30話(本音)
この間までの自分が嘘のように、今の私の気持ちは晴れ晴れとしていた。『やはり、私はお兄様が好きなんだわ』そんな気持ちに蓋などできるはずがない。ましてや血の繋がりがないと知ってしまった今ならなおさらのこと。
だからといって私はもう、焦ることはしない。来年からはお兄様と暮らすのだから、少しずつ自分の気持ちを伝えていこう。そしてもっと素直に接していこうと決めた。
そんなある日、大学の廊下で久しぶりに大和さんとすれ違った。すると大和さんに
「美優、一馬さんとは会えたのか?」
と聞かれた。やはり先日のお兄様からの連絡は、大和さんが何かしら言ってくれたのだと理解した。そして、あの時私が大和さんに取ってしまった態度を反省しながら
「やはり、大和さんが心配してお兄様に言ってくださったのですか?」
と聞くと
「余計なことだとは思ったが、なんとなく。迷惑だったらごめん」
と言われ
「いいえ、心配してくれてありがとうございます」
と素直に言えた。そして私は大和さんに
「でも私はもう大丈夫ですから、これからは大和さんは自分のことだけ考えて下さいね」
と返した。すると
「これからはそうするよ。美優も元気そうに見えるからな」
と言ってくれた。私は微笑みながら
「今まで色々と心配して下さりありがとうございました」
と伝えると
「これが最後みたいに言うなよ。友達としての付き合いは続くんだからな」
と言ってくれた。私は頷きながら笑顔で答えた。
「では、これからもよろしくお願いします」
と。
(大和視点)
美優が記憶を無くしてから随分と日が経つが、相変わらず元の美優に戻る気配は感じられなかった。
美優のことは子供の頃からずっと好きだった。だから記憶を無くしたと聞いた時は凄くショックだった。その上、僕のことも全く覚えていなかったことはショックを通り過ぎて驚きの方が大きかった。それでもきっと、少しずつでも前の美優に戻るだろうと期待をしていたが、いつまで経っても変わらない。そんな時ふと思った。『自分が好きな美優は今の美優ではないのでは?』と。僕が好きだった美優は、いつでも堂々としていて男勝りで気が強い、そんな女性だった。だから記憶を無くして、弱々しくなった美優を目の前にした時は、守ってやらなければと思ったが、それが前とは違う感情からなのだと気づいた。だから美優には悪いが、香苗さんから『美優ちゃんは一馬さんのことが好きなはずよ』そう聞かされた時にも、それほどのショックは受けなかった。むしろ今のか弱い美優を見ていたら、応援さえしたいと思ったほどだった。だから『美優、もう謝らないで』と伝えたかった。
これから何年か経って、もし美優が元の美優に戻った時に、今と同じ気持ちでいられるかは分からない。だけど、これが今の本音だった。
だから気づいてしまった。きっと一馬さんは自分とはちょうど逆の感情なのではないかと?
元々日本にいた時は、あの二人は本当の兄妹のようだった。一度もそのことを疑ったことなどなかった。だけど、美優が記憶を失ってからというもの、一馬さんはいつも美優のことが心配で仕方ないという様子だった。常に美優のことを気にかけていた。そして美優も完全に一馬さんを頼っているように感じた。
あの美優が、記憶を無くした日から全てが変わってしまったのだ。
だから今だったら、心から二人を応援できると思った。むしろあのまま自分の今の感情を隠して美優の側にいる方が、失礼な話だとも思えた。
正直、こうなったことで自分も楽になれたような気がする。それはとてもずるいことだと分かっているが、だからこそせめてこれからはあの二人を応援してやりたいと思う。余計なお世話だと分かってはいるがそれが自分の本心からの気持ちだった。
先日、父から
「美優ちゃんとはどうなんだ上手くやっているのか?」
と聞かれたが、今の正直な気持ちを伝えた。
「美優とは、ただの幼馴染みで、これからは普通の友達として付き合っていくと決めたんだ」
と。すると父は
「お前たちがそう決めたのなら父さんからは何も言うことはない、母さんにも伝えておこう」
と言ってくれた。僕は
「父さん、ありがとう。母さんにも心配しないでと伝えて。ちゃんと二人ともそれで納得しているから」
と。そして父に伝えられたことて美優とのことに本当の意味での終止符が打たれたような気がした。




