瘍です。神経系を中心に体のあちこちに転移してしまっている。こうなってしまってはもう手の施しようがない」
沈痛な声が何よりも効果的な演出となって、事の重大さをボクに伝えてくる。
「え? ドッキリですか? 『うっそぴょーん』とかナシですか?」
往生際が悪いと自分でも思う。
「ナシです」
医師にバッサリ両断され、ボクは本当の本当にもうダメなのだと思った。
「なんとかなりませんかね」
「なんとかなりません。ですが」
医師は、長い息を吐く。
しばしの沈黙。
ボクは「ですが」の続きが気になっていた。
なにか重い決断を下すように医師は言い始めた。いや、実際に重い決断だったのだろう。なにせ人一人の命がかかっているのだから。
「一か八かの可能性に賭けて、摘出手術をしましょうか」
「え。手術すれば治るんですか?」
「難しいですが。やってみます?」
藁にもすがる気分で、ボクは頷いた。
「さっそく手術の準備だ!」
医師は意外と俊敏な動きで立ち上がると、指をパチンと鳴らした。
すると、どこに隠れていたのか数人の看護師がワラワラと現れ、ボクを羽交い絞めにした。
「え? え?」
戸惑うボクを取り押さえる力は強い。
出現からほんの一呼吸の間の出来事だ。凶悪犯を逮捕する特殊部隊のような迅速さだ。
「麻酔うちますよ。けっこう、いや、かなり痛いですよ」
看護師が耳元で囁き、有りえないくらいの太さの注射針が付いた拳銃のようなものが現れた。
麻酔銃の上には牛乳瓶くらいの透明なカプセルがあって、紫色の液体が揺れている。
え? それ刺すの?
身体の中から「ぶしゅくしゅ」と音がした。
「いづ、いいいいいいいっ!!」
痛い! けっこう痛い。いや、かなり痛い。有りえないくらい痛い!
紫色の液体が流し込まれる。
身体が勝手に暴れるが、看護師がガッシと手足を押えこんでいる。
麻酔? これ麻酔? ウソだろ?
「わっしょい! わっしょい!」
「らっせーらー! らっせえら!」
屈強な看護師は、麻酔の効果と言うよりも激痛のせいで意識が朦朧としているボクを担ぎ上げ、無駄に上下させながら手術室に運んだ。
「うりゃあ!」
手術台の上に乱暴に放り投げられた。
まだ痛みを感じている事に戦慄する。
「ふごっ!」
あんまりにも手荒な扱いだったが、文句を言う前に口にギグボールを咥えさせられた。
「ふごーふごー」
「はーい。服脱ぎましょうね」
シャツを鋏で切られる。
「ふごー」
「はいはい。ベルト巻きますよ」
上半身裸となったボクは手術台にベルトで固定され、身じろぎ一つできない。
「先生。準備できました」
「よろしい」
いつの間に着換えたのか、さっきの医師が薄緑色の手術衣を着ていた。
診察室で見かけたままの四角いメガネが、怪しく光った。その下の両眼は充血していて、すでに正気ではないようだ。
「術式開始」
メスが体に入る。今度は痛みを感じなかった。
それどころか、意識全体が霞みがかってきた。
ようやく麻酔が効いてきたのか。
思考能力が根こそぎ奪われる。
もう何も考えられない。
眠い。
眠気と夢がすぐ傍まで来ている。
現実との境目がひどく曖昧だ。
夢? そうだ夢だ。これは夢なんじゃないかと思い始めた。言葉にすらならず、ふわふわした感覚だけでそう思った。
作為的な深い眠りにボクは身を任せようとして。
「あ。失敗した」
目が覚めた。
「ふごーふごー」
うっそぴょーんとかナシですか? と聞いたのだが、医師には奇跡的にも通じたようだ。
「ナシです」
医師の苦笑いがマスク越しでも分かった。
「失敗です」
後日、麻酔の深くて長い眠りから醒めたボクに、あの整形外科医は言った。
そうか失敗したのか。
白い病室のベッドの上、ただそれだけを思った。
知らず、一筋の滴がアゴを伝ってシーツを濡らした。
泣きながら思わず笑ってしまった。
そりゃそうだよな、と、どこか冷めた意識は静かに告げる。
なんかいい加減だったもんな。
狂ったみたいに笑うボクを前に、整形外科医が本当に言いにくそうに、
「患部摘出後、移植された細胞と元来、アナタが持っていた細胞の相性が悪く、アナタの命は後一ヶ月です」
ボクの笑い声は一際大きくなった。
もう笑うしかない。
どうにもならない事は充分知っているけど。
これは何かの罰なのだろうか。
…………。
…………。
オーケイオーケイ。
今更こんな事言ってもどうしようもない。
ただある今自分が置かれた事実を受け止めるよう努力するんだ。
とにかくボクの寿命は残り一月になってしまった。