第6話 団長、脱捕獲
イグジスは縛られて不自由なままの両手と両足を駆使して、なんとか壁にもたれて座り直す。落ち着いた様子のままに、男へ問いかけた。
「目的はなんだ」
「あんただよ」
「すまない、男は守備範囲外で」
「こっちもだよ!? そうじゃなくて、あんたは団長って呼ばれてただろ。黒竜騎士団の団長は、高く売れる竜人って聞いたぜ」
おおむね予想通りの回答ではあった。竜人の身体はその希少性、質の良さから、鱗の一枚でさえ高値がつけられている。法で禁止されているからこそ、余計に裏での価値も跳ね上がるというものだ。
イグジスはひとまず、改心させるべく男を説得しにかかった。
「発覚すれば、村もただではすまないぞ」
「あんた一人を売るだけで、数年は贅沢に暮らせるんだ。危険を冒す価値はある。さあ、今度はもっと長く眠ってもらおうか」
男は懐から革袋を取り出した。薬で昏睡状態にされては流石にピンチになってしまうので、まあ待てと早口気味に口を開き直す。
「竜の素材が欲しいのなら──全裸になるぞ」
「は?」
唐突なカミングアウトに、見張りの男はぽかんと口を開けた。対して真面目な表情を心から浮かべて、イグジスは続ける。
「竜の姿は、人のそれより大きいからな。変身すると服がはじけ飛ぶぞ。更に迂闊に人間の姿に戻ったら、全裸姿を人目に晒してしまう。公序良俗としてそれは避けたい。私に配慮して諦めてもらえないだろうか」
「…………」
「それに、竜のサイズも大きい。こんな狭い所で全裸の竜と二人きりでみっちりとつめられたいか?」
「………………」
「あと、私はまだ若いからな。鱗が自然に抜けるのは年に数枚程度だ。抜けるまで村にいるわけにもいかん」
「……………………そ、それは商人のやつがどうにかするだろうから別に」
「ほう、商人か。詳しく話を聞きたいところだな」
頬を引きつらせている男を前に、イグジスは格子を掴んで身を乗り出す。いつの間にか手が自由になっている収容人を目にして、男は驚きの声を上げた。
「なっ縄は!?」
「ああ、燃やしたぞ」
こともなげに応えると、イグジスは両手を上にあげて大きく伸びをした。指で両足首を軽くなぞると、縄が発火して肌や服に燃え移ることもなく塵となる。
「私は黒炎族の敬称を持つ一族だ。炎を自由に扱えるから、この位は造作もない」
「な、な、な……じゃ、じゃあなんで、今まで捕まって……」
「いつでも抜け出せるなら、焦る必要もあるまい」
さて、とイグジスは形だけの見張りの男に交渉の言葉を投げかける。その気になれば簡単に燃やせる格子を、指で突っつきながら。
「ここから出してはくれないか。正当防衛により村が全焼、などという目に遭わせるのも、気の毒だ」
「ひ、ひ、ひええ……」
交渉もとい脅しに、男は完全に怯え牢屋から後ずさる。牢が全焼して器物破損となるぞという説得の方が良かっただろうか。とはいえ薬のせいか、普段より炎をうまく扱えない。確実に可能な反撃方法として、自己防衛で村人達を複雑骨折させてしまうかもと伝えた方がより良策かもしれない。
物騒な説得内容を考えつつ、イグジスは悠々と起き上がった。格子に手をかけたところで、地下の入り口が勢いよく開き、扉付近まで後退していた男は突然の侵入者によりあっさり気絶させられた。入口から光が差し込んでいない所を見るに、どうやらまだ夜らしい。
ジナは男を気絶させた細剣の柄を振ると、イグジスを見て表情を緩める。
「団長、無事だな」
「無論だ。君の方は村人たちを殺してはいないな?」
「殺人鬼扱いするな。軽く脅しただけだ」
二人は互いに余裕綽々といったていで、こぶしを触れ合わせた。
※※※
騎士団長を捕まえて売りさばこうとするなどという、大胆な犯行に踏み切った村長は、いかほどの人物か。身構えて家に押し入ったイグジスは、予想と反して何度も平謝りをする小心者と対面する事となった。
宿屋の亭主から話を聞いた村長は顔面蒼白となり、何でもするから命だけはお助けを、と命乞いをしてきたのだ。まるでこちらが凶悪な犯罪者の如き扱いである。ともあれお陰でスムーズに情報を得られはした。村長の家から出ると、イグジスは気疲れから大きく息をつく。
結局もう一泊することになり、村の中をぶらついていると、聞き慣れた声が耳に入った。
「ダム、踏み込みが浅いぞ。スティーブン、力任せに武器を振るうな、非効率だ」
「はい、姐さん!」
ジナは、数人の青年に稽古をつけている真っ最中であった。男達はすっかり大人しく彼女に従っている。と思いきや、一人が不満の声を上げた。
「くそっ、面倒くせえ、やってられるか! こんな素振りなんかで、あんたみてえになれっこねえだろ!」
「当たり前だ。こんな短期間で強くなれるわけあるか。教えた鍛練は毎日繰り返せ。サボっていないか、後日抜き打ちで確認するからな」
後日も来訪する気満々の女に、村の男は呆気にとられた顔を浮かべた。わけわかんねえ、と苦々しげに呟く。
「こんな田舎の村にまた来る気かよ。あんな目に遭っといて……」
「性根を叩き直してやると言っただろう。それに、もっと強くなりたいと言い出したのはお前らだ。こっちも引き受けた以上、途中で見捨てたりはしないさ」
男はバツが悪そうにうつむき、頬をかく。遠目からでも、本気で嫌がっているわけではないと伝わってきた。今度は別の男に近付き、ジナは軽く肩を叩く。
「ラウロ、お前は特に筋が良いな」
「そ、そんな、おれはビビりだし、判断も遅いのに」
「お前は観察眼がある。用心深いのも、生き残る上では重要だ。じきに、村を守れる立派な狩人になれるぞ。私が保証する」
「ジナさん……」
褒められ、嬉しそうに頬を赤く染める青年。微笑ましい光景だった。丁度そこでこちらに気付いたジナと目が合い、労うべく数歩近付く。
「相変わらず、面倒見がいいな。……ふむ、あの青年はパチンコやクロスボウで戦うのが向いてそうだ」
「なら、クロスボウを勧めてみるか。お前の推奨なら信頼できるからな」
王都に帰ったら教本でも探してみるか、と彼女は専門外の武器でも積極的に面倒を見続けてやる意欲をみせた。
ジナは仲間の鍛錬によく付き合うし、副団長として後輩だけでなく、年配の団員達にも頼りにされている。この村でも慕われて当然だ。流石は自分の自慢の副団長だと褒め称えると、よせとジナは苦笑いを浮かべた。
「頼られたのを無視するのは、気が引けるだろ。それに、誰かに憧れて強くなろうとするのは……私と似ているからな」
ジナは訓練中の村人達を、目を細めて眺める。それは、遠い何かを思い出すような眼差しであった。なるほど、とイグジスは得心したように頷く。
「つまり、憧れの相手と結婚したくて君は鍛錬したのか」
「勝手に飛躍させるな。昔、騎士に助けられたってだけだ。……もういないしな」
「……そうか」
いない、という事は死んだのだろうか。悪い事を聞いてしまった気がする。深堀りしては、不快に思われるかもしれない。これ以上の追及は避けるべきだろう。
ふと、ジナを呼ぶ声が聞こえた。身を翻し、どうしたと彼女はさっさと村人達の所へ戻ってゆく。短い髪をたなびかせて遠ざかっていくのを、イグジスはただぼんやりと見送った。