落ちこぼれ
新設された国立魔法学園、第一魔法高等学校。
通称「魔高」。全国の優秀な魔法資質保持者が集まり、現代魔法の最先端教育を受けられる――そう謳われる学校だ。
だが、桐ヶ谷悠真には、その煌びやかな舞台はあまりにも場違いだった。
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「……演算開始。術式展開、魔力制御、出力領域――……あ、また……!」
「はいストップ、桐ヶ谷。魔力暴走寸前。危ないからいったん中止して」
教師の制止とともに、術式ウィンドウが強制終了される。
ほんの一瞬、淡い赤光が指先から吹き出しかけたが、それすら途中で潰えて消えた。
「あのさ、君もう五回目だよね? ……うーん、術式は構築できてる。でも、出力が安定しない。魔力の“押し出し”が弱すぎるんだよ」
教師――魔法理論と実技を兼任する滝本先生は、苦笑を浮かべながら言った。
「教科書どおりにやってるつもりなんですけど……」
「たぶん“つもり”だね。初歩とはいえ、〈スパーク・ライン〉は熱変換魔法の基本中の基本。出力操作が未熟だとエラーになる。魔力量Eランクでも出せる子は出せてるんだよ?」
教室のあちこちから視線が集まる。
ため息まじりのもの、憐れむようなもの、半ば馬鹿にするもの――
(わかってるよ。わかってる……)
悠真は苦笑いを浮かべて黙り込んだ。
周囲を見れば、同じ課題を与えられたクラスメイトたちは、何人も炎の細線を軽やかに灯している。
手のひらから生まれた火のラインは、空気を振るわせ、時折パチパチと音を立てて弾ける。
その中で、ただ一人。
何度挑戦しても“火すら点かない”のが、悠真だった。
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「ねぇねぇ、あいつまたエラーじゃん」
「まじで? もう笑えないって……」
「魔力Eランクってさ、本当に“ある”の? ゼロじゃね?」
「先生も大変だよな~、あんなの相手にして」
昼休み。
教室の空気が、じわじわと重くなる。
本人に聞こえるように、わざとらしく。
だが誰一人、直接文句は言ってこない。悪意は“軽さ”に紛れている。
悠真は、弁当のフタを開けて、ほとんど味のしない冷たい白米を口に運ぶ。
隣の席には誰もいない。
最初から空けられている。
「ねえ、桐ヶ谷くんってさ、なんで魔高来たの?」
ふいに、前の席から声がした。
振り向けば、園田紗月。社交的で明るく、どこにでもいる女子生徒。
悪意があるわけではない。だが、そういう無意識が一番残酷だったりする。
「そりゃあ、魔法を学びたいから……」
「でも、出せないじゃん。魔法」
言葉はストレートだった。
悠真は口をつぐんだ。
「いや、別に責めてるわけじゃないよ? ただ、見てて思うんだよね。“あんた、自分でも違和感あるんじゃないの?”って」
違和感。
――その言葉に、胸がざわつく。
(……見透かされた?)
紗月は続ける。
「私もさ、正直あの術式、最初変に感じたんだよ。なんか、無駄が多いっていうか……でも、先生が“正しい”って言うなら、そっちが正しいんだろうなって。私はそう思って合わせたけど、桐ヶ谷くんは、合わせられてないでしょ?」
「…………」
「そういうとこ、逆にすごいなって思う。合ってないのに、無理に合わせようとしてるの。……うーん、まぁ無駄っぽいけど」
紗月は最後にそう言って、くすりと笑った。
悠真は、返す言葉を持たなかった。
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放課後。
教室には誰もいなくなった。
悠真は、ノートを机に広げていた。
そこにはびっしりと手書きの魔法演算式が書き込まれている。
教師から教わったものではない。
彼自身が組み直した、“もう一つの術式”だった。
「――この形の方が、流れが自然なんだよな」
魔力の流れを読むように、ペンで指し示す。
角度、比率、構成……手ごたえはある。だが、実際には動かない。
(それでも、この形の方が“正しい”ように見える)
術式を構築するとき、教科書の構成にはいつも違和感があった。
出力ポートの歪さ、変換数式のねじれ、補正定数のごまかし――
そういう“継ぎ接ぎ感”が、どうしても受け入れられなかった。
だから、自分で整えようとした。
けれど、それは何度やっても“失敗”だった。
(俺の見え方がおかしいのか。それとも、世界の方が歪んでるのか……)
答えは出ない。
でも、ノートを閉じる気にもなれない。
「せめて一回くらい……火が、つけばなぁ」
ため息とともに呟いたその瞬間。
ふと、手元の空間が――一瞬、淡く揺らいだ。
……わずかに、術式が反応した。
悠真は、息を呑む。
(今のは……!)
ほんの一瞬。気のせいかもしれない。
でも確かに、何かが“手応え”として残った。