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クラゲの記憶 - The Immortal Bloom –

作者:智有 英土
 深海から、それは音もなく現れた。
 最初に異変が起きたのはインド洋南西部。通信衛星が相次いで沈黙し、海底ドローンは未知の光る触手に飲み込まれた。映像に映っていたのは、直径100メートルを超えるクラゲ状の構造体。だがそれは単なる巨大生物ではなかった。
 世界は当初、自然災害や偶発的事故と捉えた。だが、すぐに認識を改めざるを得なかった。
 沿岸地域で幻聴・幻覚の報告が相次ぎ、人々が理由もなく海に向かって歩き出す現象が発生した。しかもその行動は、言葉を介さず、ある感覚によって伝染していた。
 「かえせ」――。
 その言葉を、誰もが脳内で聞いたという。人種も国籍も関係なく。まるで、地球そのものが人類に警告を発しているかのようだった。
 そして、ある研究者は気づく。
 それらのクラゲは、情報を記憶として保有しているのではないか。
 長大な触手に蓄積される神経様構造体。共鳴しあう個体群。外界の電磁波や生体信号を受け取り、選別し、反響する。
 彼らは、ただの動物ではなかった。
 新たな記録媒体であり、進化したネットワーク知性だった。
 人間の文明は、急速に崩れ始めた。
 情報インフラが崩壊し、言語が通じなくなり、概念や境界が曖昧になっていく。
 記憶が侵され、思考が連結し、やがて自己の輪郭が失われていく――。
 そんななか、ある女性研究者・志織は最後の観測所でそれと向き合う。
 彼女の前に広がるのは、クラゲが織りなす海の光。
 美しく、恐ろしく、そしてなぜか懐かしい。
 そこには言葉もない、怒りもない。ただ、
 人類が忘れ去った「古い約束」のようなものが、静かに漂っていた。
 志織は気づく。
 人類はただの終焉を迎えるのではない。
 人間という定義そのものが、ゆっくりと書き換えられていくのだと。
 思考が、水に溶けていく。
 自我が、共鳴に吸い込まれていく。
 痛みも、恐怖も、やがて意味を失う。
 私たちは、ただの記録になるのかもしれない。
 未来の地球に生きる別の存在が、私たちの記憶を辿るための、静かな断片として――。
 それは、文明の終わりではなかった。
 それは、人間が個という概念から解放される、未知の進化だった。
 だがその進化は、同時に人類の死でもあった。
 そして、今もどこかの海で、あのクラゲは、ゆっくりと鼓動している。
 記憶を、感情を、時間さえも取り込みながら。
第2章~第3章
2025/07/29 06:00
第4章~終章
2025/07/30 06:00
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