35話(全ては終わった話)
ついにお兄様との新しい生活が始まった。今朝は早くに目が覚めてしまったので、私はマーサーにお願いをして、一緒に朝食の支度を手伝わせてもらった。そして手伝いながら、お兄様のお好きな物を聞いていた。ちょうどそこにお兄様が起きてきて
「美優、随分と早いな。ちゃんと眠れたのか?」
と聞かれたので
「なんだか早くに目が覚めてしまったので、そのまま起きてしまいました」
と伝えると、マーサーがお兄様に
「今朝の朝食はお嬢様もお手伝いくださったのですよ」
と伝えた。お兄様は
「それは楽しみだ。では先に顔を洗ってくるよ」
と言って出ていかれた。私はあとの仕上げを早く終わらせて、食卓に座ってお兄様を待っていた。すると、仕事のスーツに着替えたお兄様が入ってきて
「美味しそうだな」
と言って席に着いた。その後、私たちは楽しい会話をしながら朝から結構な量のごはんをいただいた。
そしてそれが終わるとお兄様は
「今日は私も早くに出社しないといけない。だから一緒に出よう、車で大学まで送るよ」
と言って大学の前まで送ってくださった。そして車を降りようとしたところで、クラスメイトにばったり会った。彼女は
「おはよう。まあ、朝からお熱いようで」
と声を掛けてきたので、私は思わず
「私のお兄様です」
と言うと、彼女は
「まあ、素敵な方。お兄様なのね。だったら私に紹介して」
と言われ、私は
「お兄様、早く仕事に行ってください」
と言って彼女から遠ざけた。するとお兄様は
「じゃあ、行ってくる」
と言い残し、去っていかれた。彼女は
「何なの、ひどい」
と言っていたが、私は
「お兄様はお忙しい方なのです」
と言い返した。すると
「まったく、ブラコンなんだから」
と言われてしまった。私は怒りながら
「私たち、血の繋がりはありませんから」
と口にしてしまった。すると彼女はなんだか複雑そうな表情で
「悪いことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
と謝られてしまった。私はそんなつもりではなかったのに、思わず後悔していた。でも、なんだかお兄様を取られたくなかったので、それはそれで仕方のないことと納得していた。
しばらくすると、随分と久しぶりに大和さんから声をかけられた。そう、あの日以来、彼とは会っていなかった。
「美優、元気だったか?」
と聞かれ
「はい。大和さんもお元気そうで」
と言うと
「相変わらず堅い挨拶だな」
と言われてしまった。私は
「ではどう挨拶したら良いのですか?」
と聞くと
「まあ、いいか。新生美優だもんな」
と、いつかの話を覚えていてくれた。私は
「ではそういうことで、よろしくお願いします」
と答えた。すると大和さんは
「一馬さんとは上手くやっているのか?」
と聞かれたので
「それなりに」
と一言だけ答えると
「そうか、良かった。またな」
と言って去っていった。残った私は、その後ろ姿を何となく見つめていた。その後は大学が終わり、歩いて新しい住まいへと帰っていった。お兄様には帰りは車を呼ぶように言われていたが、何となく歩きたい気分だったので、歩いて帰った。
部屋に戻るとマーサーが
「お帰りなさいませ」
と言って出迎えてくれた。私は
「ただいま。今日のお夕食は何?私もお手伝いするわ」
と言うと
「お嬢様は何でもお出来になるんですね」
と言われた。そういえば私はステーシアだった頃、継母から何でもやらされていたことを思い出した。そしてアンは今、どうしているのかしら? と気になったが、今となっては知る由もない。思わず、私だけ幸せになっていいのかしらと考えずにはいられなかった。
夜になるとお兄様が帰っていらして
「美優、今日は大学どうだった?」
と聞かれたが、私は
「いつもと一緒です」
と答えるとお兄様は
「そうか。それで、最近大和とは会っていないのか?」
と聞かれたので、今日、久しぶりに会って話した会話を伝えた。すると
「大和は美優のこと、諦めたようだな」
と言った。私は思わず
「どういうことですか?」
と聞くと
「先日、大和の父親に会った時に聞いた」
と言われ
「何をですか?」
と聞くと
「大和は父親に、美優とはただの幼馴染みという関係になったと言ったそうだ」
と告げられた。私は思わず
「私と大和さんは元々、どういう関係だったんですか?」
と聞くと
「まあ、幼馴染だが、あのままいけば結婚ということになっていたかもしれない」
と言われ
「結婚ですか?」
と驚いて聞くと
「まあ、美優が記憶をなくしてから、少しずつ状況が変わっていったということだ」
と言われた。私はこの前、香苗さんがいた時の会話を思い出していたが、お兄様にはあえて伝えないことにした。なぜなら、もう香苗さんのことを思い出してほしくなかったからだった。それなのに、お兄様は
「美優は本当に大和のことはもういいのか?」
と聞いてくるので、私は少し怒り気味に
「前にも言いましたよね、お友達としてしか見れないと、このことはもう既に終わった話ですから」
と言った。するとお兄様は
「そうだったな」
と言って、それ以上は何も言わなかった。
こうして私たちの間では、この会話はもう二度と出ることはなかった。それはまるで二人の暗黙のルールみたいに。




