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妹のせいで片目が見えなくなった私は、眼帯の下の目で妹の破滅を見据える

 私は妹のエリータに比べると何もかも劣っていた。

 勉強も、運動も、容姿も、性格も、漂う品格でさえも。


 エリータは明るく、将来を期待され、イエローベージュのストレートの髪をかき上げる仕草は同じ女である私から見ても美しい。

 一方の私は、髪はイエローベージュというよりは黄土色、父方の血が濃いのか、ちぢれてウェーブがかっている。妹の艶やかな髪質には幾度も憧れたものだ。

 顔立ちもエリータに比べるとどこか冴えない。並んで立つと、なまじ似ているだけあって、その差が残酷なほど浮き彫りになる。


 明るく美しく健やかに育つエリータと、ジメジメと体だけ大きくなる私。

 両親だって、周囲だって、みんな妹を可愛がる。

 物心つき、6歳か7歳になる頃には、私はエリータに対して完璧に負けを認めていたと思う。


 だけど、私も一度だけ妹に勝ったことがあった――


 私の家では貴族学校に通う前段階として、家庭教師の先生が、私たち姉妹に勉強を教えてくれていた。

 先生が「この問題が分かりますか?」と聞いても、いつも答えるのはエリータばかり。

 一つ年上にもかかわらず答えられない私を見て、エリータはいつもフフンと鼻を鳴らしていた。

 私は縮こまり、ただただ劣等感にさいなまれていた。

 でも、この日は――


「この数式の答えが分かりますか?」


 エリータは悩んでいる。分からないようだ。

 私はすかさず「7です」と答えた。


「正解。エレジュールさんもよく勉強していますね」


「……はいっ!」


 妹より先に答えて、しかも正解だった。

 嬉しかった……。

 たまにはこういうことがあってもいいと、その後はほくほく気分で授業を受けることができた。


 夕刻になると、家のしきたりで私たち姉妹は庭を掃除する。

 赤い光に照らされながら、妹と二人で箒を動かしていた。

 今日の私は気分がよかった。なぜならエリータに初めて勝てたから。木の葉を掃く動作も自然と軽やかになる。

 とはいえ、明日からはまた負け続けの日々が始まるだろう。せめて今日の勝ちを胸に秘めて頑張っていこう。なんて思う。

 だけど、その時だった。


 突然、レンガを右手に持ったエリータが、私に向かって殴りかかってきた。


「お姉様のくせにッ!」


 あの瞬間の、エリータの鬼のような形相は今でも忘れられない。

 レンガは私の左こめかみに当たった。ガツッと音がした。

 私はよろめき倒れ、傷からは血が流れる。


 エリータも呆然とした表情をしていた。自分のしたことが信じられないのだろう。

 騒ぎを聞きつけた使用人が駆けつけてくると、エリータはこう叫んだ。


「お姉様が転んでしまって……!」


 その夜、私たち姉妹は両親から事情を聞かれるが、エリータは「お姉様は転んだ」の一点張り。

 包帯を巻いた私もうつむいたまま何も言えなかった。


「転んだのか……まあ、仕方ないな」


「ええ、お医者さんに診せて、しっかり治療してもらいましょうね」


 父と母は怪訝な顔をしつつ、こう締めくくった。

 どう見ても転んでできるような傷ではないけれど、明らかに将来性のあるエリータの経歴に傷をつけたくなかったのだろう。

 こうしてエリータに何の咎めもなく、この件は終わった。


 私の左目は視神経に傷がついたらしく、ほとんど見えなくなった。

 まるで左目の周囲だけ、白い濃霧に覆われたように。

 それに合わせて、琥珀だった瞳の色も白く変色していった。

 これを治すには魔法しかないと言われたが、魔法使いは王国にも数人いるかどうかの貴重な存在。しがない子爵家の我が家にそんなコネはなく、私の目はそのままになった。

 私は8歳にして、実質片目を失ってしまったのだ。

 エリータはあれ以来私に対してよそよそしくなり、会話することはなくなった。彼女からの謝罪は一度もなかった。


 やがて、私たちは貴族学校に入学する。

 学校という箱庭の中だけど社会に出たことで、エリータはますます輝きを増す。

 子爵家令嬢というありふれた身分でありながら、クラスの、学校の、中心的人物となっていった。


 一方の私は、左目が見えないことをからかわれたり、周囲の足を引っ張ってしまったり、学校に上手く馴染むことができなかった。

 ほのかに恋心を抱いていた男の子に、


「お前、左目だけ白くて気持ち悪いな」


 こう言われてしまったこともあった。


 エリータは着実に栄光への階段を上り、私はずぶずぶと地に沈んでいく。


 数年後、学校を卒業する頃にはエリータはどこに出しても恥ずかしくない立派な令嬢となり、私はまるで物陰にひっそりとたたずむ苔のような女になっていた。


 デビュタントを迎えても、エリータは周囲に愛嬌を振りまき、着々と人脈を築いていく。

 私は誰からも相手にされず、交際相手どころか話し相手すらできない有様。

 鏡に映る、こめかみに残る傷と白い左目を見るたび、ため息をつく日々。


 いつしか私は夜会に出ることも億劫になり、家で本を読むようになった。

 そんな私を、両親も気に掛けなくなった。

 私に注ぐリソースは、全てエリータに注ごうと決めたようだ。


 だけど、ある時読んだ一冊の本が私の運命を変えた。


 『隻眼の騎士アルフレッド』


 実在した伝説的な騎士で、幼い頃に弟との剣術ごっこで、枝が左目に刺さり失明。剣術を続けるには致命的なハンデを負ってしまった。

 しかし、アルフレッドはくさることなく剣術を続け、左目に眼帯を付け、騎士となる。

 その後、戦場においてめざましい活躍を続け、ついには“隻眼の騎士”として歴史に名を残すまでになった。


 こんな人もいるんだ。私とは大違い……。自分が恥ずかしくなった。

 そして、挿絵に描かれた眼帯姿のアルフレッドはとてもかっこよかった。

 読み終える頃には、私に一つの思いが芽生えた。


「眼帯……か」


 私は定期的に目のお医者さん通いを続けており、今日も特に異常も改善も見られなかった。

 その時ふと、眼帯を付けたいと頼んでみた。

 「完全に失明しているわけではないので付ける必要はありませんが」と言いつつ、お医者さんはさまざまな種類の眼帯を出してくれた。

 中にはかなりお洒落なものもあったが――


「これにします」


 私は黒く武骨な眼帯を選んだ。

 ちょうど騎士アルフレッドが付けていたような眼帯だった。


「え? これでよろしいんですか? もっとご令嬢に似合うものも……」


「これでいいんです」


 家に持ち帰った私はさっそく眼帯を付けてみた。

 付けた瞬間、世界が変わったのが分かった。

 仮面舞踏会では、普段大人しい人が人が変わったようになるというけれど、あれと同じだ。

 眼帯を付けた瞬間、まるで私自身が騎士アルフレッドになれたような――そんな気持ちになれた。

 強くなったわけでも、美しくなったわけでもない。ただ眼帯を付けただけ。

 なのに、私の中で確実に何かが変わった。


 私が“眼帯令嬢”としての第一歩を踏み出した瞬間だった。



***



 左目に眼帯を付けた私は、以前より堂々と振る舞えるようになった。


 この姿で夜会に出れば当然目を引くが、そんな注目は気にならない。

 奇人変人を見るような眼差しもどこか心地よい。

 どんどん見てちょうだい。バカにしてくれても構わない。全てが栄養になる。こんな心境だった。


 私は左目を失ったんじゃない。

 左目を失ったという状況を手に入れたんだ。

 そう思うことができた。

 眼帯を付けるという行為がトリガーとなって、私は隻眼であるという誇りに目覚めることができた。

 分かりやすくいえば開き直りだ。だけど、その開き直りが私を救った。


 時にはある令息からこんな風にからかわれることもあった。


「眼帯を付けた令嬢なんて初めて見たよ。そんなに目立ちたいのかい」


「ええ。私、片目がほとんど見えないもので。せめて目立ちたいんです」


 私がにっこり笑むと、令息はたじろぐ。


「それにしても大げさだな。眼帯の下はどうなっているんだい」


「よろしければご覧になります? 白い瞳でじっとあなたを見つめて差し上げますわ」


「い、いや……悪かったよ……」


 容易くあしらうことができた。以前の私では考えられない。

 こうしたエピソードも社交界ではいい方向に広まり、私はちょっとした有名人になった。



***



 ――信じられなかった。

 私あてに、上流貴族しか出られない夜会への招待状が届いたのだ。


 おそらく眼帯令嬢としての評判が広まり、物珍しさで一度招待しようということになったのだろう。

 だけど、それでもかまわない。せっかくの機会だ。思い切り楽しむことにした。


 その夜会は、王都の大ホールで開催された。

 普段私が出るような夜会とは規模も豪華さも段違いだ。

 だけど、私も怯まない。この日のために新調した紺色のイブニングドレスを纏い、会場入りする。

 夜会が始まる。

 格上の貴族たちから様々な質問を受けるが――


「この左目ですか? 幼い頃の事故でほとんど見えなくなってしまって……」


「完全に見えないということはありませんの」


「最初は絶望しましたけど、今は気にしていませんわ」


 気後れすることなく、上流階級の人たちとも接することができた。


 会合も佳境に入る。

 私も令嬢として爪痕ぐらいは残せたかな、と自己採点していた頃――


「こんばんは」


 一人の令息が私に近づいてきた。

 ワインレッドのコートを着て、絹糸のような美しい金髪を持つ貴公子だった。無風なのに、その髪はふわりとなびくようだ。空色の瞳が穏やかな光をたたえている。

 貴公子は丁寧なボウアンドスクレープをする。

 私も思わずカーテシーを返す。


「リュナード・クラーレンと申します」


 クラーレン家、王家とも縁のある公爵家。

 まさか、これほどの人から話しかけてもらえるなんて。一生の記念になる、なんて心が弾んだ。


「エレジュール・ロイユです。初めまして」


 緊張でちょっと声が上ずってしまった。


「君の噂は聞いているよ。視力のハンデがありながら、それをものともしないレディだと」


「光栄です」


 リュナード様は右手を差し出してきた。ピアニストのような、しなやかな指先だった。


「左目、少し触れてもいいかな?」


「どうぞ」


 右手の人差し指と中指が、私の左目近くをそっと撫でた。

 その途端、リュナード様は神妙な顔つきになる。


「もしよかったら、今度会えるかい?」


「ええ。私はいつでも……」


「じゃあ待ち合わせしよう。日時は一週間後の……」


 記念に参加しただけの夜会で、まさかのお誘いを受けてしまった。

 嬉しい反面、やはり戸惑いや不安も大きかった。

 私なんかを誘って、リュナード様は何がしたいのだろう……。



***



 後日、ある大きな街で私たちは待ち合わせた。

 私は水色のワンピースを着てお出かけ。リュナード様も紺色のベストやカーキ色のスラックスといった私服姿でやってきた。

 挨拶も程々に、私たちはさっそく近くのカフェに入る。


 お互いにお茶を飲んで、落ち着いたところでリュナード様は突然こう言った。


「僕は魔法使いだ」


「……!」


 驚いた。

 王国にも数人しかいないとされる魔法使い。

 そのうちの一人がリュナード様だったなんて。


 そして、魔法使いは国家的にも重要な存在だ。戦いはもちろん、医療や土地開発といったあらゆる分野で、人間を超えた力を発揮でき、いわば「国家の切り札」「秘密兵器」といってもいい。

 それなのに正体を打ち明けてくれたということは、それだけ私を信頼してくれているということだ。


「僕ならば、君の目を治すことができる」


 怪我をした当時も治せるとしたら魔法使いしかいない、と言われた。

 まさか本当に治せるなんて……。


「そして、君のその目に力を宿すこともできる」


 私は首を傾げる。


「どういうことです?」


「夜会で君の目に触れた時、君の左目には“資格”があることが分かった」


 話を聞くと、本人が特に使い込んだり、思い入れがあったりする肉体の一部分は『特別な力を宿す土台』ができるという。

 そこにある種の魔法を施すと、その一部分は一つだけ“魔法のような力”を宿せるという。

 ようするにリュナード様は「私の左目を治せるし、その目にすごい力を付加することもできる」と言っている。


「そうすれば、君の目をそうした人物を、追い詰めることもできる」


 私は目を見開いた。


「なぜ、それを……」


「失礼……。傷の記憶を読んだんだ。そうしたら、君の左目がなぜそうなったのか分かってしまった」


「魔法って、そんなこともできるんですね」


 過去を暴かれたにもかかわらず、思わず感心してしまう。


「例えば、どんな能力を宿せるんですか?」


「何秒か見つめた相手に真実を喋らせるとか、あるいはもっと直接的に攻撃するような能力も……」


 もしエリータにあの日のことを公の場で喋らせれば、あの子の評判は地に落ちるに違いない。

 直接的に攻撃ということは、あの子も同じ目にあわせることができるかもしれない。

 リュナード様はおそらく私のことを知り、私の境遇に同情して、このような提案をしてくれているのだろう。

 だから目を治療できるし、望むなら妹に復讐するための力も与えるとおっしゃっている。

 私は目を閉じて、考えた。


「リュナード様、私は――」



***



 私が眼帯の令嬢として有名になっている間、妹エリータもまた着々と社交界で地位を築いていた。

 ひとたび社交の場に出れば、常に十人以上の男子に囲まれる。

 頭脳、美貌、コミュニケーション能力。令嬢としての実力は、子爵令嬢としてはトップといっていいだろう。

 かつての私は彼女には勝てないと絶望し、左目を奪われ恨んだこともあった。

 だけど、眼帯を付けたことをきっかけに、かえって彼女のことがよく見えるようになった。


 ……エリータは無理をしすぎている。

 誰に対しても笑顔で、愛想よく接し、完璧であろうとする。一番であろうとする。

 私に一問だけ先に正解されたからって、レンガで殴りかかるほどに。


 あの子は常に全力疾走していないと不安なのだ。不安で仕方ないのだ。

 止まったら自分は死んでしまうと本気で思っている。

 ある種類の魚は、泳ぎ続けなければ死んでしまうという。エリータはあれと同じ。

 だけどエリータは人間だ。時には立ち止まることも必要だ。

 それなのに、体力はもう尽きているのに走り続ければどうなるか――誰だって分かる。

 だけどあの子は止まらない。止まれない。

 限界がやってくるその時まで――


 遠からず、妹は破滅することが分かってしまった。

 もう、左目に特殊な能力を宿す必要なんかない。

 だから私はリュナード様にこう答えた。


「リュナード様、私は――左目を治してもらう必要はありません。能力もいりません」


 リュナード様は驚いていた。


「なぜ……? 能力はまだしも、視力は取り戻して損はないはずだ」


 私はゆっくりと答えた。


「この左目は私のプライドだからです。ですから、せっかくのご厚意ですが……」


「……なるほど」


 リュナード様はしばらく黙り込むと、テーブルに両手をついて頭を下げた。


「申し訳ない」


「え?」


 公爵家の嫡子が子爵家の私に頭を下げるなんて――


「僕は“眼帯の令嬢”のことを知った時、こう思ったんだ。きっと気の毒な身の上の子なのだろう、と。同時に僕の魔法を生かせる好機だとも思った。つまり、僕は君に同情して、なおかつ魔法を試したくて近づいたんだ」


「……」


 リュナード様の懺悔のような独白を、私は黙って聞く。


「しかし、それは君を侮辱する行為に他ならなかった。君は自分の左目と向き合い、きちんと答えを出しているのに、そこに泥にまみれた靴で踏み込んでしまった。本当に申し訳なかった」


「いえいえ、侮辱だなんて! 何も気にしてませんから!」


 こんなに謝られては、こちらが恐縮してしまう。

 気にかけてもらえたこと自体は嬉しかったのだから。


「眼帯は、君の魅力のほんの一部に過ぎないと分かったよ」


「リュナード様……」


 そして、私もつい――


「私も……あなたみたいな人、好きです」


 口走ってしまった。

 リュナード様の容姿や魔法を使えるところではなく、自分に非があると思ったら私みたいな人間にも謝る。そんな人間性を気に入ってしまったのだ。

 私たちはしばし見つめ合う。

 10秒か、1分か、あるいはもっと長かったかもしれない。

 リュナード様が朗らかに笑う。


「これからも会えるかな?」


「ぜひ!」


 当初リュナード様は同情心や好奇心から私に手を差し伸べただけだったろうし、私も怪しい勧誘を警戒するようなノリだった。

 だけどいつしか、私たち二人の心は通じ合っていた――



***



 それから私たちは幾度もデートを重ねた。

 歩く時は必ず私を守るように左側に位置してくれる。魔法で一輪の花を生み出して、それをプレゼントしてくれたこともあった。


 ある時は、リュナード様が私の死角である左側から忍び寄るように近づいてきたけど、私も長年の片目生活で見えない部分への感覚は鋭くなっている。

 私は左を見ずに、カーテシーをする。


「リュナード様、ごきげんよう」


「……驚いたな。見ずに分かったのかい」


「左側の気配には敏感なんですよ。好きな人の気配は特にね」


「参ったな。僕だけじゃない、君も魔法使いだ」


 リュナード様は笑った。私も得意げに左目を覆う眼帯をいじった。


 エリータはというと――

 複数の男性に婚約をほのめかし、「愛しているのはあなただけ」などと言っていたとのこと。

 しかし、バレてしまい、取り巻きだった男全員から縁を切られてしまった。

 『遊び令嬢』『十股女』『ロイユ家の魔女』など、不名誉な異名をつけられて、異性にも同性にも呆れられ、嫌悪されてしまった。

 夜会に出てももはや誰にも相手にされないので、自宅に引きこもるようになった。

 走ることしか知らなかった人間が、転んでしまったら、もう立ち直ることは難しい。

 私の予感通り、あの子は破滅してしまった……。


 ――程なくして私はリュナード様と婚約した。

 プロポーズの言葉は、


「君と同じ物を見て、生きていきたい」


 だった。


 そして、婚約を機に私もあることをお願いした。


「リュナード様、私の左目を治して下さいませんか?」


 リュナード様は意外そうな表情をする。


「それはもちろん望むところだけど、どうして心変わりを?」


 理由は簡単だった。


「リュナード様を両目で見たいと思ったので」


「……なるほど。ぜひ見てもらいたいね」


 こうして私は左目を治してもらい、式を挙げた。


 両目で見る景色はやはり文字通り見違えるほどに美しく、リュナード様は片目で見るよりずっと素敵な男性だった。

 私は眼帯の令嬢を卒業し、リュナード様の妻となった。



***



 結婚し、両目がきちんと見えるようになってから早数年。

 私はクラーレン家に嫁ぎ、リュナード様と仲睦まじく暮らしている。


 子供も二人できた。長男はリュネイ。その妹の長女はレシア。二人ともすくすく育っている。


 リュネイは私の愛読書『隻眼の騎士』を読んで、剣術を志すようになり、レシアはどうやら魔法の素質があるみたいで、時折リュナード様が手ほどきしている。

 どちらもどうか自分のやりたいことに一生懸命挑戦して欲しい。そしてなにより健康に育って欲しい。

 自分の経験もあって、つい「目は大切にしなさいね」が口癖になってしまう。


 休日、今日は一家全員でピクニックに行くことになった。

 鏡に映る自分を両目で見つつ、軽くお化粧をする。

 子供を連れたリュナード様が、私に呼びかける。


「さあエレジュール、そろそろ出かけよう」


「ママー、早くー! ぼく、待ちくたびれたよ!」


「はーい、今行くわ」


「ママ、今度おけしょう教えてね!」


「いいけど……レシアにはまだ早いかな」


 私の部屋の机には、今もあの黒い眼帯が置いてある。

 もう付けることはないけど、この眼帯は私の青春の証だから。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 エレジュールはトラウマを隻眼の騎士の物語との出会いで既に乗り越えていたのですね。 だから、視力回復や力の付与に頼らずとも強いメンタルを持てた。 エリータは賞賛を浴び続けない…
エレジュールが復讐心(あるいは憎悪・敵意)に折り合いをつけて前に進む事が出来た青春の物語、として楽しませて頂きました そしてエリータは姉を傷つけたあの日裁かれなかった事で決定的に人生を狂わされてしまっ…
「欠けていることを後ろめたく感じず個性として受け入れ努力する」 そんな騎士の物語の芯を理解したエレジュールが、心身ともに深かった傷を乗り越え高潔な心を身につけていく過程が実に爽快でした。 様々な人や…
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