UnderTheGround~地下の兄妹~
所謂第一話。
その更に一番最初。
†††††
夜の帳が降り、それでもなおネオン輝く昼のような明るさの繁華街。
それとは対称的に暗い、その路地裏。
そこにあるゴミ箱を、ガサガサと漁る影があった。
ほったらかしで傷みきった黒髪。
同様に放置されて長いと見える、伸び放題の髭。
元の色が判らない程に汚れきったシャツ。
擦り切れ、所々に穴の開いたジーンズ。
履き潰し、最早その用途を為しているのかも疑問に思える靴。
一見するとそれなりに年を重ねているようだが、その瞳は生きる事に貪欲で、確かな光を灯した若々しいものが見受けられる。
「ったく。どうして人はこんなにも食いモンをムダにすんのかねェ。ま、お陰で俺は生きていけるワケだけどよォ」
ブツブツと独り言を零しつつ、骨付きの肉を頬張る。
「コレなんてなァにがいけねェんだか。案外ヒステリックな客が虫がとまったとかで交換させたのかもなァ」
モッタイネェ、モッタイネェ。と言いながらゆっくりと立ち上がり、幾つかの食料を持っていた袋に詰め込み、近くのマンホールの蓋を開けて中に滑り込んでいった。
†††††
薄暗い下水道。
その一角に一際広く、明るい空間があった。
そして、火の灯されたランプの傍には、手の中を覗き込む幼い少女の姿。
「ちゅっちゅっちゅっちゅっ、ちゅっちゅちゅちゅ~♪」
〈コツン〉
楽しそうに歌う少女の背後で、物音がした。
その瞬間、少女は瞳を輝かせて振り返る。
「にいちゃん!」
嬉しそうに己を呼ぶ少女に、その男―先程路地裏でゴミ箱を漁っていた男だ―は目を細める。
「ただいま、モネ」
「にいちゃん、おかえりなさーい」
満面の笑みを浮かべ、ぽてぽてと男に近寄る少女。
男は担いでいる荷物を下ろし、少女を抱き上げる。
「イイコにしてたか?モネ」
「うん!モネね、チュチュと一緒にお歌歌って待ってたよ。お部屋から出なかったよ?」
「そうか、偉いぞ」
よく見ると、少女が座っていた辺りには、ぐにゃぐにゃな白線で半径1Mほどの円が描かれ、ヘタクソな文字で『MOИE'S ЯOOM』と書かれている。
「にいちゃん、それご飯!?」
「あァ、そうだ。今日はご馳走だぞォ?」
「やったあ!」
きゃいきゃいとハシャぐ少女を見て、男は拳を握り締める。
(そォだ・・・・俺はモネを護らなきゃいけねェんだ。どんなにミジメでも、生きていかなきゃなんねェんだ・・・・・・)
「ふぅ、モネ、お腹いっぱーい」
「ホラ、モネ。食べ終わったら?」
「あ、そーだった!」
男の台詞にいそいそと居住まいを正す少女。
「手を合わしてくださいー」
「はいはい」
「ごちそーさまでした!」
「ハイ、ごちそォさま」
そこにあるのは、普通の兄妹の姿。
暖かいその光景は、無機質な下水道にはあまりにもそぐわないものだった。
†††††
数分後。
寝袋に入って蓑虫状態の少女を胡座をかいた脚に座らせ、ボロボロの毛布を肩からかけた男の姿があった。
妹の紫色の髪を撫で、言葉を紡ぐ。
「さァて、そろそろオネムの時間だぞ?」
「うん!じゃあ、ハイ。にいちゃん」
少女に促され、男がゆっくりと口を開く。
「俺の名前はフォレオス。8月5日生まれの17歳。血液型はB型。ハイ、モネ」
「モネの名前はアネモネ!4月17日生まれの5歳!血液型はAB型!」
「今日は8月4日」
「明日にいちゃんの誕生日だ!」
「モ~ネ」
「・・・はあーい。今日は、えっと、水曜日!」
「今日も無事に過ごせたことを」
「きよらかな水の流れに感謝します」
「明日も平和に過ごせることを」
「生命はぐくむ木々に祈って」
「「おやすみなさい」」
†††††
家を失い、下水道で妹と共に細々と、それでもそれなりに幸せに暮らしていた男、フォレオス。
彼は翌日、自分の誕生日に、大きな転換期を迎えることになる。
†††††
ハイ。
主人公登場です。
ホームレスです。
下水道生活です。
家無き兄妹です。
不幸な兄妹です。
だけど幸せです。
妹は兄の生きる理由です。
兄は妹の生きる希望です。
兄は妹の為に生きて、
妹は兄と共に生きる。
妹は兄が居ないと死んじゃうけど、
兄も妹を失えば生きていけません。
兄は強いけど弱くって、
妹は弱いけど強いです。
そんな兄妹。