6話(侯爵邸にて)
侯爵邸に向かう馬車の中でわたくしは伯母様達に、高熱を出して目覚めてから、以前の記憶を全て失ってしまっている事を話した。
するとお二人からは
「アンから全てを聞いているから大丈夫よ。安心なさい」
と言って頂いた。そして
「でも驚いたわ。今の貴女は以前とはまるで別人よ」
とも言われた。わたくしは心の中で『だって、そもそも別人ですから』と苦笑していた。そして伯母様は
「来週には息子のジャンも留学先から戻ってくるわ。あ、やはり貴女の従兄のジャンのことも覚えていないのかしら?」
と聞かれたので
「ごめんなさい、全く思い出せなくて」
と謝ると
「いいのよ謝らないで、余程辛すぎて記憶が全て失われてしまったようね」
と言い、今度は伯父の侯爵様が
「そのうち時間を掛ければ思い出すかもしれない。気にすることはないよ」
と言って下さった。
お屋敷に着くと伯母様は
「疲れたでしょう? これからアンに湯浴みを手伝ってもらいなさい。その後二人には食事を用意させるわね」
と仰ってくださった。
わたくしとアンは埃だらけの身体を洗い、遠慮するアンにも一緒に湯浴みをさせた。そして屋敷から持って来た以前のわたくしのドレスをアンに着せてもらい、アンは侯爵邸のお仕着せを着て、二人してお食事を頂いた。
今日は、二人共疲れてるでしょうから細かな打ち合わせは明日にでもして、もう休みなさいと言われたので今夜はこれで休ませてもらうことにした。
翌朝、わたくしは伯父様と伯母様に昨夜のお礼を言ってから今後についての話し合いをした。
伯父様から
「ステーシアの相続分については私の方から弁護士をあちらに向けることにしよう」
と言って頂き
「まあ、向こうも周りの目があるだろうから、こちらが裁判所に訴えると言えば出さざるを得ないだろうな」
と言われた。そして
「もし出し渋りでもしたらその時は虐待していた事実を世間に公表すると言えば済む話だ。証人は首にした使用人たちに頼めばいいだけだしな」
とも仰った。
そして伯母様も
「これはステーシア、貴女の正当な権利なのだから諦めては駄目よ。だって嫁ぐ時の持参金だってあるのですからね、取れる物は全て取らないと」
と仰った。私は心の中で『当然です』と呟いていた。
そして伯母様は
「それからアンは侯爵家が雇い、ステーシアの侍女ということでいいのかしら?」
とも言って下さった。わたくしは
「伯父様、伯母様何から何まですいません。感謝いたします」
と言ってから
「これからは、こちらの侯爵家のためにわたくしが出来る精一杯のことをして必ず役立ってみせますわ」
と返すと伯母様は
「ステーシア、やはり貴女はまるで別人のようだわ。だけど、こちらのステーシアも好きよ」
と仰った。それから
「別に今回のことは恩に思わなくていいのよ。ただ気の強い女性も好きよと言う意味だからね」
と言って下さり、微笑まれた。
それでもステーシア(美優)は心の中で『必ずこの恩は何倍にもしてお返しします』と誓った。
その夜、夫人は夫である侯爵に
「あなた、ステーシアのこと色々とありがとうございました」
と、たとえ夫婦であっても、感謝の気持ちは伝えておきたくてお礼を口にした。すると夫は
「君にとって可愛い姪なのだからそれは私も同じだ。気にすることではない」
と返してくれた。二人はそれにしても、あの大人しかったステーシアがあんなにも強く、自信に満ちている姿に驚いていた。それに話し方まであれほど変わってしまい、まるで別人と話しているようだとも感じていた。
そしてもし記憶が戻っても今の強いステーシアのままでいてくれれば安心なんだけれどとも思っていた。
そんな二人は、もうすぐ戻るであろう息子の反応が楽しみで仕方なかった。
ステーシアがこの侯爵邸で一緒に暮らしているのを知ったらどんな顔をするかしら? と。
そして夫人は
『ジャン、あなたは前のステーシアと今のステーシア、どちらが好みなのかしら?』
と悪巧みをする子供のように楽し気に微笑んでいた。




