44話(本当の気持ち)
殿下のお気持ちを伺ってから、わたくしは自分の気持ちはどうなのかずっと考えていた。
あの告白から大分経つが、まだ答えを出せずにいる。
確かに殿下のことを、好ましいと思う気持ちはあるけれど、これが恋だの愛だのと問われたら何に当たるのかはまだ自分でもわからない。だからもう少し時間をかけるしかないとわかってはいるし、殿下もゆっくりでいいと仰ってくれた。しかし、何ぶん身分のあるお方だ、いつまでもお待たせは出来ない。それに殿下だっていつまでもお一人というわけにはいかないはずだ。だったらやはりここは辞退すべきではないかと結論付けた。
わたくしは先触れを出して今、王宮に着き、殿下にお目通りを願い出た。すぐに殿下が対応してくださり、わたくしは自分が出した結論を殿下に説明させてもらった。そんなわたくしに殿下は
「何も焦る必要はない、気長に待つから気にしなくていい」
と仰ってくれたが、わたくしは
「中途半端にどうなるか分からないのにお待たせするのは心苦しいので、どうかこのお話は無かったことにして下さい」
と引かなかった。すると殿下は
「そのように気が重く感じているようなら、この話は一旦取り下げよう。しかし、君の気が変わったら、その時はもう一度会いに来て欲しい」
と仰った。わたくしは流石に
「分かりました」
とだけ答えた。何だか殿下のお顔が寂しそうで気が引けた。でもこれは結果的には殿下の為だと自分に言い聞かせ、王宮を後にした。
一月後、隣国の王女様が視察と両陛下へのご挨拶を兼ねてこの国にしばらく滞在されることになり、王宮で歓迎会が開かれることになった。
王女様は王妃様の妹君で、隣国の国王陛下の妹君でもあるお方だ。王妃様は三人兄妹で妹君と年は離れているが、大変仲がよろしいと聞いていた。兄君である隣国の国王陛下には前に、社交界でお会いしているが、妹君は今回、初めてお目にかかる。
わたくしも伯父様、伯母様、そしてお兄様との参加となる。
このところ仕事に少々根を詰め過ぎていたので、久しぶりにお洒落をして出掛けることを楽しみにしていた。
あれからアレン・マーク氏とは多少の仕事の関わりは持ちながらも、敢えて距離を取っていたが、『今回のドレスの選択や前回お世話になった女性スタッフの力をお借りして完璧なドレスアップをしてみますか』と気合が入った。
マーク氏は何かとわたくしに関わりを持ってこようとしたが、わたくしは極力彼との接触は避けた。
彼が仕事のできる人間だということは認めていたが人間性についてはわたくしの直感が関わるなと言っていた。
流石にあれだけ避けられては彼のプライドも許せなかったのか最近ではあまり絡んでこなくなって安心していた。
ただ仕事上は使えそうなので切ることはしなかった。
《神様はアレン・マーク氏に、君が思っているよりも彼女は一枚も二枚も上手なのだよと笑い飛ばしていた》
当日はお兄様が
「今回もエスコートは私がしよう」
と言ってくださったが、わたくしは殿下が気にしていたマーク氏やお兄様とはあれ以来何となく距離をおくことにしていた。
これはわたくしなりの殿下への申し訳なさからくるものなのかもしれない。だからお兄様には
「今回はエスコートは必要ありません」
と断りを入れた。お兄様は
「どうせ四人での参加なのだから同じことではないか」
と不服そうに仰ったが、わたくしは
「殿下に不快な思いを感じて欲しくないので」
と言うと
「殿下のことが本当は好きなのではないのか?」
と聞かれ、わたくしは何故か返す言葉が見つからなかった。
こうしていよいよ王女様の歓迎会当日を迎えた。わたくしは女性スタッフのお陰で前回同様、完璧に仕上げてもらい王宮へと向かった。
会場に入ると大勢の視線を浴びるのを感じて、思わず
『今回の新作のドレスの売り上げも期待出来そうだわ』と内心で自信を持った。
暫くすると王族の方々もお出ましになり、国王陛下のご挨拶が始まった。そして壇上には久しぶりに見る殿下のお姿があり、その隣には隣国の王女様であろうお方の姿も見受けられた。
とても可愛らしい方で、殿下と楽しげにお話をされている光景を見て、何故かしらわたくしの胸がチクリと痛んだ。この感覚はいつだったかしら、前にも感じたことがあったわ。どんな場面だったのかしら? と考えを巡らすと、そうだ、やはりその時も何故か殿下が関わっていたことを思い出していた。あの時は確かこの痛みとは少し違うが心の動揺というてんでは同じに感じた。
この感覚の正体がわからぬまま、わたくしはまたもや深く考えるのをやめた。
暫くしてから伯父様たちについて陛下の元にご挨拶を申し上げに向かうと、殿下が
「ステーシア嬢、暫くだな。元気そうで安心したよ」
とお声を掛けて下さった。わたくしも
「ありがとうございます。殿下もお元気そうですね」
と返すと
「君には私が元気そうに見えるのかな?」
と言われ
「どこかお悪いのですか?」
と聞くと
「相変わらず鈍感だな君は」
となにやら失礼なことを言われた。すると王妃様が殿下に
「ウエスタント公爵、妹のメアリーとファーストダンスを踊って下さらないかしら」
と仰った。殿下は王妃様のお願いを断るはずもなく
「ではメアリー嬢」
と言って、王女様に手を差し伸べた。
何故かその場に居づらく感じたわたくしは
「ではこれで失礼致します」
と言ってその場を離れた。
二人は観衆の見守る中、優雅なダンスを披露した。
わたくしはそんなお二人の姿を遠目で見ながら、また胸がチクリと痛むのを感じた。流石にここまで来ると、この胸の痛みの正体に殿下が関係していることは否定出来なかった。
そして周囲の方たちはそんなお二人を見ながら
「隣国の王女様は殿下の婚約者になられるのかしらね」
とか、
「本当にお似合いだわ」
と口々に言っている。それを聞いていたわたくしの元にお兄様がやって来て
「ステーシア、私と踊ってくれないか」
と言われ、わたくしは何となくその手を取った。そしてお兄様とダンスを踊りながら、お兄様は
「ステーシア、何か顔色が悪いぞ」
と仰った。わたくしは
「そんなことはありません」
と強がって見せた。本当は落ち込んだ気持ちになっていたのに。
そしてふと殿下の方に視線を移すと、こちらを見ている殿下と目が合った。わたくしは無意識にその視線から逃れていた。
そんな社交界からの帰りの馬車の中で、伯父様は
「ステーシア、自分の気持ちと向き合う時が来たんじゃないのかな?」
と仰った。わたくしはその意味を今は理解出来た。するとお兄様が寂しそうに
「やはりそういうことなのか」
とポツリと言った。すると今度は伯母様がわたくしに
「貴女のその鈍感さはお父様ゆずりね。手遅れにならないうちに行動出来るわね、今の貴女なら」
と言って下さった。その夜、わたくしは珍しく寝つきが悪く、頭の中は殿下のことを考えていた。『まだ今なら間に合うのかしら』と。




