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第4話 団長、旅に出る

「騎士団長の久々の長期休暇を祝して!」

「カンパーイ!」


 出発の数日前、イグジスは夜番を除いた騎士団連中から飲みに誘われていた。気の知れた仲間たちとの語らいはいつだって楽しいものだ。酒場の給仕に求婚して即フラれ、笑われたとしても。


「皆、今夜は私のためにこのような場を設けてくれて感謝する。必ずや呪いを解いて無事嫁を連れ帰ってみせよう」

「後半は無理だろ」


 うんうん、と全員で同意し合う。団長の連敗を間近で見てきた団員達の一致団結ぶりは、微笑ましいやら悲しいやら、である。


「礼ならジナ副団長に言ってくださいっす」

「そうそう、団長が暫く俺らと会えなくて寂しがるだろうからって、手配してくれたんだぜ」


 イグジスは端の席で、自己主張もせずただ黙って喧噪を見物していた彼女を見やる。ジナはふん、とそっぽを向いてグラスを傾けた。


「団長の為だけじゃないさ。そろそろまた皆で騒いで飲み食いしたいっていう団員の意見が多かったからで……っ」


 イグジスは感極まり、彼女の空いていた手を両手で掴んだ。笑みで綻んだ顔を、ぐぐっと近付ける。


「ジナ副団長、何かと理由を付けつつ、いつも一番私を気遣ってくれて、感謝してもしきれない」

「なんだ酔ってるのか。おい、いい加減離せ!」


 片手を握られては逃げるわけにもいかないのか、ジナは落ち着きなく視線を彷徨わせる。それが珍しく、形容しがたい感情が囁くままに言葉を紡いだ。


「これからも副団長として頼りにしている。ついでに結婚しないか」

「ついでの流れで求婚するな!」


 グラスで思いっきり殴られた。手が緩んだ隙に彼女はさっと手から逃れ、足早に酒場の外へ去ってゆく。また連敗数を増やした団長を励ますべく、団員の一人が明るい調子で肩を組んだ。


「団長―、そんなにモテたいなら、いっそ魔術師に惚れ薬でも作ってもらえって」

「そのような不誠実な手段など断固却下だ」

「真面目だなー、もういい加減、嫁は諦めたらどうなんだよ。ナンパが成功した事なんて一度もないだろー?」

「そ、そんな事はないぞ。成功例は……なくもない」


 その言葉に団員たちはざわめいた。あの全戦全敗の団長に戦勝歴があったのを、傍で一番目撃していた彼らも知らなかったのである。


「マジかよいつの間に!? 単独任務の時か!?」

「待て待て、だったら今の状況おかしいだろ」

「あっお付き合い後即フラれたんすね」

「団長、とうとう夢と現実を混合して……」

「君達失礼すぎないか?」


 誰も信じてくれないこの状況にイグジスはちょっぴり傷ついた。名誉挽回すべく、なけなしの成功例を語り出す。


「子供を賊から救出した時に、大きくなったら嫁になってくれるとか、フラれてばかりで可哀そうだから大人になったら結婚してあげようかとか、だな……」

「団長、幼女に手を出すのはアウトですよ」

「幼子の無垢な優しさに付け込むとは……」

「子供に同情されて恥ずかしくないんですか?」

「言い方が酷いぞお前達」


 部下達の反応は、どれも容赦がなかった。とどめに、それでとタントンはジュースの入ったグラスから顔を上げる。


「誰か一人でも、大人になって嫁に来てくれたんすか?」

「……………………人間の子供の成長は遅いものだな」

「現実逃避しても事実は変わらないっすよ」


 つまりは誰も来なかったのである。全敗記録は絶賛続行中だ。


「ええい、全ては呪いのせいだ。解けた暁には私のアットホームな新婚生活もすぐ始まるに違いない!」


 そもそも呪いの効果が結婚できなくなるものだとは、一言もドミノからは告げられていない。団員全員から、また始まったと生温かい視線を向けられているのに、当の本人だけが気付いていないのであった。


※※※


 どんちゃん騒ぎの合間、イグジスは気分転換に酒場の外へ出た。一呼吸するたびに、外の空気で酒の気配が薄まってゆく。ゆっくりと視線を巡らしてぶらつき、ようやく目当ての人物を発見した。


「やはり、まだ外にいたのか」


 ジナは壁にもたれて、ただぼうっとしているらしかった。何となく隣に並び、ちらりと様子を窺う。いつも通りの冷静で真面目な副団長の横顔が、月明りに薄っすらと照らされていた。殴って出て行った手前、戻りにくかった、というのは違うだろう。あの程度は、日常茶飯事なので。


「ジナ副団長、私に個人的な用があるのだろう?」

「……そういう所だけは鋭いな」


 微かに口の端を緩め、ジナは壁に預けていた身体を起こした。腕を組み、抑揚のない口調で告げる。


「団長。お前の旅に、私も同行させてもらう」

「上からの指示か」

「ああ。この大事な時期に、粗相をしでかさないようにとな」


 王子の即位前だというのに、騎士団長が辺境で女問題を起こしては外聞が悪い。お目付け役を付けたくなる気持ちも分かる、とジナは言った。


「騎士団は問題ない。休暇中の仕事の引継ぎは主にタントンへ叩き込んでおいたからな」


 おれじゃ無理っすよおお、と垂れ目を潤ませて呻く団員の姿が、ほんの少しだけ脳裏をよぎった。まあ何とかなるか、とイグジスはすぐそのイメージを打ち消す。


「私用の旅に同行させるのは申し訳ないが、私としては助かる。君は頼もしいからな」

「本気でそう言っているのが団長らしいというか、何というか……」


 呆れたようにジナは笑った。解呪兼嫁探しの旅に女を同行させては邪魔という発想が全く浮かばなかったイグジスは、彼女の意図を探るようにふむと首を傾げる。


「もしや……婚前旅行となるのを気にしているのか。ならば私と」


 求婚の続きは、拳で物理的に遮られた。殴られて顔を押さえているうちに、ジナはさっさと酒場の中へ戻って行ったのだった。


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