第28話 そして求婚へ
羽ペンが軽やかに躍る。てきぱきと書類を処理していた手が止まり、一仕事を終えたペンは休憩とばかりにペン立てへとしまわれた。
「確認を頼む、タントン副団長」
「は、はいっす!」
未だその呼ばれ方に慣れないタントンが、ぎくしゃくと頷き書類の束を預かる。王宮での事態の収拾や、騎士団上部の再編成により忙殺される中、初々しい副団長はよくやってくれていた。
「もっと気楽にしていいんだぞ。お前のお陰で、随分助けられているしな」
「も、勿体ないお言葉っす。副団……ジナ団長!」
慌てて呼び方を訂正する部下に、ジナは微笑んだ。同じく就任したての新団長は、以前から前任者の補佐を幅広く行っていたため、彼よりは手慣れているのだった。他の団員達にも手際よく仕事を割り振っていると、軋む扉が団員の帰還を告げた。久々に再会した仲間の姿を、団員達はにっと嬉しそうな表情で出迎えた。
「よっ、お帰り元団長!」
「お仕事お疲れ様―。現ヒラ団員―」
「任務ごくろーさん、親善大使様」
「……様付けはよしてくれ。追加の給料も出ない、肩書きばかりの名誉職だぞ」
任務帰りで疲れを滲ませたイグジスは、団員達に小突かれつつもそう返答した。
ルドルフの即位式から、数か月後。イグジスはいち団員へと降格処分を受けた。更に、決闘時に破損した調度品の損害賠償まで付け加えられた。君にはこういう罰の方が堪えると思って、と裏のなさそうな笑顔で請求書をくれたルドルフが恨めしい。実際、長年の貯金がごっそり減って、イグジスはかなりへこんだ。普通の団員扱いとなり、給料が減ったのも地味に追い打ちであった。これでは結婚後色々と入用になった時に足りるだろうか、と新たなる心配の種が生まれていたのだった。
抱えた荷物からごそごそと封書を取り出し、イグジスは新団長へと手渡す。代わりにジナは用意しておいた書類を差し出してきた。
「ほら、これが騎士団員の駐在案だ。ちゃんとファルファラに届けるんだぞ」
「勿論だとも」
イグジスは、大変げんなりした顔で頷いた。
即位式後の夜会で公表されるはずだった王の婚姻は、最初からその予定であったかのように、竜人と人間の新たな交流計画へと書き換わった。主役の相方は勿論、即位式へ飛び入り参加を果たした、新たな竜人の友──ファルファラである。
彼女は、集落に残った最初の夫との子供と今でもこっそり連絡を取っていた。その子供から広がるように、集落内でも人間との交流を望む若い竜人が数十年かけて増えていったらしい。その仲間を紹介したい、というのが彼女の取引内容だった。更にそれをルドルフが拡大させて、竜人と人間による新たな村作りを提案したのだ。
初代村長に元婚約者の名前がサインされている書類を、イグジスは顔を顰めて睨みつける。厄介なことに、イグジスは竜人との親善大使に任命された。お陰で村への出張や宅配仕事まで任され、頭痛の種と頻繁に顔合わせするようになってしまったのだ。しかも忙しくなったせいで、同じく新団長として多忙を極めるジナと結婚する暇すらまだ取れなかったのである。これもルドルフの罰のうちか、おのれ許すまじ、と婚姻相手を無理やり奪った男は新王へ怒りの念を送った。
とはいえ、竜人との対等な友好的政策を推し進める彼の手腕自体には不満がなかった。少なくとも、彼の即位中はこの国にいようと思える位には。
それにしても、とジナはまだ沢山の荷物が入った袋を見やる。
「他の部署へ渡す書類もあるとはいえ、荷物が多すぎるんじゃないか」
「騎士団員全員への土産も買ってきたからな。それと、君への贈り物もある」
イグジスは目的の品を袋から取り出し、包みを解く。鞘にまで精巧な細工が施された細剣を見て、ジナは目を見開いた。
「……どうして」
「以前のは、私のせいで壊れたからな。それに、やり直すべきと思った」
「やり直す?」
「求婚をだ」
突然のプロポーズ宣言に、団員のひとりが口笛を吹く。団員達の眼前で告白を始めようとする男に、ジナは止めようと慌てた様子で立ち上がった。
「そんなの、王宮のあれで十分だろ!」
「いいや、結局君に求婚し返されたからな。礼儀として私から改めて誠意を伝えるべきと判断した」
「だ、だからってここでか!?」
「必要ならば、王都の全市民の前で愛を宣言しよう」
「公開処刑はやめろ!」
既に顔を赤らめ始めているジナの前で、片膝をつく。うやうやしく剣を差し出し、羞恥で揺れる眼差しを見つめた。
「この剣を以て、誓いとする。例え互いが傍に居ない時であろうと、生涯君を愛し、支え、護り通すと」
最初は花束や指輪を贈るべきではと悩んでいたのだが、彼女に今一番贈りたいと思ったのは、新しい武器であった。自分が贈った細剣を相棒として愛用してくれていたのが、ことのほか嬉しかったから。
「私の誓いを、受け取ってくれるか」
真っ直ぐな宣言が、静まり返った場に響く。ジナは逃げ場を求めるように視線を巡らせ、団員達に無言で生温かく見守られている現状を再確認し、困ったように俯く。先程までの凛々しい新団長が恥じらう様子に、団員達の一部がぼうっと目を奪われる。イグジスがそれに少々もやっとしたところで、彼女の唇が震えながらゆっくりと動き出した。
「──っばか、答えなんて、分かってるだろうが……」
真っ赤になった指先が、新しい相棒にそっと触れる。途端、周囲から囃し立てる声が上がった。
「うわあ、おめでとうございます!」
「とうとう求婚成功をこの目で見られるとはなー」
「独り身にはゲロ甘すぎて、胸焼けが……」
「へー、ジナって意外とかわいいとこあるんだな」
茶化す言葉に混ざったそれに、イグジスは目の色を変えてすっくと立ち上がる。愛しいひとの手首をがっちりと掴み、至極真剣な表情で顔を寄せた。
「ジナ、人前で求婚する問題点を、今ようやく理解した。君の愛らしい姿を他の者に見せるのは、私を含め周囲の精神衛生上、非常によろしくない。よって、二人きりの空間で今一度求婚をやり直そう」
「はあ!? 待っ……、仕事中だろうが! これ以上何する気だ!?」
「安心しろ。私は、婚前交渉はしない主義だ」
「何をどう安心しろって言うんだ! いい加減にしろ!」
とうとう贈ったばかりの細剣で殴られ、イグジスは床に叩きのめされた。今度は何が問題だったのか。もしやまだ呪いが残っているのか。おのれ呪いめ、許すまじ、と怒りもとい八つ当たりは王子から別方向へシフトした。
呪いが解けたと完全に確信できる日は、どうやらまだまだ先の話になりそうだ。




