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第3話 そうだ、有休消化しよう

 数々の呪いの品を前にして、ドミノは狂喜乱舞した。イグジスの求婚を完全に無視して爛々と目を光らせ、楽しそうに独り言を呟きだした。冷めたお茶を飲んで待つこと暫し、ようやく落ち着いた彼女はソファに座り直し、向かい側で座る客人へ笑顔で観察所見を述べた。


「どうやら、イグジス様の呪いはこれらと関係がなさそうですね!」

「そうか……。調査ご苦労だった」


 深刻な内容を告げられるかもしれないと、身構えつつ一人で来たはいいが、拍子抜けな結果に肩透かしを食らった気分だった。とはいえ彼女が悪いわけではないしと、ねぎらいの言葉を述べる。


「となると、呪いについて別の方法で探れないか?」

「うーん、正直私では厳し……あっ、では本格的に調べたいのでイグジス様の生体組織を頂ければ」

「竜人及びその身体の研究、売買は法律で禁止されているぞ」

「チッそういうところはガードが固い……いえいえ、なら仕方ないですね」


 何やら小声でぼやいたのち、ドミノは残念そうに引き下がった。

 イグジスも呪い解明のためなら少々髪や爪を渡してもとは思うが、法はなるべく遵守する主義だ。つまりその案は却下だった。そして解呪を専門とする魔術師は限られるため、別の魔術師を探すのも容易くはない。


「なら、私のお師匠様に診てもらうのはどうでしょうか」

「師匠?」

「ええ。若い頃はイケイケの大ベテランだったとよく自慢していましたよ。今は田舎で隠居生活をしている方でして。紹介の手紙を送ってみますね」

「そこまでしていただけるとは有り難い。そうだ私と結婚してくれれば、感謝もかねて」

「謹んでお断りします」


 求婚はいつもの如く失敗したものの、訪問を許可する便りは後日無事に届いたのだった。


※※※


 磨き上げられ染み一つない床に、イグジスは跪く。眼前の玉座で鎮座するのは、厳めしき現国王の姿。近くに控える大臣達や王子の思惑が絡んだ視線に、護衛として規則正しく並び立つ兵士達。ここではいつも窮屈さを感じずにはいられなかった。


「──以上により、暫し王都を離れる予定ですのでご挨拶に伺った次第です」


 王の眉間の皺が険しくなる。肘置きにもたれ掛かり、国で一番偉い男は口を開いた。


「イグジス。我が息子の即位式については騎士団に通達されているな?」

「無論でございます。数か月は先ですし、それまでには戻る予定です」

「貴様はラスヴァーンの大事な時期に、私用のため職務を放り出し王都を留守にするだと!? それでも黒竜騎士団長か!」


 騎士団長ですが、と反論するかどうか、イグジスは割と真剣に迷った。長年溜まった有休を消化するのだから、職務の規定内の筈。それに、別に自分がいなくとも、残りの団員で十分護衛の任務は果たせるし、式自体もまだ先だ。王の言う職務は、別の意味合いを含んでいる。


「ルドルフ殿下が御即位する前に、私が彼に同行して貴族と顔合わせするのは職務に含まれません」


 次の王とラスヴァーンの守護竜の繋がりを世間に広く知らしめる。父親として息子の立場をより強固にしたいのだろう。そんなパフォーマンスに巻き込まれるのはまっぴら御免だった。


「貴様、我の命令に逆らうと?」

「陛下、お言葉ですが、私がこの国で働いているのは王や王子に仕える為ではありません」


 王前で語るにはあまりの内容に、周囲がざわつく。剣呑な気配が渦巻くのをものともせず、イグジスは真っ直ぐな眼差しで王を見返し、言い放った。


「嫁探しの為です」


 安定した地位、高収入は、婚活において高ポイントなのである。その割に成功率が低すぎるのを、解せないと本人は思っているのだが。


 無礼なと言いかけた大臣の口が、ぽかんと開いたまま固まった。真っ赤に膨れ上がった王の顔が破裂する前にと、イグジスは真剣な表情のままで失礼しますと退室した。


「やれやれ、あいつも十年前はもっと落ち着いていて余裕もあったんだがな」


 人気のない廊下で立ち止まりぼやく。竜人と比べて、人間の変化は驚くほど速い。そんなに早変わりするなら、自分と合う花嫁もいい加減見つかっていいだろうにと思うのだが。


「イグジス!」


 自らを呼ぶ声に振り返る。追いかけてきたルドルフ王子に、王をあいつ呼ばわりしたのが聞こえたかと懸念したものの、どうやらその考えは杞憂らしかった。


「君の職務を侮辱する命令は、父に話して取り下げてもらう。どうか寛大な心をもって許してやって欲しい」

「いえ、陛下も親として一人息子を大事に想うが故でしょう。失礼致しました」

「こちらこそすまない。全て僕が不甲斐ないからこそだ。父の気を随分と揉ませてしまっている」


 伏し目を作るその顔は、成人の年を迎えてそう経っておらず若々しい。彼と年が近い副団長のジナもやはり若いが、王子よりもずっと大人びてしっかりした印象を受ける。つまり、ルドルフはどうもぱっとせず地味な王子であった。一国を率いる父親としては、未だ婚約者もいない、なよっとした息子に不安を抱くのも仕方がないのかもしれない。


「君も、やはり僕では頼りないと思うかい」

「どうでしょう。私は所詮国政に疎い、ただの軍人でございますから。ただ一市民として、殿下には愛妻との平穏な生活を送らせてくれる事を期待するばかりです」


 イグジスの正直な返答に王子はふっと苦笑いの表情を和らげた。そうだね、と彼は頷く。


「君達が安心して暮らしていけるよう、今後も精進するよ」


 若い頃から勝ち気で血気盛んだった王と比べると、頼もしいと言うより温厚な性格の王子。けれどイグジスにとっては、妻との幸せな結婚生活(予定)の方が大事なのだ。それを叶えてくれる王なら大歓迎である。


「旅の道中、どうか気を付けて」


 ルドルフは優しく微笑み、無事を祈る言葉を贈ってくれた。


※※※


 一方王は、それはもうカンカンに怒っていた。年老いた大臣もひげを震わせ、一緒になって不満を露わにする。


「あの竜人め、名声の上に胡坐をかき年々増長しおって……!」

「まったくですな。あれで失態を見せるなり政治に口を出そうものなら、それを口実に失脚させられるものを」

「ふん、そう簡単にはいかぬ。下手に悪評が立てば、他国との立場にも影響が出かねん」

「最近では、王に娘がいれば、あの男に嫁がせられるのになどと言う輩もいる始末で」

「あんな奴が王位に就けば、数年ともたず国が滅びるぞ!」


 守護竜と称えられている癖に、実際は婚活に励む色ボケ竜人、というのが王達の見解だった。ナンパ癖がある方がむしろ親しみやすい、と市民たちに好意的にみられているのが、王達の苛立ちを増長させていた。


 かと言って、希少な竜人の騎士団長として他国でも評判となっている男を無下にはし辛い。その上竜人は人間より遥かに長命なので、無難に死ぬのを待っていれば、いつになるやら分からない。


「……いい加減、手を打たねばなるまい」


 老いた王は、暗い声で苦々しげに呟いた。


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