第7話:「父の決意と知の亡霊」
第7話、完成しました。
短いですが、面白くできていると思います。
読んでくれると嬉しいです。
白い霧のような風が、魔王城の庭を包みこんでいた。
「この花……《ルナ=ブロッサム》。古代では、魔力伝導の媒質として使われていた。
花弁の形状が、魔法陣の陣列を模倣しているの。」
ノエルの口から出る言葉は、ルカとの会話ではなく、ただの知識の羅列だった。
ルカは、昨日からのノエルの変化に胸の奥がざわめくのを感じていた。
「ノエル、それ、誰に教わったの?」
「教わってはいない。記憶の断片として、思い出しただけ。」
風が二人の間を抜ける。
ノエルの髪が揺れ、瞳に微かな闇が宿る。
その日の昼食。
ノエルはスプーンを手にしながら、淡々と呟いた。
「このスープは、魔界の第七暦期に発見された香草ね。
加熱すると魔力循環を整える成分が――」
「ノ、ノエル! そんな難しい話より、ほら、スープ冷めるよ!」
アストレアが慌てて止めるが、ノエルはまばたきひとつせずにスプーンを置いた。
「そう……わたし、また変なこと言ったのね。」
その瞳には、6歳の少女には似つかわしくない冷たい光が宿っていた。
ルカは食事を終えると、ノエルの部屋の前に座り込み、いつものようにお絵描き帳を開いた。
「ノエル。今日はね、お空の絵だよ。青と白。人間界にしかない色。
君が初めて知って、笑った色だ。君の描くお空の絵は、パパの部屋の肖像画なんかより、
ずっとすごかったんだぞ!」
(パパに褒められたいノエルの気持ちは知っている。
だから、パパの肖像画よりも、ノエルの『お空の絵』がすごいんだって、ノエルの心に訴えかけるんだ。)
ルカの必死な声は、閉ざされた扉に吸い込まれていった。
禁書庫――
ザバロスは、禁断の魔道書に記された恐ろしい事実と、救済の術が書かれた頁にたどり着いた。
『読んだ者は、術者の魂を写す器となる。
いずれ記憶は上書きされ、魂は溶け、その肉体は“知の亡霊”の依り代と化す』
ザバロスは拳を握りしめ、机を叩いた。
「ノエル……! お前は――!」
だが、その次の一文に、かすかな希望が記されていた。
『器を救う唯一の術は、魂の核“原初の記憶”を呼び覚まし、
それを媒介にして転写の糸を断ち切ること。
ただし、それには術者と同等以上の魔力をもって、魂を焼き切る覚悟を要す。』
「……ならば、それしかない……!」
ザバロスは、愛する娘を失うかもしれない恐怖と、それでも救いたいという父の愛を魔力に変えた。 禁書庫の空気が唸る。魔王の瞳が、父の決意で赤く燃えた。
その夜。
魔王城を、突風のような魔力が包んだ。廊下のランプが一斉に砕け、空気が軋む。
「魔力反応が急上昇……まさか、ノエル!?」
アストレアが駆け出す。
ルカは、その巨大な魔力の波動を感じ、お絵描き帳を抱きしめたまま玉座の間へ走った。
玉座の間。
そこに、宙に浮かぶノエルがいた。
黒い魔法陣が背後に展開し、瞳は漆黒に染まっている。
「ノエルっ!」ルカが叫んでも、その少女は反応しなかった。
「……我、永劫の時を経て、新たな器を得たり……」声が、重なって響く。
ノエルの声と、深く冷たい老人のような声が。それは、「知の亡霊」の顕現だった。
ザバロスが玉座へ続く階段を駆け上がり、ノエルの前に立ち塞がる。
「亡霊よ!我が娘から手を引け!」
「無駄だ、魔王よ。知識の渦に飲み込まれた魂は、すでに我のもの。
お前の娘は、もう存在しない」
ザバロスは懐から取り出した巻物を広げ、自らの爪で掌を深く切り裂いた。
ほとばしる血が、巻物に刻まれた古代魔術の文字をなぞっていく。
「我が魂を削り、我が血を代価とする!
『原初の記憶の呼び覚まし(アンカー・メモリア・コール)』 を発動する!」
黒い魔力が、ザバロスを中心に螺旋を描きながら、玉座の間に満ちていく。
魔王のツノの先から、黒い煙が立ち上る。
魂を焼き切る覚悟の証だった。
ルカは、その凄まじい魔力に体が震えるのを感じながらも、一歩も引かなかった。
ノエルとパパの間に、ルカが割って入る。
「ノエル!聞こえるか!オレはルカ!君の友達だ!」
ルカは抱きしめていたお絵描き帳をノエルに見えるように広げた。
そこには、ノエルが教えてくれた青と白の『お空の絵』が描かれていた。
「お前のパパは今、自分を犠牲にして君を助けようとしている!それを忘れるな!ノエル!」
ノエルの瞳の漆黒が、ルカの叫びに、ほんの一瞬だけ、かすかに揺らいだ。
づづく――
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
第8話最終話になります。
よろしくお願いします。




