第6話:「記憶の消失とルカの祈り」
第6話完成しました。
5話は短かったので6話は少し長めに書いたつもりです。
楽しんでください!
白いカーテンが、風もないのにかすかに揺れていた。アストレアは両手に光を集め、娘の額へと触れる。癒しの魔法。けれど光はすぐに消え、静寂だけが残った。
「……やっぱり、ダメね。」
ノエルは、きょとんとした瞳で母を見上げた。 「おばさん、だあれ?」 その無垢な声が、アストレアの胸を突き刺す。泣きそうになるのをこらえながら、娘の髪をそっと撫でた。
「ノエル……必ずママが治してあげる……待ってて!」
アストレアは言い残すと部屋を出て行った。
一方そのころ、ザバロスは禁書庫の前に立っていた。黒曜石の扉に自らの血を落とし、封印を破る。鈍い音が響き、扉がゆっくりと開いた。 彼はノエルが手にしていた魔道書と同じであろう、もう一冊の古書を見つけ、貪るように読み始める。
「……ノエル。必ず、お前を取り戻してみせる。」その声には、魔王ではなく、一人の父の祈りがにじんでいた。
―――翌朝。
魔王城の回廊を、ルカが足音も軽く歩いていた。手には、昨日ノエルと会えなかった時に渡せなかった、小さな果実の包み。「昨日、早く寝ちゃったしな。今日は元気になってるといいけど。」
軽くノックして扉を開ける。窓辺に座るノエルが、外の空を見つめていた。朝の光が髪に透けて、まるでガラス細工のように淡い。
「よっ、ノエル。あそびにきたぞー」
「……だれ?」
ノエルはまばたきをして、ぽかんとした。
「……あれ? 寝ぼけてるの? オレ、ルカ。」
「……ルカ?……ごめんなさい。覚えてないの。」
ルカは一瞬、冗談かと思って笑いかけた。
けれど、ノエルの顔は本気そのものだった。
笑みが少しだけひきつる。
「……マジで、忘れたのか?」
「オレのこと、からかってるだけなんだろ?」
「……ごめんなさい。あなたは、誰……?」
ルカはしばらく黙ってノエルを見つめ、それから苦笑いを浮かべた。
「……そっか。」
小さく息を吐き、視線をそらす。
「なんだよ、それ……ほんとに全部、忘れちゃったのか。」
ノエルは申し訳なさそうに俯いた。
ルカは頭をかきながら、少しだけ声をやわらげる。
「……謝んなくていいよ。君が悪いわけじゃないし。」
ルカは、持ってきた果実の包みをギュッと握りしめる。
(なんで……オレのことだけ、こんなにきれいに忘れるんだよ。)
(もしかして、オレとの友情なんて、ノエルにとっては大したことなかった?)
一拍置いて、ルカは意を決したように微笑もうとした。
「なんか変な感じだな。目の前にいるのに、知らない人みたいでさ。」
ノエルは首をかしげる。
「……知らない人なの?」
「……いや、違う。きっと、またすぐ思い出すよ。」
ノエルは少し考えてから、ふわりと笑った。
「じゃあ……もう一回、よろしくね。ルカ…くん。」
ルカはその笑顔を見て、ほんの少しだけ笑い返した。
「……ああ。よろしく、ノエル。」
その瞬間、部屋に流れていた冷たい空気が、ほんの少しだけやわらいだ。
けれどルカの胸の奥には、言葉にならないざわめきと、
「ノエルを諦めたくない」という強い感情が残っていた。
その日の午後。
ルカは、城の中庭のベンチに座り、ノエルに語りかけていた。
ノエルは、ルカに勧められて持ってきたお絵描き帳もペンも持たず、ただ空を見上げている。
「ねえ、ノエル。これ、見てよ。」
ルカは自分のボロボロのお絵描き帳を開き、『お空の色』が塗られたページを見せた。
「『お空の色』だよ。
君が初めて、オレに分けてくれたクレヨンの色だ。覚えてない?
『こんな青、魔界にはないのですっ!』って、君、すごく喜んでたんだぞ。」
ノエル「……青……魔力伝導率の低い、ありふれた色彩ね。」
ルカは、ノエルの冷たい返事に、ぐっと奥歯を噛んだ。けれど、すぐに笑顔を貼り付ける。
「そうだな!ありふれた色だ。でも、オレたちには特別な色だろ?
それから、マグマクッキー!
ノエルが作ってくれた、熱くて、ゴツゴツしてて、世界一マズイけど、
世界一ノエルらしいクッキー!」
ノエル「マグマクッキー……?ああ、魔族が食する、溶岩を練り込んだ菓子ね。
カロリーと魔力転化効率は劣悪。」
「ちげーよ!!」
ルカは思わず立ち上がった。彼の声は震えていた。
「ノエル、君はそんなこと言う子じゃなかった!
ノエルは、パパが世界征服なんてうるさいから、お絵かきしてるのが一番好きな、優しい子だ!」
「オレと、お空の絵を描いて、チョコを分けて、一緒に笑ってた!」
ノエルは、感情の乗らない瞳でルカを見つめる。
「あなたは誰?なぜ、そんなに騒ぐの?」
ルカはベンチに座り込み、うつむいた。
(ダメだ……全然、届かない。)
(でも……諦めない。オレとノエルの『特別』は、確かにそこにあったんだ。)
ルカは決意を込めて立ち上がると、ノエルの冷たい手に、そっと自分の手を重ねた。
「……また、明日な。ノエル。明日も、オレは君にマグマクッキーの話をするよ。」
づづく――
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます!
楽しみにしてくれている方がいてくれたらうれしいな…。




