14話(王弟殿下)
「ステーシア、来月王宮で王妃様の生誕祭が行われるのだが、ぜひ私にエスコートをさせてくれないか?」
と、従兄のお兄様に言われ
「わたくしも参加しなくてはいけませんか?」
と尋ねると
「流石に今回は王妃様の兄君である隣国の国王ご夫妻も参加なさるそうだから、貴族は皆、参加が義務になるだろうな」
と仰った。
わたくしは心の中で『1900年頃の此方の国の社交界』か、本で読んだことはあるわ、と思い出していた。問題はダンスよね。ワルツくらいならマナーとして習ったけれど、果たしてこちらの時代と同じなのかしら? どちらにせよ出ないという選択肢はないようだから、準備はしておかなくてはいけないわ。
そう考えて
「ではお兄様、エスコート宜しくお願いしますわ」
と答えた。わたくしは伯母様に頼んで商会の方を呼んでいただき、ドレスの注文を大至急でとお願いをしてから、その他の装飾品も一緒に注文をした。そして今回の生誕祭のパーティで、色々な方との顔繋ぎをして、伯父様の投資をしているカンパニーの仕事に有利になればとも考えていた。
わたくしはその日のために、準備万端で臨むことに注力を注いだ。
そうして、ついに生誕祭当日を迎えた。わたくしを見たお兄様は
「ステーシア、見違えたよ。本当に良く似合っている」
と言ってくださった。『それは当然よ。かなり気合いを入れたのだから』とは言わずにおこう。
わたくしはお兄様にエスコートをされ、王宮の中にある会場へと入った。すると周りの視線を一身に浴びているのを感じた。
伯爵令嬢ごときが筆頭侯爵家の嫡男にエスコートなんてされて、というところだろうか。まあ、わたくしはそういうこと全く気にしませんが。
伯父様と伯母様は別の馬車であとから向かわれるそうだが、その前に王宮に入って早速、一番会いたくない輩と遭遇してしまった。遭遇というより、相手はわたくしのことを待ち構えていたようだったけれど。
わたくしを見るなり、継母と異母弟のレオン(もっとも本来わたくしは中身は美優なので赤の他人だが)が寄ってきて、お兄様に聞こえないように
「ステーシア貴女、侯爵様を誑し込んでやりたい放題やってくれたわね」
と言ってきた。わたくしを前の大人しいステーシアだと思っている継母に、大きな声で
「お兄様、わたくしの継母が、侯爵様を誑し込んだと仰っているのですが、どうお答えしたらよろしいかしら?」
と言うとお兄様は
「何? 貴様! ステーシアにそんな汚い言葉を使ったのか?」
とかなり怒っていらっしゃる。
まさかあの大人しいステーシアが大きな声で告げ口をするなんて思いもしなかったのかしら。
そしてお兄様が継母にもう一度何かを言おうとしたら、ものすごい顔でわたくしを睨み、あっという間に姿を消した。わたくしは心の中で『はい、まずは一丁上がりですわね』と呟いた。
侯爵家嫡男のお兄様は、普通の侯爵家とは違う筆頭侯爵家だし、手広く事業に投資をしながら領地経営も順調で、高位貴族の中でも一目置かれる存在だ。そんなお兄様にエスコートされているわたくしを面白くないご令嬢も大勢いるはずだわ。お次は目の前に迫ってくるご令嬢かしら? と思いながら見ていると、やはり
「これは、ハントリー侯爵家のジャン・ゴードン様、ご機嫌よう」
と、わたくしの知らない令嬢が話しかけている。
お兄様は
「これはルミーナ様、ご機嫌麗しゅうございます。私は挨拶回りがあるのでこれで、失礼させていただきます」
と言い、わたくしの手を取り去ろうとするお兄様に
「お連れのご令嬢は確かメイソン伯爵家のステーシア様だったかしら?」
と声をかけてきた。わたくしは
「あら、よくご存知で。申し訳ありませんが、わたくしは貴女のこと存じ上げませんわ」
と返すと、お兄様が慌てて
「申し訳ない、ステーシアは先日高熱を出してから記憶が少し曖昧で大変失礼いたしました。」
と言い訳をした。わたくしは心の中で『何かまずい相手なのかしら』と思いながら合わせることにし
「失礼いたしました。そういう訳なのでどうぞお気になさらないでくださいませ」
と伝えた。
すると彼女は
「確か貴女、貴族令嬢のくせに仕事もなさっているそうね」
と言ってきたので
「あー、トリートメントのことですか? それとも固形スープの素の方かしら?」
と尋ねると
「両方ですわよ。貴族女性はしっかりと家庭を守り、せいぜい奉仕活動を仕事とすべきではなくて?」
と仰ったので、わたくしは
「だから女性の地位はいつまでたっても男性よりもずっと低いままなのですよ」
と言い返した。
すると彼女は
「それのどこがいけないのかしら?」
というので、わたくしは思わず
「女性もプライドを持って色々な仕事をするべきです。それこそが、これからの未来の在り方に変革をもたらすとわたくしは信じております」
と言い返した。すると彼女はものすごく怒った表情で次なる言葉を探しているが出てこない様子なので、わたくしは
「では、失礼いたしますわ、ご機嫌よう」
と一人その場を離れようとしたら、別の紳士が話しかけてきて
「君、面白いご令嬢だな」
と声をかけてきた。
すると今度はお兄様が
「これはウエスタント公爵、従妹がルミーナ様に大変失礼を申しました」
と謝っている。するとそのウエスタント公爵という方が
「いいや、私の姪こそ少々喧嘩腰が過ぎたようだ」
と仰った。そのやり取りで、なるほど、大体の力関係は把握できたが、公爵の姪とは少々厄介な相手だなと思った。
ましてやわたくしは、ウエスタント公爵といえば確か王弟殿下であることを、貴族名鑑に目を通した時のことを思い出した。ということは、彼女はやはり公爵家ということかと思わずため息が出たが『わたくしだって時代は違えど三大財閥の娘よ。こんなことでは負けないわ』と、あまり今とは関係のない自信に満ちていた。
そんなわたくしにウエスタント公爵が
「君が、あの画期的なトリートメントや固形スープの素を考案したご令嬢だったのか」
と仰ったので、わたくしは
「はい、その通りでございますが、何か問題でも?」
と返すと、今度はお兄様が
「ステーシア、王弟殿下に対して不敬だぞ」
と言ったので
「あら、わたくしは聞かれたことに正直にお答えしただけですわ」
と返した。
すると王弟殿下は吹き出しながら
「確かに君の言う通りだ」
と笑っている。そして先ほどのルミーナ公爵令嬢は王弟殿下に
「伯父様、わたくしこんな失礼な方のお話にお付き合いする気はありませんので、お先に失礼させていただきます」
と言って去って行かれた。わたくしは心の中で『はい、二丁上がりましたわ』と呟いた。
お兄様は珍しくあたふたとしているので
「お兄様、わたくし喉が渇きましたので何か飲み物を取りに参ります」
とその場を去ることにした。王弟殿下は相変わらず笑っていらっしゃる。『なんて笑い上戸な方かしら』と思いながらわたくしは飲み物を取りに向かった。




