5話(継母の誤算)
侯爵ご夫妻は伯爵邸に着くなり物凄い勢いで
「ステーシア、何処に居る、返事をしておくれ!」
と怒鳴っている。その声を聞きつけた奥様は
「これは侯爵様、このようなお時間にどうなさったのですか?」
と何食わぬ顔で尋ねている。
するとお嬢様の伯母様が
「事情は全て、アンから聞いたわ、すぐにステーシアをここに連れて来なさい」
と命令をした。すると奥様は
「おっしゃっている意味が分かり兼ねます。こんな、ただのメイドの戯言をまさか信じていらっしゃるわけではないですよね」
と言い返し
「アン、こんな嘘をついてあとでどうなるか分かっているの?」
と、まだ強気な態度を崩さない。
きっと奥様はまだ、前のように大人しかったお嬢様を脅せば何とかなると思っているようだ。そして私のことも、実家に危害を加えると脅せば何とかなる、だからこそ、まだこんな強気な態度を取れるのだ。しかしアンは心の中で『前のお嬢様はもう何処にもいない、今のお嬢様はとてもお強くなられたのよ』と思っていた。
私はあれほど弱かったお嬢様がこんなにも勇気を出してくれたのだから、こんなところで引いたり出来ない、どんなに脅されようと今回は絶対に引き下がらないと強く思っていた。だから私は勇気を出して
「侯爵様、お嬢様は納屋に閉じ込められています。こちらです」
と二人を納屋のある所に案内しようとしたが、奥様が焦ったように
「ア、アン何を言っているのステーシアがそんな所にいるはずないじゃない」
と言って、思い切り私のことを睨みながら威嚇している。だけど私だって前のようにそんな威嚇に怯んでなんかいられないわ。
「さ、お早くこちらです」
と言ってお二人を納屋にお連れした。奥様は相当焦り、お二人の前に立ちはだかったが、それを侯爵様が振り払い
「アン、早く案内してくれ」
と言い私の後を付いて来てくださった。そして私は表にあるつっかえ棒を外し、思い切り扉を開けるとそこには横たわったお嬢様が居た。私は
「お嬢様、大丈夫ですか! 侯爵様達をお連れしました」
と叫ぶとお嬢様は
「あら、アンまさか貴方一人で伯母様の所へ行ってくれたの?」
と驚いていた。そして私は
「お嬢様がその気になってくださったので私も勇気を出せました」
と答えた。その後ろから
「ステーシア、どうして頼ってくれなかったの!」
と侯爵夫人が怒っていらした。そして
「それにしてもなんなのその格好は!」
と言ってから奥様のことを睨んだ。睨まれた奥様は流石に観念した様子だったが、何か言い訳がないかと最後の悪足掻きをしているようでもあった。
その後、侯爵夫人は
「ステーシア、こんな所にいないで侯爵邸で暮らしなさい」
と言われた。お嬢様は
「それでは伯母様、お言葉に甘えてお願いします」
と答え、奥様に向かって
「ではその前にわたくしの荷物を取り敢えず今日は運べるだけ持っていきますわ」
と言ってから
「アン、わたくしの宝石類を全て持っていきますからカバンに詰めてちょうだい」
と言われた。私は慌ててお屋敷に戻ろうとしたら、奥様が追いかけて来て
「何処へ行くつもり?」
と言われたので
「本来のお嬢様の宝石類は、確か奥様のお部屋でしたよね」
と返すと物凄い勢いで
「メイドごときが、私の私室に無断で入るなんて許されるとでも思っているの!」
と怒鳴ってきた。するとお嬢様が
「あら、わたくしの部屋へは黙って入って、わたくしの物全てを取り上げた方にそんな事を言う資格がおありなのかしら?」
と言い返した。
そしてお嬢様は続けて
「アン、構わないわ直ちに取り返してきてちょうだい」
と言った。そしてそのやり取りを聞いていた侯爵様達は
「あのステーシアが別人のように強くなったわね。本当に高熱のせいだけかしら?」
と呆気にとられながらも
「アン、正当な権利だ。持って来なさい」
と助け船を出して下さった。そうして私は奥様の私室へと向かってる間、侯爵様達が奥様を引き止めて下さっていた。
私は奥様のお部屋に入り、宝石箱からお嬢様が以前旦那様から与えられた宝石類を全て回収した。
あの当時、お嬢様の侍女をしていた私は、お嬢様の宝石は全て把握していたので難なく回収できた。
そして皆様の所へ戻りその宝石を広げて
「幾つかなくなっている物もありますが取り敢えず、お嬢様が身に付けていた物です」
と言って皆様の前でお見せした。すると奥様が、物凄い形相で私を威嚇していたが、私は気にも留めずに淡々とお嬢様にお渡しした。そして何かを言おうとする奥様に侯爵様は
「後ほど我が家の弁護士をこちらに寄越すから覚悟をしておきなさい。さて、そろそろ帰るとするか」
と仰って皆を促した。するとお嬢様が侯爵様に
「アンも一緒に連れて行きたいのですが」
とお願いすると、侯爵夫人は
「勿論最初からそのつもりだから安心なさい」
と仰ってくれた。その後、わたくし達は侯爵様のお屋敷へと向かった。




